SAO‐戦士達の物語《番外編、コラボ集》
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コラボ・クロス作品
戦士達×RoH
Roh×戦士達 《四話─救ってやるよ》
2024年1月2日22:43
「ユミル!隅に居ろ!」
言うが早いが、リョウは一気に登場した首の無い巨大な騎士甲冑へと迫る。分類的にはデュラハンに近いだろうか?武器は片手に携えた腐剣だが、地面に剣尖を付けているのを見るに……
そう思っている内に、ガーディアンが両手で持った腐剣を振り上げた。
「まぁ両手剣だよなっ!」
「────!」
言いながら、振り下ろされた腐剣を、リョウは急旋回するように低空でとんぼ返りして、避け、そのまま低空跳躍で一気に接近。
「雄ォッ!」
夕焼け色のライトエフェクトが刃を包みこみ、地面を抉りながらリョウの薙刀が真下から真上へと振りあげられる。
薙刀 単発技 虎威昇《こいのぼり》
鎧を縦一閃に切り裂いたリョウはそのまま、両足を鎧の表面に押し当て、サマーソルトと呼ばれるケリの要領でその顎に当たる部分を蹴りつけながらバック宙。少し離れた場所に着地する。
脚技 単発技 昇転脚《しょうてんきゃく》
「っと……!」
さて、どの程度相手のHPが減ったかとリョウは上向いて確認しようとする。が、其処に……
「──!!」
『やべっ!?』
声無き叫びを上げながら、振りあげた剣をガーディアンが白いライトエフェクトと共にふり降ろしてくる。
「……ッ……!!」
ギリギリ、着弾寸前の所で、リョウの薙刀の柄が大剣の機動に割り込んだ。ミシッ……!と自分の骨がきしむ音がした気がした。薙刀の柄が歪んでいるような気さえするその一撃は、膝こそ付かなかったものの、しっかりと踏ん張って居なければとても受け止めきれない。
『重ッ……!』
「リョウさん!」
後ろからユミルの悲鳴染みた声が聞こえたが、構っていられる状況では無い。と、思った直後に、其れが警告だと気が付いた。腐剣を受け止めたリョウの事を吹き飛ばそうとするように、今度は丸太ほど有りそうな脚鋼による正面からの蹴りが、リョウに迫って居たからだ。
「づぉっ!」
まだ衝撃が抜けきっていないが、即座に左に転げて其れを交わす。と同時に、腰だめに薙刀を引き絞るように構えると一気に飛び上がり……
「奮ッ!!」
一気に三連続の突きを放つ。胴当て中央の全く同じ部分に連続して三回、鈍い金属音を響かせながら其れは着弾し、そのまま着地すると同時に、リョウはその脚を鎧の股間部分に向けて振りあげる。
薙刀 三連撃技 壁破槍《へきはそう》
足技 重単発技 柱脚《ちゅうきゃく》
「────ッ!!」
「ちったぁ怯めよ腐れ鎧!」
しかし怒鳴り声も虚しくと言うべきか、それにも怯む事無く横一線、丁度リョウの頭が有る高さを、唸りを上げながらライトエフェクトを纏った腐剣が駆け抜ける。が……
「っとぉ!」
寸での所で硬直が解け、前転するようにローリングによる回避行動で其れを交わしつつ、巨大な脚鋼に蹴飛ばされそうになりながらその間を抜けて鎧の後方に回り込む。
『っし!』
このボスモンスターは、一撃の重さや鎧の堅さはかなりの物だがその分機動力が低いのはと言うお決まりのパターンをきっちり抑えて来る重一撃特化型らしいボスだ。かなり動作が鈍いので、対応しやすいのは助かった。正面から受けなければまだやりようはあると言う物だ。
だが……
『出来りゃ此処で出て来て欲しくねータイプのボスだったわな……』
言いながらリョウは相手のHPゲージを確認する。予想通り、其処には未だに十分過ぎる余裕を残したHPゲージが有る。HP全体では三本、内一本目がようやく二割と言った所だ。先は長い……と言いたいところだが……長くやっている暇は無い。視界端の時計を見る。残り時間は一時間と少し。丘を登り切る寸前まで来ているとはいえ、今からのボス戦、残り時間は皆無と言ってよいだろう。多少無理の有る戦闘でも、火力で押し切るしかない。
「おっ……!
