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エターナルトラベラー

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エイプリルフールIF 【ワルブレ編】 後編

 
前書き
長くて途切れると言うご指摘がありましたので分割しました。 

 
全国的に夏休みです。

亜鐘学園もその例にもれず、全寮制のこの学園の生徒は一部の例外を除き、帰郷中。

しかし蒼はなぜかまーやに引っ張られるように、亜鐘学園の実戦部隊の夏季特訓の見送りをしている。

四門万理が自身の固有秘法であるトランスポータル(移ろいの門)で生徒達を合宿場所へと転送していく。

そう言えば、俺の旅行カバンがなぜか準備されてまーやが引いているのだが、なぜだ?

「さ、行くのですよ、アオ」

と当然のように俺の手を引くまーや。

「え?え…え?」

そのままトランスポータルに移動すると体が沈むように視線が下降し、そして反転。

サンサンと輝く太陽、吹き抜ける潮風の匂い。

「…海だな」

「海なのです」

「何で俺はこんな所に?」

「まーやは実戦部隊(ストライカーズ)の付き添いなのです。アオはまーやの付き添いなのですよ」

「なんと…初耳だが…?今年の夏はナンパした女の子とひと夏のアヴァンチュールを…」

「そんな事はまーやがさせないのです(にぱ)」

「なんか俺、幼女に管理されてるーーーーっ!?」

「さ、アオ遊ぶのです。実戦部隊の人たちの邪魔をしちゃいけないのです」

「あ、そう…ま、いいけど…ちょうどいいから俺らも修行しような?」

「はいなのです」

海で遊んだり、山で遊んだり、実戦部隊から離れて二人で遊び倒す。

遊ぶと言っても、まーやは随時『纏』で身体強化してるし、他のストライカーズに見つかるようなへまはしない。

念の修行をつけているが、まーやは過去の彼女らと比較するまでも無く…日進月歩の歩みの遅さだ。

まぁこれが普通なのかもしれないが。

合宿開始から数日。

今日も今日とて砂浜を散策していると、なにやら金属片が散らばっているのがみえた。

そこから少し距離を置いたところに倒れているのブラウン色の髪の少女が一人。

まーやや、整髪塗料もあるから一概には言えないが、肌の白さもあいまっておそらく外国人で間違いないだろう。

そんな彼女が行き倒れている。

「あ、アオっあれっ!」

「ああいうのに関わると、大体面倒事になるのだが…うら若き女の子をあのままにはしておけないか…」

二人で少女に近寄ると抱き起こす。

『おい、大丈夫か?』

話しかけるのは英語。

『う…うぅ…うん…』

二三度ゆするとようやく覚醒する。

『う…うーん…うん…すん…すんすん』

なぜか鼻腔が躍動する。

次いでようやくぼんやりとまぶたが開いたかと思うとおもむろに顔が近づいてきて…

れろんっ

可愛らしい舌で蒼の首筋を舐め上げた。

「なっ!?」

チロチロ

可愛らしい舌が蒼の首筋を這う。

「だ、だめなのですーっ!」

ドンッとまーやのタックル。

「きゃっ!」

女の子もろども砂浜を転がり、少女がまーやを下敷きにして止まる。

「にゃーっ!?や、やめるのですーーーーっ!?く、くすぐったいのでぅてわっちうあえ」

まーやの可愛いほっぺを少女は舐めていた。

「女の子同士だからまだいいが、男がやったら犯罪だな…」

特に害は無いかとしばらく満足したのか、まーやのほっぺがべちょべちょになり、りんごのように真っ赤になった頃にようやく止まった。

「ううっ…もうお嫁にいけないのです…もうアオに貰ってもらうしかないのです」

「何を恐ろしい事を言っているか…」

少女のほうを見ると、今度は全速力で岩場の影に引っ込む少女。

『ああ…別に何も危害を加えるつもりは無いのだが…まぁ普通は警戒するか…』

『……………』

『あ、いやいや、何もしてないよ?本当に』

『………………』

『いやいやいや、だいたいなんでこんな所に?』

『……………………』

『あそう…どんなけアグレッシブなんだよ…』

「うえーん…ひどいめにあったのです…慰めて欲しいのです…」

とぼとぼとようやく復活したまーやが歩いて来る。

『…………』

『あー…それか…』

「どうしたのです?アオ。独り言は気持ち悪いのですよ?」

「気持ち悪いとか言うなやっ!傷つくだろーがっ。そうじゃなくて、あの娘、ちょー小声で何か言ってるんだよ。耳天通(ぎょう)使って耳を傾けてみろ」

と言うと素直に従うまーや。

『あなたがアオって言うの?アオ・ヒトトノヤ?』

「あ、本当なのです」

「だろう…たく…」

悪態をつくと蒼は少女に向かって言葉を続けた。

『残念ながら別人だな』

『アオ、嘘は良くないのです』

『こう言う時は俺に合わせてくれませんかねぇ!?』

まーやが肯定するとようやく少女が岩場の影から姿を現した。

『へぇ、キミがあのいやなヤツのエドワードが言っていたアオ・ヒトトノヤなんだ』

『なんかいきなりフランクだな、おい』

『ま、いーじゃないの。あのエドワードをもって規格外(SS)と言わしめた救世主(セイヴァー)。実に興味深いわね』

『なんかこっちの事情を知ってるみたいなあなたは誰だよ』

『わたし?私はアーリン・ハリバリーよ』

『…アメリカのランクS救世主(セイヴァー)なのです…』

『ナイスな説明ありがとう。まーや』

エドワードの同類。つまりは動く騒動の元凶と。まぁ蒼も他人の事を言えないが。

『それでね、あのチートやろーが私に面白い事を言ったんだよ。闇術を補助するアイテムは作れないのか、ってね。しかもその具体的な能力まで詳細に説明するわけよ。これは絶対何か有るなと問いかけたらキミの名前が上がった訳』

『あのクソヤロー、俺の事をあっさり売りやがった!?』

『あっはっは。まぁいいじゃん。て事で、見せて?』

『あー…はい…まぁどうぞ…』

蒼はもう、面倒くさくなってげんなりしながら認識票を握りこむと、一本の機械的なフォルムの日本刀が現われる。

『ありがとー』

と言うとアーリンはばっとソルを奪取。

『ふんふん…ほぉ…じゃあ味は…ぺろり…』

ペロリと舐めたアーリンの舌先。それに蒼とまーやの二人が震え上がる。

【ま、マスターっ!?】

あ、ソルもイヤだったのね。

一瞬で宝石に戻ると飛行魔法を行使。宝石の左右に可愛い翅が現われるとススーと空を掛け、蒼の胸元へと戻る。

『へぇ、人工知能による術式補助と物質の量子化。これは確かにあの変態の言うとおりだね。どうして黒魔(ダークセイヴァー)はこの結論に至らなかったのか。むふふふっ…久しぶりにテンション上がってきたよーーーっ!ねぇキミ達。このあたりに宿泊施設は無いかな?』

『このレジャーの時期に空いてる部屋なんか有るかな?』

『ですね』

『大丈夫だよ。ロイヤルスウィートとかは結構開きあるもんだって』

『いや、確かにそうだろうけど、お金がな?』

『大丈夫。今回のこれはエドワードのヤローにきっちり請求するから問題なし』

『あ、そうですか…』

いきなりフランクになったものの元は人見知りの彼女を一人には出来ず、結局蒼はまーやをつれてホテルへと案内すると、なにやら作業に没頭し始めた為に蒼とまーやは席をはずした。

