「……何ここ?」
弾が一言口にした。
「さぁ……?」
と、大剛が答える。
「……田舎だ」
その風景を玄弖が答えた。
そう、三人の目の前には喉かな田舎の集落が映っていた。
前回の激戦を得て、その後は野を超え山を越えと、その行きついた場所がこの集落である。
「俺達……エリア20へ来たんだよな?」
大剛がもう一度問う。
「一様、マップのエリアに入っている。間違いなくエリア20の一部だ」
弾が、腕輪状の端末からホログラムマップを表情させてそう答えた。
「これからどうすんだ?」
玄弖が問うと、弾は懐から統括者から渡された例の手紙を広げた。一様玄弖の者だが、彼はよく物を無くすので、代わりに管理している。
「お上が用意した住居へ行けって? そこで俺たちを待ってくれている使者がいるから、その人へIDカードを見せろとさ?」
IDカード、確か出て行くときの証明書として手紙と共に入っていた物だ。
しばらく歩くと、田圃道へと出た。そこには幾人かの百姓がこちらを奇妙な目で見つめている。おそらく、エリア14のような別世界をこれっぽっちも知らない呑気な人間たちだろう。きっと、こんな人間は女尊男卑の影響もないのかもしれないな……
「ここか……?」
しばらく歩くと、川沿いのところに一件の新築ともいえる民家があった。綺麗でこれなら三人で暮らすには不自由ない。
「へぇ! 結構立派な家だな?」
「風呂とかついてっかなぁ?」
「それよりも、使者が来ているはずなんだけど……どこだ?」
弾は、IDカードを片手に家の周辺を歩き回った。
「おーい! こっちこっち?」
と、そこへ何やら笑顔で手を振る青年がいた。それも、この村には似合わない外人の若い青年であった。
「君らがエリア14から来た人達かい? えぇっと……IDカードある?」
「ああ、これだ……」
弾は、彼にカードを手渡した。
「うん……確かに本物だね? 僕は、リベリオンズのラルフ・ヴィンセクト。噂はドクター魁人から聞いてるよ? 友達を助けるために日本支部で暴れまわったんだって?」
ニヤニヤする青年に、三人はあの時の組織を思いだして、咄嗟に身構えを取った。
「ハハハ、待ってよ? 僕は別に君らに危害を加えるつもりはないよ?」
「何が、目的だ?」
玄弖は、そうにこやかなラルフに問う。
「君達のそのRSなんだけど……それらのデータを取らせてもらいたいんだ?」
三人が手にしているRS、それは次世代の新型のRSの試作でもある。玄弖の持つ飛影は、あの「零」の量産型として試作された絶対神速に近い機動力を持つ突撃用RS、大剛の持つ鈍龍はというと、防御力に特化した局地戦用RS、そして弾の斬兒は地上戦を得意とする強襲用RSとして生み出された。
「最初は、君たちをこちらへ預からせてもらいたかったんだが、これ以上基地で暴れてもらいたくないからね? 仕方がないから君らにゆっくりデータを取らせてもらえる環境へ移ってもらったということさ?」
「でも、こういう田舎だったら逆に目立つんじゃないか?」
と、大剛。
「そうだけど、メガロポリスや他の地域では規制が厳しいからね? こういう場所しかないよ? それとも、また僕らのところへ行くかい? そこならこちらも気軽にデータが取れる」
「……」
確かに。またあの基地でモルモット扱いをされるよりはこっちの環境で連中にしたがうほうがいくらかマシかもしれない。酷かったら、個室に閉じ込められた生活を余儀なくされるだろう。
「わかった……とりあえず、ここでアンタらに従うよ?」
弾は大人しく従った。勿論ほかの二人もである。
「それを言ってくれて助かるよ? ささ、疲れただろうし早く家に入りなよ?」
ラルフの指示に従って、三人は今日から与えられる自分たちの住宅へ招かれる。
「へぇ~……これはいい家だな?」
大剛は、家の中を見渡して驚く。それどころか、生「活していくうえでの電化製品や他の雑貨も忠実に揃えられていた。
「じゃあ……僕はこの辺で失礼するね? 今はゆっくりと休みなよ?」
それだけ言うと、ラルフは彼らの元から去った。一見、優しそうな好青年に見えると大剛や玄弖は感じていたが、弾だけは妙に違和感を持った。
そのあと、しばらくゆっくりした後、彼らは一様新入りという立場から近所にタオルを配って回ろうとした。とりあえず玄弖と大剛は近くの小さな雑貨屋へ行ってタオルを買い集め、弾は家に残って、今晩の夕飯を作っていた。
*
『先日、メガロポリスのエリア8のモノレール駅を襲ったISによるテロ事件ですが……』
大社、篠ノ之神社の社務所の休憩室では神職やバイトの巫女たちが寛ぎながら昼のニュースを見ていた。
『このテロ事件で、死傷は……』
死者は怪我人の数を超え、奇跡的に生きのこっていた何とも悲惨なテロであった。そして、
『その後、自衛隊からIS部隊が出動しましたが、現場到着後ISのテログループは全員死体となって発見されていたと言います。これにつきまして、現在警察が……』
「近頃、本当に物騒だね?」
そんな中で、呑気に煎餅を齧りながら休憩している一人の巫女が、隣で正座しながら行儀よくお茶を啜っている篠ノ之箒へ訪ねる。