後方斜め下、地面に向けて構えた薙刀に黄色いライトエフェクトが灯り、其れが少しずつ輝きを増していく。その体勢を、ガーディアンが此方に向けて振り返る寸前まで維持する。そして……
「……羅アァァッ!!」
振り向いたガーディアンが腐剣を振りあげようとした所で、一気に切り上げた。
重単発溜強化技 崩山月《ほうざんげつ》
溜めの時間を長くするほどに威力が上がるこのスキルは、使いどころは選ぶが十分に溜める事さえ出来れば単発としては破格の破壊力を叩きだす事の出来る技だ。先程《虎威昇》を受けたのと近い機動に重量のある切り上げを受けて、ガーディアンの巨体がようやく揺らいだ。怯んだのだ。
「っし……!まだまだぁ!」
静かな花畑に、再び轟音が鳴り響く……
────
2024年1月2日23:26
「後……四割ィ!!」
振り下ろした刃をギリギリで交わしながら、低空跳躍で踏み込み。踊るように空中で一回転しながら振り切られた刃が、鎧の足首を切り裂く。脚鋼その物を切ろうとすると、スキル無しではどうしても刃が通りにくいため、あくまでも斬るのは関節部分。これで既に全体の体力の60%を削った事になる。
「フゥっ……!」
ザァッ、と音を立てて、自身の周囲に雪煙を咲かせて着地しながら、リョウは更にガーディアンに向き直る。勢いのまま後方に抜けた身体が滑るのを自覚しつつ何とか制動。そのまま再び飛び出し、相手が振り向くよりも前に薙刀を振りあげ……
「割れ、ろっ!」
血色の薙刀が一気に振り下ろされ、鎧の肩口を直撃すると、一切の抵抗なく刃が縦一閃、斬り裂いた。
薙刀 重単発技 《剛断》
『ッし……!入ったぁ……!』
完璧な手ごたえにニヤリと笑って、リョウは振り下ろした体勢で硬直する。その笑顔がぬか喜びでない事を証明するように、怯み動作と共にガーディアンのHPがガクンと減少し、最期の一本のHPゲージへと食い込む。
と、同時に、音の無い咆哮が、再び花畑へと響いた。
「──────ッ!!!!」
「っと!」
その咆哮の隙を利用してリョウは後退、一度後ろを見た。視線の先には、隅っこの方でじっとしているユミルが居る。
「ユミル!そのまま端に居ろよ!今前に出られたら守り切れんからな!」
「~~~~ッ!!」
リョウの言葉にユミルがコクコクと何度も何度も頷く。あの反応を見るに、まぁ間違いなくボス戦は初めてなのだろう。初見がこれだけ大迫力の巨大ボス、其れもデカイ剣をブンブン振り回すタイプのなかなか恐ろしいタイプとは、あの子供、つくづく運が無い。
『こりゃトラウマもんだな……』
そんな事を思いながら苦笑して、一旦リョウはガーディアンから大きく距離をとる。ボスモンスターのHPが一定の値になった時や、一定時間内にある程度以上のダメージを受けた時などに、彼等が特殊なモーションをとる事は多い。そしてそのモーションの後には、大抵攻撃の速さや、パターンが変わる事がままある。
今回の場合三段あったHPが二段目に突入した時は特に何の特殊動作も無かったため大きく警戒する必要は無かったが、先程見た通り三段目に突入した途端、ガーディアンは明らかにこれまでとは異質な叫びをあげていた。警戒して距離をとるに越した事は無い。
が、後になって思えば、これは“やや”悪手であった。
距離をとる事が必ずしも安全策でない事は分かっていたが、今回の場合はその最たる例だったのだ。
ガーディアンが腐剣を大上段に構える。と、その刃に赤色の光が灯った。
「ちょっ!?」
その様子を見た途端に、リョウが目を見開く。あれは大剣カテゴリに属する単発突進系のソードスキル。《アバランシュ》の構えだ。
《アバランシュ》は、SAO内で幾つもある突進系のソードスキルの中でもかなり優秀な部類に属する。単発技としてかなり重量のある攻撃であり威力が高い。その上疾走、滑走共に距離が長く、踏み込みもかなり速いためミドルレンジに居ても一気に距離を詰めて斬り込む事が出来、かつ躱されてもそのまま走り抜ける事で結果的に相手と距離をとる事が出来、スキル後硬直の隙を上手くつぶす事が出来る。
その優秀な突進スキルを……
『あのデカさで使うんかよ……!?』
そう思いながら、リョウは即座に振り向くと、“ユミルに向けて”低空跳躍した。
アバランシュはボスモンスターが使うソードスキルとしては十分過ぎる程に十分な脅威だが、今回の場合最も問題なのは其処では無い。確かに、《アバランシュ》はスキルとして優秀だ。しかし実の所踏み込みも斬り込みも、素直すぎる程に直線的である為回避などの対応は全く難しくは無い。ただ今回だけは事情が違う。何しろ今ガーディアンがスキルを発動しようとしている、その直線状には、何の対抗手段も持たないHP即死圏内のプレイヤーが一人つっ立っているのだから。
「ユミルちょっと大人しくしてろ!」
「わぅっふ!?ちょ、リョウさん何!?」
「舌噛みたくなきゃ黙ってろ!」
ユミルの側面に着くや否や、リョウはその小さな体の膝の裏と首を後ろに手をまわして一気に抱えあげる。所謂お姫様だっこでありユミルは顔が真っ赤だが、んなことを気にしている余裕は無い。リョウがユミルを抱えあげた直後に、突進が始まったからだ。
「やべぇやべぇやべぇ!」
「わぁぁぁぁあああ!?」
ドズン、ドズン、ドズン、ドスンドスンドスンドンドンドンドンドンドン!!と凄まじい地響きと共に高さ六メートルの人型の鋼鉄が迫ってくる様を見て、流石にリョウもユミルも叫んだ。
「ぬぐごご……!」
「り、リョウさんもっと急いで!いそいで!」
「急いでんだよこれでもぉ!!」
全速力でリョウはガーディアンから見て左に向けて走る。巨体ゆえか人間が行うよりも大分踏み込みのスピードとしては遅いそれだが、そもそも歩幅自体がでかいため結果的には其れなりのスピードでガーディアンは接近してくる。しかも唯一の救いである微妙な遅さも、悪い方向ばかりに作用している訳ではない所がまた性質が悪い。
『こういう突進技うッぜぇ……のな!』
と言うのもこの《アバランシュ》本来完全な直進の突進であるはずが、此方が回避しようとする方向に微妙の方向修正しながら接近してくるのだ。実際この手の攻撃を受けて見ると分かるが、こういった微妙な追尾技は、切迫した状況下で受けると完全回避が中々に難しい。
が、とは言え、リョウとて五歳からゲーム三昧のゲーマーである。アクションゲーム等これまでの人生でそれこそ腐るほどやってきたのだ。この程度は……!
