剣士さんとドラクエⅧ
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0話 覚醒
前書き
ハーメルン様からやってまいりました。現行まではすぐ投稿します。
「ばいばい」
「また明日ね!」
何時もどおりの挨拶をかわして、さっさと帰路につく。ここからは友達はみんな私と道が違うんだ。少し寂しさを感じながら何時も通りを歩く。普段から女の子らしく無く、昔から人生を傍観気味な私には珍しいこと。一抹の寂しさを胸にこの辺りではやや広い道を車通りが少ないからという安直な考えで真ん中をてくてくと歩く。
手に握って無残にもしわくちゃになっていた数学のプリントをシワを伸ばしつつ開けば見慣れた私の字で名前。右上がりの特徴的な時で遠藤桃華。勿論私の名前だ。桃香でも藤花でもなく、華やかな桃と書く「とうか」だ。由来は桃の花のような優しい子になってほしいことと華やかに咲いてほしいことの混合らしい。ちょっと意味がわからないけど、その話をするお父さんやお母さんはなんだか怖いからそれ以上は聞かないことにしていた。私の名前の話をする両親は操られているみたいな怖い目になるんだ。
私はめんどくさい数式がいっぱい載ったプリントを見ながら左に右にフラフラと歩いていた。この後私は後悔する。いくら車通りが少なくたってあまりにも無防備だったのが悪かったことを。もっと気をつけておくべきだと。
プリントを開いて数メートル歩いた後、私は「また明日」という言葉を守ること無く、要するに明日を迎える間もなく即死したのだ。死因は自動車事故。トラックの運転手の居眠りによる衝突だった。私は恐らく、ミンチかバラバラになったことだろう。覚えているのは体が砕け散るように激しい衝撃、暗転する視界だけ。
そこからの記憶は勿論ない。だから私は自分の無残な死体も、自分の葬式も見ずに済んだのだ。哀しむであろう両親も、「またね」を叶えられなかった友人のその後も。
死ぬ瞬間、私はどこかへ吸い込まれていくような感覚を覚えた。どこか懐かしいところへと向かうような、懐古すら湧いた。
・・・・
「あなた……」
「分かってるさ」
どこからか、妙にくぐもった声が聞こえる。いや、聞こえにくいのは私の耳のほうらしい。頼りの目は開けない。否、開けられない。酷く疲れた時のように目蓋が開いてはくれない。
ここは、どこなんだろう?
「ここにいれば、少しの間はこの子は幸せだけど……」
「そうだ。幸せだがここは危険だ」
触覚は大丈夫だ。ふわふわとした柔らかい何かに体が包まれている。それは大好きなマシュマロのよう。何だろう……これは。どこか世界が夢うつつに感じる。まさか明晰夢なのだろうか。記憶に靄がかかったみたいで、ぼんやりする。少し前のことが思い出せない。
「難しい術ね……でもやり遂げないと」
「三つも行うのは難しいが、うかうかしているとこの子が」
ああ、くらくらする。拍車をかけて頭がぼんやりする。どんどん意識が遠退いていくような感覚もある。懐かしい香りが遠のいていく。閉じた目蓋から涙がなぜか、止まらない。聞こえるくぐもった声から遠ざかるのが嫌でしょうがない。この人達のもとに居たくてたまらないんだ、何故か。
「私の娘……」
「どうか健やかに……」
聞こえる声はそこだけ、理解した。私は、この人達の娘だと。この人達こそ、本当の父や母なのかもしれない。ああ、「桃華」と名付けた両親が嘘だとは思えないのだけど、この人達も本物だと思うのだ。
遠のく意識。
そして、いくらかして、また目覚めた。
私は所謂捨て子として誰かの家に拾われていた。それを知ったのはぼんやりと日々を過ごす中、意識が珍しくはっきりしているときに聞いたからだ。
その場所は覚えていないが、確か赤い壁紙の広い部屋で、二人の男と二人の女と小さな少女が私の前にいた。大人二人はなぜだか口々に私のことを誉めていたが、その二人の間にいた少女が赤ん坊の私を見て、嫌味に笑いながら言ったのだ、一言「捨て子め」と。慌てた男女と怒り狂った今の「義理の」両親の声を覚えている。
突如少女に突き立てられた刃の痛みと狂った少女の声も鮮明に。嗚呼、義理の両親と分かるのはもっと後だっけ?そこは覚えていない。何故私が刺されたのかは明白、捨て子の私が少女の許婚の居場所に取って代わって養子になったから。……これも後に知るんだっけ?女の私が少女と結婚することはない。だから怒ったんだろう、というのが私の勝手な予想だ。本当の少女の許婚になるべきだった子は生まれてすぐに死んでしまった、と後で聞いた。「ルゼル」と名付けられた私の義兄上のことだ。だから身寄りのない私を養子にした。何故私にしたのかはまあ、後で知ったな。
……少女はわずか五歳にして人を刺した上に貴族の本家を養子とはいえ殺しかけたために縁切りされ、分家は名前を取り上げられたと言われた。これも後で知ること。
ともかく、私は男装する。このことで知ってしまったのだ。女であっては侮られる。そういう世界だからだ。私が生まれたのは。男装することは女らしくなかった私は何も辛くない。性格すら女らしくなく、妙に現実を見据えていると言われたこの可愛げのないものが役に立った。
女のままで侮られて、そして私がまた殺されかけたら駄目だ。死ぬ気はないけど、もしも、ということがある。
