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恋姫†袁紹♂伝

作者:masa3214
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第39話

 
前書き
~前回までのあらすじ~

袁紹「とりあえず通して」

曹操「しょうがねぇな……」



重騎兵「お、開いてんじゃ~ん」

董卓軍「(開けたんだよなぁ)」



重騎兵「(鎧と)合体してるから、合体してるから安心!」

董卓軍「fuck off」

 

 
「ねね」

「後続の報告によると軽傷者が数名、落馬を含め離脱者はいないのです!」

「上出来」

 華雄軍と張遼軍による矢の嵐を潜り抜けた恋達は、一人も欠ける事無く両軍に近づく。
 この隊の専属軍師である音々音は、彼女専用の親衛隊により守られていた。

「……どっち?」

「左です! ねね達から見て左にいる華雄軍を突破するです!!」

「ん」

 両軍の中央を突破する事も出来る。しかしそれを狙えば二軍を相手取る必要があり、いくら精鋭揃いでも苦戦を強いられる。
 音々音が華雄軍に狙いを定めた理由は、上記の他に三つ理由があった。
 一つ目は両軍の動きだ。近づいてくる重騎兵に備え迎撃の体勢を終えている張遼軍に対し、華雄軍はようやく弓兵達を下がらせたばかり。
 これには両将の指揮能力が顕著に現れている。攻めと守りの両方に高い能力を発揮する張遼。攻めに特化し守りが苦手な華雄なら、どちらが組み敷き易いかは一目瞭然である。
 
 二つ目に疲労の度合い。迂回路で二日目以降、局地的に小規模な戦闘を繰り返してきた張遼軍。
 開戦から今に至るまで、連合の猛攻を迎撃し続けてきた華雄軍。後者の方が心身共に消費している。

 そして三つ目は―――







「あれが華雄の言ってた呂布かいな……なるほど、怪物や」

 人物を視認出来る所まで近づいてきた敵騎兵、その最前列に居る赤毛の将を見て張遼が呟く。
 武力という観点から見れば張遼のそれも怪物の類だ、しかし眼前に居るアレは次元が違う。

 馬は後続と同じく重装だが呂布自体は軽装、身を守る物と言えば手甲位で他は見当たらない。
 つまり彼女はあの万に及ぶ矢の嵐を、己の武だけで切り抜けたのだ。
 得物で矢を弾くという芸当は汜水関で華雄も見せたが、それとも比較にならない。

 もし自分(張遼)であれば出来ただろうか? 無理だろう。
 仮に運良く切り抜けられたとしても無傷では済まなかった筈だ。矢を数本身体に受け、息も絶え絶えになりながらふらつく姿が想像できる。
 だが目の前の呂布はどうだ、傷どころか呼吸の乱れも無い。
 それが当然とばかりに後続と何やらやり取りをしている。

 ――華雄が片手であしらわれたって話、ほんまやったんやな。

 華雄の事は彼女が未熟だった頃から知っている。
 未熟と言っても華雄の武力は本物だった、でなければ将まで出世できないだろうし。
 実際に董卓軍内で彼女と互角以上に戦えるのは張遼だけだ。

 武に対する過剰な自信が玉に瑕だったが、それも踏まえて一目置いていた。
 だからこそ彼女が手も足も出ない武人が居る事に耳を疑い、半信半疑だったのだ。
 その疑惑は、前方に居る怪物に晴らされたが……

「急報! 側面から敵影あり!!」

「なんやて!?」

 そんな馬鹿な――と目線を向けると、そこに居たのは張遼も見慣れた軍勢。

「もう迂回路を抜けて来たって言うんかいな!」

 音々音が華雄軍に狙いを定めた三つ目の理由がこれだ。

 二日目こそ接戦を繰り広げた両軍だが、孫策軍は敵将に固執していない。
 あくまで迂回路を抜いたと言う事実が欲しいだけである。
 軍議の中でその難易度を皆に知らしめた、後はどんな形であれ実現出来れば評価される。
 故に、孫策達が二日目以降勝負を仕掛けることは無かった。
 張遼が手強いと見るや、守りを重視して機を待ったのだ。
 
 あの広宗の地で袁紹軍と曹操軍の精強さは知っている。この二軍の力を持ってすれば、汜水関と虎牢関の陥落も時間の問題だろう。
 そうなれば張遼は迂回路を離れなければならない。
 そして孫策軍の軍師達の予想通り、張遼が迂回路から姿を消すとかの軍は一変。
 積極的に攻勢に出たのだ。初めは何とか迎撃していた張遼軍の副将だが、孫策軍の戦術と精強さの前に敗北。
 指揮官を失いつつも迎撃に奔走する残党兵の抵抗虚しく、孫策軍は迂回路を突破した。