「口閉じてろよ!」
「え、わぁっ!?」
ガーディアンとの距離が5m位になった所で、リョウはいきなり急制動を掛けた。再び雪が大きく舞い上がり、リョウの身体が滑る。が、ガーディアンが振りあげた剣を振り下ろす直前で、脚が地面をしっかりと捕え……
「ほっ!」
「!!?」
其れまでガーディアンから見て左に全速力だった身体が、一気に右に向けて跳躍した。振り下ろされた剣は何もない地面を大量の舞い上がった粉雪と共に陥没させ、リョウはその勢いに煽られるようにバック宙しながら距離をとる。そのまま二三回全力でサイド、バックステップを繰り返し、
「っと……!」
「(パクパク)」
「投げるぞ!受け身取れよ!」
「ふわぁっ!?」
「許せ!」
言いながら、リョウは落下ダメージが発生しないギリギリの高さでユミルを放り投げる。「もぎゅっ!?」と声がした気がしたが、気のせいだろう。
確認する間もなく、リョウは既に此方に向けて振り向いたガーディアンを睨む。既にガーディアンは、リョウに向けて顔を向き直らせつつある。
「鬼さん此方!」
言いながら、リョウは今度は正面を切ってガーディアンへと突っ込む。距離をとればアバランシュが来る事は確定だし、それを下手に避けようとしてユミルが軌道上に入ったりすれば事だ。
重装備を着込んだいまのユミルには残念ながらアバランシュを回避できるだけの機動力は無いし、ガードしたとしても、恐らくは即死する。
『そもそもこの重量感でアバランシュとか悪い冗談だっつーの!』
歯がみしながらリョウはガーディアンに向けて低空跳躍で飛び込む。足元についた所で一閃、振り下ろされた腐剣をとんぼ返りで左に躱すと、即座に大きく薙刀を引き……システムアシストと共に三連続で脚鋼に向けて突き出す。
三連撃技 壁破槍《へきはそう》
「────ッ!!」
「やっ……ッ……!!」
と、次の瞬間先程までの動きよりも明らかに速く、大剣が振り下ろした上体のまま水平に振り切られた。
幸い刃の部分では無い物の、巨大な腐剣の面の直撃を喰らい、リョウの身体がかなりの勢いで吹っ飛ぶ。
「の、やろがぁ!!」
崩れかけた体勢をギリギリの所で着地前に戻し、両足を地面に叩きつけてリョウは制動する。が、停止しきれず薙刀を地面に突き刺してようやく停止する。
『どう言う威力だっつの……!』
内心で悪態をつきながらも、休んでいる暇は無い。ふぅっ、と大きく一つ息を吐くと、再び薙刀を構え直す。が……
「……オイ?」
其処に、絶望的な状況があった。
それは神様のいたずらか、或いは死神の微笑みか。強いて言うならこれまで何とか保たせていた綱渡りのバランスが、大きく崩れたような、そんな不運。
別に、ガーディアンが追撃を構えていた訳ではない。いや、寧ろそうであったならどれだけ良いかと思えた。何故ならガーディアンは、“ユミルを見ていた”のだから。
「ちょっ……!」
恐らくはランダムステータスの何処かの値が、たまたまユミルをねらっただけだろう。甘かった。恐らくはアバランシュに驚いて一瞬でも攻撃の手が緩んだのが原因だ。ヘイトコントロールをし損ねたのだ。
ガーディアンが腐剣を大上段に振りあげ、その刀身が深紅に染まる。
ユミルが離れているため、当然のようにアバランシュだ。スキルが発動してしまった以上、今からヘイトを向け直そうとした所でもう遅い。かと言ってこのまま通したら間違いなくユミルが死ぬ。
冗談も誇張も一切ない。確実に、死ぬのだ。
「く、そっ……!!」
全力で地面を蹴る。最早止めようは無い。ユミルを抱えるのも間に合わない。必然出来ることなど一つしか残って居ない。すなわち──
「ユミル!走れ!」
「う、あ、は、はいっ!」
言いながら、リョウはガーディアンとユミルの間に割り込み、水平に薙刀を構える。と同時に、凄まじい衝撃がリョウの両腕にのしかかった。
「ぐ、む……!の、ったれがぁあああ!!!」
全身の骨がきしむような圧力と共に、精一杯に踏ん張った脚が冗談のような速度で雪を巻き上げ後退して行く。が、此処で踏ん張るのを止める訳にはいかない。後ろにユミルが居るのもそうだが、今ほんの少しでも力を抜けばその時点で自分の身体が弾き飛ばされる嫌な自信が、リョウには有った。そしてその場合、自分も大ダメージは免れないし、まぁ後方の彼に付いては最早言うまでも無いだろう。
『と、まりやがれぇえええ!!』
息を詰めているため声には出さない物の、内心で叫びながらリョウはドンドンと後退する。やがて、殆ど端の辺りに居たガーディアンとリョウは折りの中央付近までやって来て、ようやく止まった。
「ッ!」
瞬間的にチラリとユミルを確認する。問題無い。先程までと比べれば大分近いが、十分に距離の有る位置に居る。
「調子ぶっこいてんじゃ……!」
