どんなになっても
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4部分:第四章
第四章
そうした日々が続いている。それだけでアブドルの身体の傷は増えていく。猫は引っ掻き噛み付くものだからである。そしてある日のことだ。
彼はその顔に大きな傷を付けて出社してきた。その傷は。
「あれっ、あの傷って」
「そうよね。どう見ても」
「猫の」
左の頬を猫の一匹に噛まれたのである。しかもそれだけではなかった。
顔中に引っ掻き傷がある。これで誰もがわかった。
「猫を飼ってるんだな」
「しかもかなり凶暴なのを」
「そうみたいね」
それがわかったのである。遂に彼等もだ。
「成程、だから今までの傷は」
「それでだったんだな」
「成程ね」
皆このことを知って納得した。彼のこれまでの傷のことをだ。
それを聞くとであった。こう答える彼であった。
「いや、猫はいいよね」
「いいってやっぱり」
「飼ってるんですね」
「そうなんだ。もう猫がいるだけで幸せだよ」
妻を語るのと同じだけ嬉しそうな顔での言葉であった。
「本当にね」
「それで何匹だけ?」
「一匹だけですか?」
「それでどんな猫なんだい?」
「四十匹だったかな。いや」
するとであった。こう返す彼だった。その言葉は幾分か考えるものになっている。
「もっといたかな」
「もっとって」
「四十匹以上も?」
「この前増えたんだよ」
こんなことも話してきたのである。
「実はね。また二匹増えたんだよ」
「またって」
「じゃあ一体何匹なんですか?」
「確か四十四匹だね」
それだけの数の猫がいるというのである。
「まあ妻の実家からマレーシア人が食べない魚を送ってくれるし砂は海岸で幾らでも手にはいるしね。お金には困っていないしね」
「困っていないっていっても」
「四十四匹って」
「凄い数だけれど」
「何匹いてもいいじゃない」
彼は気さくというよりも能天気に話すのだった。
「猫はね」
「いや、それでもその数は」
「もうかなり」
「物凄いんですけれど」
「だから何匹いてもいいじゃない」
あくまでこう言う彼だった。
「猫はね」
「そんなに好きなのかい、猫が」
「そこまで」
「猫は幸福の使者だよ」
今度はこんなことを言うのである。
「本当にね。猫はね」
「やれやれ、これは本物だな」
「全く。じゃあ家は今頃」
「猫屋敷か」
「猫が一匹でも減ったら寂しくて」
また言うアブドルだった。
「仕方ないよ。本当にね」
「本物の猫好きだ」
「ええ、これは」
皆そんな彼に呆れるばかりであった。そしてである。生き物は集まるところに集まるのだった。四十四匹では済まなかったのである。
シャハラはある日猫達を見てあることに気付いた。
「あれ、まただわ」
「またなのかい」
「そうよ、またよ」
休日で家にいる夫に対して返す。見れば彼は猫達と一緒に遊んでいるところどころにまとわりつかれたり噛まれたりして大変なことになっていた。
「またなのよ」
「やれやれ、またなのか」
「そうなのよ。一匹野良猫が来てるわ」
中に一匹だけ首輪をしていない猫がいた。しかもそこには名前がない。
「またね」
「そうか。それだったな」
「飼うの?」
「ここに来たのもアッラーの思し召しだよ」
イスラム教徒として相応しい言葉ではあった。ただ今回ばかりはかなり彼にとって都合のいい言葉にしか聞こえないものではあったが。
「だからね。いいじゃないか」
「やれやれ、またなのね」
シャハラは夫のそんな言葉を聞いてまずは呆れた声を出した。
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