彼女は、夏休みの間親戚の雪子の居る実家に手伝いに訪れていた。そして、近々開かれる夏祭りで舞を踊るために。
「皆! ケーキが焼けたよ?」
巫女装束の上にエプロンを着た比奈がケーキを運んできた。
「やった! 比奈ちゃんのケーキだって! 箒ちゃん?」
と、先ほどから煎餅を齧り続けている巫女が、箒にはしゃぎつく。
「詩織、お前はもう少し落ち着きというものを持たんのか?」
箒は呆れてため息をついた。
この
明楽詩織は、先月からこの集落に引っ越してきた少女で、今月に入ってきた新米のバイト巫女でもある。今となっては比奈に続くムードメーカー的な存在だが、ドジな性格でよく箒に怒られている。昨日なんかは箒の竹刀が彼女の頭上に振り下ろされたのは言うまでもない。
「んもう~……また箒ちゃんのお説教が始まった……」
「バイトとはいえ、お主は神に御奉仕をする神聖な神職の一員なのだぞ? もう少し風格を持たねばならん」
「だってさぁ……」
「だってではない! それと比奈!?」
と、箒は怖い顔で比奈へ振り向いた。
「ひゃ、はい!」
下を噛んでビビる比奈に、箒はこう言う。
「お主も、これ以上詩織の甘やかすでない!」
「はぁい……」
何やら比奈までとばっちりを受けてしまう。
その後、箒は先に奉仕の準備に戻った。休憩室では、箒に対して愚痴っている詩織と比奈がいた。
「もう……あそこまで怒ることないのに?」
「箒ちゃんは、この神社の娘さんだから誰よりも一番巫女らしくしなくちゃいけないって思って、ああやって厳しくしているんだよ? でも……昔は結構箒ちゃんに結構虐められたな~? 最近は丸くなったみたいだけど」
「ねぇ? 比奈ちゃんはさ? 箒ちゃんと幼馴染って言うじゃん?」
何気に詩織が尋ねた。
「うん、小さいころからの付き合いだよ?」
「箒ちゃんって、性格を覗けば結構可愛いよね?」
「そうだねぇ……私が言うのもなんだけど、もうちょっと優しくしてくれれば、もっと可愛くなるんだけどな……?」
苦笑いを浮かべる比奈に詩織もまた苦笑いで返した。やはり、今でも箒はややキツイ性格のようだ。
「彼氏、居るのかな……?」
と、詩織。
「さぁ……?」
「でさ! 比奈ちゃんは居るの? カ・レ・シ?」
「ふぇ……!?」
途端に赤くなる比奈は慌てて誤魔化した。
「そ、そんな……私なんて!」
「ふぅん……比奈ちゃんも結構可愛いのに?」
「そういう比奈ちゃんは?」
「私か……?」
こう見えて、詩織には男友達すら一人もいない少女であった。彼女にも、やや女尊男卑が少しずつ定着しつつあるのだ。だから、詩織がどんなに話し上手でもそんな彼女に近づいてくる男性なんて一人もいない。彼女としては自分に悪気はないと思っている。
「居ないんだよね……そろそろ欲しいんだけど?」
「この辺にもけっこう若い男の人たちとかたくさん居るよ?」
「え~? 田舎男子って、みんなダサいよ?」
「え、そうかな? 普通だよ?」
「だって、口調も田舎弁だし、牛を散歩させてるし、農業とかさ?」
「ははは……」
比奈は苦笑いした。
「すんませーん!」
そのとき、社務所の前で声が聞こえた。参拝客かと比奈は机から立ちあがった。
「あら? 参拝客の方かしら……はーい!」
比奈がトテトテと小走りに玄関まで行くと、そこには二人の青年が訪ねてきた。
「どうも! 今日からこの村に引っ越してきた者です……」
「あ、どうも……」
見慣れない服装。しかし、見覚えがないわけではない。以前にも自分の幼馴染が来ていた服装と被るのだ。比奈は、それなりに珍しい目では見なかった。
「これ、タオルですけど……どうぞ?」
「あ、わざわざありがとうございます!」
比奈は笑顔で彼らからタオルを受け取った。
「それにしても、結構立派な神社ですね?」
二人のうち大柄な青年、大剛が本殿を見てそう言うと、比奈はつかさず手短な説明に入る。
「ええ、この篠ノ之神社は……」
「え! 篠ノ之!?」
と、大剛の隣にいる青年こと玄弖は驚いたかのようにその名を口にした。
「ど、どうしましたか?」
「あ、あの……篠ノ之箒という方をご存知ですか?」
「ああ、箒ちゃんですね? でしたら。先にご奉仕に戻りましたよ?」
「ッ……!!」
すると、つかさず玄弖は箒を探しに境内を走り出した。
「あ、玄弖!?」
大剛が呼ぶも今の彼には、誰の声も届かない状態だった。
「箒ッー!?」
一直線にその名だけを叫んで走り回る彼は、砂利道を飛び散らせなががら本殿の裏側までは走り回ると、前方にある巫女の後姿を捉えた。
黒いポニーテールに清らかな風格、あれはどう見ても自分が探していた篠ノ之箒であった。
「箒!!」
「っ……!?」
そんな、血相を書いたかのように駆け寄ってくる玄弖に、驚いた様子で振り向いた彼女は、学園で出会ったあと青年の名を呟いた。
「玄弖……?」
だが、あまりにも慌てすぎた玄弖は、つい足元を躓かせてしまい、勢いよく彼女の元へ襲い掛かるかのようにダイブしてしまう。
「うわっ!?」
「!?」
凄い音と共に、玄弖は箒に覆いかぶさる形で倒れ込み、箒は玄弖に押し倒されてしまう。だが、それ以前に……
――こ、この弾力は!?
