白夜
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第二部 過去と今
05
午前六時半、学校の屋上に居座ったままだとまずいということで、望月町の西商店街にある氷撫さんのお店、ホワイトムーンに場所を移した。
予想通りあの大型怪異を倒した後には近隣の住民の姿もちゃんとあったし、時計もちゃんと動いている。
「結、聞こえる? 氷撫やけど。」
『うん、全員無事みたいでよかった。』
「それでな結、一つ頼みたいことがあるんよ。さっき新種の大型が現れる前に青い髪の女の子と出会ったん、その子この辺じゃあ見かけない子でな。それにちらっと見えた左手の指輪、デザインからして宿祢以上のお家柄の子なんよ。ウチのデータベースには引っかからなかったからな、ちょっとそっちで調べてくれへん? 」
『今受信するわ……。データベース一致。怪異師北上派北上本部所属、真人直(まひとあたえ)の北上沙夜(きたがみさよ)って子ね。』
北上と南海。
僕がいるこの望月町は南海派に所属しているのだけれども、かつて南海派というのは僕たち異界師を寛容に受け入れてくれていたのだけれど、一方の北上派というのは異界師を忌み嫌い、異界師を執拗に苦しめてきた派閥だ。要するに北上は僕の敵。
さっきの青髪の女子生徒が本当に北上本部の人間ならば、僕はきっと狩られてしまうのだろう。
「聞いたことあるなぁ、その子【闇の弓術師】って通り名だったような。ほら、南海派の真人直の南海(みなみ)槙(まき)陽(よ)ちゃんと対で言われてる子や。槙陽ちゃんは【光の銃術師】って通り名で……。」
『とりあえず南海本部に私が連絡を入れておく。みんなは一旦望月本家に来てくれる? 新型と戦ったのだから異界石と武器の様子、メディカルチェックを受けた方がいいと思うの。』
「まあ細かい話は後で結城に報告させるとして、特に彩樹はメディカルチェックをした方がいいやろし、わかった。今から車で本部に向かうわ。メディカルチェックの準備を淳義に頼んどいてな。」
『了解、きっと大丈夫だろうけど彩樹くんの扱いだけは丁寧にね。北上に悟られたら面倒だし。』
そのあと二人は少し先ほどの戦いの報告をしあって電話を切った。
ここにいる全員で氷撫さんの運転する七人乗りの車に乗り込む。
「彩樹、さっきあの怪異にやられた右腕、大丈夫なのか? 」
「とりあえず今は大丈夫って感じかな。直撃のわりにあんまり酷い怪我じゃないよ。もしかして嗣柚、さっき僕が触るなって言ったの気にしてる? 」
「いや、それは全然気にしてない。むしろ気になるのは彩樹自身じゃなくて右腕だからさ。」
冗談交じりに嗣柚は笑って見せる。
こいつ、こんな感じだけれど根は優しくっていいやつだったりする。
戦いに怪我なんてつきものだし、いつ誰が怪我したっておかしくない。
それでも誰かが負傷したら必ず心配する。
「彩樹くん、思いっきりワイシャツ破けちゃってるもんね。それであんまり酷くないだなんてよく言えたもんだよ。」
「舞姫先輩、僕、これまでに何度殺されかけたと思ってるんですか? 」
「いやいや彩樹、全然自慢になってねぇし。しかも割とシリアスだからやめて? 」
「安心して嗣柚、今じゃ笑い話だから。」
「俺が笑えねぇよ! ていうかこう思ってるの俺だけじゃないと思う! 過去の境遇笑い話にしちゃダメだろ! 」
「朝からみんな元気やねぇ。一戦交えてるちゅうによくそんな騒げるわ。」
「元気なのは嗣柚だけですよ、氷撫さん。」
「え、ちょっ、俺だけ? 」
「はいはい、嗣柚はちょっと黙ってなさい? 」
「彩樹、最近俺の扱いひどくない? 」
「ほら、嗣柚は生徒会のいじられ役っていうかボケ役じゃん? 」
「そうだったの? 俺そんなの知らない……。」
「生徒会内の常識だろ? 」
「え? 結城先輩までそっちの味方? 」
「嗣柚に味方なんて初めからいないだろ? 」
「なんなのもう、みんなひどい……。」
「嗣柚、アンタも愛されとるねぇ。」
「氷撫さん、これって新しい愛の形なんですか……? 」
「そんなわけないやんか、みんなの本音やろ? 」
「一瞬でも氷撫さん優しいって思った俺が馬鹿だったー! 」
「大丈夫、愛故にだから。そうですよね、結城先輩? 」
「そうそう、嗣柚がこんなにボケをかましてくれなきゃいじるにもいじれないし。」
「もはや褒められてるのかどうなのかわからない! 」
「嗣柚くんそういう子だもんね。」
「いいじゃん、二人が相手してくれるだけましだよ。」
「なんでだろう、なんか褒められてるわけじゃないのに舞姫先輩と結友那ちゃんが優しい! 」