「張遼様、眼前の騎馬隊が華雄様の方へ!」

「厳しいな、賈駆っちに早馬を頼むわ」

「で、では……」

「ああ、詰みや」

 賈駆の迎撃策が成らない時点で大局は決していた、止めを刺したのは側面の孫策軍だ。
 彼女達の参戦により華雄軍と連携を取れない、この二軍を相手にしている内に後続の連合軍がやって来るだろう。
 しかし、敗北が決定した瞬間でも張遼の闘志は衰えない。
 自分達には――

「皆聞けえぇッッッ!」

 ――まだ出来る事がある。

「ウチ等にはもう勝ち目は無い、けど戦はまだ終わらん!」

『董卓様!』

「せや! ウチ等の大将が洛陽に居る、無実の娘を連合に渡す道理など無い! せやろ!!」

『応!』

「今は一刻を――いや、数秒を争う事態や! 此処で一秒でも時を稼ぐ事は千金に値する。
 最後の一兵まで肉壁と化してでも、敵を足止めするでぇッッッ!!」

『ウオオオオォォォォッッッッッ!!!』







「張遼様が側面の孫策軍と交戦を開始しました!」

「敵騎馬隊、我が軍前列の重兵をものともしません!」

「馬鹿な、千騎程度に……」

 張遼軍が檄にあてられ声を張り上げていた頃、華雄軍に恋の騎馬隊が切り込んだ。

 前列に重装備の盾兵を並ばせ、敵の勢いを止めようとした華雄軍。
 彼らの判断に間違いは無い、騎馬の突進力も障害物を前に勢いを失うのが道理だ。
 正しそれは――普通の騎馬隊に対してであった。

 生憎、恋の率いる重騎隊は彼女を含め常軌を逸している。
 まず始めに先頭の恋が得物を一閃、盾ごと兵士を十数人吹き飛ばす。
 彼女の突撃で空いた穴を後続が容赦なく広げていく、無論、華雄軍も無抵抗な訳が無い。
 しかし刃は分厚い装甲を前に余りにも無力、手練れの者達が薄い箇所を狙うも小楯で弾かれる。
 
 万近い軍勢が千騎に成す術もなく蹂躙されていく、正に悪夢。
 遂には逃げ出すように道を空け始めたが、彼等は命が欲しい訳ではない。
 左翼で奮戦している張遼軍と同様、命を投げ出す思いで戦に望んでいるのだ。

 だが命を賭した一撃は通じず、足止めにすらならない。
 彼等が恐れたのは無意味な死――犬死にであった。

「く、敵が……華雄様一旦後方に」

 将を後ろに下げようとした側近の男、英断である。
 華雄は戦力以上に自軍の精神的支柱だ。もしも彼女が討たれでもしたら、それまで抑圧していた絶望が自分達を襲う。
 しかしその判断は――

「馬鹿を言うなッ!」

 華雄の心情を汲み取っていなかった。
 制止する部下達を振り切るように馬を走らせる。狙うは敵軍の先頭、大火の如く華雄軍を蹂躙している呂布。

「私が戦斧を振るうから、皆が奮い立つのだろうがァァッッッ!!」

「!?」

 恋の目の前まで躍り出た華雄は、渾身の力を持って戦斧を振り下ろす。
 その気迫に危険を感じた恋は、即座に受へと切り替えた。

 瞬間、戦場に金属音が響き渡る。

「やはり、そう簡単には討たせてくれんか……」

 舌打ち交じりに悔しがる華雄だが、その一撃は確かな結果を及ぼした。
 恋が止まったのだ。それまで誰にも手をつけられなかった彼女が――
 
 それに呼応するように後続の騎馬隊も動きが鈍くなり始める。

「……」

 恋は目の前の猛将に感慨を抱く。先程の一撃、明らかに相討ちを狙っていた。
 
 恋であれば、振り下ろす体勢の華雄よりも速く斬り付ける事が出来る。
 しかし華雄の只ならぬ気配に本能が危険を察知し、即座に防御に切り替えたのだ。
 もし仮に斬り付けていたら――致命傷を負っても尚、華雄は戦斧を恋に振り下ろしただろう。

「と、止めた」
「あの化け物を……」
「華雄様が」

 ――我等の将が

「華雄様に続けぇッッ!」

『ウオオオオオォォォォォォッッッッッ!!!』

 華雄軍の兵士達に闘志が漲る。

 敵の騎馬は矢も刃も通さない、狙った一撃も弾く、一人ひとりが手練れ――だからどうした。
 それ以上に手の負えない化け物を、我等の将が止めて見せたではないか!

