剣士さんとドラクエⅧ
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4話 理不尽
「……入りにくい、この空気……」
「年齢的には問題ないよね、僕達はもう十八歳だから……」
街中では実に威勢良く情報収集をしていたトウカだったけれど、情報が大集結していると誰でも分かる酒場にはどうしても入りにくいみたいだった。
成人は十八歳……十五歳でも一人前っていうか、兵士になったのはその歳だ。十八歳といえば結婚もできるのにね。貴族なら結婚している人も多いって前に言っていたよね?なのに何故そこで止まる。
まぁ……気持ちは、少しだけわかるけどさ。分かるけど、僕だってそこまで葛藤しないよ?……僕も年齢を誤解されかねない童顔、だけど。入ったら好奇の目に晒されるのは分かっているけど……。それでもそこまで戸惑わないよ?
「箱入りだから」
「無駄にキメ顔しなくていいよ」
「大衆の娯楽の場にボクが入った事があるとでも思っていたのか?」
「……確かにトウカのお父さんはとても過保護だった。お母さんは物凄く溺愛してたね」
「…………止めろい、恥ずかしいなぁ」
ふと思い返して言ってみると、思い出したのか耳まで真っ赤になったトウカはそっぽを向く。こっちが見てても恥ずかしくなるぐらいに溺愛されていたよね。羨ましいを通りこして哀れだったぐらいに。そりゃこんな所に行くような機会があるはずがない。
でもね、入り口のドアの前で立ち往生するのは邪魔だから。という訳で背中を押してドアを開けさせ、中に入った。
・・・・
「居たたまれないこの感じ」
「トウカの兄貴、緊張しなくても大丈夫でがすよ」
「本当?じゃあヤンガスにくっついとこ」
年相応に決して見られないトウカにまばらな客の視線が集中する。僕もさっきも言ったけど童顔だし、ちょっと居心地は悪い。トウカのお陰で視線は分散していて大したことはないけれど。トウカを盾にしている?……そうかもしれない。
それでも今、真っ昼間だからあんまり人がいないから良かった。まばらっていうか、本当に暇そうな人とか、たまたま仕事が休みらしい人しか居ないからね。
「…………」
「まさに借りてきた猫……」
「聞いてきてよ、ここにいる、あらゆる人に」
「ここに来て丸投げしないでよ」
「……」
いくら居づらいからって、情報収集を丸投げされるとは。……ここまで楽させてもらった分やってもいいけど……。でもね、トウカ。ヤンガスと一緒にいるのは目立つってものじゃないんだよ?目立ちに目立っている、というべき?僕としてはトウカとヤンガスが目立てば僕が目立たなくていいから有難いんだけどね。
にしても、ここにいる人にはトウカとヤンガスの関係は何に見えているんだろう。親子にしてはちょっとばかり年が離れていないし、年齢の離れた兄弟といってもヤンガスがトウカを「兄貴」呼びしているし。知らない人には謎の関係、かな……。そんなこと言ったら僕もだって?……そうだね。
・・・・
・・・
・・
・
どうして、人間はこうも醜いの?
私が生きていたあの世界の人間も、決してお綺麗な人間ばかりではなかったし、こんな出来事は歴史上、何度も何度もあったんだろうけど……。
でも、私は何にも知らずにあの世界で生きて、若いまま死んだんだ。生まれた国は日本、差別にあったことは特になかった。その後はここで生まれて、小さな小さなトロデーンの箱庭の中で生きた。義父上や義母上が目隠ししてくれていた世界しか見てなかった。見えなかった。トロデーンの中の汚いものすら、見ていなかったんだ。
要するにさ、こういう差別や汚い物は見なかった。決して見せられなかった。完璧なまでに隠されたんだ。
私は貴族だったから。大貴族の子という立場だったから。知るのは大人になってからだった。そんな中、成人……大人になってすぐ、私は旅に出た。出ざるをえなかった。だから、知っていることは子供時代と一緒だった。
そうだ、エルトと私は紙一重だったんだ。もし、屋敷の前に捨てられていた私を義母上が見つけなかったら?ここに来た時、八歳ぐらいだったエルトを、そうさ、義母上が見つけたのがエルトだったら?エルトが、どこかで分岐したであろうモノトリアの血を引いていたら?どうなっていたの?八年、たった八年のズレと偶然の産物。
当時のエルトは小間使い、私は貴族。
それでも共通点は、ある。置かれる立場は違っても、姫様の友達だったエルトと、貴族の私は汚いものを見えないように目隠しされていたこととかね。
でも、紙一重って言ったよね?エルトは私と違って世界がここまで汚いことを知っていた。知らざるを得なかった。私は全く知らなかった。知る機会もなかったし、知ろうとする意欲もなかった。慢心はいけない、と知っておきながら……私は見せられる世界だけが全てだと思っていたんだ。
エルトは私よりも冷静にこの場を打開する方法を考えていた。私のようにすぐに力ずくで解決しようとはしなかったのだから。汚い世界を知っていたから、私のように動揺しなかったから。でも、これは後から知ること。
「止めろ、止めろ!」
思考を止め、ただただ無我夢中で、陛下や姫様に群がっている人をなぎ倒す。力ずくでかき分ける。邪魔な奴は突き飛ばす、蹴り飛ばす。叫び止める声は聞こえている。でも止める気は、無い!