数日後、なんとなくあの彼女が気になってホテルの部屋を訪ねると、中は様変わりしていた。

どうやって運び込んだのか、大窯はぐつぐつ滾り、良く分からない部品が散乱している。

所狭しと散りばめられたその上にぐったりつ突っ伏している少女が一人。アーリンだ。

『おーい…て…寝てやがる…』

『し、死んでないですよね?』

『寝てると信じたい所だ』

『あれ?アオ、来たんだ』

アーリンが首だけ向けて挨拶をかわした。

『何となく気になってな』

『うーん…だめだ…後一押し、何かが足りないんだけど…こう、インスピレーションみたいなのが…』

散らばるそれらを改めてみるとそれはデバイスのパーツに酷似していた。

『お前…これはどうやって?』

『うん?それはこうやってねー』

と、アーリンは手に持ったハンマーを手近にあった粘土の山に適当に振るった。

何度も叩くと具に具にとしていた粘土の塊は硬度を増し、だんだんと形を変え、ついには何かのパーツへと変わる。

『まじかよ…』

『アオ…?』

まーやが蒼の顔を見上げた。

『権能持ちじゃんか、アーリン』

『権能?これの事?』

『物を作り出す創造の権能かなにかだろ、それ…』

『へぇ、権能ね。そう言う呼び方があったんだねー』

ゴロンと体の体勢を変えるとけだるそうにつぶやく。

『どうしたらいいんだろうねー?こう…後一歩なんだけど、何かが足りない感じ?』

と、問われ、蒼は熟考の末言葉を発した。

『うーん…能力と言うのは限定すればするほど強固になるものだ。だから、まだ曖昧な部分があるんだろう。それをそぎ落とせればと言うところだろうね』

『限定…そうだね。これを誰の為に作っているのかってところかー。…うーん…そこのちっこいの』

『まーやです?』

『ちょっとこっちに来て』

『はいなのです』

『おい、まーや。前回の事を忘れたのか?って遅かったか…』

『ぜんか…てっ!きゃーっちょっ…ヤ、やめ…』

いきなり組みしだかれペロペロと嘗め回されるまーや。

「アオ、助けるのですっ!おねがいなのですっ」

「結構なお手前で…」

「な、なにがですかーーーーー」

『ペロペロ…くっく…キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』

アーリン大絶叫。その後ガラクタをかき集めている。

まーやはようやく開放されるとほうぼうのていで這いずって来て恨めしそうに視線を上げた。

「うらぎりもの…なのです…」

「体に害は無いだろう」

あちこちアーリンのよだれでべっちょべちょだったが…

「女の子の価値が下がったのです…アオには責任を取ってもらわないといけないのです…」

カーンカーンとハンマーで何かを叩く音が聞こえる。

打つ感覚がだんだん短くなっていき、最後はカツカツと響くのみ。

最後に一度大きく振りかぶって打ち下ろすとその何かが完成した。

『はい、完成』

それは魔法の杖だった。

杖の上部には花の蕾のようになっていて、がくの隙間から銃のマガジンのような物が突き出ていて、反対側にはスライドがついていた。

所々に排気口が取り付けられていて、それはまさに魔導師のマジックデバイスだった。

『はい、あげるよー』

ぽいっと遊び終わったおもちゃの様にそれをなげるアーリン。

「わ、わわわっ!?」

投げ渡されたまーやはびっくりしながらなんとかキャッチ。無事に受け取った。

「これは…」

「マジックデバスだな」

『ちゃんと魔力(マーナ)による量子化とAIによる術式補助は入れてあるけど、闇術術式は私には専門外だから、そっちで何とかして』

『お前…いや、権能持ちならこれくらい出来るか…』

ハンマー一つで作られたマジックデバイス…なかなかにやりおる。

『もらっていいのですか?』

『いいのいいの、道具は使ってこそだから、ね』

『…ありがとうございますなのです。アーリンお姉さん』

『っ……ふ、ふんっ…べ、別にいいのよ、私が作りたかったから作っただけなんだから』

見事にツンデレだった。

それから時計をみたアーリンはにわかに慌て始める。

『やばっもうこんな時間ジャンっ!?会議におくれるっ!』

と言うとノートパソコンを立ち上げスカイプを起動した。

『私これから打ち合わせだから…』

『あ、ああ。俺らが居ると不都合もあるか』

『私に不都合はないんだけどねー、うるさいやつも多いから』

『了解した。まーや』

『はいなのです』

とととーと駆け寄るまーやをつれて蒼はホテルを後にした。

ホテルから帰る道すがら、まーやは胸の宝石を眺めてニヤニヤしていた。

「マジックデバイス、そんなにうれしいか?」

「うん。アオのソルさんをみてずっとうらやましいと思っていたのです」

「そか。それじゃああとでちゃんと初期起動しような。と言っても闇術の術式はまだ構築してないのだけれど」

「アオが使っているのを教えてくれればいいのです」

「うーん…まぁいいか。とは言っても、俺が使っているのはベルカ式とミッドチルダ式のハイブリッド術式だけど、まーやはきっとミッドチルダ式の方が合うだろうな」

「どう違うのか分らないので、アオにお任せするのです」

ブーーーーーーーーーーーーーーーーーンブーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

突然鳴り響く避難警報。

災害にしては前触れが殆ど無い。…と言う事は。

異端者(メタフィジカル)かっ!」

「アオ…」

まーやがそっと蒼の右手を握る。

「直ぐに旅館に戻るよ。あそこには実戦部隊も居る。メタフィジカルの情報も入っているだろう」

蒼はまーやを担ぎ上げると全速力で帰路に着いた。

一瞬アーリンの事も頭によぎったが彼女はSランクセイヴァーだ。問題ないだろう。

旅館に戻ってみれば亜鐘学園関係者に出された命令は撤退の二文字。

相手は弩級を超える要塞級(フォートレス)と呼ばれる新カテゴリの異端者(メタフィジカル)

過去に類を見ないその相手に白騎士機関は慎重になっていると言う事だろう。

現われたメタフィジカルは巨体で、それに伴い移動速度も遅い。非難は確実に間に合うだろう。

しかし、この緊急事態。白騎士機関の増援の無いこの時に残る実戦部隊の面々。

たった十数人で数百メートル級の異端者(メタフィジカル)を狩ろうと闘志を燃やす面々。

白騎士機関での異端者に対するセオリーは大勢で取り囲み、高威力の攻撃で相手を一方的に狩るスタイルだ。

増援を待ち、多数で攻めるべきである。

まぁその増援が来ないから一部が暴走しているわけだが…ランクSに昇格したと言う話の灰村諸葉が居る事も心の支えになっているのかもしれない。彼が居れば勝てる、と。

海を一望できる高台の上で、海からやってくる異端者を眺める。

「うわぉ…あれはでかいわ…」

「アオ…」

今までに無いスケールの敵にまーやも恐怖心から蒼の腕を強く握った。

「モロハたちは勝てるですかね…?」

「分らんね…作戦しだいじゃないか?」

「作戦、ですか?」

「あれはもはや攻城戦のそれだろ…攻城兵器(くろま)をそろえて投石(あんじゅつ)攻撃で削りきるしかないだろ…それこそ白騎士機関の定石どおりにな」

「でも、そんな数の黒魔は今ここにいないのです…アオならどうしますか?」

「俺なら核ミサイルを撃ち込むな」

「え?」

攻城戦に例えておいてのまさかの核ミサイルと言う単語に理解がおっつかなかったようだ。

「小規模攻撃で城門を壊すより、大規模攻撃の一撃で城全てを破壊する。相手はそれこそのろまなのだしね。反撃の暇も与えずに最初の一撃に勝負をかけるな」

そして始まる戦闘は、やはり攻城兵器が足りなかった。

相手の足をどうにか折って、進行事態は遅らせられたが、メタフィジカルから(バグ)と呼ばれる小型メタフィジカルが無数飛び出してきた。

攻城戦で言えば、矢や槍が降ってくる様だ。

それを大盾(しろがね)が防いでいるが…貫通されなければいいのだけれど…

『プロテクション』

握ったソルが防御魔法を使ってくれる。巨大なメタフィジカルの嘶きが、音波攻撃となり当たり一面に駆け抜けたからだ。

そこからはさらに状況が悪化。実戦部隊の面々は既に死屍累々だ。

「やべ、これは下手したら死人が出るな…」

生死の掛かる戦場だ。絶対に死なないなんて事は有りはしないが…

そんな事を考えていると、灰村諸葉が巨大異端者に乗り込み表面に何かを刻み始めた。

「おいおい…」

「モロハは何をしているのです?」

「体に直接闇術のスペルを刻み込んでいるな…それも幾重も…」

「それって…」

「要するに核ミサイル攻撃だな。…最初からやれよと言いたくなるが…しゃあない、援護するか」

そう言うと蒼はチャクラを練りこみ印を組み上げた。

「風遁・大突破っ!」

突如高台の上から強風が吹き荒れ、メタフィジカルを襲う。

当然、巨大なメタフィジカルはその風をものともしないが、(バク)はたまったものではない。

巨大な蜂のような(バグ)は強風にあおられ、たまらずと吹き飛ばされた。

(バグ)が取り払われた事で、実戦部隊は九死に一生を得る。

好機と縦横無尽に巨大メタフィジカルの体表を駆け回り、灰村諸葉の大技も完成した。

幾重もの高位力闇術が体表に刻まれたスペルを通して発現。これにはさすがの巨大異端者もなすすべも無く…

「倒せたようだな」

「良かったのです…でも」

「でも?」

「アオなら最初から一撃で倒せたのではないですか?」

「…さてね」

楽しかった夏の旅行も最後にとんでもない思い出を残しつつ過ぎ去る。


夏休みが開け、新学期。

ロシアから銀髪美少女の留学生が登場した…らしい。

隣のクラスに転校してきた彼女を放課後にデートにでも誘おうと思っていた蒼なのだが…

「さ、いっしょに修行するのです。(にぱ)」

もはや当然と、俺の手を握るまーや。

「え、ちょ…まて、俺にはロシアの銀髪美少女をデートに誘うと言う使命がっ!」

「ダメなのです。今日はまーやの『クレイドル』の初期起動に付き合う約束なのですっ」

「あー…そうだったな」

まーやがアーリンから貰ったデバイス。あの要塞級(フォートレス)との戦いの後、ごたごたが続いていて、名前だけ決めてまーやてきにはお預けになっていたのだった。

調整も必要だったし、魔法術式のインストールやソルが持っている実戦データのプリインストールもしなければいけなかったからだ。

さらに初歩でもミッドチルダ式を教えなければならなかった。

亜鐘学園の裏山。滅多に人が踏み入れないそこに蒼とまーや、そして付き添いの万理が見届ける。

裏山にまーやの声が響く。

「マスター認証。四門摩耶」

まーやの足元にミッドチルダ式の魔法陣が現われる。魔法陣の色は青白(せいはく)