「ねね!」

「ッ! 第一隊はここで呂布殿の援護、後はねねに付いて来るです!」

『応!』

 名を呼ばれただけで音々音は恋の思考を把握、隊に指示を飛ばす。
 自分達の目的は洛陽の董卓だ、ここで足を止める訳にはいかない。

「華雄様! 敵の騎馬が――ッッ」

「捨て置け、こいつ(呂布)を留められただけでも上出来だ」

「……」

 音々音は恋と三百の騎兵を残し七百の騎馬で華雄軍を突破、洛陽を目指す。
 以前の彼女には考えられない行動だ、一昔前の音々音であれば恋と別行動を取れない。
 仮に取れたとしても、恋に援護など不要と考えだろう。

 今回彼女は三百の騎兵を残した。数だけで見れば寡兵だが、恋の背中(一騎打ち)を守るには十分な戦力だ。
 
 ――三百もいれば十分、呂布殿なら遅れはとらないのです!

 そこには以前盲目的だった音々音には無い、信頼と観察眼に基づく戦術があった。







 華雄が恋と矛を交えた頃、左翼の張遼軍も孫策軍相手に苦戦を強いられていた。

「ほらほらぁッ! もっと私を愉しませなさい!!」
 
 孫策が先陣を切り狂戦士の如く剣を振るう、頬を上気させ恍惚とした表情。
 血に――と言うよりは戦場に魅入られている。その戦い方は色んな意味で危うい、現に隙だらけだ。

 しかし彼女を補佐するように、甘寧と周泰の両名が孫策の左右を守っている。
 そしてダメ押しと言わんばかりに、後方から弓による絶妙な援護射撃。
 軍列を乱そうとすれば即座に整えられる、優秀な指揮官が居る証だ。

 完璧な連携。これがあるから孫策は先陣に集中でき、爆発的な戦果を生み出せるのだろう。

「ウチが出られれば……」

「駄目です! 副将も居ない今、将軍が中核から離れれば指揮系統が麻痺します。
 そうなれば助かる者も助かりません!!」

「そうも言っていられないみたいやで」

「? ……なッ!」

 張遼の目線を追った兵士は絶句する。前方――虎牢関から、曹操の軍勢が確認出来たのだ。

「急報! 右翼の華雄様が七百程の騎馬に抜かれました!!」

「敵将は?」

「ハッ、敵将呂布の突破阻止には成功、現在は華雄様が交戦中です!」

「上出来や華雄!」

 洛陽には一軍に匹敵する戦力を残してある。精鋭とは言え呂布を欠いた七百の騎兵では、突破に時間が掛かるだろう。

 その隙に――賈駆が主を逃がすはずだ。

「前方から曹操軍が接近、間も無く交戦します!」

 張遼は曹操軍の先陣にある軍旗を見て目を細める。かの有名な夏侯姉妹とその補佐、そして三羽鳥達だ。手練れは孫策軍に当てている、曹操軍には予備兵と張遼で行くしか無い。

「渋い状況やなぁ、けどウチは気張るで華雄。だからアンタも――」

 ――敗けるんやないで!







 ――この気配、左翼の張遼に何かあったか。

 恋と相対している華雄はその類稀なる戦術眼、というより勘で左翼の異変を察知した。
 しかし確認しようにも目を向けられない。

 ――今目線を逸らせば

 危機感が鳴らす警告に従い、顔を右に傾ける。

 ――全てが終わる!

 次の瞬間、顔が有った位置を恋の矛が通り過ぎる。直撃は免れたが肩が小さく斬られ血しぶきが飛ぶ。
 現在、華雄と恋は一騎打ちをしていた。

 華雄軍の中に恋と共に残った三百の重騎隊、彼らの持ち味は武力だけではない。
 一人ひとりが隊を率いる水準の猛者、臨機応変に戦術を選択出来るのだ。

 彼等は恋と華雄の周りに居る敵を排除、二人を中心に円陣を組んだ。
 いくら自分達が手練れとはいえ、万に及ぶ華雄兵をまともに相手取るわけにはいかない。
 そこで――将の一騎打ちを成立させる舞台を作り上げたのだ。
 円陣の中に出来た空地、それは奇しくも華雄が初戦で行ったものに酷似していた。

