魔法少女リリカルなのはINNOCENT ~漆黒の剣士~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第25話 「星光とのお出かけ」
ブレイブデュエルが正式稼働を始めてしばらく経とうとしている。日に日にデュエリスト人口は増えているだろうし、今日もきっと白熱したデュエルがそれぞれの店舗で行われているに違いない。店内の熱気は実に凄まじいものだろう。
だが真夏の外を歩く際に感じる熱気はそれの比ではない。
そもそもの話……その熱気と比べるものではないだろうと言われてしまうかもしれない。そう言われてしまうとそのとおり……だが、そんなことを考えてしまうほど外は暑いのだ。
にも関わらずどうして外を歩いているかというと、前にシュテルと出かけるという約束を果たすためだ。ただ誤解がないように言っておくが、別にシュテルとデートというわけではない。
事の経緯を簡単に説明すると、ユウキも大分この街に慣れてきた。また昔から付き合いのあるディアーチェ達が会いたがっていたこともありグランツ研究所に連れて行こうと思っていたのだ。しかし、ディアーチェがユウキのための食事などの準備がしたいということで来るのは夕方にしてほしいと言ってきた。
俺はそもそもシュテルと出かける用事があり、どうせ夕方にグランツ研究所に行くのならユウキも連れて行こうと考えていた。
だがユウキはホビーショップT&Hから特訓でいないフェイトやアリシアの代わりに店側のデュエリストをやってくれないかと頼まれていたらしく、結果的にシュテルとふたりだけで夕方まで時間を潰すことになったわけである。
「……はぁ」
「そのため息は暑さに対するため息ですか? それとも私とふたりだけで外出するのが嫌だといったニュアンスのものですか?」
「そのどちらかでいえば前者だ」
別にシュテルとは昔から付き合いがあるだけに一緒に居ても緊張は覚えないし、相手をするのが面倒だなと思うときはあるものの彼女のことを嫌いと思ったことはないのだ。
「なるほど……あなたにちょっかいを出しても構わないということですね」
「今の答えをどう解釈したらそうなるんだよ」
「簡単なことですよ。いくら昔から付き合いがあるとはいえ、私達もそれなりに年頃の男女です。ふたりだけで出かけるという行為は緊張してしまうではないですか」
「つまり照れ隠し的な意味合いでやるってのか?」
「そのとおりです」
キリっ! という擬音語が聞こえそうな顔を浮かべるシュテル。今日はコンタクトをしているはずなのにメガネの位置を直す仕草をやってしまったのはまあメガネを掛けている人物なら起こり得ることなので仕方がないだろう。
だが……そこで恥ずかしがるならば可愛げもあるのだが、こいつの場合はわざとやっている感じがしてならない。外の暑さも相まって苛立ちを覚えてしまうのは当然だと言えるだろう。
「常に涼しい顔をしている人間が言っても説得力がまるでないんだが」
「何を言っているんですか。私はただ無駄な体力を使わないようにしているだけです。私の内側は様々な感情で溢れていますよ」
「あぁ……確かに人のことをからかいたいって感情はあるみたいだな」
俺の目に映っている八神堂の店主と同等にムカつくドヤ顔がその証拠だろう。
出会った頃から何を考えているのか読みにくい奴だったが、正直今のこいつの方が分からない時がある。昔は今のように表情は変わらなくても疑問に思ったことはすぐに聞くという素直な一面もあったのだが。……今もそういう一面はあるように思えるが、少なくとも今は基本的に茶目っ気が混じっているのであの頃と同一の素直さではないだろう。
「時にショウ、ひとつ聞いておきたいのですが」
「何だよ?」
「あなたは私をどこに連れて行こうとしているのですか?」
「簡単に言えば喫茶店だな」
喫茶店の名前は翠屋。高町の家族が営んでいることもあって昔から利用している店だ。
今日シュテルをここに連れて行こうと思った理由は彼女がのんびりと読書をできる場所がないか、と以前聞いてきたことがあったからというのが最大の理由になる。まあ個人的にここのところ桃子さん達と顔を合わせていなかったことのも理由ではあるが。