私は男よりも力も剣も強くなろう。そうすれば私の性別を疑わなくなるだろうから。それが、今の両親たちへ出来る恩返しだから。 私は、温かく平和な世界しか知らない。あの両親が何を思って私を捨てたかは知らないけれど……路地裏で浮浪児として生きていくのは無理だ。恩返しをしなくては。
・・・・
幾年かの月日はあっという間に経つ。軟弱で弱音を吐く日本の女子学生の私はもう、殺した。
あんなに私の頭のなかで泣き叫び、合理主義でありながらも逃げようとする役立たずはいらない。私はもう遠藤桃華ではないからだ。トウカ=モノトリア、それが私の名前。モノトリア家という大貴族の長子にして未来の当主、それが私だ。今の私に必要な物は強い精神力に強い肉体、理性的な考えだ。女らしさも平和ぼけした考えも皆捨て去る。
「トウカ様、当主様がお呼びで御座います」
「父上が?分かった」
手始めに私は髪を短く保つように心がけた。より男と思わせるために。どうしても憧れてしまいそうになる長い髪は、大人になってからでいい。大人であれば長い髪でも、長髪の父上を真似したのだと言えば済むから。
女らしさはたったの十八年、我慢すればいい。その十八年はもう五年も過ぎたのだから。十八歳になれば私は当主を継ぐ。それにモノトリア当主の命を狙うものは早々居ない。どれだけ当主が強いのかは世界に噂が轟くほどだから。モノトリアは武を重んじる貴族だ。そこらの戦士には引けを取るはずがない。
誇り高きモノトリア家の存在意義はトロデーン王国の王家を守護するというものと血を絶やさないというもの。故に強いのだ。ある者は剣と魔法の使い手、ある者は大魔術師として名高く、ある者は接近術に特化していたという。……最初は魔法が存在することに驚いたっけ。
血筋に関しては……血の有無がわかるという摩訶不思議な道具で私にモノトリアの血が流れていることを突き止めたため問題ない。モノトリア家は昔は多産で何人かは地位を捨てて平民になっている為、時折私のような者を受け入れる。……モノトリアは現在、血を引くものは私を入れてたったの六人で内三人は縁切りされていたりしているから頭数に入れない。ここまで減っていて、義母上が病弱で、子供を生むのが困難であるならば私を養子にしたのは納得できる。
私は男らしくあるために剣を習う。剣は騎士の嗜みだから。私の身を守ってくれるから。姫様や陛下を守れるから。そのためにはどんな努力もしよう。「トロデーン王家」を守るために私は生きているから。感謝の心を示すために。
私をよく理解してくれ、民には慈悲深い父上の期待を裏切らないように。優しく、清き心をもつ母上が、ルゼルという息子を失った悲しみを忘れるように。
私は、今日も生きよう。自分なんていらないんだ。小さなトウカ、泣き虫で、臆病で、一人が嫌いで、嫌われることが何より嫌いなトウカは要らない。
・・・・
「ただ今参りました、義父上」
「トウカ、今日は堅苦しい場ではないんだよ?」
「はい、……父さん」
「それでいい」
少年のように悪戯っぽく笑った義父上は頭がくらくらするぐらいわしゃわしゃと私の頭を撫でた。すかさず義母上は私を奪い、ぎゅっと抱き締めた。豊満な義母上の体に圧迫されて軽く死にそうになった……。
「女の子に何てことを!可哀想に、可愛いわたくしのトウカが男の子の格好をしなくてはいけなくなったのですよ!それならば今だけでもそんながさつな扱いをするのはおよしになって!」
「……ぎゅむ……」
義母上は優しいから言っているけれど、多分何もなくたって私はこうして男装していたのだから、関係ないのだけど。でも今は安らぎを感じていたいから何も言わない。男装して身を守らないとどうなるのは分かっているから。分かってしまったんだもの。あの狂気の少女だけじゃないはずだ、私という未完成のモノトリアを狙う存在は。
「お、俺だってトウカにそんな格好をさせたかなかったが、変な虫がついたらどうする!それにだな……」
「だからってトウカは女の子ですよ!事実を曲げても変わらないのに!」
「母さん、もうよして……」
「いいえ、白黒つけさせて頂きますわ」
もうどうにでもなれ。義母上のご意向のままに、だ。しかし、この話は終わることはない。私が決まって「十八歳になれば女の格好をします」と言って、喜んだ義母上にふりふりの義母上手製の……残念ながら似合わない格好をさせられて終わるというのがセオリーなのだから。
でも、この時は先ほどまでの覚悟はどこへやら。私は義母上の腕の中でぼんやりしていた。
ゆっくりと噛み締めて感じられるとても温かいこの場所。
私は、恵まれている。そう感じられるんだ。
例えこの体の右目が見えなくても。首に消えないほど大きな傷があろうとも。私は恵まれていた。だから、外の不幸な人達のことを知らなかったから。まだ私は薄く微笑んでいられたのだ。私は本当の父と母をどんな人なのか知らないが、今、迎えてくれる家族がいるんだ。
だけどこの後、知り合うことになった親友には両親や向かえ入れてくれてくれる人すら居なかったのだ。
それを知ってしまってから私は苦しむ人に手をさしのべる。それが偽善でもいいから。貴族の戯れだと蔑まれてもいいから。剣を取った日から狂ったように魔物を狩り続けたのは苦しむ人が減るようにだ。
今日は綺麗な、優しい春の風が吹いた。涙すら捨てた私には勿体無いほど穏やかな春の陽だまりが、義母上の温まりが私を守っていた。
・・・・
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