「く、何て堅さだ!」

 外から陣を破ろうとした華雄兵の言葉だ。
 重騎隊の壁は三層から成る。

 前列、近づいてくる敵の対処。
 中列、広い視野で戦場を警戒。
 後列、治療と休憩。

 前列が疲労を感じる又は怪我などした場合、即座に後列と交代する。
 左右と背後は味方が居るので警戒するのは前方だけ、重騎隊達には楽な仕事だ。
 
 対する華雄兵には苦しい状況。
 矢や槍は弾かれ、剣や矛を砕かれ、人は馬ごと吹き飛ばされる。
 通常の槍よりも重圧で長い得物を用いて、近づく者に容赦なく風穴を穿つ。
 最後に完璧な連携、付け入る隙が無い。

 場所も悪い。華雄軍の中心で陣を敷かれている。
 それにより中心以外――外側に居る兵達が戦いに参加出来ずいる。騎馬による突撃に頼りたい所だが、兵士で入り乱れている中心地故にそれも叶わない。

「こうなったら、矢を浴びせて疲れだけでも――」

「よせ! 中には華雄様が居る!!」

 円陣に捕らえられた将も、彼等が攻めあぐんでいる理由の一つ。
 華雄軍の副将が懸命に指揮を執っているが、効果は薄い。
 精神的支柱である華雄を見失った今、士気は下がっていく一方だ。
 
「……華雄様」

 情け無い話だが、内側から壁を崩してもらう以外に展望は無かった。
 
「ハァ……ハァ……、想像通り…いや、それ以上の化け物だ!」

 無論、華雄にそんな余裕は無い。
 今の彼女には戦況処か、戦である事も失念しかねない程に苦戦、集中していた。

 どのくらい剣戟を交えただろうか。半刻も経っていない、恐らく数分。
 しかし華雄は丸一日戦ったかのように疲労、消耗していた。

「……」

 対する恋は涼しい顔、今も華雄の動きを待っている。

「……フッ」

 圧倒的な強者を前に華雄は笑った。

 敵わない、その答えは――当の昔に弾き出している。
 武芸大会で辛酸を舐めて以降、血の滲む鍛練を送ってきた華雄。冷静さを欠いていたとはいえ、あの関羽を片手であしらう武力を手に入れた彼女が導き出した答え。それが『敵わない』であった。
 それほどまでに恋の武力は常軌を逸している。

「次で――決める!」

 日々強敵(呂布)を想いながら鍛練する内に、自分――そして相手に欠けていたものに気がついた。

 技だ。
 本来技とは、強敵を破る為に用いられる。強者が己の武を磨くために習得する事もあるが、それは稀だろう。
 生れ落ちた時から強者である華雄には、技は不要だった。
 幼少期から大人顔負けの力。それは武将になっても変わる事無く彼女は強者であり続け、慢心に繋がる。

『強者に技など不要、却って武を鈍らせるだけだ!』

 強者にとって薙ぎ払いや、振り下ろしこそが技。それ以外は不純物である。
 そしてそれを――圧倒的強者(呂布)が証明した。

「ハアアァァッッ!」

 呂布の矛は神速、遅れて出しても敵より速く斬りつけられる。
 呂布の力は豪力、右に出る者は居ない。
 自分より強者がいないのであれば――技など不要だ。

 ――貴様が切り捨ててきた技で、私は勝つ!
 
「!」

 両の手で勢いを付け振り下ろされる戦斧、恋はそれを即座に受ける事で防いだ。
 華雄の持つ相討ちを辞さない気迫が、恋に防御を選択させるのだ。

 そして一瞬、ほんの一瞬だが受けた戦斧から圧が消える。
 今までの攻防では無かった――明確な隙。

「……フッ」

「しまっ!?」

 恋は短い呼吸と共に戦斧を弾き返す。両の手で得物を握っていた華雄の体勢は大きく仰け反り、弾いたまま矛を振り上げた姿勢の恋に、無防備な胴体を晒す。

「――?」

 優位な体勢の恋に疑問が浮かぶ、何かが腑に落ちない。
 華雄とはこの程度の武人だろうか、先程まで自分に喰らいついていた相手が――

 呆気ない展開に違和感を覚えるが、この隙を逃すわけにはいかない。
 恋は本能に従い矛を振り下ろした。斜めに一閃『袈裟掛け』

「それを待っていた!」

「ッ!?」

 恋が驚いたのは華雄の言葉ではない。振り下ろした矛の先に突如現れた障害物、柄だ。
 何の柄かは考えるまでも無い、華雄の得物『金剛爆斧』のものだろう。
 華雄はそれを矛が届く前に割り込ませたのだ。