俺達の共通でハマっていることで考えれば、ホビーショップT&Hや八神堂でデュエルをするのが無難な手ではある。が、真っ先にその手を使うとシュテルの機嫌が悪くなりそうなんだよな。
――せっかくふたりで出かけているのにデュエルですか……いえ別に構いませんよ。私はデュエルが好きですし、まだ見ぬ強敵と戦える可能性を考えれば胸が躍りますから。私やあなたのことを考えれば当然の選択ですね……。
みたいなことを顔を合わせようとはせず喜びが感じられない声で言いそうだし。拗ねてもあまり表に出さない。でもそれを分かって構ってほしい……ある意味レヴィやディアーチェより手間の掛かる奴だよな。本気で拗ねられるとそれぞれにそれぞれなりの面倒があるのが現実だが。
「……お前は何で固まってるんだ? 別におかしなことは言ってないはずだが」
「いえ……あなたが私とふたりだけの状況でそのような場に行くとは思っていませんでしたので」
人のことを何だと思っているんだ、と思わなくもないがシュテルの気持ちも理解できる。
ふたりだけの状況で喫茶店に行けば、シュテルはデートだのなんだの言ってからかってくる可能性があるわけだ。
それは俺も理解しているし、シュテル自身も自分がどのような行動を取りそうか理解しているだけに今の反応をしているのだろう。理解しているならばやるなと言いたいところではあるが、こいつを含めた茶目っ気の強い人間には意味を成さないのも分かっている。俺が心の底からやめろと言えば別ではあるのだろうが。
「まあ確かにその見解は間違いじゃないな……おい、お前が言ったことを肯定しただけだろ。露骨に顔を逸らして拗ねるのはやめろ。というか、本当に拗ねてもないのに拗ねる真似をするな。次の話に行くまでの過程が長くなる」
「やれやれ、その過程が私達なりのスキンシップではありませんか。ただでさえ私やあなたは周囲に比べると口数が少ないタイプです。もしも無駄な過程をなくしてしまったら会話がなくなってしまいますよ」
デュエルにおいては無駄なものを極力省いて戦うタイプの癖に何故それが現実には反映されないんだ。そもそも無駄な会話がスキンシップって……意味のある会話でスキンシップを取った方が有意義ではないのか。分からん、やっぱりこいつの心の内は他の知り合いに比べても読めん。
ただし、今の会話にも確かなものは存在している。それは俺とシュテルの口数についてだ。確かに俺達の口数は人よりも少ない方なのだろう。周囲に居る人間が口数が多いだけなのではないか、とも思えてしまうが……。
などと考えながらも、シュテルの言うところの俺達なりのスキンシップを取っている内に目的地である翠屋に到着する。
「ここが目的の喫茶店ですか?」
「ああ。店の名前は翠屋、俺が小さい頃から利用しているところで高町の家族が経営してるところでもある」
「ほぅ……」
……なぜ俺はシュテルからジト目というか意味ありげな視線を向けられているのだろう。
考えられるとすれば、俺はシュテルとは小さい頃から交流がある。だが彼女は日本に居るときの俺をよくは知らないわけで……しかもそこに最近親しくなったはずの高町の名前が上がれば妙な疑いを持つ可能性は無きしもあらず。
しかし、そこに触れると面倒な展開になる可能性の方が高い。また店の前に居ては店側にも客側にも迷惑になる。ここはさっさと中に入るべきだろう。
「いいからさっさと入るぞ。ここに立っていたら邪魔になる」
反論があるかと思ったが、シュテルは大人しく俺の後に付いてくる。おそらく俺に迷惑を掛けるというか自分のペースに持ち込むのは良いと思っているのだろうが、他人を巻き込むのはダメだと思っているのだろう。
基本的にシュテルは近しい相手にしか茶目っ気を出さない。それだけに……きっと俺のような近しい人間と外見くらいしか知らない周囲では彼女に対する認識の差があるの違いない。
「いらっしゃいませ……あら、ショウくんじゃない」
店内に入ってまず声を掛けてきたのは、高町の母親である桃子さんだった。
