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剣士さんとドラクエⅧ

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14話 航海

・・・・

「僕はあっちに行ってるね。あ、それとオセアーノンが置いて行ったブレスレット、僕やヤンガスは使わないし、活躍したトウカが持っていてくれたらいいよ」
「え?お、おう」

船路は始まったばかり。あたしはこれから、この人達に頼み込んで旅に連れて行ってもらおうと考えている。だから、手始めに、この強い少年のことを少しでも知りたかった。

 船の上での戦いを心から楽しんでいたこの少年の名前はトウカ。ああ、そうだ。彼にも炎の魔法をぶつけかけたんだった。取り敢えず謝らなくては気が済まない。彼らはあたしを心配して塔に登ってきてくれた人。あたしはそうとも知らずに殺す気で魔法を唱えたのだから。

 さっさと向こうに歩いて行ってしまったエルトやヤンガスにも謝らなくてはいけない。だけど、近くのトウカからでも謝っておきたい。幸い、彼は押し付けられるように手渡されたブレスレットをやや困惑したかのように眺めているのでまだこの場にとどまっていた。

「トウカ?言いたいことがあるんだけど……」
「……ん?ああ、ゼシカさん。ただで船に乗せてもらえるように取り計らってくれたんだってね。ありがとう。……で、何かな?」
「その、リーザスの塔で魔法を唱えて、攻撃してしまって……ごめんなさい」

 爽やかな笑みを真正面からぶつけられて、少し狼狽えてしまう。何となく、彼の態度は兄さんに似ていた。エルトの方が背格好から見た目が似ているが、その対応はトウカの方が似ていた。

「ああ、あれね……。状況が状況だし、実際数日前にお兄さんがあの場所で殺されてしまっているんだ、早とちりも仕方ないよ。それに……たしか、ボクはリーザスの塔の像の目に手を伸ばしていたからね……盗賊と間違っても仕方がない。ボクも悪かったから、それ以上頭を下げないで」

 困ったような声が降ってくる。恐る恐る顔を上げれば、やっぱり兄さんに似た、困ったような表情をしてこちらを見据えていた。

「……それでいいの?」
「うん。だいたいボクたちには怪我はなかったんだし、終わり良ければ全て良しって言うよ」

 それで言葉を切ったトウカは、甲板の方へ目をやる。そして、話を切り替えてきた。もう言うな、ということか。

「船に乗ったのは久しぶりだ」
「……あら、トウカはあったの?」

 ありがたく好意を受け取って、目的の二つ目を果たすべく、トウカの話に乗った。彼は……どこの出身なんだろう。エルトとトウカは兄弟にも見えたけど、そうでもないようだし……ヤンガスに兄貴と呼ばせる二人は何者なんだろう。……トウカに関しては、あのとんでもない戦闘力を見れば分からないでもないのだけど……。

「父と母に連れられてサザンビークやアスカンタ、サッヴェラやゴルド……世界中をね、幼少期に」
「……ふぅん?裕福なのね」

 サッヴェラやゴルドだけならまだ、親が熱心な信者なのかなとも思うけど、アスカンタはともかく、サザンビークにまで行くとは、庶民のできることじゃない。それどころか彼は事も無げに「世界中」と言ったのだから。

 はためく茶色の髪の毛を鬱陶しそうに払いのけ、腕組みしながら立ったトウカは少し苦笑した。その意味は少し分かりかねる。詮索するなと言う意味なのか、そのとおりだという意味なのか。でも、行動に粗野な素振りはなく、むしろ上流階級の人間なのだと思わせる。戦いでは違ったけれど、あの強さの前ではそれすらどうでも良くなるだろう。

 オセアーノンとの戦いではとんでもなく強いその剣の腕前と、戦いに対する固着心を見せた、彼。見えている左目は意志が眩しいほどに強くて、とても鋭くて。そんな人なのだから、てっきり努力を惜しめないような環境にいた人なのかと勝手に想像していた。

「……坊ちゃんという訳じゃないよ。ボクはそんな敬われるような人間じゃないから。……でも、まぁ、家はそうかな……一応、貴族だし……」
「やっぱり?何か立ち振る舞いが洗練されてるわ」
「……そう。で、ゼシカさんは、」
「ゼシカでいいわよ」
「じゃあ、ゼシカ」

 だからかな。彼が気になっちゃった。恋じゃなくて、純粋な興味として。もちろん、その強さも。失礼だけど、格好いいというよりも、随分と可愛らしい顔立ちをしていて、そんなにがっしりとしているわけでもなく、小柄なのにあんなに強いんだもの。今日的であるドルマゲスを敵討ちとして倒したいあたしとしては興味がある。

「アルバート家は、名家だけど……名家のお嬢様としての、気負いとか、重責とか、そういうのは……気にならないかい?あ、喧嘩したばっかりに悪いんだけど」
「構わないわよ……でも、あんまり考えたことはないわね。もちろん、感じないわけじゃ、ないけど……」
「ボクは……いつも感じてるんだ。もうボク以外にまともな後継者はいないし……みんなは期待するし……」
「そんなものなの、トロデーンの貴族って」
「あはは、ボクってね、魔法に堪能な家系の末裔の癖に魔法が使えないんだ」
 
 出会ってすぐの君に愚痴ってごめんね?