再び自分の顔面を温盛のあるマシュマロが包み込んでいた!
「玄弖ぇ……!」
ゴゴゴ……と、箒は再び拳を握りしめた。
――あ、俺またヤッちった……
彼がそれに気付いたころは既に遅く、再び甲高い音と共に箒の手形が彼の頬へ赤く刻まれることとなった……
――痛いけど、幸せだ~……
鼻血を散らして、玄弖は倒れた。
「まったく! お前はもう少し落ち着きというものを持たないのか?」
縁側に座る彼女は、薬箱を膝に乗せて隣に座る玄弖の頬を手当てしていた。
「すまん、つい……」
ティッシュで鼻先をつまんでいる玄弖は、先ほどから箒のオッパイ妄想が後を絶たずに浮かび上がってきた。考えれば考えるほど、鼻血は止まりそうにない……
「……で、私に何か用か?」
「あ、そうそう……」
玄弖は鼻をつまみながらも、彼女の方へ顔を向けた。
「急に何も告げずに帰っちゃってわるかったね? あの後、いろいろとあってさ?」
「ああ、突然ベッドから姿を消したから、心配したんだぞ? あの後、何があった?」
「実は……あれ?」
途端、彼は「リベリオンズ」のことを話そうとしたが、何故か言葉が思うように話せなくなった。と、いうよりも言葉が出てこない。まるで、その先の言葉が思い浮かばないかのように。
――あれ……?
「どうした?」
「あ、いや! 何でもない。とにかく、俺は大丈夫だから?」
「うむ……ま、その様子だと問題はなさそうだな?」
「ああ……」
「せっかく来てくれたんだ。参拝もしていってくれ? 自分でいうのもなんだが、うちの神社はそれなりにご利益があるぞ?」
「うん、そうだな……?」
「では、私は御奉仕に戻る。お前とまた話せてよかった」
「ああ、こちらこそ……」
箒は先に席を立った。玄弖も腰を上げようとするが、先ほどからの言動の拒絶に違和感を抱いていた。
――俺、確か例の組織のことを……?
リベリオンズと言う組織のことを言おうとした途端、急に言葉が出なくなったことに、彼は未だ疑問に思った。
そのあと、玄弖は一様といっては失礼だが参拝も済ませると、社務所の客室でお茶を貰っている大剛の元へ戻ってきた。
「大剛、行くぞ?」
「……」
しかし、鳥居の前で大剛はずっと詩織という巫女の後姿を見つめていた。
「大剛?」
「え、ああ……」
ふと我に返った大剛は、すぐさま玄弖のほうへ振り向く。
「どうしたんだ?」
「別に……」
と、大剛は言うも、彼の状態はいつものような鈍感な雰囲気じゃない。まるで、何かにくぎ付けのように思えた。
「なぁ……?」
石段を下りる途中、大剛は玄弖へ訪ねる
「ん?」
「お前さ……彼女とか居たりする?」
「なっ!?」
途端に玄弖は赤くなったが、それ以前に大剛の頬が真っ赤に染まっていた。
「何だよ……いきなり?」
玄弖は、そんな大剛の異常さに目を丸くした。
「いいよな? 俺も、彼女欲しいな……」
――何だコイツ、急に?
変な目で大剛は玄弖を見ながら石段を上り終えた。
「あら? こんにちは」
「?」
大剛はその声に振り向くと、そこには長い髪を靡かせたワンピースの女性がいた。それも、とても美人だったのだ。
――うわ! めっちゃ綺麗!!
大剛は息を飲んだ。
「今日引っ越してきた方ですよね? 私、昨日引っ越してきた高宮っていいます! お互い、仲良くしましょうね?」
「は、はい!」
高宮という女性はそう言うと、彼女は言ってしまった。
――高宮さんか……すごく綺麗だな~?