「術式はミッドチルダ式。まーやの愛機の名称を設定」

前々から決めていた名前をまーやはつげる。

「あなたの名前は『ムーンクレイドル』、愛称(マスコットネーム)は『クレイ』」

そう言うとまーやの手のひらの宝石がピコピコ光った。

「それじゃ、いくよ、クレイっ!ムーンクレイドルっせっとあーーーーぷ」

『スタンバイ・レディ』

声から察するにAIは女性形のようだ。

まーやの体が光に包まれると、装飾品を分解。再構成し、まーやの体を包み込む。

宝石はそれを包み込むように花弁が現われれ、がくがのびるとそこから下に向かって柄が伸びる。それは小ぶりのロッドへと変形するとまーやの手に収まった。

「どうです?成功ですか?」

「ん、大丈夫そうだ」

と、蒼。

「そうなの?でもその服は…」

と万理が指摘するのはまーやの魔法衣。

「あー…面倒だったからプリセットは亜鐘学園の制服を参照したからねぇ…後で変更も出来るし」

と言われてみればそれは確かに白を基調としている亜鐘学園の制服に金属パーツが覆っている。

「まーやはこれが良いのです。まーやは亜鐘学園の制服を着てみたかったのです」

「まーやが良いのならいいのだけれど…」

と万理。

「クレイっ」

『フライヤーフィン』

ポっとまーやの両足に魔力で出来た羽が現われ、まーやはゆっくり浮上していく。

「飛行魔法…それがこうも簡単に…」

「簡単ではないさ。あれはどちらかと言えばまだ浮遊と言ったほうがしっくり来るだろな」

そう蒼は万理にかえす。

「アオー、行くのですよ」

『シュートボール』

一つの光球がキャッチボールよりも少しはやくらいの速度で飛来した。

『ディフェンサー』

蒼の胸元の認識票が光ったと思うと防御魔法が現われ光球を弾く。

「ありがとう、ソル」

ピコピコと光るのみのソル。それは当然の事をしたまでだといっているようだった。

「こら、遊びで人に向かって魔法を撃つな」

「ごめんなさいなのです。でもアオなら問題ないかとおもったのです」

「…まぁ問題はないが…心持の問題だ。わかってるのか?」

「はーい、なのです」

「本当に分っているのかねぇ…」

「でも、本当にすごいのね。闇術補助による即時展開か…私にも出来るのかしら?」

と万理。

「極論すれば黒魔なら覚えられるだろ。ただ教えるやつが居ないというだけで」

「そうね…あなたは…」

「えー、やだー」

「もちろんただじゃないわよ?」

「じゃあ万理さんが俺とめくるめく夜を…」

一緒にと言いかけたときひゅっと何かが蒼の横を横切った。

「まーやっ!」

かすったそれは地面に着弾すると地面をほんのばかし削った程度だ。。

「いくら万理おねえちゃんでもアオはあげないのですっ」

「あらあら、こまったわね。じゃあまーやも一緒にと言う事でどう?」

「それならOKなのです」

「それじゃあれやこれらができねーだろっ!」

「まーやの未熟な体をアオの思いのままになぶってもいいのですよ?(にぱ)」

「俺はまだ犯罪者になりたくないです…あと6年したらもう一度言ってくれ」

「むぅ…」

膨れるまーやだがしかたない。

「あんまり生意気言うやつにはおしおきだ」

そう言うと蒼は右手を上げるとそこに光球が六個リボルバーの弾奏のようにまとわりついた。

人差し指を突き出し拳銃のまねをすると、狙いをまーやに絞る。

「ほら、しっかりよけろよ」

シュートボールが一つ、また一つと蒼の腕から放たれる。その速度はさきほどのまーやのそれとは比較にもならない。

「わ、わわっ!?ちょ、待ってほしいのです!?」

右に、左に移動してどうにか避ける。

あわや着弾と言うとき眼を閉じて突き出したクレイから魔力が迸った。

『ラウンドシールド』

ドドーン

着弾、爆散。しかし、まーやにダメージは無い。

「杖がオートで迎撃してくれるの?」

と、万理。

「そのためのインテリジェントデバイスですね。独自に判断して最適な魔法を使ってくれる」

「それって杖に振り回されないのかしら?」

「それは相性もあるだろうね。とは言え、補助魔道具としてインテリジェントほど有益な物はない。慣れればとても頼りになるとおもうよ」

それを聞いて万理はおかしそうに笑う。

「ふふ」

「どうした?」

「いえ、なんか…いくら前世の記憶を持っていてるからと言ってもこうもあけすけに話されると、調子が狂うわ」

「…まぁそれはしょうがない。前世を合わせて高々100年ちょっとしか生きてないヤツと比べられてもね」

「あら、そうなの?あなたはいったいどれだけの時を生きていたのやら」

「……1000から先は数えていないな」

「……冗談よね?」

「さて、ね」

クレイを交えての魔法訓練。しかし、そこでまーやの課題がはっきりした。

「まーやは根っからの結界魔導師タイプだな」

「はい…なのです…」

まーやは砲撃、斬撃ともに制御は甘くなるが、結界、防御、捕縛魔法は高い適正を見せた。

空中飛行はそれとなくやっているが、空中軌道戦闘には向かないだろう。

「苦手な物を克服するより得意な物を延ばした方が良いだろう。人間、全ての事を極めるには一度の生では足りないからな」

「アオにも苦手な魔法はあるのですか?」

「時間はいっぱい有ったからな。まーやも三回くらい生まれなおせば砲撃も一人前になるだろうよ」

「アオ…それは無理だと思うのです…」

じゃあ諦めろとアオはまーやを諭した。

「目指せ、緊縛少女っ!」

イイ笑顔でサムズアップする蒼。

「せめて普通の魔法少女になりたいのです…」

無理だろ。魔導師がなれるのは愛と勇気を振りまく魔法少女じゃなくて破壊と爆音響く魔砲少女だ。

「うう…でもだったらせめて転移魔法は自在に使いたいのです」

「ふふ、まーやったら。そんな都合よく転移魔法なんて覚えられるはずないわ」

と言う万理の言葉にしまったと言う表情を浮かべるまーや。

「え?…なに?」

ふぃ…

必死に眼をそらすまーや。

「え?もしかして…蒼くんってトランスポータル、使えるの?」

「転移魔法?そんなの高レベル術者なら問題なく使えるだろ…て、使えないの?」

「使えないから私のトランスポータルは固有秘法(ジ・オリジン)認定受けてるのだけれど…しかも一日に一度きりと言う制限つきで…え?なに…もしかして?」

「ごめん、…特に使用制限は無いな。…しいて言えば、魔力しだい?」

「え?…何?もしかして私のアイデンティティーは……?」

「固有秘法(ジ・オリジン)では無く…劣化技能(デッドコピー)なのです…マリお姉ちゃん…」

万理の必死の視線にいたたまれなくなったまーやが最後の止めを刺した。

「そ……そんな事も…ある…わね…ほほほ…ほっ」

ふらっ

「おっと…」

あまりのショックに気を失って倒れこむ万理をすんでのところで蒼は抱きとめた。

「ごめんなさいなのです。まーやの失言、だったのです」

「もう遅いな…」

気を失った万理をこのままにはしておけない。まーやの修行はとりあえずここまでで、急ぎ寮に戻る事にした。

「ソル、頼んだ」

『トランスポータル形成』

足元に大きめの魔法陣が現われた。

「う…うん…」

タイミングが良いのか悪いのか、万理の意識が戻りそうだ。

「ジャンプ」

一瞬で蒼は万理を抱きかかえたまままーやを連れて寮の蒼の部屋へと移動した。

ベッドに万理を寝かせると、状態をはまだ起こせないようだが、意識ははっきりしてきたらし。言葉を交わせるくらいには回復したようだ。

「本当に転移魔法が使えるのね、あなたは……使用制限は本当に魔力残量のみなのでしょうね…」

「あははははは…」

とりあえず笑って誤魔化す蒼。

「私にも教えなさいっ!」

鬼気迫る表情だった。

「ね?まーやからもお願いしてちょうだい。イイでしょう?」

ぶんぶんぶん

上下に勢い良く首を振るまーや。

「お、おい、まーや…」

「今のマリお姉ちゃんには逆らわないほうがいいと思うのです…とても怖いのです…」

「私も今日からここで生活するわ。まーやの技量が高いのはきっと四六時中蒼くんの近くにいるからだと思うの」

「俺に拒否権は?」

「私、ここの学園長。私の決定に生徒は逆らえない」

「うわー、見事なまでの職権らんよー…」

開き直った万理を止められる者は居なかった。

「けど、流石に転移は補助具があった方が習得も楽だと思うのだけど…諦めない?」

「あら、まーやは持っているじゃない。アーリン・ハイバリー作だとまーやは言っていたわよね?」

「はいなのです」

と、まーや。今の万理にまーやは逆らわない事にしたらしい。

「私の分も頼んでちょうだい」

「誰が?」

「蒼くんが。流石に私程度じゃランクSセイヴァーに話かけるなんて恐れ多いわ。お願いするわね。…じゃないと、私、あなたを社会的にどうするか…ふふっ…ちょっと自制する自信が無いわ」

「アオ…言うとおりにしておいた方がいいいいのです…」

「わ、…わかった…俺はまだ死にたくない…あとでアーリンに頼んでおくよ」

あの後一方的にアーリンが自身の携帯番号とアドレスを蒼に送りつけてきたのだ。どうやら結構懐かれたらしい。

「そう、ありがとうね」

にんまりと笑った万理の行動は素早かった。

あれよあれよと言う間にいつの間にか自分の私物を運び込む。

「俺のプライベートスペースが…とほほ…」

まぁすでにまーやが居る以上殆ど無いようなものなのだが。

まーやが居る手前、いくら蠱惑的な成人女性との同居とは言え、所謂一種のそう言うことは出来ない。

俺の理性はちゃんともつのかね?