優しくなんかしてないしー、という結友那の追い打ち、これが生徒会の通常運転。
別に示し合わせてもないのに嗣柚がいじられ始める。
嗣柚自身もまんざらじゃないからすごいことだけれども。
「みんな、そろそろ着くから車の中に忘れものせんように準備しとくんよ? 」
一変、空気が少し引き締まる。
「とりあえず私たちは生徒会の活動ってことで公欠取っておいた方がいいわよね。白鶴先生に連絡しておくね。」
「ああ、舞姫悪いな。事を収束させるまで落ち着かないからな。」
望月の敷地内に着くと、電話をする舞姫先輩を除いて建物の中に入っていく。
やはりいつも来る時とは違い、緊迫した雰囲気が広がっていた。
「結城さん、それにみなさんもお疲れ様でした。」
ふんわりと巻かれた明るい色の髪にふんわりとした笑顔。
数回しか会ったことがないけれど、この人が南海槙陽(みなみまきよ)さんだ。さっきの北上さんとは正反対の印象を受ける。
「結さんに連絡を受ける前に本家を出ていたので皆さんをお迎えすることができました。南海の本部では既に望月の異常な妖気を分析していますから安心してくださいな。数時間ほどで結果が出ましょう。」
「そうか、ありがとう槙陽。立ち話もなんだから応接間で話そうか。北上の娘の話もあるし彩樹の扱いの話もある。」
「はい、そうですね。私で力になるかわかりませんが、精一杯頑張りますね。」
大きなロビーかららせん階段を上がってすぐの部屋、応接間には既に結さんと淳義さんが待っていた。
「槙陽ちゃんいらっしゃい。大変な時にごめんなさいね。」
「ふふ、いいんですよ結さん。今の私の仕事は南海本部の外回りなんですから。」
大きな応接間に生徒会と槙陽さん、それに本部の三人がそれぞれ座る。
「まずは望月支部より先ほどの現象と北上沙夜のことについて説明するわね。」
結さんは部屋の明かりの落とし、手元のパソコンを操作して正面のモニターに望月の地図を映した。
「最初に時空波の歪みの件から。異常な時空波の発生源は月駒高校の屋上だったわ。そこから北は望月海岸、南は国鉄望月駅、東西は望月町を覆う広大な範囲にわたって歪みが発生したと考えられます。歪みの根源になった怪異は新型種【アルリュカ】と推測されたわ。北上領での出現が確認されていたことから北上側の人間はこの怪異の存在を知っているんじゃないかしら。望月支部で分かっている現象については以上。次に淳義さん、北上沙夜について説明をお願いします。」
次に淳義さんがパソコンを操作して今度はさっき会った北上さんの写真が映される。
「怪異師北上派北上本部所属、真人直の北上沙夜、ここまでは結さんから聞いただろうから補足程度に彼女のことについて説明しますね。彼女は北上の次期当主になる人間、南海派の人間についてあまり良くは思っていないだろう。それに、うちには彩樹くんがいる。きっとこのタイミングを見計らって望月にやってきたんだろう。どうかな、槙陽さん。」
淳義さんがそのまま部屋の明かりを点け、部屋の一番奥に座っている槙陽さんに問いかける。
槙陽さんは少し考える様子を見せて話し始める。
「そうですね、まず南海としての見解ですが、この現象と北上は全く関係はないと考えます。きっと北上には別の目的があってこの望月に訪れたのでしょう。それとあとは沙夜ちゃんのお話ですね。沙夜ちゃんは和弓の名手ですから。ソロ活動の時には和弓のほかに脇差を使ったりもします。武器の扱いは上手ですし、何年も怪異師をやっている方を暗殺したりだとかはよくある話です。北上派の人間は結構血の気が多いですから、沙夜ちゃんと交戦ということになったら苦戦を強いられると思います。」
確かに心当たりがあった。数年前に両親と別れてからこの望月に住みつくようになるまで北上派、それに北上本家の人間に何度殺されそうになったか。
それに、
「北上の標的は僕だけじゃないと思います。北上を裏切ることになった望月が狙い。そう考えても何らおかしくないと思います。」
「確かに、彩樹くんの言う通り望月の人間、特に北上を離れる要因になった結城くんを狙いに来たという可能性もありますね。」
その時だった。
ガラスの割れる音があたりに響く。
「何事だ! 」
結城先輩が部屋のドアを開けて玄関の方向に駆けていく。
「結城! 一人で行ったら危ないわ! 」
結さんがそう叫ぶと部屋にいた全員で結城先輩を追いかける。
応接間に繋がる廊下の中央付近、割れたガラスの破片の上に立ち、僕たちを待っていた彼女は語りだす。
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