桃子さんの立場は店長に等しいだろうし、パティシエなので店の奥で作業をしている印象が強かっただけに真っ先に顔を合わせるとは思ってもみなかった。事前で来店すると言っていた場合は別であるが。たまたまアルバイトが少ない日なのか、恭也さん達が一時的に店から離れているためにフロアも兼ねているのかもしれない。
「久しぶりね。最近はあまり顔を出してくれてなかったけど……うちのなのはが迷惑掛けちゃったかしら?」
桃子さんの顔にわずかながら喜びのような色も見えるあたり、高町は毎日のようにその日にあったことを家族に報告しているのかもしれない。というか……そうでなければ、ここで高町が俺に迷惑を掛けたという言葉は出てこないだろう。俺と彼女の繋がりなんてブレイブデュエル関連しかないのだから。
「別に迷惑を掛けられた覚えはないですよ。最近顔を出せてなかった理由は色々ありますけど……まあ最大なのは身内関係ですね。叔母が何も教えてくれなかったので……」
「そう……レーネさんらしいと言えばレーネさんらしいけど、今はショウくんの保護者代わりなんだからもう少ししっかりしてほしいわね」
桃子さん、そう言いたくなる気持ちは分かりますけど……あれでもレーネさんは成長してるんですよ。自室はともかく、前のように廊下やリビングに服を脱ぎっぱなしにすることはしなくなったんですから。
「ところでそっちの子は……ふふ、ショウくんの彼女かしら?」
「違います。会う度にそういう冗談を言うのやめてください」
まったく……何で大人はすぐ子供の恋愛事情に首を突っ込みたがるのだろうか。俺は桃子さんの息子というわけでもないのだが。
ただ桃子さんとは昔から付き合いがあるし、うちの母さんは桃子さんの親友だ。故に俺は時として彼女に息子のように可愛がってもらっている。あまり強くやめろとも言いにくいのが現状だ。
「彼女は……」
「はじめまして、私はシュテル・スタークスと申します」
小さい頃から淑女としての礼儀作法やらを教え込まれていただけに実に様になっている挨拶だ。普段のこいつを知っている身としては、いつも淑女的な言動をすればいいとも思ってしまうのだが。
「彼が言ったように私は彼女ではありません。彼女では決してありませんので……えぇ断じてショウの彼女では」
「俺にとってありがたい返答だし、大切なことでもあるけどもう言わなくていい。一度言えば伝わる」
だからチラチラとこっちを見るな。彼女じゃないと即答したことに対して茶目っ気のあるお前は何かしら思ったのかもしれないが、実際のところ俺達は彼氏彼女の関係でもないんだから。
「ふふ、なのはから色々と聞いてたけど思っていた以上にふたりは仲良しなのね」
「昔から付き合いがあるだけ……おい、何でこっちに近づいてくる? 別に引っ付く理由なんてないだろ」
「大した理由はありません。たまにはレヴィのように親しさをアピールしてみようかと思っただけです」
「やらんでいい」
レヴィのスキンシップはレヴィだから許されているというか、こちらとしても許容できているのであって、シュテルにそれをやられると困る。
というか……お前って至近距離まで近づくのは大丈夫でも実際に触れ合ったりするのはダメな奴だろ。そっちから一方的に触れる分には大丈夫だろうけど。仲良しって言葉が嬉しかったのか、真夏の暑さにやられたのかは知らないが、もう少し自制しろ。
「ふふ、うちのなのはともそれくらい仲良くしてくれると嬉しいんだけど」
「あの子が良い子なのは分かってますから個人的に親しくなるのは構わないんですけど……こいつとのやりとりみたいなのを期待されるのは困りますよ」
シュテルと高町は容姿や声に酷似した部分があるが、性格は360度とまではいかなくても270度くらいは違う気がする。同じような接し方になる可能性は極めて低いだろう。
それに……シュテルを含めた昔から付き合いがあるメンツは飛び級で中学生扱いされているから大丈夫なんだが、小学生達と親しくしていると茶化してくる奴が居るからなぁ。そんなに年の差があるわけでもないのにロリコンだとか言われるのは困る。
「にしても……まあ分かっていたこともありますが、桃子さんはシュテルと高町を間違えないんですね」
「だってあの子の母親だもの。確かに声とかは似てるなぁと思うけど、髪形や瞳の色……あと性格も大分違うみたいだしね。……ねぇショウくん」