何とも印象深い彼女の名前は、大剛の記憶に深く刻み込まれた。
*
「ねぇ? 詩織ちゃん?」
「ん?」
休憩時間が終わる間近、比奈が台所で作ったケーキの食器を洗いながら居間で寛いでいる詩織へ尋ねた。
「さっき、あの大剛って人……詩織ちゃんを見てたよ?」
「えぇ~? 本当?」
しかし、詩織はちょっぴり嫌そうな顔をする。
「惚れられたら困るよ~……私、太った人とか好みじゃないし?」
「別に、そうとは限らないよ? 少なくとも、お友達ぐらいにはなってあげたら?」
そこまで思われたら、あまりにも大剛が可哀相だと思い、比奈はそう言うも、やはり詩織の考えは変わらなかった。
「だってさ~? 彼氏って言ったらカッコいいのが一番じゃん?」
「うぅん……そうかな?」
「そうだよ? だって、世の中結婚を求める男ってのはね? イケメン、スポーツマン、そして高給取りの三拍子じゃなきゃ!」
「そうなの? でも、この村で結婚している人たちは皆農業の人たちが多いよ?」
「それはそれ、これはこれよ? 互い同士が同意し合っているならそれも有りってこと」
「ふぅん……?」
そう言って、詩織は立ち上がると先に御奉仕へと戻った。
今日の御奉仕はいつもよりも二時半ほど長引き、詩織は箒にしごかれながらもどうにか耐え凌いだ。
「んもう……箒ちゃんったら、お守りを百個も作れってやり過ぎだよ? 終わったと思ったら、次は物置小屋を大掃除させるんだから……」
もうクタクタだと、愚痴りながら彼女は御奉仕をようやく終えて社務所の更衣室へ向かおうとした……が。
「ん……?」
ふと、社務所の裏側にある何かに気付いた。それは、裏口だろうか、下に通じる丸太階段が見えた。やや寂しく不気味な雰囲気が漂ってくる。
「……」
しかし、詩織は妙な好奇心に駆られて気付いたときにはこの裏口の丸太階段を下りていた。
――この、階段。どこまで通じてるんだろう?
そのまま巫女装束の彼女は無意識に階段を下り続けた。階段は、浅かったり深かったりと足の踏み場が悪い。それに、この夕暮れ時だから徐々に足元が薄暗くなってゆく。
「……にしても、この階段どこまであるの?」
いい加減途切れてほしい階段だが、それでも彼女は構うことなく階段を下り続けた。
「……?」
そのとき、やや強い風が詩織の髪を撫でた。髪が乱れちゃうと咄嗟に髪を片手が抑えるが、その拍子に詩織のの足元は階段からやや外れた柔らかい地面の土を踏み込んでしまう。
「っ!?」
その地面はずるりと詩織の足元を滑らせて、彼女はそのまま階段から足を踏み外して急な斜面へ落ちてしまった。
悲鳴を上げながら、彼女は落ちるとこまで落ちてしまい、ようやく起き上がれたころには見知らぬ山の中であった。
「こ、ここはどこ……?」
周りは薄暗く、木に止まっている鴉の鳴き声がとても不気味に感じた。
――どうしよう! これってまさか……
遭難に近い物を感じた。そして、詩織は上を見上げて落ちてきた階段の場所を探すが、どこにも見当たらず、やはり、相当深いところまで斜面を転がって落ちてしまったのだろう。
「どこなの? ここ……」
夏だというのに、気温が下がっていき、寒さが彼女から体温を奪っていく。
「寒い……どうして? 夏なのに」
とりあえず、神社の近くなら時期に人の歩く道へ出れるだろう。彼女はそのまま目の前の山中を歩いた。
山中はそれほど険しい道ではなかったが、足の踏み場は良くはない。ゆっくりとしたペースだがそれでも詩織は目の前を歩き続けた。
しかし、行けど行けど道は見えてこず、ついに夕暮れ時の空はいつのまにか暗闇に覆われていた。上を見上げれば、満天の星空が窺えるが、今の詩織には無事にこの山中からぬけだしたいという思いでいっぱいだった。
「どうしよう……はやく帰らないといけないのに?」
こう見えても、彼女の家には門限がある。家で親馬鹿な両親が心配しているに違いない……
しかし、暗くになるにつれて右も左もわからなくなる。
「うぅ……」
孤独と恐怖に苦しむ彼女は、両肩を抱いてすすり泣いてしまった。このまま何日も遭難し続けて、最悪の場合、餓死してしまったら……いや、そのまえに熊やイノシシと言った野獣に襲われでもしたら……
しかし、このままだとここで夜を過ごしてしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だと彼女は我武者羅に目の前を歩き続けてしまう。
そして、次第に疲労感によって歩く足がふらつき始めた。そんなときである。
「だ、誰……!?」
ふと、目の前から聞こえたしげみを揺らす音に気付いく。
「誰なの……?」
顔が真っ青になり、彼女は固唾を飲んで目前の草むらを見つめた。
そして、現れたのは大柄な人影。その姿に詩織は巨大な熊が立ち上がったと思い、悲鳴を上げようとしたが、そんな人影から人間の言葉が聞こえてきたのである。
「あれ? 君、確か……」
熊のように見えたその姿は、列記とした人間であった。そして、今日顔見知りとなったあの青年、克真大剛であった。
「あ、あなたは……?」
「確か、明楽詩織ちゃんだったよね? どうしたの、こんなところで?」
こんな山の中で真っ赤な袴をした巫女が一人、何をしているのかと大剛は顔を傾げた。
「そういう、アンタこそ……どうしてここに?」
「ああ、隣のお爺さんの紹介で、ここに美味いキノコが生えてるって聞いたから、もう真っ暗だけど、とても美味いキノコっていうから待ちきれなくてさ? ちょっと探しに来たんだ?」
そんな、いやしん坊な大剛に詩織は呆れたが、それでもそんな彼は自分にとっての救いだと今は思っていた。
「私は……迷ったのよ? ねぇ、アンタついでにアタシを村まで連れてってよ?」
「あ、ああ……いいけど?」
大剛は、そんな態度のデカい口調で話してくる彼女に対し、神社で御奉仕をしていたときとの印象が崩れたと苦笑いを浮かべた。