 恋は――悪足掻きと捉えた。

 弾かれた姿勢で柄を割り込ませたのが、華雄に出来る精一杯。
 せめて致命傷だけは免れようという悪足掻き、そんなもの――自身の矛の前では無力!
 恋が放つ矛の斬撃は尋常ではない、それは一撃で破壊された虎牢関が物語っている。
 鉄製の柄程度では受け止められない、それごと断ち切られ――

「ここだ!」

 断ち切れない! 
 恋の矛が柄に到達する刹那、華雄は矛の側面に柄を沿わせ――

「ハァッッ!」

 恋の力そのまま、後方に流した。

『受け流し』

 これこそ不器用な華雄が恋を打倒する為、習得した唯一の技である。
 本来、大柄な得物で行う技ではない。戦斧でこれが出来るのは、大陸広しと言えど華雄だけだろう。
 多種多様ある技の中で、恋に勝ちうるものとして選んだのだ。
 
 無論成功率は低い。そもそも一撃を受け流した所で、恋には大して効果が無い。
 彼女の持つ戦いの本能が、すぐさま反撃に転じさせるからだ。
 だからこそ華雄は恋の本能による、全力の一撃を引き出した。
 全身全霊の剣戟で自分の動きを刷り込み、致命的な隙を演出してまで――

 ――いける!

 そのかいあって目に見える勝機。
 全力の一撃が流され空振りに近い感覚の恋は、前のめりに体勢を崩し華雄と肉薄。
 対する華雄は受け流しに柄部分を使用する為、持ち手を戦斧の刃近くまで移動させてある。
 これにより近距離に斬撃を放つ事が出来る、肉薄した今の状況に最適だ。

 敵である恋の身体が、次の動作に移行していくのが確認できる。
 この受け流しまでも彼女にとって、一瞬の隙でしか無いらしい。しかし一瞬で――

 ――十分だ!

 戦斧を振り下ろす――その時だ、華雄の動きが止まった。

「ッッ?」

 この機を逃せば勝機は無い。この状況に全てを賭けたのだ、仕留められなければ今までの努力が水泡に帰す。
 だというのに――

 ――何故動かぬのだッッ!

 違和感。

 下腹部に感じたソレを確認しようと目線を下げ――激痛と共に理解した。

 拳だ、それが華雄に打ち込まれている。
 誰の拳かは確認するまでも無い、相対しているのは一人。

「ガッ……ッッ」

 短い苦悶の声の後の浮遊感。
 勝機を逃した華雄の耳に、恋の言葉が突き刺さった。

「その技……知ってる」

「!?」

 華雄は全てを理解する――油断し、不覚をとったのは自分だと。
 
 恋は得物を右手だけで振り回し、左手で手綱を握っていた。これを華雄は馬上での戦いに不慣れと捉えたが、無論違う。
 恋は元々片手で得物を振るう、左手は手持ち無沙汰だったので手綱を握っていただけ。
 彼女の左手は『空いていた』のだ。

 もう一つ、華雄が失念していた事実がある。
 それは恋の『これまで』だ。華雄が血の滲む鍛練を行ってきた期間、彼女は怠惰に過ごしてきただろうか、答えは否。
 袁紹庇護の中、その下に集った英傑達との鍛練。
 一対一、時には一対多で行われ、華雄の鍛練に勝るとも劣らない濃密な期間は。
 恋の完成された武を、更なる高みへと押し上げた。
 
 恐らくその過程で受け流しを経験、対応出来たのだろう。
 
「グハッ!」

 余りの衝撃で地面に倒れた華雄。得物を離さず、受身を取ったあたり流石である。
 しかし――

「ッ……」

 彼女の意思とは裏腹に意識が薄れていく。力は抜け、五体が利かない。

「!?」

 そんな華雄の目に恋が映った。得物を構え、警戒を解かず静観している。
 それは――華雄を強者と認めた証。

 ――私のこれまで、無駄では無かったのだな……

 華雄の心に得体の知れない満足感が広がる。
 戦友(張遼)を、仲間(賈駆)を、そして(董卓)を残して逝くというのに。

 ――全力を尽くした、悔いは無い。

 その思いを最後に、華雄の意識は闇へと消えた。









 
 

 
後書き
王大人「死亡確認」 
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