どうしてこんな事になったと顛末に頭を悩ませる蒼なのであった。


ロシアからの転校生への接触はまーやと、最近では万理まで加わったガードが硬く取っ掛かりすらつかめない。なぜだ…



と思っていたのに、なぜか蒼はロシア東部に来ていた。

「何でこんな事に…」

「どうしてあんたがここに居る」

と、ロシアの大地で灰村諸葉に訪ねられた。

「それは俺が聞きたい…」

蒼は寮で寝ていたはずなのだ。しかし、気がつけばロシアの片田舎。

眼を開ければ待っていたのは灰村諸葉とあの金髪メイドさんのアンジェラ・ジョンソン。

『ほれ、お前に我が君からの電話だ』

と、乱暴に携帯を渡された蒼はとりあえず、耳に当てる。

『やほー、元気してるかな?』

『エドワードか。…いや、元気はしているが、どうして俺がここに居るのかわからない』

『それはボクがマリに頼んだからだよ』

『はぁ…』

『なんかそこに居る諸葉(ジャック)がロシアと戦争するらしくてね。心もとないからって君を派遣してもらったわけ』

『何でそうなるよ…』

『え?いいじゃないか、キミもたまには息抜きしたいだろ?毎晩あんな美人と美幼女相手に生殺しにされているようだし、ここらで一発抜いておけと言うボクの心遣いのつもりなんだが』

『…くっ…それで、俺は具体的にどうすればいいんだ?』

『別に何も』

『はぁ』

『キミあのアーリンを誑し込んだらしいじゃないか。その実力を買ってだな、いっちょロシアの雷帝を何とかしてもらおう…なんて考えてないよ』

『ちょ、お前どうしてそれを?っていうか誑し込んでねぇっ!』

『まぁ実際はただの保険だよ。本命はそこに居る諸葉(ジャック)が何とかしてくれると思っているよ』

『あそう…なんか疲れた…わかった、とりあえず二人についていって適当にロシアを満喫すればいいわけだな?』

『それでいい。でもきっとキミは導火線に火をつけるのが上手そうだ。何もしなくても予想以上の出来事が起こるとボクは楽しみにしているよ…と、そろそろ諸葉(ジャック)に代わってもらえるかい?』

と言われたので携帯電話を諸葉に投げ渡す。

慌ててキャッチした諸葉は何事かをエドワードと話し込んでいた。その間中ずっとアンジェラは蒼のにらみつけていたが…実力では敵わないので今更武力行使はしてこなかった。エドワードの頼みでもあるのだろうから渋々と言った表情だった。

とりあえずリーダーは諸葉。蒼は文句を言う事も無くロシア旅行に同行し、気の向くままにナンパ。

しかしなぜかいつも良い所でアンジェラが嗅ぎつけ首根っこを押さえつけられて連行されてしまう。

ナンパの成功いまだゼロだった。

『と言うかだな。どうしてお前はロシア語がそう堪能なのだ。カタコトでなくもはやネイティブの域だろう、方言訛りすら問題ないとはお前はどうしてそう規格外なんだ…』

そうアンジェラは英語で話す。

『言葉は聴いていれば大体覚えられる得意体質なんだ』

『何だそれは…喧嘩売っているのか?』

『いや、まじまじ。大真面目。イタリア語でもフランス語でもイヌイット語でも実際しゃべれてしまうんだから仕方ないだろ?』

ズルズルと引きずられながらの蒼の反論。

『そう言えば諸葉は?』

『…あいつは一人戦争に行っているよ』

『なるほど、女一人の為に一国を相手取ろうとは…なんて器のでかいバカなのか…ああ言うのをきっと英雄って言うんだろうな』

独りよがりの自己満足を押し付けた結果、全てがうまくいく。そう言う星の基に生まれた存在を英雄と言うのならば、ね。と蒼は心の中でひとりごちる。

諸葉は一人、また一人と白騎士機関の分極長を倒して行きながらロシア支部にプレッシャーを掛けていた。

一つ所に留まらず、所在を明かさない雷帝をいぶりだす作戦のようだ。

一人倒すたびにロシアを東から西に横断していく素敵な旅。

俺に火の粉が掛からなければ本当にただの旅行だが、さて…

ナンパに失敗した蒼はとぼとぼと郊外を歩いていた。

簡素な町並み。夜と言う事もあり既に人通りは無い。

『ハイムラだな』

と、すっと現われた長身の男。

どうやら格好を見ればロシアのセイヴァーのようだ。

『残念ながら人違いだ。ハイムラならまだどこかで夕食中だと思うが?』

『ハイムラでは無いのか?』

『そう言ってるな。なんかロシア支部のまわし者みたいだけど、ターゲットの肖像は確認しておこうな?』

『む、すまない…』

『て事で俺は忙しい…ってちょっと!?』

飛んでくる氷の闇術。

第三階梯闇術、フリージングシェイド(凍てつく影)だ。

『おいっ!いきなり襲ってくるとかどう言うことだよ。人違いだろ?』

かわしつつ蒼は文句を目の前のセイヴァーにぶつけた。

『ええ、人違いなのは分ったのですがね、私たちの作戦を知ってしまった以上生きて返すわけにもいかないわけでして』

二人目の男が現われる。

『あなたも分っているでしょう。任務の失敗はわれらの死であると…』

『くっ…』

男にたしなめられ一人目の彼も剣を構えた。

ブウンッ

振り下ろされた剣の切っ先は二人目へと向かっていた。

『血迷いましたかっ!?』

『ちがう、俺はそんな事は…くっ…』

蒼を見れば胸元に両手の親指と人差し指で四角を作っていた。

「身乱心の術。こんな技を食らった事はないのだろうね。同士討ちさせるおっかない技だ。ま、説明してやったけれど、日本語はわからんか、流石に」

剣士が二人目を切り伏せると、その凶刃を振るう前に影から二人新しいセイヴァーが現われてその彼を刺し貫いた。

『あらら、同士討ちも意にかけないとはね…』

『お前が操ったんだろっ』

と、どうやら双子らしい少女が怒声を上げた。

『襲ってきたのはそっちだろ。俺の前に出てきて大丈夫だとおもってるのか?』

言外にお前も操ると言っている。

『何の策も無しに出てくるものか、援護射撃は直ぐに来る』

言うや否や三方向からフリージングシェイドが飛んでくる。

当たらずとも視界はふさがるとの援護射撃。

回避の隙を突いて双子の少女が仕掛ける。

双子の少女が共に貪狼で二分身、系四人になって蒼を襲う。

「影分身の術」

対する蒼は二分身して迎撃。

貪狼は実際に分身している訳じゃない。高速に動いて残像を利用して錯覚させているだけだ。

だがそんなものは写輪眼のある蒼には効かない。

所詮は実体の無い残像である。見極めれば実体は一つだった。

「かっ」
「ぐぅ…」

ドゴンと左右の建物が轟音を立てて砕けた。

双子の少女を吹っ飛ばした結果激突してようやく止まった痕だった。

蒼はクナイを取り出すと三方向に投擲。

それらは正確に黒魔の頬をかすめて後ろの壁に突き刺さる。

『警告だよ。俺は別に灰村じゃないから君たちをどうこうするつもりは無いんだ。ただ襲ってきたら反撃くらいするだろう?』

と陰に潜んだ黒魔(ダークセイヴァー)に流暢なロシア語で言葉を投げかけた。

それで黒魔達は諦めたのか、明らかに先ほどのクナイの攻撃で自分達が見逃されたのが分り対応に窮していた。

しかし、他方から鏡を前面に押し出した少年が現われる。

何だと身構える前に蒼の頭上に雷雲が立ち込めた。

「あかん、あぶないっ!逃げてやっ」

どこからか日本語で叫ばれたが、それよりも落雷のほうが速い。

鏡を媒介にして放たれた雷帝の第九階梯闇術。サンダーボルトドラゴン(稲妻の魔竜)だ。

閃光は一瞬で蒼を飲み込んだ。

……ように見えた。

『なかなか思い切りのいい事をしてくれるのだな。ロシアの雷帝』

真っ赤な目をして何事も無くそこに立つ蒼は鏡の中をにらんでいた。そこに真っ赤なドレスを着込む雷帝本人の姿が浮かんでいた。

「な、なんでや?何が起こったん?」

荒々しい息遣いの日本語をとりあえず蒼はスルー。

蒼にあの程度の闇術は効かない。ゼロエフェクトが全て無効にするからだ。

蒼は四本目のクナイを取り出すと鏡にめがけて投げつけた。

『がぁっ!?』

クナイは鏡を割り砕き、背負っていた少年を貫通してようやく止まる。

ザッと少年は不利を悟って逃走。蒼も追わなかった。

『追ってくるなよ?次は手加減してあげない。仏の顔も三度までと言うけれど、俺はもっと気が短いよ?』

とロシア語で脅しをかけると悠々と蒼は歩き去った。

「灰村諸葉じゃなければあの人はいったい…」

少女の声だけが闇に残されて消えた。

さて、結構脅しておいたと思うのに、目の前に日系のロシア人の少女が一人。

あんな事があった翌日に蒼達が泊まっているホテルを訪ねてきたのだ。

あの現場にいたセイヴァーであろうと蒼は考える。

「で、なんの用だろうか?」

少女、カティア・エースケヴナ・ホンダと名乗った彼女に蒼は尋ねた。彼女の視線が蒼に向いていて放さなかったからだ。

「ちょっとな、あんたに助けてもらいたい事があんねん」

と切り出されたのは今の雷帝の支配を逃れ、新しいロシア支部を構成したいと言う事と、弩級異端者を排除してほしいと言う二点。

「ロシア支部、仕事しろよ…」

「それが今のロシア支部の駄目なところなんよ。自分の乃権力強化の為に何が優先か。今はそこのモロハの排除が優先らしいで」

「そんなのはそこの灰村にでも頼めよ。俺は面倒だからパス」

「そこを何とかー。なー?倒してくれたらウチがええ事してあげるよ?経験はまだ無いけど、あんたならあげてもいいっておもとるし」

「その言葉には魅力を感じるが…ロシア支部に喧嘩を仕掛けているのはそこの灰村だからな。俺は校長にお目付け役として同行させられているだけの最下層(ランクD)救世主(セイヴァー)だぞ」

