幽霊でも女の子
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
4部分:第四章
第四章
「違うかしら」
「俺は他人が俺の言葉を断ることは嫌いなんだ」
「やっぱりね」
もうわかっていた。今までの彼との会話で。
「じゃあいいわ。どのみちこれからずっと一緒だし」
「そういうこと。じゃあいいよな」
「ええ」
政之の言葉に観念して頷く。その時に。
政之が自分の目を覗き込んでいるのがわかった。じっと目の中を見ている。その目を見ていると。もう明日香は動けなかった。
動けないままベッドに倒されてそれからは言うまでもなかった。それが終わってから明日香はベッドから身体を起こして下着とシャツだけは着るのであった。
「服はそうやって着るんだな」
横に寝ている政之が彼女に声をかけてきた。彼はベッドの上に両手を枕にして仰向けに寝ながら煙草を吸っていた。そうして彼女に声をかけてきたのだ。
「幽霊でも」
「それは同じよ」
明日香は政之に顔を向けて答えた。
「だって。身体の構造は同じなんだから」
「魔法か何かで着たりはしないんだな」
「幽霊は魔法は使えないわよ」
そういうことであった。
「だって死んだだけで普通の人間と変わらないんだから」
「そうか。それに」
政之はまた明日香に言う。
「何か全然生きている女の子と変わらないな」
「悪い?」
「いや、全然」
それはいいと言うのだった。
「かえって安心したさ。普通だったしな」
「どんなのだと思っていたのよ」
「てっきり何か起こるかって思っていたんだ」
政之の返答は明日香にとっては噴飯ものだった。実際にその言葉を聞いて顔を顰めさせる。
「どういうこと、それって」
「おどろおどろしい音楽が出て来るとか人魂とかな。それは全然なかったな」
「あるわけないでしょ。何よ、それ」
「幽霊でも全然同じか。安心したよ」
「当然でしょ。ただ死んだだけなんだし」
また抗議する。すると政之はまた言ってきた。
「ああ。それに」
「今度は何よ」
「さっきだけれどな」
「さっきって?」
「俺が目を覗き込んだ時だよ」
その時のことを言ってきた。明日香はその時のことを思い出した無意識のうちに顔を赤らめさせるのであった。
「えっ、その時って」
「動き止まってたよな」
明日香に目を向けて笑ってきた。まるで彼女の心を見透かしているように。
「そうだろ。あれで」
「わかってたの」
「わかるさ。いつもそうやって女の子落としてるからな」
「幽霊だってね」
明日香は政之のその全部見透かしたような言葉に観念して言うのだった。
「女の子よ。ああいうことされたら」
「弱いってか」
「そうよ。あれは反則よ」
政之から顔を背けて言う。やはりここでも顔は赤い。
「あんなことされたら誰だって。女の子だったら」
「だよな。けれど何もかもわかったし」
政之はまだ笑っている。そのよこしまな笑顔で言うのだった。
「これから宜しくな」
「ええ」
明日香もまだ不本意ながら彼の言葉に頷いた。
「これからね。浮気したら祟るから」
「ああ、それだけはないな」
政之はそれに関しては安心するように言うのだった。
「俺は付き合う相手は一人って決めてるからな」
「嘘でしょ」
「いや、本当さ」
何か白々しさが感じられる調子で答えてきた。
「何なら確かめてみるかい?」
「ゆっくりとね」
明日香は何故かここではそれを深く追求しないのであった。そうしてこの言葉を出すのだった。
「それは確かめさせてもらうわ」
「じゃあこれからもゆっくりと」
また明日香の方を見てきた。今度は顔を向けてきている。
「宜しくな」
「ええ」
一組の奇妙なカップルのはじまりであった。何はともあれ明日香は政之と付き合うことになった。幽霊とはいえ女の子だ。どんな相手でも彼氏がいても不思議ではないのだった。
「けれどね」
その夜明日香は政之にまた言っていた。今度は二人はキッチンにいる。
「その料理の仕方はないでしょ」
「何がだよ」
政之が料理をしていた。料理をしながら明日香に問うていた。
「幽霊は別に何も食べないんだろ。だったらいいじゃないか」
「それでもよ。何それ」
丁度鶏肉を焼いている。チキンステーキだ。
「その胡椒の量は」
見れば胡椒を浴びせるように肉にかけている。それで肉が真っ黒になっていた。明日香はそれを見て政之に言っているのだ。
「こうじゃなきゃ美味くないんだよ」
「駄目よ、そんなの」
明日香は政之に抗議する。
「それじゃあお肉の味が」
「食わないからいいだろ」
そんな話をしながら料理を作って見る二人であった。何だかんだでもうカップルになっているのであった。明日香もやはり女の子であった。
幽霊でも女の子 完
2007・12・12
ページ上へ戻る