その後、二人は山の中を歩き続けたが、しかし何時までたっても村の明かりは見えてこなかった。
「あれ? おかしいな……」
「ちょっと! 何してんのよ?」
痺れを切らして詩織は後ろから怒った。
「ええっと……」
「もしかして……アンタも、迷ったの?」
恐る恐る尋ねる彼女に、大剛は苦笑いして頷いた。
「ご、ごめん……」
「んもう! アンタ男でしょ!? アタシは女なのよ!? だったら何とかしなさいよ!?」
「そんなこと言われても……」
「図体だけはデカいのに、頭の中はからっぽなの?」
そんな彼女の出過ぎた言葉にさすがの大剛も腹を立てた。
「そんな言い方ないだろ? こっちだって、それなりの考え方があるんだからさ!」
というと、大剛は掌から光の陣を展開させると、そこから巨大な槌「鈍龍」を召喚させた。
「え!? アンタ、それどうやって!?」
「いいから見てて?」
目を丸くする詩織を背に大剛はゆっくりと浮上して上空の夜空へ浮かんだ。
「うそ……!?」
夢でも見ているのかと、詩織は目をこすったが、やはり現実だ。
「う~む、暗いからよくわからないな?」
と、しばらくして大剛は詩織のいる地面へ降りてきた。
「くらくてわからないや? こうなれば……どこかで野宿する?」
「……ねぇ? アンタさ、飛べたの?」
詩織が問うと、それに大剛は何食わぬ顔で答える。
「ああ、一様ね?」
「じゃあ……私を連れて村まで一っ飛びできるんじゃない?」
「……あ!」
何故それに気付かなかったのか、大剛は玄弖顔負けの抜けっぷりにぺチンと額を叩いた。
「その発想はなかったな?」
――こいつ、バカなの?
そう思う詩織に、大剛はさらに彼女へ近づいた。
「じゃあ、はい?」
「え?」
「いや、だから俺が君を乗せて飛べばいいんだろ?」
「え、うそ……」
しかし、それに関して詩織は改めて考え直し、そして拒みだした。
「ちょっと! そんなこと言って、私の体に……」
――冗談じゃないわ! こんなデブにお姫様抱っこされるなんてアタシは絶対に嫌よ!?
「何言ってんのさ? だったら俺の背中に乗ればいいだろ?」
「え~!? それも……」
「じゃあ、どうしたいのさ?」
「……」
しかし、詩織は黙ったままだった。とんだわがまま娘を前にさすがの大剛もお手上げである。
「あのね? このままだと、一夜を明かすために野宿することになるんだよ? それでもいいの?」
「……わかったわよ?」
すると、ようやくわかってくれたかと、ふたたび大剛は彼女に背を向けて近づこうとしたが、
「野宿するわよ!」
「え……?」
結局、大剛に掴まって空を飛ぶよりかは野宿を選んだというのだ。やや、大剛は自分が嫌われていることにショックを受けてしまった。
「じゃあ……いこう?」
溜息交じりに、大剛は彼女を連れて野宿できそうな場所を探した。
鈍龍に取り付けられているライト機能を使って辺りを照らし、暗闇の山中を歩いた。すると、しばらく歩いたところで水の流れる音がした。そこは、森に覆われた小川であった。
とりあえず、この場所で野宿することとなり、二人はできるだけ小さな砂利だけの寝心地のマシな場所へ座り込んだ。しかし、詩織だけは大剛の隣で寝るのをさけ、彼から数メートル離れた場所へ横たわった。これもこれで大剛は再びショックを受けた。
――俺、そんなに嫌われてるんだ……
「……?」
翌朝、詩織は目を覚ますと、横たわる自分の体にジャケットがかけられていた。
「あれ、これって……」
それは紛れもなく大剛のジャケットであった。
「!?」
すると、詩織はそれを指先でつかむと、どしどしと大股で歩きながら、彼女よりも先に起きて背伸びをしている大剛の元へ歩くと、それを乱暴に彼に投げつけた。
「な、なんだよ?」
「余計なことしないで! アタシは大丈夫だから!?」
「何だよ! 風邪ひくと思ってやっただけじゃないか!?」
「そういうシチュエーションはイケメンじゃなきゃダメなの!」
「はぁ?」
いきなり何を言いっているのかと、大剛は首を傾げた。
「こういう優しいことをしてくれるのは、カッコよくて背の高いスラッとした男がすることよ? アンタみたいな熊みたいに大柄で太った男が女性にして良い事じゃないの!!」
「男とか女だとか何言ってんだ! 今の状況はそんなのどうだっていいだろ!?」
「うわ……最低! どうだっていいって、どういうことよ!? アタシは『女』で、アンタは『男』なのよ!?」
「男だろうが、女だろうがそういうのは関係ないだろ? 今はお互い協力して山から出なければならないだろ!?」
こうして互いの口論は続いたが、それも長くは続かず、詩織が「やってらんない!」と言って切り上げた。
その後、二人は気まずい雰囲気の中再びこの小川を伝って歩き出した。川を伝っていけば、道路か道に出られるかもしれない。
そんな中、先ほどから大剛は何度もくしゃみをし続けている。一回してはもう数分たって再びくしゃみをが出る。
「ちょっと、あんまり飛ばさないでよ?」
「あ、ああ……」
何度もくしゃみをする大剛に、詩織は苛立っていた。
しかし、大剛の様態はくしゃみだけでは済まなかった。蝉の鳴き声が甲高く聞こえ、真夏の暑い日差しが容赦なく二人を照らす中、次第に彼の歩き方はまっすぐ歩けずに斜めへ傾いたり、ふら付きながら歩いたりと普通ではない様子が目立ってくる。そして、大剛は大量の汗を額に浮かべて近くの大きな岩にもたれて、呼吸を荒げた。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「ああ……でも、少し休憩しようぜ?」
しばらくの間、大剛の呼吸が落ち着くまで詩織は待った。しかし、大剛の様態は悪化するばかりだ。
――もしかして、アタシにジャケットをかけたから?