「またまだー、そんな謙遜を」

「まぁとりあえず、そう言う話は灰村としてくれ」

「そうなん?ほんなら一応灰村はんとにも協力を求めておくわ」

「俺はついでかよ…」

今までに無い反応に灰村は対応しかねていたようだ。

まぁ今まで君が主人公張りの活躍で中心だったからね。たしかに困る展開だろう。と蒼は思う。

とりあえず、話は纏まったようで、持ち前の正義感で灰村は助けに行くことにしたらしい。

途中まで一緒に移動した灰村はしかし、途中で神足通に切り替えて走っていった。

『お前も行って来いっ!』

そう言うアンジェラの声には怒気がこもっている。

『え、ちょ!?』

『しねーーーーーーーっ!』

『ちょ、まっ!?』

剛力通の限りで投げつけられた蒼は木々をなぎ倒しながら一直線に飛んでいく。

『死ぬ、死ぬから、普通しぬからーーーーーっ!』

と絶叫。

『エドワード様以上に固いお前がこれくらいで死ぬかっ!』

と、いつかの仕返しをしてやったとばかりに気色食むアンジェラ。

投げ放たれた蒼は堪った鬱憤のはけ口にと火事場のクソ力を発揮したアンジェラによって諸葉の先を飛んでいった。

「な、なんだぁ!?」

「わああーーーーーーーっ!?」

蒼の視線の先に気持ち悪い生き物が口を開けていた。このままでは確実に飲み込まれる軌道である。

「そ、ソルぅぅうううっ!」

認識票を握りこむと一瞬で刀身を現したソルに銀色の権能が包み込む。

シルバーアーム・ザ・リッパー。

剣を全てを断ち切る魔剣に変える権能。

アンジェラに投げつけられた速度も威力に上乗せして斬りはなった一撃は、見事に弩級(ドレットノート)を一頭両断。さらに込められた呪力により賽の目に切り裂かれ、あっけなく異端者(メタフィジカル)は退治された。

「うわっとっととと」

ギリギリで体を捻ると砂埃を巻き上げて何とか着地。

それをロシア支部の盛栄がポカンとした視線で見つめていた。

ようやく追いついた灰村はこの惨状を見て驚いたように声を上げた。

「も、もしかして神谷鳥(ひととのや)ってすごい強いの…か?」

『当たり前だ。あいつはエドワードさまを単騎で屠ったほどの化け物だ』

『マジで?』

『マジだ』

大真面目に頷くアンジェラに諸葉もようやく事の重大さに気がついたらしい。

『あの化け物を倒せるって…あいつのランクは幾つなんだ?』

『エドワードさまはSSと認定された。史上三人目の真の化け物だよ』

どうやら諸葉が用事がある雷帝はエカテリンブルグに居るらしい。

エカテリンブルグ迄移動する列車の中で蒼は二人の美少女に左右からがっちりホールドされてキャビネットに座っていた。

カティアとあの弩級を屠ったときに居たユーリ・オレブビッチ・ジルコフだ。

きゃっきゃウフフとしけこみたいが、眼前のアンジェラが眼光鋭くにらみつけてくるために行動に移せない。

『そんでな、雷帝に代わってロシア支部のボスになる気はないかなおもて』

『いや、面倒だし』

『もちろん、ただとはいわへん。今ならうちとユーリが毎日ご奉仕したる』

『うん、ボクもがんばるよ』

『それはとても魅力的なんだけどね』

『それにしてもアオはカティアなんかよりずっとロシア語が上手』

『ユーリ、それはひどいで。でもどうしてや?』

『言葉は大体聴いていればどこの言葉も覚えられるからねぇ』

『それはうらやましいわ』

『うん』

『おまえらはっ!もっと慎ましやかにできんのかっ!』

ロシア語で会話していた為に言葉の中身は分からなかっただろうが、目の前のイチャイチャ具合いについにアンジェラが切れた。

『はっ!イギリス女はひっこんどき、いまうちらは全力でアオはんをかどわかしている最中やで』

『自分でいうなっ!』

なんやかんやでエカテリンブルグに到着。

『みなさんはここで待っていてください。ここから先は俺一人でいきます』

と諸葉。

『もうちょい待ってな、モロハはん。ウチらがアオさんを説得するまで』

とカティアが言う。

『うん…アオの戦力は貴重』

『とは言え、俺には雷帝への恨みは無いからねぇ』

『アオさんにそんな事言われちゃうと、ボクたちは明日にはロシアの大地で真っ黒こげで死体をさらす事になる』

とユーリ。

『そうしたら世界の損失やで。こんな美少女を二人も失うなんて…』

『カティア…自分で言う事?』

『なぁ、アオさん、ウチらが死んでもええん?』

『ぐ…』

知り合わなければ、こんな気さくに話しかけてこなければあるいは蒼も揺らぐことなく見捨てられたのだろうが…その人柄に触れ、ちょっとでも親しくしてしまった蒼の負けであった。

『わかった。わかりました…俺も雷帝とっちめるのを手伝ってやるよ…って諸葉は?』

『ヤツならお前らがイチャイチャしている間に神速通で駆けていったぞ』

アンジェラが呆れたように言う。

『あらら、我慢のならない子やな』

『うん、早漏はダメ』

雷帝の拠するエカテリンブルグの支部。

周りに何も無い広大な大地に豪奢な建物が一つだけ建っていた。

そして既に戦闘が開始されているのか辺りを埋め尽くす雷で出来た獣の群れ。

およそ1000はくだらない数の暴力。

雷の第十三階梯闇術。

雷帝の固有秘法(ジ・オリジン)

天界十字軍(クリューセルクルセイダー)

それに諸葉は一人立ち向かい確固撃破していた。数が多くても一人の敵に一度に襲いかかれる数には限度がある。諸葉はそれをうまく利用して一対一の戦いを千回続けるつもりのようだ。

『さて、お前も逝ってこいっ!』

『ちょ、アンジェラさん、それ言葉がちがいますよね?』

『いいから死ねーーーーーーっ!』

『まーたーかーよー』

声をエコーさせながらエカテリンブルグの大地を飛翔する蒼。

それを撃ち落さんと空から幾条もの雷光が蒼めがけて走る巨獣をもした稲妻。

とっさに左腕を上空に上げるとヤタノカガミだけが顕現する。

稲妻はヤタノカガミを抜く事は無く蒼は無傷。それよりも、無数に撃ち出されたその雷は分解され、雷帝の魔力から開放されると蒼の周りに集まっていった。

『おのれおのれおのれおのれっ!』

先日、己の絶対の自信の闇術を無効化された事にかなり自尊心を汚されたのか雷帝が怒気を含んだ呪詛を振りまいている。

「とと、何とか無事に着地しできたな」

「バッカ、それどころじゃねぇぞ?」

と諸葉の後ろに着地した蒼は諸葉に怒鳴られた。

「わーお…」

目の前で空から雷光が迸り、今までの巨獣が蝿か何かかと思えるサイズの巨人の雷獣が現われた。

「くそっ!」

諸葉にしてみれば自身が仕掛けた戦争だ。ここで撤退の選択は取り辛いのだろう。

さらに巨人のてのひらに雷球が輝き、アンダースローで投げ放たれた雷球は稲妻の速さで駆けてきた。

「バカ、死にたいのかっ!俺の後ろに回れっ」

「く…」

諸葉は一瞬逡巡したが、対抗手段も間に合わないと言われたとおりに蒼の後ろへと滑り込む。

「大丈夫なのか!?」

「…二枚に増やせば多分余裕だろ?ダメなら吹き飛ぶだけだ。…諸葉だけ」

「俺だけかよっ!?」

スサノオの右手が現われヤタノカガミの二枚重ね。

雷帝の一撃は周りを埋め尽くしていた雷獣ごと焼き払い…蒼達に着弾。

ドドドドドーーーーーーーーーーーーーーン

爆音が距離を取っているはずのカティア達の鼓膜を揺るがす。いや、通力でガードしていなかったら確実に破れていたであろう爆音を伴うその攻撃はしかし…

「うげ、周りズタズタじゃねーか…非でー事しやがる。非常識なっ」

「それを防ぎきるお前も非常識だよ…」

「しかし、まぁそのお陰で十分に集まった」

「は?何がだ?」

「ん?そりゃ…電気」

途端、蒼の周りに集まった電流がそれこそ雷帝の雷獣の様に何かを形作った。

いや、それは雷獣等ではなく、寧ろ巨人か。

「雷神・タケミカヅチ」

蒼の頭上に仁王立ちするもののふ。それは東洋の鎧を着込んだ武神の姿をしていた。

シンッとそこに居た誰もが声を出さず、静まり返った。

誰もが理解できない。

雷で出来た巨人は雷帝の固有秘法(ジ・オリジン)ではなかった?