「何です?」
「出来ればだけど、なのはのことはなのはって呼んであげてほしいわ。単純に私達家族も反応しちゃうからってのもあるけど、あの子の話にはショウくんがよく出てくるから。きっとショウくんともっと仲良くなりたいと思ってると思うの」
桃子さんの言い分は理解できるのだが、本人がいないところで今のような話をしていいのだろうか。まあ居たら居たであの子がテンパりながらも桃子さんを止めようとするだろうが。
「えっと……急に名前で呼ぶとなると恥ずかしさやらを覚えますし、個人的にですけどこっちから急に下の名前で呼んだらあの子は慌てそうなんですが」
「ふふ、確かにそうなりそうだけどやっちゃって大丈夫よ」
いやいや、大丈夫じゃないでしょ。
桃子さんはまともな母親だと思っていたのに、まさかプレシアさんとは別の方向だろうが彼女のように危ない人なのだろうか。
「あの子も小学4年生……女の子は早熟だっていうし、男の子を意識し始めてもおかしくないと思うの。だけどあの子は同い年の子よりも性別の壁がないというか、誰にでも同じように接するのよね。それ自体は良いことだと思うんだけど……」
あぁ……確かに普段のあの子は小学生組の中でも誰にでも平等というか、異性意識は持っていない方に思える。ただ俺には異性を意識しているような反応をする時があるので、桃子さんとしてはあの子の成長を促してほしいのだろう。俺にも反動がありそうでならないが……。
「まあ正直に言うと……あの子はショウくんと親しくなりたがってるし、年もそんなに離れてない。ショウくんはアスカや偶に私からお菓子作りを教わってる。だから将来的に一緒に翠屋を継いでくれないかしら……なんて考えたりしてるだけなんだけど」
……さらりととんでもないことを言われたような、いや確実に言ったよな。自分の娘と結婚してこの店を継いでほしいみたいなことを絶対言ったよな。
あぁもう、何で俺の知り合ってる親ってこういう人が多いんだ。まあうちの親も悪いんだけど……父さんの方ではディアーチェとの許嫁の話があったりしたし、母さんの方ではたった今とんでもない話を聞かされたわけだから。
ちなみに桃子さんが言ったアスカというのは俺の母さんの名前だ。苗字は言わなくても分かってるとは思うが、フルネームだと夜月明華になる。
「いやはや、モテモテですね。これは帰ったらすぐさま報告しなければなりません」
「少し……いや結構脚色して言いそうな顔で言うのやめろ。桃子さんも唐突に変なことを言うのはやめてください」
「別に変なことを言ったつもりはないわよ。なのははショウくんのお嫁さんになるって言ってた頃もあるんだから」
「……はい?」
「ふふ、ショウくんが分からないのも無理はないわよ。ふたりが小さい頃の話だから……なのはも自分が言ってたことなんて覚えてないでしょうけどね。ショウくんのことも最近会った感じに話すから」
よく思い返してみれば、小さい頃に親に連れられて桃子さん達に会いに行った覚えはある。具体的な内容までは覚えていないが、そのときに自分よりも小さい子と一緒に遊んだ覚えもある。きっとその子が高町なんだろう。
でも……当事者達が忘れているなら言わないでほしかった。そういう話を聞かされると何とも言い難い感情が沸き上がってきてしまうから。
俺はともかくあの子にはしないでほしい。絶対といっていいほど普通に接してくれるようになるまで時間が掛かりそうだし。
「……って、ごめんなさいね。席にも案内せずに立ち話に付き合わせちゃって。今日はそこまでお客さんは来なさそうだからゆっくりしていって。なのはやアリシアちゃんは道場の方に居るからあとでこっちに顔を出すかもしれないし」
桃子さんはいつもどおり温かい笑顔を浮かべているのだが、正直再び桃子さんがきっかけで何かしら起こると思うと恐ろしくもある。
高町が混じるだけでも大変なことになりそうなのに、アリシアまで居るとなるとカオスな未来しか見えない。こういうことはあまり考えたくはないが……感じる流れ的に個人的に嫌な方になる気がする。俺は無事に翠屋から出ることが出来るのだろうか……。
ページ上へ戻る