風を引かせまいと彼女にジャケットをかけたのはいいが、それがかえって持ち主の大剛が風を引いてしまう始末となった。
「本当に……大丈夫?」
彼の親切を受け入れなかった自分に罪悪感を持ち、詩織はやや心配げに大剛へ問う。
「心配いらないよ? 鈍龍が、看病してくれるから……」
RSには、宿主の装着者を治療するメディカルシステムが搭載されており、装着者が負傷したり病にかかれば、RSの治療機能が作動して、装着者の病体をクリーンにしてくれる。しかし、完全に治療が完了するまでは激しい動きをしないことが条件だ。
仮に安静にできない状態が続くと、直りも悪くなり様態も悪化してしまうのである。よって、今の大剛は絶対に安静な体制を取らなくてはならかった。
しかし、そんな状況の中で最も最悪なアクシデントが発生してしまった。
「!?」
詩織は、自分たちの間の前にのそのそと現れた巨大な黒い物体を目にしてしまう。
「うそ……!」
想像を遙かに覆すほどの巨体を持つ、一匹の熊が二人の前に現れてしまった。
そして、熊は二人を見つけると突然立ち上がった。その背丈は大剛の慎重すら達してしまい程の巨大さであった。
「っ!?」
怯える詩織に、熊は真っ先に彼女の方へ牙を向いた。そして、その強靭な爪を振り回そうとするが。
「逃げろ! 明楽!!」
安静でなくてはならない体を無理にでも起こして、大剛は鈍龍を振り回して、熊の照準をこちらへ向けた。
「で、でも……」
「いいから! 早く逃げるんだ! 俺なら大丈夫だから!?」
「……!」
しかし、詩織は恐怖に足が竦み、逃げようにも逃げられなかった。彼女は、目の前で大剛が熊と戦う場面を見てしまうことになる。
熊の繰りだす爪の攻撃に耐えながら、鈍龍を振り回す。しかし、ふら付いていてとてもじゃないが素早く振り回すことはできない。しかし、ここはどうしても詩織を守らなくてはならない!
「うおぉー!!」
大きく振り上げた鈍龍の槌が、クマの方を直撃し、熊は倒れ込んで痛みにもだえ苦しむ。
「このぉ……!」
そして、とどめに大剛は再び鈍龍を振り上げて熊は即死した。
熊の上半身は、原形を留めないほどグチャグチャの肉片と化していた。頭部がクシャクシャに潰れ、内蔵も飛び出し、これ以上は言い表せないほどの酷い形状となった死体へと変貌していた。
それを見て、詩織は一瞬吐き気を起こし、目をそらしたが、それ以上に無理をしたためにその場へ倒れてしまった大剛の元へ駆け寄った。
「大剛! しっかりしてよ!?」
「う、うぅ……」
これ以上、大剛は立ち上がることはできなかった。
「大剛……」
詩織は、彼の巨体をよいしょと引きずるように担いで、日陰の場所へと彼を寝かしつけた。
――死んじゃったりしてないよね?