その攻撃をいとも容易く防御した挙句、出した攻撃がまさか雷の巨人だとか、それはどんな作り話だ?と。

「いいか、気張れよ。電気操作はお前だけの専売特許じゃないぞ?」

言うや否や、タケミカヅチの体がほころび、一条の閃光になって巨人との距離を詰めた。

ズバン。

横一文字に放たれた逆反りの刀。

フツノミタマに切り裂かれ、巨人はあっけなくその形を失う。

しかし、至近のそれに残った電流が爆発的な攻撃を伴いタケミカヅチを襲った。

至近での攻撃にタケミカヅチはその形を失うほどのダメージを受けた。しかし…

「それは電気と呪力の塊だ。電気をいくら散らそうと、効果は無いぞ?」

一度はその姿を失ったタケミカヅチはしかし、相手の電気も吸収してさらに輝きを増して再降臨。

その姿にロシア支部の雷帝の部下から阿鼻叫喚の声が飛ぶ。

『そんな…ばかな…そんな事は認めん…認めんぞ…!』

雷帝の踏ん張りで、十重二十重と空から雷が落ちタケミカヅチを焼くがやはり効果は無い。

蒼は曇天をひと睨みする。するとタケミカヅチは雷の本流となって逆行するように天へと上る。

ゴロゴロと数秒轟いたかと思うと、幾条もの雷光が振り注いだあと曇天は霧散し、快晴へと変貌した。

しかし、降り注いだ雷が普通の雷のはずは無く、地表に落ちるや否や巨人を形作った。

無数のタケミカヅチである。

天界十字軍(クリューセルクルセイダー)は既に霧散している。

闇術はその使用上キャストが長く、このタイミングでリキャストしようにもどうあがいても蒼のタケミカヅチの攻撃の方がはやい。

多数の巨人に取り囲まれ、立場が逆転したロシア支部の精鋭はすでに雷帝の前から姿を消している。

雷帝が恐怖で彼らを縛り付けれて居たのは、彼女の力を上回る存在が居ないからだ。

しかし、目の前に天界十字軍(クリューセルクルセイダー)すら打ち破り、さらに同種の攻撃でその規模を上回る蒼の存在は雷帝の恐怖を薄れさせ、しかし目前の恐怖を煽り立てるには十分だ。

三々五々散らばるように雷帝の周りからは人が逃げていく。

雷帝にこの巨人を屠る事が出来ない以上、もはや戦いの結果は誰にも分る物だった。

雷帝は膝を付き、いやいやと首を振る。もはやそれだけ現実に打ちのめされているようだ。

「えっと、結局俺はどうしたらいいんだ?成り行きで戦ったが、俺には雷帝への怨み辛みはないのだぜ?まぁカティア達とデートの約束は魅力的だったが…どうすんの?これ」

「アオはんが雷帝のアイデンティティを徹底的に破壊してくれて助かったわ。後はウチらが再教育するさかい。心配しなくてもえーよ」

「うん。我がまま言ったらアオを呼ぶって言えばきっと大丈夫」

といつの間にか隣に来ていたカティアとユーリが言った。

「え、あ…じゃあ俺から君たちにお願いがあるのだが…」

と諸葉が旅の目的を彼女達に告げていた。

なんかロシアからの留学生を助ける事が目的で、そのために相手の組織を潰すという手段を取ったらしい。…うむ、なかなかこの諸葉、ぶっ飛んだ思考の持ち主だ。

全てが終わってこれからロシア美人としっぽり…と思っていると携帯の着信音が鳴る。

「まーやか…どうしかしたか?」

「いいえ、さっき諸葉から片付いたと言う連絡をもらったので、アオには速帰宅命令を出す事にしたのです」

「おいおい、それは何の冗談だい、俺はこれから皆から労いの…」

「あ、いま携帯に写真を添付して送っておいたのです。後で見て欲しいのでう。それじゃ、アオ、日本で待っているのです。おいたしないで帰ってくるのですよっ」

「ちょ、まてよ、まーやっ!」

ジロリと諸葉をにらむ。こんな所にスパイが居たとはっ!

仕方無しに添付ファイルを開く。

「げっ!?」

そこにはルームシェアするようになった万理が寝崩れたパジャマで蒼にしがみついている写真が添付されていた。

若干、撮った位置からは蒼が襲っているように見える写真だった。

「うわわわわああああっ!」

ぴっと添付ファイルを削除したが、それは所詮コピー。

PS早く帰ってこないとこの写真がどうなる分りません。

「まじかよ…とほほ…」

蒼はがっくりと肩を落とすと喧騒がまだ静まらないエカテリンブルグを一人後にするのだった。

夏も終わり、秋になると、全国的に文化祭、学園祭の時期である。

この亜鐘学園もその例にもれず。

「アオのクラスは何になったのです?」

「休憩室でお茶をにごしたようだ」

とまーやの質問に答える。

「枯れてるのですね…」

最近の高校生なんてそんなもんだ。


異端者はどうやって生まれてくるのだろうか。

その回答がようやく得られようとしていた。

どうやら人間の魂を使って何ものかが異端者を作り出しているらしい。

現代の世界でも人が数人、町から消えたとしても大したニュースにもならない。そうやって浚われた人間の魂を使って作り出されているようだ。

幸い、利用された後の肉体もメタフィジカルが現存する場合は保存されているらしい。

良く分からないが殺せない理由があるのだろう。

と言うのを蒼はエドワードから聞いた。

『で、それを俺に言うのは?』

『その肉体が保存されている施設がちょうど日本に有ってね、今度日本で大規模な救出作戦があるからキミにも参加してもらおうって訳さ。この作戦は失敗するわけにも行かない。イギリス、フランスは日本に協力するし、アメリカ、ロシア、中国はその作戦時に出た日本外のメタフィジカルの掃討に当たってもらう算段なんだけど、やはり勝率は1%でも高いほうがいい。だからキミには参加して欲しいのだけれど』

『なるほど、異端者発生の現場を押さえれば先の見えない戦いに終止符が打てるかもしれないと思っているわけか』

『頼めないかな?』

『余り顔バレしたくないのだが』

『なに変装でもしてくれればいいさ』

『それにキミは最後の保険みたいなものさ。保険があると無いとじゃ安心感が違うだろ?実行はボクたちが矢面に立つからイザと言うときのフォローを頼みたいんだよ』

『なるほどね、確かにそうかもしれない。余り気乗りしないがいつまでもあの異端者に構っているのも面倒だ。フォローくらいなら請け負ってあげるよ』

『ありがとう、助かるよ』

と言う会話を蒼は直ぐに後悔した。

何故ならメタフィジカルのスケールが今までに無い規模だったからだ。

要塞級(フォートレス)が三頭がその拠点を守り、その拠点自体がさらにでかい異端者で軍隊要塞級(ストロングホールド)と呼ばれる。

要塞級をいくら倒しても、ラインで繋がっている限り即時回復してしまう。

まさに暖簾に腕押し、しかしその要塞級を倒さなければその奥に本丸は倒せないと言うおまけつき。

それをどうにかする為にイチリス、フランス、日本が一体ずつ受け持ち、潜入部隊が囚われの被害者を助け出す算段らしい。

つまり陽動作戦だ。

白騎士機関を挙げた一台作戦はしかし、日本のチームの潰走が途轍もなく早いものだった。

巨大なだけかと思っていたら強力な(バグ)まで持っていて、それが並みのセイヴァーでは歯が立たない類のものだったのだ。

「はやっ!俺の出番はやすぎるっ!」

「仕方ないのです…あれには並みのセイヴァーなんてひとたまりも無いのです…」

隣からはなぜかついてきたまーやの声。

「しょうがないなぁ…じゃぁ遠距離から一撃であれを沈めるか」

「出来るのですか?」

「まーやの援護があればね。バインド、頼んでいい?」

「まかせるのですっ」

気合を入れたまーやはクレイをセットアップ。

「いくのですっ」

『ストラグルバインド』

ストラグルバインドの多重起動。

無数の鎖がセブンホーンと呼ばれるメタフィジカルに絡みつき、その動きを封じた。

(バグ)が蒼の居る所まで到着するのにはまだ時間が掛かる。

『スターライトブレイカー』

ヒュンヒュンと魔力素が蒼の眼前に集まっていく。

ゆっくり時間をかけて収束されていく魔力の塊。

相手は巨大で、狙いを外すほうが難しい。機敏な動きも難しく、反撃も鈍磨だ。

「スターライトォ…ブレイカーーーーーッ」

ゴウッと銀の閃光が駆け抜ける。

閃光は数百メートルもある巨体のセブンホーンの脇腹から当たり、甲殻を突き破り、腹に巨大な風穴を開け、上空へと消えた。

セブンホーンの完全なる沈黙。

「す、すごいのです…」

「これで復活するようなら…って、あいた穴が塞がっていっているっ!?どんな復元能力の高さだよ」

蒼が開けた風穴もどんどん塞がっていき、ついには完全に消失した。

セブンホーンの角の間に集まる強大な呪力(サターナ)

「いやぁあれを放たれるのは流石にやばいな…」

「な、何とかするのですっ」

「仕方ないなぁ…」

そう言うと今度は輝力を合成して印を組み上げた。

「木遁秘術・樹海降誕」

地面から乱立する巨木はうねる様にセブンホーンを締め上げ、またその鋭い根が甲殻を貫通し、からめ取っていく。

(バグ)も巨木のうねりに当てられて全て消滅した。

「な、何をしたのですか?」

「巨木で締め上げてみた。ついでに呪力(サターナ)の吸収する作用もある」

相手の呪力を吸い取って際限なく巨大化し、また締め上げる。相手の力が多ければ多いほど、返す力となって襲い掛かるのだ。

そして、セブンホーンは完全に沈黙。

その代わり小山が一つ新しく出来上がってしまった。

「さて、残りの二体は…ふむ、日本と違ってイギリスとフランスは優秀みたいだ」

劣勢の中にも活路をちゃんと見出しているようだ。

結果を言えば、救出作戦はうまく行った。囚われ、異端者にされていた人間の中にどうやら救世主(セイヴァー)も居るらしい。

そして、その救世主(セイヴァー)の魂を利用していると思われる小型だがとても強力な異端者、魔神級(アークフィンド)の存在。

どうやら灰村諸葉が打ち倒したみたいだが、これは途轍もなくヤバイ状況ではなかろうか。

エドワードからの情報で、蒼もセイヴァーの中にその協議に従わない存在が居るらしい。エドワードに背教者(デーモン)と呼ばれた彼らは六羽会議(シックス・ウィング)なる組織を創設し、また異端者(メタフィジカル)を生み出していた何者かとも合流しているらしい。