其れを確認するや否や、リョウは一気に腐剣から薙刀を外す。今の衝撃によって“抜けた”ダメージで、大分HPは減った、具体的には残り五割強と言ったところだが、構っている訳にも行かない。即座にもう一度ヘイトを調整する必要があるからだ。
「フゥっ……!」
体を一度大きく捻ると、そのまま薙刀の柄を引っぱるように一回転。次の瞬間、薙刀の刃に緑色のライトエフェクトが灯る。そのまま、一気に回転速さを上げて、リョウの身体が独楽のように回転する。
薙刀 上位四連撃技 乱嵐流《らんらんりゅう》
「ッ……!!!」
合計で四回転した体が、ガーディアンの足首を左足から右足へと流れるように切り裂いていく。
回転が止まり、雪煙がリョウを取り巻くように再び咲いた。更に……
「ねぇよっ!!」
回転終了の位置関係から、真後ろに回ったガーディアンの膝裏を、オレンジ色のライトエフェクトを纏って曲げ上げられたリョウの脚が思い切り蹴り飛ばす。
単発技 背烈《はいれつ》
「もうちょい……!」
これで残りのHPは三割になった。もう少し……そう考えながら、リョウは硬直が解けると同時に振り返る。ほぼ同時に、ガーディアンが腰だめに剣を引いた。
先程のリョウのような緑色のライトエフェクトが腐剣に灯り、其れが空を咲いてリョウの頭を吹き飛ばそうと迫るのを、リョウは頭を下げて躱す。
『もう一本……!』
そのまま振り切った腐剣を振りあげて来るガーディアンから、リョウは側面に回り込む。次の瞬間、寸前まで自分が居た場所に腐剣が叩きつけられ、地面が陥没した。
「攻守交代だコラ……!」
言いながら、リョウは、まるで先程のガーディアンの構えをまねるように刃先を地面と水平に、自身の左に薙刀の柄を引き付けた。
刃先に青色のライトエフェクトが灯ると同時に、その体が動きだし……
「……!?」
直後にドスッと嫌な音を立てて、何かがリョウの身体に突き刺さった。
『そう言うの、在りかよ……!』
リョウが悔しげに唸る。彼の身体、腕と腹部、そして脚に突き刺さって居たのは、ガーディアンの全身に絡みついた茨。その棘のある蔦が、凄まじい勢いで成長した物だった。
極近接域に居る対象に対する特殊攻撃。確かに警戒すべき技では有ったが、出来ればあって欲しくは無かった。ついでに言うならば、この“瞬間での”発動はリョウとしては勘弁してほしかった。
ソードスキル発動の瞬間。その最悪のタイミングでカウンターを喰らったリョウの体勢は大きく崩れ、刃から青いライトエフェクトが消失する。
「しくじっ……!」
たを言うよりも前に体が完全に硬直する。と、同時にリョウに突き刺さった茨がちぎれ、ガーディアンが此方を向くと。腐剣を大きく引き、剣尖を右斜め後ろに構えた。
HPは今ので残り三割。どう考えても耐えきれない。
ガード?間に合わない。回避?体が動かない。対抗手段は……無い。
「ユミル──」
反射的に、けれど“予定していた通りに”リョウは叫んでいた。
「“──逃げろ!!”」
そしてそれを叫んだのと全く同時に剣が振るわれ、そして何の皮肉か、全く同時に……リョウの前に、“小さな影”が飛び込んだ。
「……!!」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。ただ自分の身体がその間に入った何かが剣を正面から喰らった事で刃が体に届く事を逃れ、生きている事。そしてその小さな影がまるで小石のように剣に吹き飛ばされ、盾と兜を地面に落下させながら空中を舞っている事だけが、スローモーションになったような世界の中でぼんやりと認識出来た。
およそ無意識の内に、彼は叫ぶ。
「バ……カ野郎!!!!!」
硬直が解けると同時に低空跳躍。ユミルのHPゲージがとんでもないスピードで減っていくのが見える。グリーンをあっという間にぶっちぎり、イエロー、レッド……
『止まれ、止まれ止まれ止まれ!!!』
そのゲージが最後の一ドットまで届き……
「止まりやがれええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
その怒鳴り声が届いたかのように、残り本の一ドットの所で、ユミルのHPの減少は止まった。
「ッ!!」
ボンっ!と音を立てて、リョウの身体が跳躍する。空中に居るユミルの身体に追いつくや否や、空中で抱きしめた。そのまま落下する前に背を地面に向け、背中から地面に着地する。
「ぐぉっ……!」
「ぅ……」
落下ダメージでHPが多少減ったが問題無い。残りHPが1ドットの彼が喰らうよりも百倍ましである。
着地と同時にリョウは袖から緑色の結晶を取り出すと、ユミルに其れをかざして怒鳴った。
「ヒール!」
即座にユミルの身体を淡い緑色の光が包みこみ、HPゲージが一気に回復する。SAO内でも数少ない、一瞬で体力を回復出来るアイテムが、この回復結晶だ。そうして彼のHPが綺麗なグリーンになったのを見て、即座にリョウは叫んだ。