 彼はそう言って、少し口をつぐむ。 考えこんで、また話しだす。

「笑っちゃうよ。幼いときから魔法に対する知識をこれでもかとばかりに詰め込んだ期待の子供が、いざ魔法を使わせてみれば、全く魔法が使えないって分かるんだから。……なんでこんな話、ゼシカにするか分かる?」
「……分からないわ」
「君は見たところ魔法が得意だね。だからドルマゲスを仇討ちしようと思えるよね。……もし君がただの非力な女の子だったら、どうしてたんだろうね?ボクはそれが心配でならない」

 すっと胸が冷たくなった。

 もし魔法が使えなかったら?兄さんみたいに戦えなかったら?ただの非力なだけの女の子だったら?今のあたしからすれば考えもつかない、あたしだったら?

「それでも敵討ちにいこうとしたかもしれないし、諦めたかもしれない。諦めたなら、君はこれから経験するであろう苦難の道を歩まないね。旅は危険で、犠牲がつきものだ。その上、仇討ちとなると……ね」

 言葉がしみる。言い返せない、なにも。彼の言葉にのまれる。

「君は年頃の女の子。可愛らしい女の子だ。でも魔法が使える君は非力じゃない。だからこそ、ボクは心配なんだよ……。ドルマゲスならボクたちが倒すからさ、君は安全なところに居て欲しかったなぁ……。あぁごめん、別に今更仇討ちを止める気はないよ。ただの、ボクの愚痴さ。……ということにしてよ。
ボクがもっと強くて、もっと色んなことができたなら。ボクはドルマゲスに追いついて、リーザスに向かう前にドルマゲスを倒していたなら。そんな力があればよかったのに……。
……ただ、君みたいな子が、戦場に行くのは、なんて残酷なんだって思っただけさ……ここまで言っていてなんだけど、気にしないでね、ごめんね」
「……それを言うなら、あなたもよ。ドルマゲスと戦うのは厳しいものでしょう?貴男が強くても」
「あは、ボクは良いんだよ。どうせ……この旅がなかったら自由なんてなかったんだし」
「……流石にそんな事はないわ」
「あはは」

 乾いた笑いだった。

「……ん。ま、いいや。取り敢えず、力を過信し過ぎちゃあいけないよ。あいつはとんでもない強敵だからさ。
で、さ!魔法ってどんな感じ?どんな感じで魔力使うの?」
「……え、魔法……?」
「魔法を食らった感想でもいいよ!ボクさぁ、机上の空論でしか魔法を語れないんだ!やっぱり使える人がいるなら聞かないとね!」

 あんなに過信するな、無理するなと念押しした次に、切り替えられた話題はこんな質問。彼の年齢は知らないけれど、少なくともエルトとそうは変わらないはず。だから、こんなにきらきらと目を輝かせ、期待に満ちた笑みを浮かべるなんて思いもしなかった。朗らかに笑うとがらりとその印象は変わった。好奇心旺盛な少年。楽しそうな少年。そんな感じだった。

「……、弱くするから食らってみない?」
「殺さないでよ!ボクは魔法に滅茶苦茶弱いんだよ!」
「あんなに強いのに?」
「ボクは強くなんかないよ?魔法に弱いし、魔法は使えないし!」
「魔法は過信しちゃいけないんじゃなかったの?」
「使えるならそうさ。使えないボクは最大限に警戒する」

 手甲と手袋によって重厚に固められた手が軽やかにひらひら振られた。そして彼は身体を解すように伸びをする。目線はエルトとヤンガスが居る所。二人は話し込んでいるふうではなく、単に並んで座っているだけに見えた。

「……あっちいかない?」
「そうね」

 二人の方へ歩きながらがっしりした大剣を背負った彼の背を眺める。小柄な彼は兄さんのように広い背じゃなかったけど、頼もしい剣士の背中だった。

 ……その頃のあたしは、まさかそんなトウカが女性で、十八歳であるなんて思いもしてなかった。

・・・・
 
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