それはそろそろ亜鐘学園も卒業式を控えた冬の事。

「…、まーやが…浚われたわ…」

血相を変えた万理が蒼の教室を訪ねてきた。

日中、まーやは万理にくっついている事が多い。それで、今日は少し亜鐘学園から離れていたらしい。

二人で郊外で食事をしていて、トイレにと立ったまーやはしかし、帰ってこなかったようだ。

「…へぇ…なかなかムカツク事をしてくれますね。その六翼会議と言うのは…」

蒼が静かに怒っていた。

「まーや…まーや…ああ…どうしてこんな事に…」

「万理、落ち着いて。浚われたのならまだ生きています。ああ…まーやの所在だけなら、マーカーが着いているから助け出す事は出来るはずです」

「だったら…」

「でも、まーやの魂は別だ。彼女の魂はすでに異端者(メタフィジカル)になっている可能性が高い」

「だからと言ってっ!」

「だから、待っているんですよ」

と蒼。

「え?」

「その六翼会議が動き出すのを」

「どういう…?」

「大丈夫ですよ。もう少し、待ってください。俺が必ずまーやを助け出しますよ」

「蒼、くん」

抱きしめ、ポンポンと頭をなでるとようやく万理は落ち着いたようだ。

しかし、それとは反対に蒼の心は燃え上がっていった。

異変は翌日直ぐに現われた。

何もの課の攻撃が亜鐘学園を襲ったからだ。

その爆音にようやくかと蒼は静かに怒りを再燃させる。

絶対に後悔させてやる、と。

講堂が爆音と共に粉砕される事件が起こったのが明朝だ。

その変事にそっと足を向ける蒼。

そこでは実戦部隊の百地春鹿と敵であるセイヴァー…いや、デーモンが戦っていた。

ざっざと地面を踏み鳴らし進む蒼。

『やあ、君が噂に聞く背教者の一員って事でいいのかな?』

『バカ、誰だかしらねーがおめーが敵う相手じゃねぇ、とっとと逃げろ』

問いかける蒼に春鹿は亜鐘学園の制服を着る蒼に怒声を飛ばす。

良く見れば所々服が裂けていて劣勢なのが見て取れる。

『…おめぇ…なにものだ?』

『なに、しがない亜鐘学園の生徒で…』

そこで蒼は一度言葉を止め、続ける。

『君達を徹底的に潰す者だ』

『はーははははっ!面白い、面白いなっ!やってみろってんだっ。ただし、この俺についてこれればなっ!』

相手の六翼会議の一員であるレナード・ヴァン=パーシーは神速通の達人である。

六頭領の一人、馬迭戈(マー・ディエグァ)にこそ及ばないもの、当代随一である事は確かだろう。

そのレナードが残像が残る速度で蒼に迫る。

『ふむ、なるほどね。ああ、よかった。最初から当たりを引けた。だから君…もう死んでいいよ?』

速さ、なんてもの実は蒼には何の武器にもならない。

蒼が虚空をソルで切り裂く。

『な、なに…っ!?この俺が遅い…だとぉ…』

刀を振ったと言う行為で、相手を切り裂いたと言う結果の過程を省く。

『ああ、いや。速さだけなら君は随一だろう。だが…相手が悪かったな』

あたり一面レナードの出血で紅く染まる。

「おめーは…いったい何なんだよっ…」

春鹿が驚愕の表情を浮かべている。

「さて、何と問われれば回答に困るな…だが…」

と、蒼は少し懐かしそうな顔をして答えた。

「魔王と呼ばれていたことはあるよ」

「魔王…」

ブルっと身震いする春鹿を置いて蒼は行く。

万華鏡写輪眼・八意で相手の記憶は除き見た。今後の彼らの作戦の詳細、今現在の本拠地も把握済みだ。

「さて、次だな…」

蒼のつぶやきだけが風に消えた。

悪鬼は行く。敵の本拠地へ。

盗み取った知識のままにこの世ならざる場所へと足を踏み入れる。

どんな障害があろうとも蒼はものともしない。1000を超えるゴーレム、100を超えるメタフィジカル。10を超える魔神級(アークフィンド)が出ようと彼の歩みは止まらない。

『私のだよ、全てあたしのなの。絶対に分けてあげないんだからっ!』

魔神級(アークフィンド)は原型の魂の声を歪な形に歪めてまわりに声として拡散さえるらしい。

「まーや…」

トンガリ帽にドレスを思わせるような胴体。その中からは無数の鎖がうねっている。

『すべて、すべてを束縛してあげる。絶対に逃がさない』

「みつけたよ、まーや…」

『逃がさないわっ』

ジャラジャラと鎖が伸び、蒼を拘束する。

そこに周りからいっせいに魔神級(アークフィンド)が攻撃する。

爆炎が消えるとボロボロになった鎖の中には蒼の姿は無かった。魔神級(アークフィンド)の攻撃で塵ものこさず蒸発したのか…

そんな訳は無く、蒼は何事も無く魔神級(アークフィンド)と対峙していた。


蒼は敵の本拠地を走っていた。

まーやの反応はこの先。つまり、この先にまーやの本体が眠らされているのだろう。

「これはいったい…どう言う事か…な?」

と、現われたのは一人の青年と、その後ろに控える少女だ。

「あなたは今も後ろでメタフィジカルと戦ってる。これはおかしい事」

と少女も言う。

熾場亮(しばあきら)白井宇佐子(しろいうさこ)か。六翼会議のトップがこんな所に出てくるとはね」

「ここは僕達の本拠地。こんなに簡単に侵入されたら、たまったもんじゃない…ね」

「そっか。でもそれはあんたらが俺からまーやを奪っていったからだろ。俺の周りに手を出したヤツには相応の仕返しはするよ。いくら俺が温厚でもね」

「そう、でも僕達には必要なこと…だ」

「お前らの都合なんてしらねーよ。ただ、俺に関わらなければ、もっと長生きできたかもしれないのにね」

残念だ、と蒼が言う。

「それはおっかないね。まるで君一人で僕達を全て倒しきれるみたいな言い方だ」

「ああ、俺も普段はそんな大それた事は言わないんだが…俺は今日はすこぶる機嫌が悪い…」

つぶやいた蒼から殺気があふれる。蒼の目は初っ端から万華鏡だ。

蒼の殺気に当てられてか、亮は炎の塊を幾つも顕現させると蒼に向かって投げつけてきた。

彼の螢惑、第壱の炎宴《狐火》だ。

その攻撃を蒼は避けもしない。避ける必要が無いからだ。

炎は蒼に着弾すると、燃え上がる事も無く分解される。

「…どうし…て?」

「簡単な話だ。あんたの攻撃が俺の抗魔力を超えてないからだ」

「そん…な」

今度は後ろの白井宇佐子の能力も加味、彼女の螢惑を強化する能力を使って再度炎弾が襲い来る。その数、規模とも先ほどとは段違いだ。

が、それも何の意味も無い。蒼に触れることも無くプラーナに戻された。

「あんた、弱いよ。これならあのレナードの方がまだ強い」

「でも、彼も君が殺した…ね?」

「ああ。だからお前らが俺に勝てる道理が無い」

「ああ、そうか…僕達は触れてはいけない逆鱗を踏んでしまっていたの…か」

「か、かは…」

ゴパッと二人の口から大量の血が吐露される。

気付けばソルの刀身が二人の心臓を貫いていた。

もう興味はないと、二人を素通りすると、台座に座らされていたまーやの体を発見、抱きかかえる。

「まったく、簡単に浚われてくれちゃって。困ったやつだよ。俺の眠り姫は…」

まーやを抱きかかえると、木分身に指令を送り、まーやの魂が使われた魔人級を一刀の下に切り伏せた。

まーやの魂は体に引かれる様に飛来し、体の中に納まる。

まーやが目を覚ますまで、まだしばらく掛かるだろう。

「さて、それじゃぁ…後腐れなく行こう」

見つけた異端者を切り伏せ、本拠地の中を進む。

見つけた六翼議会の構成員を切って捨てては中を行く。

「こいつか…」

蒼の目の前に眠るように座っている少女が一人。

天木虚穂(あまぎうつほ)…メタフィジカルの生みの親。あんたに怨みは…やっぱりあるな」

まーやを化け物に変えられた。

「だから、二度と無い様に、死んでくれ」

抵抗は無い。彼女の死を見届けるのこの本拠地に火を放つ。

もはやこの世界にメタフィジカルが現われる事はないだろう。何故なら元凶を蒼が潰したからだ。

あれだけ白騎士機関をてこずらせたメタフィジカルはしかし…蒼の逆鱗を踏んだ事によって今日あっけないほどに簡単に壊滅した。

そして亜鐘学園にまーやを戻すと、そっと蒼は姿を消した。


春、新学期が始まって数週間。

蒼は埠頭の先で竿を振っていた。時期的にサゴシが抜け、そろそろイナダが釣れてほしいところだったが、少しばかり釣果に恵まれない。

「まぁ、やはりこんな結果か」

と、蒼は回りに聞こえるようにつぶやいた。

『ああ、すまないね。異端者数百匹を相手に無双する君の姿をみたお偉いさん方が君を怖がってね。六頭領に大量の陳述を送りつけてきやがった。お陰で、ボクまで駆り出されてキミの討伐と言う事になったよ』