「り、リョウさん……?」
「この馬鹿野郎!!何考えてんだ手前は!!!?お前死ぬとこだったんだぞ!!?」
「ぅう……ご、ごめんなさい……で、でも……」
自分で言っていてお前が言うなと言いたくなるような言葉だったが、言わずには居られなかった。小さく謝罪を口にしがらリョウの胸に顔をうずめてユミルは縮こまる。と、その向こうをみてリョウが目を見開いた。
「あぁくそ!ユミル掴まってろ!」
「ひゃっ!?」
最後まで聞くよりも前に、リョウはユミルを抱えあげて跳躍する。其処に、腐剣が叩きつけられ、地面が揺れた。
「空気読めよ手前ェ……!」
悪態をつきながら更に跳躍で離れる。と、着地しながらリョウはユミルに言った。
「降ろすぞ!離れてろ「ま、待って!」あぁ?」
しかし其れを遮って、ユミルが大きな声でリョウの事を止めた。いぶかしげにユミルを見る。と、先程の衝撃で兜が落ちユミルは泣きそうな表情でリョウを見ていた。
「……なんだよ」
「お、お願いが有るんだ……ボク……その、リョウさんに、死なないで、ほしい……」
「はぁ?」
いきなり突拍子もない言いだしに、リョウはますます怪訝な顔をした。
「なんだそ……りゃ!っと、当たり前だろんなもん」
ガーディアンのアバランシュを何とか誘導して跳躍回避しつつ、リョウが言った。しっかりとリョウにしがみついたままでユミルが弱弱しく言った。
「うん……そう、なんだけど……怖いんだよ、さっきリョウさん、死んじゃいそうだったから……今リョウさんが死んじゃったら、ボク……」
「まぁ、手段も無くなるし使い魔も助けられんわ、なっ!」
「ッ……そうじゃなくて!」
「ッ……?」
少し怒ったように言うユミルに、リョウは少し驚いたように彼を見た。若干涙を眼に浮かべて此方を見て来る視線と目が合う。それは彼の幼馴染が、彼を本気で心配した時に自分をとがめて来る瞳に、とても良く似ていた。
「ボクは、リョウさんがし、心配なんだよ!死んでほしく無いんだ!分からないのかな!?」
「あぁ?あ、あぁ……」
あまりにも正面切った物言いに、やや戸惑いながらリョウは曖昧に頷く。が、ふと思い出したように、やや不満げな声で続けた。
「って、俺はついさっきお前さんのお陰で死ぬほど気を揉んだんだが?俺に言えた義理か、お前。おっと!!」
「う、だ、だってそれは……勝手に、身体が動いちゃったから……それに……」
「なんだよ」
やや言いにくそうに視線を逸らしながら、ユミルは消え入るような声で言った。
「その、ボク、リョウさんに恩返しをしなきゃって……」
「は?」
「…………」
「……ぷっ」
「う!?うぅ~~~!!」
一瞬沈黙、後突然吹き出した涼人に、馬鹿にされたと思ったのか、ユミルは威嚇するように涙目でリョウを睨んだ。が、そんな事をしてもリョウの笑いを助長するだけである。寧ろ可愛げがある。
「くっ、くく……あー、恩返しね。まぁ、お気持ちだけうけととっときますよ、っと!」
「わっ」
低空跳躍で振り下ろしを躱し、着地した所でユミルを脚から地面に降ろす。そうしてユミルが地面に降り立ったのを確認すると、不意にリョウはユミルの頭をポンっ、と叩いた。
「んっ」
「ま、ありがとよ。言われなくても死なねーけどな。さっきのはちょっとしたミスっつーことで」
「ミスで死にかけたりしないでよ!」
「わかったわかった!」
苦笑しながらリョウはそう言うと、薙刀を構える。
「ほれ、離れてろ」
「う、うん……」
ユミルが離れて行く気配を感じながら、リョウ視線の先で腐剣を振りあげているガーディアンを見る。先程までの戦闘で、完全にこのガーディアンの《アバランシュ》の動きには慣れた。それこそ慣れ過ぎる程だ。
少なくとも──
「────ッ!!」
地響きと共に、深紅の光を纏う腐剣を振りあげガーディアンが突撃してくる。が、彼の間合いはリョウの直前までだ。詰まる所現在進行形全速力でリョウから離れているユミルまで攻撃は届かない。そして……
「ふっ」
「──ッ!!!!」
振り下ろした刃が着弾し、雪煙を巻き上げる。周囲の雪は吹き飛び、その下の草地をえぐって土がむき出しになっているのを見て、リョウが言った。
「ったく、今更だけどよ、景観台無しじゃねぇか。守護者《ガーディアン》なんだろ?ちったぁ配慮しろよ」
さも当然のように回避し、さも当然のように溜息を吐く。回避に要した移動距離は一歩分。
──少なくとも、この程度の事が出来るくらいには慣れていた。
「ったくよ……」
まったく嫌な話だと、リョウは溜息を吐く。
生憎自分は宗教家では無いのでさっぱりだが、一体何が憎くて、神様とやらはあの子供に此処まで苦難をお与えになるのだろう?