彼女は、大剛の身を案じ、彼が目を覚ましてくれるまでジッと待ち続ける。
「……?」
大剛が倒れてから数時間が経ち、ようやく大剛はゆっくりと目を覚ました。
「うぅ……だいぶ良くなったな?」
まだ、ふら付きは残るものの、だいぶ顔色は良くなって生きている。
「明楽……怪我は?」
「アタシは大丈夫……それよりも」
詩織は、遠くで死んでいる熊の死体を見た。
「ああ……可哀相だが仕方がねぇ」
「うん、大剛がやってくれなかったら、今頃アタシがああなってただろうし」
「……あれが、『兵器』ってものでああなった末路さ?」
「……?」
大剛は、クマの死体をトラウマに持つ詩織にこう話した。
「ISだろうが何であろうが、兵器によって殺されたの奴の末路が、あれさ?」
「ISも……?」
「……俺、エリア14から来たんだよ?」
「!?」
詩織の顔が一瞬驚いた。
「そこでは、毎日が戦争さ? でも、戦う奴らは皆、『覚悟』のある目で武器を手に取っていた。今から人殺しをやるんだ。生半可な気持ちや遊び半分でやるようならまっさきに殺されるからね? 特に、兵器を扱う人間は俺よりもそうとうな覚悟を持たなきゃならないと思うよ?」
「で、でも……ISって、スポーツ種目なんだよね?」
唯一の救いとしてISの正式な使用理由を言う詩織だが、それも大剛によってはちっぽけな気休めにしかならなかった。
「じゃあ、どうして軍が使ってるの? 自衛隊にさえもISを使ってるんだよ? スポーツ種目なのにさ?」
「……!」
「それは、ISが兵器にもなるからっていう意味だよ。ISの武装は、戦車並みの重火器ばかりさ? それを、君みたいな年頃の女の子たちが玩具やアクセサリーような感覚でISに愛着を感じている。
怖いよね? 人を殺せる兵器をそんなふうに扱うなんてさ? 一歩間違えれば取り返しのつかない事になるのに……」
「……」
詩織は、そんな大剛の話を聞いて、返すこともできず、その正論をただ認めるしかなかった。そして、改めて兵器の恐ろしさを直に感じてしまった。ただ、それが幸いなことに人間ではなくて他の動物であったことが幾らかトラウマが酷くなかった。
大剛はそのあと、すっかり体は回復し、改めて山の中を詩織と共に歩き出した。
「……つかれたか?」
さきほどから、息を荒くする詩織。まさか、風が映ったんじゃないかと思ったが、そうではなくて体力的による疲労だった。
「大丈夫だよ……きゃっ!」
すると、彼女は足元を滑らせてこけてしまった。
「大丈夫か?」
「う、うん……痛っ!」
起き上がろうとする詩織だが、そんな彼女の足元に鈍い痛みが襲ってきた。転んだひょうしに挫いてしまったようだ。
「立てるか?」
「大丈夫……いたたっ!」
「無理するな……ほら?」
と、大剛は彼女に背を向けた。
「え、でも……」
「風なら鈍龍が治療してくれた。それとも……まだ、抵抗があるのか? 俺に」
「……」
こうなると、すでに仕方がないと、大人しく詩織は大剛の背に掴まり、両腕を彼の首へ回した。
「しっかり掴まってろよ?」
大剛は、詩織をおぶって河原を歩きだした。
「……ねぇ?」
「ん?」
歩いている中、詩織は大剛に疑問を投げかけた。
「どうして……私に優しくするの?」
「え?」
「私……ちょっと貧乏な中級家庭の娘だし、どんだけ気を使たって良い事なんかないわよ?」
「別に、俺はただやりたいからやってるだけだよ? つうか、どうしてそんなことまで言うんだ?」
「だって……そうじゃない? 私は女で、あんたは男なのよ?」
「別に関係ないじゃん? それよりも、今はこの山から脱出することを考えようぜ?」
「どうして、そこまで……? 私、アンタにいろいろ酷いこととか言ってたし?」
「う~ん……別にいいよ? 確かに言われたことは腹立つけど、今の明楽を見てると、そんなの失せちまった」
「単純ね?」
「ああ、男ってのは単純な生き物さ?」
「ふぅん……」
それから数時間歩いて、二人は川を伝って、どうにか車が走る峠の道路へ出ることができた。
「重くない?」
何度も詩織は、大剛の負担を気に掛けている。
「ああ、羽みたいに軽いよ? それよりも、この道路とか見覚えない?」
「えっと……あ、この道ってよくパパとママが買い出しに行くみちじゃん!」
「じゃあ……これを下っていけば?」
「大剛! あれ?」
詩織は目の前の看板に指をさす。そこには、村の名前とその位置を示す矢印が記された看板が見えた。その途端、二人の間に歓喜が芽生えた。
「やったぁ! 助かったぜぇ!!」
「……ねぇ? 大剛?」
すると、大剛におぶさっている詩織は彼にこう言った。
「え?」
「……私って、気付いたらもうおんぶされてるじゃん? だったら、このまま空飛んでくれればよかったんじゃない?」
「え? だって……明楽が俺に触るの嫌だって……」
「もう触ってんじゃん?」
それを聞いて、大剛は吹き出し、そのあとに詩織も吹き出してしまった。
しかし、そんな二人の元へ複数の銃声が鳴り響いた。
「なんだ!?」
大剛は慌てて上空を見ると、そこには三つの機影がこちらへ飛来してくる。なんと、ISだった!
「IS!? そんな……」
「え、どうしてISなんか!?」
I三機のISは二人を囲むように降りた地、そのうちの一人の顔を見て、大剛は目を丸くして叫んだ。
「た、高宮さん!?」
「うそ……高宮さん!?」
大剛につられて詩織も最近越してきたお隣の女性の名を口にした。
「……こんにちは? 大剛君、詩織ちゃん」
「どうして、アンタが!?」
大剛はあの時の優し気な風格とは違い、冷徹な表情に豹変した高宮を見た。
「ごめんなさい? 本当は、大剛君達を監視するために送られたIS委員会の人間なのよ?」
「そんな……!」
「リベリオンズ壊滅のために私たちは……あなたを殺す」
高宮はライフルを二人へ向けた。
「ごめんね? 詩織ちゃん、彼に関わった人間も消すように言われているの……」
「詩織! 離れてろ!!」
大剛は背負っている詩織を下ろすと、彼は鈍龍を展開させた。
――やるっきゃねぇのか!?