と、人垣を避けて前に出たエドワードが言う。

『えらく強気だ』

『彼女、エレーナの魔剣は通力(プラーナ)魔力(まりょく)を食らう。彼女の魔剣の前では救世主(セイヴァー)なんてただの人間と一緒さ』

『ああ、強気の理由はそれか』

視線を向ければそのエレーナを守るように灰村諸葉が立っていた。

『まぁこの事には六頭領も割れた。中国は日和見、ロシアとアメリカは反対。フランスは我関せず。残ったのはイギリスと日本だ。特に日本の政府が怖がってね…キミもこうなる事が分っていたから一人で亜鐘学園を去ったんだろう?』

『ああ、そうだな。君達に嘆願した誰かがまーやを人質にとるなんて浅慮に走らなくて良かったよ』

『ああ、まったくだね。キミの逆鱗に触れてしまったら、どうなるか分った物じゃない』

ヒュっと蒼は竿を海へと振り、リールを巻き上げる。

『なぁ、エドワード。10分時間をくれないか?』

『なんだ、命乞いかい?聞いて上げれないのが心苦しいのだけれど…』

『いや』

と蒼は首を振る。

『取り囲んでいる数百の救世主(セイヴァー)達が逃げ出す為の時間だよ』

『どう言う事だい?』

『10分したら、俺は俺に攻撃する意思を持ってここに対峙している人を全て潰す。最悪死ぬかもしれない。いや、生き残れると思わないほうがいい』

『この状況でかい?』

四方からスナイパーの銃口が蒼を狙い、エドワードの後ろからも拳銃を構える一団がいて、その後ろにセイヴァーの部隊が配置されていた。

さらにいま、蒼は通力も魔力も使えない。

『それもそうか。じゃあ一番に彼女に言おう。その魔剣をしまって速く逃げたほうがいいよ?まず一番最初に死ぬのは君だからね』

『それはできない…私にもいろいろ守るものが出来てしまった』

『あらあら、中々にクソな事を考える連中も居る事で…』

2投3投とキャスト、その内に一匹サゴシがかかり、蒼は竿をしならせ、リールを重そうに巻いた。

『さて、終わりか。…心苦しいが最後の仕事だ』

『何がだい?』

『俺の最後の仕事でこの世界に絶対の恐怖。そして不文律を刻み込もう』

『いったいどう言う…』

『魔王には敵わない。おもねり、頭を下げて機嫌を伺え、とね』

言った蒼の姿が突如消えた。

『ま、まさかこの状況で神速通だとっ!?』

斬っ

「レーーーーシャーーーーーーーっ!?」

灰村諸葉が絶叫。その眼前でエレーナは首筋から大量の出血をしていた。あれではもう助からないだろう。

『残念ながら違うね』

蒼た使ったのは御神流の神速。脳内のリミッターを切る事で肉体の限界ギリギリで動かす技術だ。

もちろん諸々の反動は出るがエレーナの魔剣さえ無効化で着てしまえば問題ない。

四方八方から銃弾が飛んでくるが、もはや避ける必要も無い。

全て蒼の体表で弾かれダメージを通さない。

『カガンキンセイ…鎧の効果じゃなかったんだね…』

『見誤ったな』

そう言いつつ蒼は印を組み上げた。

『アンジェラをつれてこなくて本当に良かったよ…』

銀嶺アーガステンがエドワードを包み込む。

『死にたくなければ僕の後ろにっ』

「意味は無いけどなっ『火遁・劫火滅失』」

ゴウっと蒼の口から放たれた炎は前面一面に押し寄せ、エドワードの後ろに隠れた者共々その全てを焼いた。

生き残ったのはエドワードと、灰村諸葉、あとは後方に居た為に火勢の落ちて助かった連中だ。

『おおおおおおおっ!』

怒声を上げてエドワードが掛けて来る。

『もう、力比べはしてやらん』

そう言うと再び蒼は印を組む。

「木遁・樹海降誕」

いきなり地面から巨木が乱立し、その幹がまるで生き物の様にエドワードを襲う。

斬ろうが叩こうが直ぐに再生してエドワードを捕まえる。

「よくもレーシャをっ!」

横合いから灰村諸葉の剣が襲った。

それをソルで受け止め、言葉を返す。

「順番が違うだろ?襲ってきたのはお前らで、お前らは俺を殺そうとした。殺そうとした側が殺されたからと怒るのは筋違いじゃねぇか?襲ってこなければ死ななかったんだからなっ」

「くっそーーーー」

怒号と共に振り下ろされた諸葉の(サラティガ)

「っ!?」

それはソルの刀身を切り裂いて蒼の体を掠めた。

絶対の守りの蒼の体を切り裂き、血泡が舞う。

返す刀で切りかかる諸葉を蒼は上体を捻り蹴り飛ばす。

『ジャック、悔しいのは分るがここはボクに合わせるんだ。一人では絶対にあいつには勝てない』

いつの間にか這い出してきたエドワードが叫んだ。

最強の守りと最強の剣。エドワードは蒼にそれが有る事を知っている。今までは最強の盾ははあっても最強の矛は無かった。しかし、諸葉の攻撃が蒼を掠めたことでエドワードは確信した。かれは最強の矛となると。

これで対等。

いつの間にか蒼の持つソルは元に戻っているが、蒼の攻撃をエドワードが受け、諸葉が攻撃する。

『なるほど、確かにとっさにしてはいい判断だ…だが、これならどうかな?』

蒼が印を組み上げると、体が分裂するように二つに増えた。

「木遁・木分身の術」

『これは…貪狼…では無いね。…面倒なっ』

『くぅっ』

二人に増えた蒼がエドワードを攻撃し、諸葉の攻撃を受けていた。

『ほらほらどうした。君達にはもっとがんばってもらわなければ困る。君達なら俺を倒せるかもしれないと世界の奴らに思わせなければならない』

その間も斬りつけ、斬られながらの戦いは続く。

『どうしてだい?』

『メタフィジカルの居ない世界で救世主(セイヴァー)救世主(セイヴァー)足りえるだろうか?元凶は俺がこの間つぶしたぞ?』

『そんな…しかし、…それは…』

『答えはどんなに言葉を取り繕ってもNOだ。これは人間と言う種の業。人間は強者を怖がり、また弱いくせに排除しようとする。…今の君達みたいにね。今日の俺の姿が君達の明日の姿だ』

『それは…怖いね』

蒼の攻撃はさらに鋭さを増していく。

『俺が元凶を潰さなくても、いつかは君達が潰しただろう。終わりのある戦いはその先が無い。英雄は絶対悪が居るこそ英雄で居られる。敵の居なくなった英雄はそれはもはや英雄じゃない。そして人間はそれを怖がる。手のひらを返したようにね』

『だったらどうすればいいんだい?』

『簡単な話だ。分からせてやればいい』

『は?』

『この世には絶対に敵わない存在がいると、人々に分らせてやればいい』

『まさかキミは…』

『ふっ…まぁそう言うことだ』

振るった刀がエドワードの腕を切り裂く。さらに返す刀でエドワードの首を切り裂いた。

『きさまーーーーーっ!』

その光景を見て灰村諸葉が切れた。

髪の毛が逆立ち、体から大量の通力と魔力が迸る。

大量の通力が彼の持つサラティガへと込められた。それらはさらに純化され昇華されていく。

「おっと…流石にその一撃は貰う事は出来ないな」

蒼の持つ万華鏡写輪眼が周りの空気を操り酸素を無くす。

息を荒げる灰村諸葉は…二三度の呼吸のあと意識を失う。

人間、無酸素状態では二三度の呼吸で意識を失う。あれほどに肉体が活性去れていれば一呼吸でも意識を失うだろう。

なぜ、蒼は大々的に二人と戦ったのか。それはただのデモンストレーションだ。

ヒューヒューと風切音が聞こえ、パラパラとローターの音が鳴っている。

視線を海に向ければ軍用戦艦が何隻も浮かんでいた。

それらが蒼の居る埠頭を取り囲むようにして進軍してきた。

「……スサノオ…」

たちまち巨大な益荒男がその姿を現した。

完全なるスサノオ。その巨体、実に40メートル。

戦闘機、ヘリコプター、戦艦から蜂の巣にせんばかりの銃弾の雨。それはここにエドワード達がいようとお構い無しのよう。

スサノオは霊刀を抜き放つと真横に一文字になぎ払った。

剣先から迸る呪力が銃弾を全てきり伏せ、海を割り、天変地異を引き起こす。

ただの一撃で決着はついた。

「アオ…」

いつの間にいたのか、まーやが心配そうに蒼の傍まで来てぎゅっとその手を握り締めた。

「結界を解いてくれるかい?」

「…はいなのです」

言われたまーやは念、魔法、闇術で強化された夢石の面晶体を解く。

たちまち何事も無かったかのように元通りになっていく、そう、死者さえも。

「でも、これでよかったのですか?」

「ああ。良いんだよ。これで」

「でも、これじゃアオだけが世界の敵になってしまいました…」

と、どこか悲しそうな顔をするまーや。

「いいさ。世界はこの世界だけじゃない。しばらく別の世界に行くのも面白そうだ」

「まーやも着いていくのです」

「まーやはそれでいいのか?」

「アオの隣がまーやの居場所なのです」

「そうか…それじゃ、行きますか。お姫様」

「はいなのです」

二人はギュっと手を握り、世界の門を跨ぐ。

彼らの旅路にこの先何が待っているのか。それはまだ分らない。



 
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