ただ純粋な興味と楽しみで来た世界に閉じ込められ親にも会えず、やっとの事で慣れた世界でようやく出会えた心を温めてくれる友人は他人に殺され、それでも健気に他人を信じようとして見れば、碌に構ってももらえずに無視され続ける。
「あぁまったくもって最高に最低だぜ。素晴らし過ぎて涙出てくらぁ」
吐き捨てるようにリョウは言った。
「挙句の果てには相棒助けようとすりゃレベルで届かんダンジョンでボス戦、死に掛けると来た、あぁ糞ったれ何の冗談だ?こんだけ苦労した餓鬼これ以上苦労させて何を学ばせようって?」
理不尽な死なら学んだはずだ。人間の醜さも学んだろう。現実の厳しさもユミルはもう充分過ぎる程に学んだはずだ。なのに神様とやらは、まだ彼に碌でもない運命を突きつけようとする。
「ふざけんじゃねぇ!!!」
心の底からリョウは叫んだ。それは個人的な怒りであり、そしてきっと代弁だ。こんな理不尽で驚くほど不公平な運命に、納得など出来る訳が無い。だから怒るべきはリョウでは無い、ユミルだ。だがユミルはそれをしないだろう。多分、リョウがどうして此処まで怒っているのかも分かっていない筈だ。だからリョウが叫ぶのだ。
そして叫びながらリョウはストレージを呼びだした。
「いい加減、もう打ち止めで良いだろうが、山盛りてんこ盛りの不幸も理不尽も不公平も運命も、この辺で打ち止めで良いだろうが!」
そう言っているリョウに、ガーディアンは再び腐剣を振りあげる。其れは神様の答えのようで、メッセージのようにも見えた。「そこまで言うのなら、打ち止めにしてみせろ」と「お前のそのちっぽけな怒りで、その子供を、理不尽で不公平な運命から救って見せろ」と、そう、言われた気がした。
故に、叫ぶ。
「上等、だぁ!!」
咆哮と共に、腐剣が“上に”弾かれる。振りあげた武器をその勢いに逆らう事無く肩に担ぎ直しながら、リョウはガーディアンを睨む。
その刃は、リョウがそれまでに持っていた鋼鉄の薙刀では無い。分厚い刀身に、鋼鉄の柄、荘厳な装飾に、全てを睥睨するように睨みつける一体の龍が彫られた、一本の青龍偃月刀。
昨日までなら、微妙に筋力値が足りず、装備することすらできなかった其れを肩に担ぎながら、リョウは仁王立ちでガーディアンを見た。
「救ってやるよ……それが、俺が今此処に立つ理由だ!!!」
その名は《冷裂》、彼の、最期の切り札だ。
────
2024年1月2日23:43
SAOに置いて、ダメージ判定の有る状態……つまり、攻撃に使用された武器同士が衝突した場合、速度その他のパラメーターはある物の、基本的にはより重量のある側が有利な判定を受ける事が出来る。例えゲームであっても基本的に現実の物理法則を基として居る以上はそれは変わらない。だからこそ、今起こっている状況は、それこそ他の多くの人々が見たのなら、信じがたい物だっただろう。
何しろ高さ六メートルの身体を持つ巨人の鎧が振り下ろしてくる、巨大な質量を持つ大剣を、身長2mも無いような唯の人間が、薙刀で跳ね返しているのだから。
「羅ぁっ!!」
ゴァンッ!と凄まじい質量同士がぶつかり合う音がする。其れと同時に、振り下ろされた大剣が弾かれ、跳ね返したリョウはそのまま降った薙刀の勢いに逆らう事無く身体を回転させ、左上から一閃、冷裂を切り下ろし、そのまま地面に穂先をめり込ませて、その勢いを止める、と即座に引き抜く。
無駄な動作が多過ぎる、強いて言うなら隙だらけな全体動作だった。たったそれだけの攻撃が、其れまでびくともしなかったガーディアンを怯ませていると言う事実さえなければ、今頃リョウはとっくに死んでいただろう。逆に言うならば、其れを可能にしてしまう程に、この冷裂と言う武器はとんでもない破壊力を秘めていたのだ。
ただ、其れには当然、相応の代償も含まれている。
「うっ琉ァッ!!」
ゴァンッ!と、およそ通常戦闘では耳にしないような音と火花をまき散らして、再び冷裂が巨大な鉄剣を弾き返す。だが今度は反動が大き過ぎた。大振りに成り過ぎたリョウの身体がたたらを踏むように後退し、反撃のチャンスを逃す。
「(腕が……抜けるっつの……!)」
歯を食いしばって内心そんな事を考えながら、リョウは地面を土がめくり上がるような勢いで踏みしめ身体に静動を掛ける。
