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ハーメニア

作者:秋月 俊
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音の波

放課後、結月の案内をするために再び集まった俺達は、今は2年生の教室の前にやってきていた。ここには俺とマキが懇意にしている後輩がおり、マキの提案でその子も誘おうということになったわけだ。

「まだ部活に行ってないから、多分いると思うんだけど」

マキが教室のドアから半身を乗り出し、その子を探す。するとマキのアホ毛がぴょこぴょこと動き始めた。

「おっ、いたいた。おーーーい、ミクちゃーん!!」

マキの呼び声に反応して一人の少女が駆け足でコチラにやってきた。青緑色のツインテールで髪を結っている後輩、初音ミクがやってきた。彼女は軽音部に所属しており、たまにマキが顔を出すこともあったらしく、その時からの付き合いが続いている。(ちなみに俺たちは3年だ)

「マキさんにマコトさん!丁度よかったです、ギターとドラム見てもらいたくてお呼びしに行こうかと……あれ、そちらの方は?」
「転校生の結月ゆかりちゃん。今、校内案内しててね、ミクちゃんの紹介もしておこうかなって」

それを聞いたミクはすぐに背筋を伸ばし、綺麗なお辞儀を結月へとした。

「はじめまして!初音ミクといいます、マキさんとマコトさんの後輩をさせてもらってます。えっと、結月先輩?」
「ゆかりでいいですよ。コチラこそ、よろしくお願いします」

結月もそれに返すように綺麗なお辞儀を返す。この二人って、結構似ているところがあるのかもしれない。

「ミクちゃんとも合流出来たし、早速いこうか!」
「だな。この時間なら結構良い物が見られそうだからな」
「あそこ、ですね♪ではゆかりさん、行きましょう!」

そう言うとミクは結月の手を引いて俺達よりも先に階段に向かい始めた。結月は少し驚いていたようだが、すぐに笑顔になりそれについて行っていた。

「俺達も……」

行こうか、と言おうとした瞬間であった。突如、俺の耳に謎の音が聞こえた。誰かの鳴き声のようにも、黒板を爪で引っ掻いた時のような物にも聞こえ、ソレは生物的な嫌悪感を抱く。ソレは耳を塞いでも聞こえ続け、堪らず俺は廊下に膝から崩れ落ちてしまった。

「ど、どうしたのマコト!?」

マキが心配そうにコチラを覗き込んできた。心配ない、と答えたはずだ。自分がなんと言ったかさえ分からないほど、ソレは俺の頭のなかで繰り返し、何度も何度も響き続けていた。

その時だった。

廊下の先に人影が見えた。今の世界ではあまり見なくなった着物を羽織り、刀のような物を持った人のようなもの……その人影はゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。そんな中でもソレはひどくなる一方で、俺は遂に目を開けていることさえキツくなり、目を閉じてしまう。

『それでいい。すぐに終わる』

・・
・・・
・・・・
・・・・・

「……ト!マコト!」
「あ、あれ?俺、一体」

気が付くと、ソレは俺の頭のなかから出て行っていた。先ほどの人影も消えている……一体何だったんだ、さっきのは。

「大丈夫?体調悪いなら保健室行く?帰るなら一緒に帰るよ?」

どうやら先程の音や人影はマキには見えたり、聞こえたりはしていないようだ。俺にだけ聞こえたというのだろうか。何が何だか分からないが、これ以上ミク達を待たせるのは、申し訳ないということはわかる。俺は一度深呼吸をすると、立ち上がった。

「他の奴らが待ってるのに帰る訳にはいかないだろ。俺は大丈夫だから、行こうぜ」
「ほんとに?無理してない?倒れたりしたら私、嫌だからね」

マキも立ち上がる。本当に子供の頃から心配症なやつだな。心配してくれるのは素直に嬉しいが。

PM17:00

「ごめんね~、おまたせおまたせ」
「いえ!ゆかりさんと話してると、とても楽しかったので問題ありません!」
「ミクちゃんすごいですね。歌もうまくて、ギターも出来て」
「私なんて。まだマキさんのお足元にも……」
「そんなことないよ~。ミクちゃんとっても……」

ガールズトークに花が咲いている。謙遜はしてるがミクも結構な腕前なんだよなぁ。
おっと、そんなことよりもはやく行かないと、俺のせいで急かすのは申し訳ないが見せるなら最高の物を見せたいからな。