ずっとずっと鍛えに鍛えたこの力は、一般人を吹き飛ばすことは容易かった。それはまるで綿でも投げるかのよう。軽い。多分殺してしまうことも同じぐらい軽いんだ。でも、主君に血を見せるわけにはいかない。陛下は汚い世界を知っておられるだろうけど、不快にさせてしまってはいけない。
無骨な石を、無二の陛下に石を投げたその者を見つけ、私は怒りにまかせて足を踏み出した。その時、踏み出した下の石畳は簡単に割れ、木端微塵に砕けた。それは、私としては少し強く踏み込んだだけに過ぎない。怒りは力を何倍にも増幅するというけど、そもそも私は普段の生活ではふわりと羽のように舞っているだけにすぎないのだから、当然。その上怒りも加われば……しかし私はまだ全力なんて出してはいない。
我ながら化け物じみた力を、ほんの少し見せただけで群れる屑共からに悲鳴があがる。なんて耳障りな。
口々に私を魔物が化けた者だと言う。聖水すら、かけられた。勿論、効くはずがない。私は魔物ではない。私はモノトリアの貴き血をたまたまといえど引いているのだから。
ああ、でも。少し脅したぐらいでは埒が明かない。ここは一発で黙らせてやろう。
「……我が名は、」
義父上、義母上。どうかお許しを。私は大嫌いな権力を振りかざします。そして、この屑共から陛下と姫様を救い出さなければ。
「……止めい!」
「……!」
義父上と義母上に心の中で贖罪しながら続けようとした言葉を当の陛下に止められる。これは私が、私だけの力で止めなければならないという、ことだろう。
家の権力を振りかざせるほど私は偉い人間でもないし、当主でもないのに思い上がるなという訳だ。さすがは陛下だ。なんと正しい判断か。矮小な私には思い当たらないような考えをお持ちだ。怒り狂ってもなお、貴族は理性的に自分の力を図らなければいけないのだ。
「…………」
そこで、まだこの場に残っている最高に恥知らずな人間を追い払う為、私は「強めに」足を踏み出した。私の「強め」だ。間違っても、一般生活レベルの「強め」ではない。
するとさっきとは比べものにならない程、石畳は何メートルも砕け散る。その中心にいる私はさしずめ爆心地の中心人物だろうか。クレーターでも出来たようだ。これでも本気ではない。屑に本気をだすほど私は成り下がってはいない。
それを見た恥知らずは蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去った。誰一人怪我をさせては居ないからまあ、大丈夫だろう。これでいい。これでいいんだ。
私は、化け物じゃないよね?