冷裂の威力の源となって居るのは、冷裂全体の体積に対して本来現実では有りえない、異常な密度で押し込まれたその質量だ。その重力質量……詰まる所重さは実に1t、高々長さ2m強の棒状の物体に、体重50kgの人間20人分と同じだけの質量が詰まっている事になる。
其れを振り回しているリョウもリョウだが、それ以上に問題なのはその圧倒的な重量から生み出される慣性だ。質量の多い物体と言うのは、原則的に運動させるのに大きなエネルギーが必要な為運動しにくいが、同時に運動を行った際はそれを止めるためにも大きなエネルギーが必要で、止まりにくい物でもある。
詰まる所今冷裂を振り回しているリョウはこれまで使っていた薙刀とは比べ物にならない力で武器を降らなければならず、かつ、其れを止めるために更に強い力を持って武器を制御しなければならないのである。
これが、驚くほど難しい。
「大人しく、しやがれこのじゃじゃ馬ぁ!!」
発動した守護者のSSを弾き返してそのスキルを強制停止させ、振りあげた体勢から脚を踏ん張りながら、リョウは叫んだ。
振りあげた冷裂に赤黒いライトエフェクトが灯る。
「破ァッ!」
薙刀 重単発技 《剛断》
鎧の正面を、振り下ろされた刃が縦一閃に引き裂く。大きく後退した守護者のHPがガクンと大きく減少するが、それでも最後のHPゲージ中、3割の量が残存していた。
チラリと、視界の端にある時計を見る。
現在時刻、午後11時48分
「(くそっ、時間が足らねぇ!)」
残りはたったの12分しかない。このボスが此処に居る以上このフィールドダンジョンのゴールはすぐそこの筈だが、其れまでの間にこのボスを倒しきらねばならない。そう考えると、そのすぐそこが果てしなく遠く見えた。
おまけに、仮に其処に辿りつけたとしてもユミルの望みが叶う保証は……
「(今考える事か!悪い方に考えてる暇があるなら……!)」
とにかく此奴を倒すことだけをイメージするべきだ、頭の中で次の瞬間の動きを何通りも考えながら、リョウは構え直した。この武器の重さにはもう慣れた。だが、この武器の質量や慣性は変えようがない以上、敵の攻撃のように躱しやすくなったり、相手の次の動きが読めるようになるなどの劇的な変化がある訳ではない。ただ、精々振り方のコツが少し掴めただけ。あとはどこで、どのタイミングで、どのようにその行動を実行するかを考えるのみである。
「(単発技でぽこぽこやってる暇はもうねぇ、あとは……)」
頭の中のシュミレーションが終わる。次の瞬間の相手の動きが、頭の中に記録された予備動作と重なっていく。相手の攻撃は……
「────────ッ!!!」
「吸ぅ……吐ぁ……」
左上からの振り下ろし。ソードスキルだ。速度は通常の振り下ろし動作と比較して約60%の加速補正。そのまま全体としては振りあげに移行するニ連撃。だが……ニ撃目は撃たせない
「…………」
振り下ろされてくる巨剣が、スローモーションで視界に映し出される。前に二歩、左に一歩。そのまま身体を沈み込ませて振り下ろされる刃を眺める。浴衣の袖を僅かに掠めて、振り下ろされた剣が地面をめくり上げ、土煙を上げる。だが、当たってはいない。その事実さえあればいい。
リョウは身体を大きく沈みこませ、左手の冷裂は地面すれすれの所まで、大きく後ろへ引いていた。刃が纏うは深い森の如く、何処までも深い深い緑色。それは薙刀の技を究めた物のみが手にできる、薙刀最上位の一。
「喰らい……やがれっ!」
振りあげた刃が縦一閃に守護者を切り裂く、そのまま横に八の字を描くように翻った刃が振り上がりニ発、そのまま振りあげた刃を縦一閃に振り下ろし、三、更に前に一歩出ながら振りあげ四、再び振り下ろしで五、その振り下ろしを中断で止め、そこから突き込みで六、その体勢を維持したまま身体を大きく回転させて七、八、九、十……十一発。
たった一発でも果てしない破壊力を秘めた冷裂の一発一発が、恐ろしい勢いで守護騎士の身に叩き込まれ、刻んだ傷の分だけ確実にそのHPを喰らい尽くしていく。其れはあたかも、刃に刻まれた龍が、騎士の身を喰い散らしていくかのように。
そして……
「ァァァァァァァァアアアアアアアアアア…………!!!」
回転を止める時の慣性を利用して、リョウは腕の中で柄を滑らせ、弓を引くように右腕を引いて守護騎士を睨んだ。
ただ一撃に全てを乗せて、喉も裂けよとばかりに叫びながら……放つ……!
「羅アァァァァッ!!!!!!」
ド、ン、!!!!!!!!