「それじゃ行くか。この扉の先だ」
「あ、私が開けるよ。ミクちゃん、ゆかりちゃんの目を塞いじゃって~!」

マキがそう言うと、ミクは大きくうなずき結月の後ろに回りこみ、目を塞いだ。結月が慌ててアタフタしているが、まぁ、ほっとくとしよう。

「ではでは!ここが私のお気に入りの場所です!」

マキが扉を開く。それと同時に眩しい光が俺たちを襲った。
ミクが結月の目から手を離し、その景色を見せる。

「……」

結月が驚いたように息を呑んだ。それは当然だろう、俺達の目の前には朱に染まった幻想的な空が広がっていた。

「どうどう?初めて見た時は私も驚いたんだ~。ここの夕陽凄いんだよね~」

何かあった時はここに来れば元気が出る、とマキはよく言う。元気が出るというのもわかる気がする。こんだけ凄いものも出れば自然と元気も湧いてくるというものだ。

「これは凄いですね。図書室もそうでしたが、ここはほんとに凄いですね。こんな夕陽初めて見ました」
「気に入ってもらえたようで嬉しいよ。明日のお昼ごはんは皆でここで食べよう!」

マキの提案に反対する人は一人も居なかった。

それから夕陽が沈むまで俺たちは屋上で色んな話をしていた。マキのバンドの話や、ミクの部活の話に、結月の前の学校での話など、話題は尽きることはなく、時刻は既にミクと合流し屋上に上がって一時間経っていた。

PM18:00

「あれ、もうこんな時間じゃん!私バンドの皆と約束あったんだ。ごめん、先に帰る!」
「私も塾がありますのでお先に失礼します。マコトさん、ゆかりさんまた明日」

マキとミクが手を振りながら屋上を後にした。そして残されたのは俺と結月の二人。
沈黙が続く。校庭の方から野球部の掛け声が聞こえてくる。いや、割とマジで気まずい。四年前に顔を合わせて以来、一回も会ってない上にろくに話したこともないからどうしたら良いのか全然わからん。

「詠月さんは、家には戻ってこないのですか?」

結月が尋ねてきた。聞かれるとは思っていたが、やっぱり聞かれたか。

「さあな。俺はまだ親父のことを許したわけじゃないし」
「お父さんはあなたのことをすごく心配しています。せめて、一回だけでも顔を出してもらいたいです」

……とは言われてもな。

「とりあえず、これ。お父さんからです」

いろいろと考えているとゆかりが何かを渡してきた。これはお守り?

「厄除けのお守りです。もし何かあればこれを持っていてください。あなたを守ってくれます」

そう言うと結月は取るのを渋っていた俺の手を取ると、無理矢理に握らせてきた。おおう、結構押しが強いんだなこいつ。

「とりあえず渡したいものは渡したので帰ります。一回でも良いのでお父さんに会ってあげてください。では」

結月が屋上を後にした。にしてもあのジジイ……こんなもん用意してんなら自分で届けに来いよな。……さて、俺も家に帰るか。それにしてさっきの変な音と人影、いったいなんだったんだ?着物を着てるのはいいとして、刀なんて法律ガン無視したものを持ってる人をほかの人が見てないわけがないし、あんな気持ち悪い音も一回聞いたら忘れるわけがない。家に帰ったらマキに聞いてみるか。

PM20:00
詠月家

「おかえりなさいお父さん」
「ああ、ただいまゆかり。学校はどうだった?」

お父さんがスーツをハンガーにかけながら尋ねてきた。マキさんやミクさん、クラスの皆にルカさん。そして詠月さんの顔が思い浮かんだ。まだ一日しか行っていないが、楽しい学校生活をおくれそうで安心したとお父さんに伝える。

「そうかそうか、なら良いが。マコトはこっちに帰ってくると行っていたか?」
「いえ、迷ってはいるようでした。やっぱり私とお母さんが……」

自然と目から涙が流れてきた。この四年間、確かに幸せであったが、度々お父さんの悲しそうな顔を見るたびに私の胸は傷んだ。だから私はこの関係をなんとかしたい。そう思ってお父さんに無理を言って詠月さんと同じ学校に転校させてもらったんだ、私がなんとかしないと。

