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バーチスティラントの魔導師達

作者:書架
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決着

白髪の少女は、フルビアリス邸のとある一室の扉をノックした。反応がないことは分かりきっているので、ドアノブを回してみる。
もちろんいつものように、回らない。
少女は俯き、また踵を返して仮自室としている部屋へ戻った。

金髪の少女が『換魂の書』により完治したと同時に、彼女らの母はその命を失った。
ようやく立てるようになった金髪の少女がその事実を知った時、彼女は立ち竦み、膝を折って泣き崩れた。その全てを、彼女の弟は目を背けずに見ていた。……自分が招いたことであるゆえに。
戦時中であるため彼女や他の魔導師たちがすぐに指揮を執ったが、幼い少女の指揮に対して不安の声が多く、また有力な魔導師の死により徐々に魔導師側は崩れていった。もう、いつ敗戦を宣言してもおかしくない。

それもすべて、自分のせいだ。
そう、少年は考えていた。


かちゃっとドアの開く音に、少年は驚いて振り返った。扉には鍵を閉めていたはずだが、そこには黒猫を連れた青年の姿があった。
「よーお、驚いたか?……突然だがお前、一回顔貸せ。」
少年は断ることも許可も出せないまま、素早く近づいた青年に顔を支えられ、そして頬を打たれた。
「…………っ!」
痛みに顔をしかめて青年を睨むと、青年はずいっと少年に顔を近づけた。
「いい加減にしろ。部屋に閉じこもっててイライヤ様が生き返るとでも思ってんのか。」
「………思わない…。」
「今更"ノアル"の連中がこっちに戻って、さらに形勢逆転するとでも思ってんのか!?」
「…………思、わ……。」
「この戦争を…、イライヤ様の命令通りにレリーが吹っ掛けて、そのレリーを生かすためにお前が戦争を負けに導いた、『フルビアリス家のわがままによる負け戦』で済ませる気かよ!!?」
「うるさい!!!」
思わず大きな声で叫び、少年は両手で自分の頭を抱える。その様子を見て青年は申し訳なさそうに、掴んでいた少年の襟を離した。
「姉さんは……、姉さんは何も悪くない。あの時姉さんと母さんを止められなかった僕が、そして母さんを殺してしまった、"なりそこない"の僕が、全部……。」
「ばか、そういう話じゃ…!」
「そういう話だろ!!!?僕にもっと力があれば、母さんは止めれずとも姉さんは止められた!!僕にもっと知恵があれば、『換魂の書』が何なのか分かっていた!!!………僕は…っ!」
少年は次に言葉を続けず、静かに泣き始めた。そっと扉に2つの人影が現れたことが、もちろん分からない。
「………悪い、言い過ぎた。戦争が始まったのも、負けるのも、お前や姉さんだけのせいじゃねぇ。……俺たちだって、イライヤ様に何か言えばよかったんだ。イライヤ様にでなくとも、ほかの上層部の魔導師に。」
青年がそっと少年に手を伸ばすも、少年は小さく首を振った。無理せず、青年はその手を引っ込める。
「…とにかく、落ち着いたら部屋から出て来いよ。レリーには極力会わせないように手配は……、」
「しなくてもいいわ。そんな気遣い、いらない。」
青年と少年が、同時に顔を上げる。声の主は、いつもの仏頂面をしている金髪の少女であった。
「レリーおまっ……、雷だけは落とすなよ…。」
ちょっと心配そうに青年が声をかける。が、それは文字通り青年ごと一蹴りされた。
「アレン。………まずは、助けてくれてありがとう。」
「……どういたしまして。」
「それと、もう一つ。…………あなたこそ、何も悪くない。」
「なっ……!!」
なんで、と言う前にそれに被せるように少女が続ける。
「あなたはこの戦争で、いえ、これまで、誰一人として『自らの手で』人を殺めてはいない。お母様やお父様は不可抗力であっただけ。あれは、言い換えれば幻書が2人を殺した。…第一、あなたは戦争に参加していない。」
「……。」
「誰も殺していないのに、むしろ私を生かしてくれたのに、どうしてあなたが塞ぎ込むの。なぜあなたが悩むの。」
そう言うと、彼女は屈んで弟を優しく抱きしめた。そんなことなどされたことがない少年は硬直し、「姉さん…?」と不安そうに尋ねた。
「私の方が重罪よ。何百人も何千人も人間を殺め、唯一の身内には姉らしいこともしてあげられていない。おまけに、仲間であるはずの魔導師たちからの信用は薄い。……あなたは違う。」
「…違う、姉さんは、ちゃんと僕の姉さんだよ……。」
「でもあの日。お母様に操られていたとはいえ、私を引き留めようとするあなたに目もくれなかった。姉さん、と呼ぶ声がしても、私はあなたを避けた。この行動のどこが姉らしいのよ。」
ぎゅっと一度強く抱きしめ、頭を軽く撫でてやる。そして彼女は、離れて僅かに微笑んだ。
「私はあなたを恨んではいないわ。立ち直ったら、また、あなたの作るお菓子を食べさせてちょうだい。」
「…!」
「……ウィル、あなたいつまでそこにいるの。さっさと行くわよ。」
「お、おう……。いや、兄弟愛ってすげぇなってちょっと感動したぜ…。」
「柄にもないことを言わないで。」
「ひっでーなぁ!」
言い合いながら去っていく2人を見て、少年は立ち上がろうとした。その時何か小さいものが走ってきて、体当たりをした。
「わっ……、ユイ。ごめんね、ずっと無視して。」
その言葉に少女は首を振った。そして、
「ありがとう、わたしをおいだしたりしなくて。」
珍しく口を開いた。
「……そんなことしないさ。ユイはいい子だから。」
「…………。」
少年は静かに少女を抱きしめ、そして立ち上がり手を引いた。
「もう、大丈夫。……ねえ、今日のおやつは何がいい?」
「…!」
少女は微笑む少年に、思わず、そして初めて微笑んだ。
「………………………アップルパイ。」




イライヤ=フォン=フルビアリスの死から一週間後。魔導師達は、降伏の通達を人間の国へ送った。

 
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