と空気を撃ち貫く音を立てて突き出した刃は、守護騎士の鎧を貫き、衝撃だけで周囲の雪を四方八方にまき散らす。舞い散った雪片がまるで暴力と破壊から逃げまどうように彼等の周囲から消し飛ばされ、行き場を失った大気がそれらを乱れ狂わせ……刃に灯った深緑の光が……消えた。
薙刀 最上位重連撃技 戦神《いくさがみ》
「…………ざまぁ見やがれ。糞野郎」
鎧の騎士の巨体が、ポリゴンの塊へと変わり、爆散し……消えた。
────
「…………」
信じられないような思いで、ボクはリョウさんの後姿を見ていた。
《The Gardens guardian》そう名付けられた巨大な鎧の化け物におそわれた時点で、ボクはもうダメなのかも知れないと心のどこかで考えてしまっていたと思う。きっとそんな思いがあったから、ある意味では遮二無二な感覚で、命を掛けるような行動に出ることも出来たんだ。
けれどそんな弱気なボクを、目の前の人はそれこそ、丸ごと吹き飛ばしてしまった。その刃で、何もかもを切り裂いて。
「ユミル!」
「は、はいっ!」
ぼうっとしていたボクの名前をリョウさんが呼ぶ。静かな雪原の中で唐突に響いたその声に驚いて、ボクは素っ頓狂な声を上げてしまった。しかしそれを気にする様子も無く、リョウさんはボクに言った。
「さっさと行くぞ!時間がねぇ!」
「あ、う、うんっ!」
確かに、もう本当に時間が無い。せめてこの先にある物がなんなのか、其れを確認するまではボク等の戦いは終わりでは無いのだ。
急いで駆けだしたボクに先行して、リョウさんが走り出した。
────
丘を登ったその先に会ったのは、小さな広場だった、すぐ目の前に、階層の外側。星の無い真っ黒な空が何処までも広がって居て、その向こうを見渡す事は出来なかった。きっと、空一面が雪の降る曇り空なせいだろう。
「ここだ。此処に何かがあるはずで、其れが当たりか外れかだ。何れにせよもう時間がねぇぞ!」
「(どこ!?何処かになにか……!)」
既に時間は23時58分。もう二分しか時間が無い。
焦りながら、ボク等は周囲を必死になって見回す。ボスモンスターが居た以上、この場所に何かが無ければおかしいはずだと、リョウさんは言った。其れを、必死になって探す。その時だった。
「あっ……!」
「なんだ!?……ありゃあ……」
其れをボクがリョウさんよりも早く見つける事が出来たのは、おそらくは、殆ど偶然だろう。ただ、もしかしたらその瞬間だけは、ボクはリョウさん以上の集中力と注意力を働かせることが出来ていたのかも知れないと、後になって思った。
ボクが見つけたのは、小さな双葉だった。まるで鉢植えに植えられたたった一つのタネのようにぽっこりと地面から生えた其れがやけに目立って見えたのは、それが雪の積もった地面からまるで湧き出すように生えたのがボクには見えたから。そしてボクが見た物が嘘では無い事を証明するかのように、それは不意に、まるで早回しのビデオのように成長をし始めた。
「おぉ……」
「ぁ……」
双葉が徐々に葉をつけ、伸び上がり、白く小さな蕾を付ける。その蕾がプックリと膨らんで、やがて……開いた。
「……!」
シャランッと、音を立てて花が開いたその光景を、息を呑みながらボク等は見ていた。其れはあまりにも綺麗で幻想的な、一輪の花の誕生だったから。けれど、そんな硬直も一瞬。ボク等は急いで駆け寄ると、その花に触れた。その花は茎がぷつっと小さな音を立てると、花の中に小さな水滴を溜めたまま、ボクの手の中に収まる。
表示された名前は……
「プネウマの花……」
「っ!ビンゴだ!」
「えっ?」
不意に声を上げたリョウさんに、ボクは素っ頓狂な声を上げた。目を見開いたままで、リョウさんがボクに向かって大声で言った。
「ユミル!心は持ってるな!?」
「えっ!?う、うん!」
「その花の中にある滴を心アイテムに掛けろ!っ、早くしろ、時間がねぇ!」
視界の端にある時計を見たのだろう、リョウさんは明らかに焦った様子でそう言った。そう。もう時間は23時59分。タイムリミットはもう……!
「……っ」
焦りながら懐からルビーの心を取りだしたボクは、震える右手の中のプネウマの花に溜まった滴を、取りだした心に其れを振り掛けようとして、固まった。
「…………!」
心臓の音が、やけに大きく聞こえて、頭の中にあの時ルビーを殺した奴らの顔が浮かんだ。
ボクの使い魔、ルビーは、ミストユニコーンと言う大量のアイテムと経験値をもたらす、この世界でも本当に希少なモンスターだ。そのせいで、出会った翌日に、ボクと行動を共にしていたレイドパーティのメンバーによって、惨殺されてしまった。
あの時の彼等の表情を、その顔に映って居た感情を、ボクは今でも、今この瞬間ですらはっきりと覚えているし、思い出せる。あの、憎悪と、嫉妬と、嫌悪感と、そしてそれらの原因であるボクと、ルビーを踏みつけたことによるものだろう、ある種の快楽を浮かばせた……それらを隠そうとすらしなかった、あの顔を……
……もし、今この場でルビーを蘇生したとして、リョウさんが、彼等と同じ行動に出たら……?ボクには、絶対にルビーを守り切れない確信がある。けれど、問題なのは其処では無い。もし、もしもリョウさんにそんな事をされてしまったら……あの時の彼等の表情を、リョウさんが浮かべたりしたら……ボクはきっと……
「なにしてる!?早くしろっ!」
「ッ!」
リョウさんの怒鳴り声で、我に帰る。そうだ、それは、今考えるべき事じゃない。今僕がすべきことは……もうすでに決まってる。
傾けた花の中心から零れ落ちた透明な滴が、残された小さな欠片に触れるのと同時に、視界の端に表示された時計の表記が全てゼロに切り替わった。
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