「ゆかり、その気持は嬉しいがな、それはなんの解決にもならないんだ。俺は母さんとゆかりと、マコトとの四人で暮らしたいんだ。なに、安心しろ。あいつは俺の息子さ。ちゃんと戻ってきてくれる」

お父さんが私の頭に手をおいて優しく言ってくれる。

「そう……ですね。私も四人で暮らしたいです」

そう答えるとお父さんは笑顔になり、頭を撫でてくれた。その時、机の上にあったお父さんの携帯が震えだした。どうやら着信があったらしく、お父さんは撫でていた手を取り、すまんなと言って携帯を持って自分の部屋へと言ってしまった。お父さんはああ言ってくれたがやっぱり私がなんとかしなきゃ。そう思った私は自分の部屋へ行き、携帯でマキさんへ連絡を入れる。マキさんなら相談に乗ってくれるだろう。

「……よしっ!がんばれ私!」

PM20:05
詠月家 書斎

「私だ」

『お疲れ様です、私です』

「知っている、それでどうだった」

『やはりといいますか、アチラ側からのアプローチがありましたね。彼女がそばに居たので大丈夫と思っていましたが、離れた隙に』

「君のことだ、大事には至らなかったのだろうな」

『そこはご安心ください。少しばかり苦戦はさせられはしましたが討滅は完了しております』

「流石、というべきか。引き続き監視は続けてくれ」

『了解いたしました。では』



PM21:48
アパートGEF マコトの部屋

「まだバンドの奴らといんのかな。一切既読がつかない」

帰宅後、学校での不審な出来事のことを聞こうと思いマキに連絡したのだが、全く返事が来ない。直接家に行けば良いのだが、オジサン寝るの早いからなぁ。窓から弦巻家の様子を見るが、電気が一切ついていない。なんて健康的な生活してんだオジサンは。

「仕方ない、ゲームでもしてるか」

ソファから立ち上がりテレビのそばに近寄る。

「あれ、俺テレビつけてたか?」

テレビのスピーカーからチリチリとした音が聞こえる。電源を入れた覚えはないからこんな音はしないはずなのだが……

「ぐっ!?あ、あぁぁぁぁ!!」

突如として再びあの音が聞こえ出す。今回はさっきのようなものではなく、頭が焼ききれそうなほどの頭痛を伴い俺を襲ってくる。

『とーりゃんせ、とーりゃんせ』

テレビの方から声が聞こえ始めた。頭痛を我慢するように机にしがみつきながら立ち上がり、テレビの方へと目を向ける。そこに写っているものは信じられないものだった。

「なんだ……よ、これ」

まるで音波をひたすら重ねたような、気味の悪いものがテレビの画面いっぱいに写っている。よく見ると、パソコンに携帯、あらゆるものから音波のようなものがテレビへと流れ込んでいるのがわかる。なんだよこれ、一体何が起こっているんだよ!

『こーこはどーこのほそみちじゃ。てんじんーさまのほそみちじゃ』

歌が進むごとにその音波の塊のようなものは一層濃くなっていく。確かだが、この歌は「通りゃんせ」だったと思うが、なんでこんなものが。

『ちっととうして、て、ててててててててててててててててててててててて』

突然歌が壊れ始めた。それと同時に俺の頭痛も酷くなっていく。最早今自分が考えていることや、自分が今見ているものが幻覚なのか、それとも本当のものなのか、もうわからない。その時、俺の前に何かが立ったのが分かった。

「ほう、意識を失っていないか。おや?ああ、そうかあいつのお守りのおかげでなんとか摂られずにいられているのか。運がいいな少年」

そいつは学校で見た着物を羽織り、同じように刀を持った紫の髪の男だった。なにか言っているようだが全く分からない。

「応えることも出来ぬか。まぁ、仕方ない。先ほどと同じように眠っていろ。すぐに終わる」

男が刀を振り上げる。

「そうだ、覚えているかわからないが。もし今日のことがなにか知りたいならお前の父を訪ねるが良い。全てわかる」

………親父を?

「ではな。ゆっくりと、お休み」

その言葉を最後に、俺の意識は痛みから開放されるように深い深い闇の中に沈んでいった。


続く 
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