「大剛……」
そんな彼を見守りなあら詩織はガードレールの裏側に隠れた。
そして、IS三機の内二機が大剛へ襲い掛かる。しかし、鈍龍は防御力の強いことから彼女らの射撃でも構うことなく突っ込んで鈍龍を振り回す。
一機をそのまま突っ込んで殴りかかって倒し、もう二機はナイフを取り出して斬りかかるも鈍龍が縦となって跳ね返され反撃を受けてやられた。
「次はどいつだ!?」
高宮を探そうとしたが、目の前に彼女の姿は居なかった。だが、背後から彼の名を呼ぶ高宮の姿があった。片手に詩織を捕えて。
「詩織!?」
大剛は、詩織を人質にする高宮へ振り向いて構えたが、下手に動くと詩織の命が危ない。
「動かないで……武器を捨てなさい!」
「……」
大人しく、大剛は鈍龍を地面に捨てた。
「ごめんなさい」
高宮は引金を引き、銃弾を大剛へ浴びせた。RSと同化しているため直に貫通はしないものの、大剛の皮膚にはバットで殴られたような痛みが襲ってくる。
そんな痛みに苦しむ大剛をこれ以上見ることはできなかった。
「やめてください! 高宮さん!?」
「お黙り! 女尊男卑を継続させるためには、イレギュラーとなる対象を処分しなくてはいけないのよ? ISと女性たちの繁栄を続けていくためにも……」
「だからって、そんなことしなくても……」
「男女平等になったら、私たちの存在はどうなるの!? ISが居るからこそ、この理想郷がどこまでも栄えていけれるの……」
そんな高宮の言い分に、大剛は静かに立ちあがった。
「何が……何が理想郷だ! 恐ろしい殺人兵器とそれに毒牙にかけられた人間たちが支配する世界なんて、理想郷を語った地獄じゃないか!!」
「何ですって……この虫けら!」
「こんな世界、俺は認めない……兵器と差別が支配するこんな世界、俺は絶対に認めないぞ!!」
「ふん……志半ばで死になさい!」
「大剛!」
そのとき、詩織は勢いよく自分を押える高宮の腕に噛みついた。
「痛っ!?」
一瞬腕の力が緩んだところを逃げ出し、詩織は彼女から逃れられた。
「大剛! 今!!」
「こんのぉ!!」
大剛は、鈍龍をテレポートで呼び寄せると、隙を見せた高宮に向かって鈍龍を振り下ろした。
「わ、私は……私達は負けない! 最後は、ISと……ISと女性こそが繁栄を勝ち取るのよ! 男なんて認めない! 女こそが……女性こそがこの世界の覇者になるのよ……!? ゲホォ!!」
アスファルトに倒れてる高宮はその野望だけを口にして、最後は血を吐き苦しみながら息を引き取った。
――これが、IS操縦者になった人たちだっていうの?
高宮たちの死体を目に、詩織は自分の信じていたものに裏切られ、心境が乱れ始めた。
「私……これから何を信じればいいのよ?」
「間違っても、こんな兵器が作りだした正義なんかは信じない方がいいぞ?」
と、大剛が答える。
「……」
その後、二人は鈍龍の救援信号を掴んだ玄弖と弾が飛来して発見され、二人は無事に村へ帰ることができた。
*
家に帰れてホッとする大剛に、玄弖と弾が彼に尋ねた。
「別に、彼女を担いで村まで飛んで行けばよかったんじゃないのか?」
弾が疑問を言う。
「いや……やろうとしたら、彼女に嫌がられてさ?」
「ったく、とんだ女だぜ?」
玄弖も呆れてものが言えなかった。
しかし、翌日には詩織自ら大剛を呼び出してきた。また変なことを言われるんじゃないかと大剛は恐る恐る篠ノ之神社へ行ったが、そこには顔を真っ赤にしながら強気な口調で大剛にこう言う。
「アンタ……このアタシと、ちょっと付き合ってみなさいよ?」
巫女姿の詩織は、仁王立ちしてそう大剛へ言ってきたので、流石に大剛もどういう意味なのかが最初は理解できなかった。
「……はっ?」
「い、いいから! お試しでもいいからさ? その……最初は友達でもいいから、ちょっと付き合ってみたらどう?」
「え、え……え!?」
「その変わり! もうすぐ夏祭りが始まるんだから準備とかの日にはちゃんと手伝いに来てよね!?」
「あ……はい」
「うん! よろしい! それとね大剛?」
笑顔になった彼女は、最後に大剛へこういった。
「なに?」
「実はさ? 家族以外の人には誰にも言わなかったんだけど……私、浪人生なの。IS学園の受験に落ちちゃってさ? 来年こそは! って、受験に励んでいるの。でもさ……あの時アンタの話聞いてて……なんだか、ISとか女尊男卑とかどうでもよくなった気分になってさ? それに……あの高宮さんの最期を見て、何だか嫌気がさしちゃった。やっぱり、私普通の学校にはいって神職の大学に入ろうかなって思うの!」
「神職? 正式な巫女にでもなるのか?」
「単純なんだけど……箒ちゃんの舞の練習に見とれちゃってさ? 最初は形で入った神職のバイトにも興味が出ちゃって、大和撫子めざそうって決めたの!」
「そうか……応援するよ?」
「だから、応援だけじゃダメ!」
「え?」
「さっきも言ったでしょ? お試しでもいいから、私と付き合ってみないか? って!」
「マジで……」