「……トウカや」
「行きましょう、陛下。マスター・ライラスは数日前に亡くなられていましたし、ここに長居は無用です」
「……そうじゃな」
私は最初から表情を変えていない。もう、怒りすら馬鹿らしくなってしまった。こんな私を見て、エルトは怖がったりしないだろうか。地球の常識を思い返してみれば、こんな行動は人間の域を超えているんだから……。魔法がある世界でも、「バイキルト」も使わずにこんなことをする奴は異端だ、きっと……。
・・・・
・・・
・・
・
「……」
居たたまれない。
じっと自分の手を見つめて固まっているトウカに、一緒に黙っているヤンガス。多分トウカは必死でこの宿や町を破壊するのを抑えているんだと思う。
トウカは誰が思っているよりも優しいし、困っている人にさっと手を差し伸べたりするけど、その反面、破壊が好きだから。
戦いが好きで、破壊が好きで、魔物に限ってだけど、殺戮に生きていると言っても間違いでもない人間。それがトウカだった。勿論同族には優しいトウカが怖いはずがない。だけど、今日みたいなことがあればトウカはその身に宿す力を開放して攻撃する。
でも、それは普通なんじゃないかな。ただ、行使する力が普通よりも強いだけ。
今は僕たちは陛下の計らいで宿に泊まることの出来たのだけど、さっきからトウカはひたすら、ひたすら暗かった。無言で、無言で、考えこむ。笑顔はないし、トロデーンでの悲しみすら忘れているみたいだった。
トウカは部屋に入ってから、ただ一言だけ、「守れなかった」とだけ言ってから、ベッドに腰掛け、その状態はずっと続いていた。
ヤンガスも、そんなトウカの雰囲気に圧倒されたみたいに話さないし、動けないように見える。僕は、ただただ居たたまれない。
あの場面でトウカが地面を踏み砕いた時、僕はトウカより危険な状態だったんだ。剣を抜きかけ、本気で目の前の人間を傷つけてやろうと思っていたから。だから、本当は僕こそが反省しないといけない。でも、僕は何も責められることをしたとは思っていないんだ……あのやりかけた行動が、兵士として、人として駄目なことだったと分かっておきながら。
……広場で久しぶりに見た、トウカの力。本当はあんなものじゃ済まされないって事を知っているのはここでは僕だけだと思う。それでも本気で怒りに任せて暴れまわったトウカの力まではわからない。でも、町を物理的に破壊することぐらい、わけはないのは知っている。そして、それをやる気が無いことも。
どうやって鍛えたらあんな風になるのかは分からないけど、振るわれるのは完全に「力」だけっていう不思議。その中に魔力は無いし、そもそもトウカは一切魔法が使えない。それがトウカだ。
魔力が全くない人は珍しい。だけどそれだけだ。いるよ、僕の知り合いにも。あってもわずかで、無いに等しくて、それ故に魔法が使えない人はもっといる。だけど、うん。潜在的な力には魔法的なものをみんな持っているらしくて、あんな風に強大な力を使うときには無意識に何かしらの魔法が発動するもの、らしい。
だからあの状況で超常的なことがなかったトウカには本当に魔法が使えない。だから、あの時トウカは人間ですら無いとまで言われたんだ。そのことに関しては、僕も悔しい。全力で否定してやりたかったけど、僕は怒り狂って反対に言葉が出なかったんだ……。ああ、不甲斐無い。
僕は炎や雷の魔法が将来使えるらしいから、多分そういうのが現れるはずだ。さっきも怒りによって狭くなった視界の端が赤く染まっているような錯覚を感じた。それが限界までいけばあの場は炎に包まれたかもしれないし、何人かが火傷するだけかもしれない。そこは僕の魔力次第だ。そもそも出ない、というのはホイミが使える時点であり得ない。
トウカのお母さんは魔術師で、お父さんは魔剣士で当主様で、……。遺伝は、絶対じゃないけど、どうしてだろうね。だからトウカは手を見つめているの?それとも、力について考えているの?あの場でもっとやってしまえば良かったって?発動しなかった魔法について?化け物だなんて、心にもない阿呆らしい事を言われたことについて?
「なあ……エルト、」
「……何だい?」
その時、ぼそりと呟くように問われたトウカの想定もしていなかった言葉に僕は唖然とした。
「石畳の修理代、私に請求されない?」
「…………うん、トウカってそういう奴だったよ、安心した」
「えっ、されるのっ?」
「僕はそんなこと知らないよ!」
想像よりも僕の親友は逞しく受け止めていた。何を考えてたのかってもう一度問いただしても、あの騒動を起こしたせいで怯えられることよりも修理費ばっかり考えていたみたいだから。
それが本心だったのかは、知らない。結局そのことが話題に登ることはもう無かったのだから。単にいたたまれない雰囲気を察したトウカの優しさだったのかもしれない。でも、その時の僕は安心した。トウカがもうこれ以上悲しむことは嫌だったから。
後書き
トウカ→エルトは冷静でこの世の汚いところまで知っている大人。敵わない。
エルト→怒り狂ってもアクションを起こせない僕と違ってトウカは動ける。敵わない。
という勘違い&勘違い。
ちなみにサブタイの「理不尽」はトウカ達が、の意味のほうが強いです。普通に考えたら街に入り込んだ魔物に石ぐらい投げますからね……。
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