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白夜

作者:枸杞
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第一部 異変
  03

僕らの知らないところで渦巻く『なにか』。
何が渦巻いているのかなんて知ったことではないけれど、ご迷惑であるのは確かだ。
そんな僕たちの気も知らずに、嗣柚の伝達通り僕のところにも怪異が現れる。それも文字通り大量に。

それらは形容しづらい。

いや、形容したくもない。僕らの敵なんだから。

さて、
「なんでこんなところにいるか知らないけれど、聖域は立ち入り禁止だよ? 」
『それも聖域であるはずのところにまでだ。』という嗣柚の言葉によると、聖域内にもこいつらはいるようだ。
聖域が弱体化したのかそれともこいつらが聖域を破る能力を手に入れたのかは知らない。
怪異も僕の言葉に返事をするように唸ると、一斉に動き出す。
「おっと、準備もできていないのに攻撃なんて汚いやり方するなぁ。」
一斉攻撃だなんてひどいじゃないか。
空中を一回転して地面に片膝をつく。
そして次に、まるで魔法少女のように、僕は左手首のブレスレットに手をかざす。
そしてそのブレスレットを軽く上に投げる。
魔法少女のように変身したり、何か特別な力が得られたりするわけでもないのだが。
姿を変えたブレスレットを両手に受け取ると、僕も一歩ステップを踏む。
魔法少女のように甘くはない。
実力勝負の剣捌きだ。

「さて、勝負の時間だ。」
大量に浮く怪異は数で勝負に来ているらしい。
こんな大量にどこから湧いてくるんだか。
「数いたってどうせ雑魚の集まりでしかないんだよ! 」
剣をこいつらの体に食い込ませて力を入れると、熟れ過ぎた果物を切るような感触がする。
感触もそうだが、水がこぼれたような不快な音を立てて、始末した怪異たちは地面に落ちる。
これは何度も戦ってきた僕もこの音だけには慣れない。
べたべたと粘膜の張り付く地面にあまり足をつけないようにして剣を振るう。
しばらくたって、全く数が減らない怪異を見てこれじゃあ埒が明かないと思った。
空中戦も体力の無駄になるだろうし、何より物体が多すぎる。
普通一人で捌く量じゃない。
ふと、頭の中に考えがよぎった。

瞬間、僕は月駒高校の正門前まで走り出した。
一人で捌けないのならだれかと捌けばいい、と思ったのだった。
思い立ったが吉日、すぐにべたべたと粘りつく地面を蹴って、走り出す。
学校が見えてきたとき、正門前にいる人達に向かって精一杯の声を出す。

「舞姫(まき)先輩、氷撫(ひなで)さん! やっぱりいると思いました! 」
月駒高校の制服を着た舞姫先輩と少し崩した着物を着た氷撫さんは僕の走ってくる方向を見てそれぞれの反応をする。
「彩樹くん! よかった、ちゃんと嗣柚から連絡行ったのね。」
「舞姫、彩樹の後ろ見てみぃ? どうやら合流を素直に喜べないみたいやで? 」
氷撫さんの言う通り、もちろん尻尾を巻いて全速力で走る僕の後ろ側には優雅にふわふわと浮遊移動する数百匹の怪異が追いかけてきている。
「そうなんです! こんな大量に一人じゃ無理だと思って、だから僕より学校に近い二人ならもう学校にいるんじゃないかと思ったんです! 」
「まあ気持ちはわからんくもないけどなぁ……。見る限りうちら三人でも無理そうな数やんか。なんでそんな数が彩樹のところに集まってるんやろうな? 」
「氷撫姉さん、口を動かすよりも怪異の相手をする方が先だと思うわ。後から来る嗣柚と望月(もちづき)の三人に手を煩わせないためにもね。」
僕はすでに二人に手を煩わせるからなにも言えなかったのだが、氷撫さんは「せやな。」と短い返事をする。
舞姫先輩は左足首のアンクレットに手をかざす。
「まずは彩樹がホストしている集団様を駆逐してやらんとね。」
同じく氷撫さんもアンクレットに手をかざすと、僕の隣に狐と竜の二匹が現れる。
僕たちはこれらを「妖狐」と「妖竜」というように呼ぶ。
人であれど怪異、半怪だと二人は自分たちで言っているけれど、僕が聞いた二人の情報によると、実際に怪異と人間のハーフのようだ。
『まあいろいろあったんやけど、詳しいことは堪忍な。ウチらにもわからんこともあるさかい。』
だなんて氷撫さんは僕に話してくれたこともあった。

『さて、早々に終わらせましょう。』
妖狐の舞姫先輩がそういうと、二人は左右に散らばり、怪異に攻撃を始める。
「こいつら何か吐き出して地面がべたべたするので、二人とも気を付けてください! 」
『わかった、姉さんはいいけれど私と彩樹君は厄介だもんね。』
飛べる氷撫さんとは違って僕らは少なからず地面に接する必要がある。
特に身体的な害はなくともやっぱりべたべたとした不快な感覚は精神的にもきついものがある。
「はい、きっともうすぐ残りのメンバーも来る頃ですし、頑張りましょう。」

やっぱり数で勝負に来るものには数で勝負するのがいい。効率が全然違うし、怪異狩りに関してはこの姉妹の方が経験の数も多いから、怪異ひとつに対する時間も僕とは大違いだ。
『なんだ、あんまり大したことなさそうやな。それにしても数だけは多いんよ。寄ってたかっても弱いっちゅうことは変わらんよ? 』

「ほんとになんなんですか? 聞いてませんよ、集合場所に一番怪異がたまってるだなんてっ! 」
「ほんとほんとー、道路べたべたじゃない! 」
「嗣柚、結友那! よかった、今すっごく取り込み中でさ。」
「彩樹、見ればわかる。待たせたな。」
「結城先輩! 」
鋸のように鋭利な剣を手に持つ神崎嗣柚と透明な壁を作る後衛担当の望月結友那、そして鉈で怪異を薙ぐ望月結城先輩。月駒高校生徒会怪異術師組はこれで全員揃った。
『よっしゃ、そしたらウチは指示を出して早めにここを片付けるのがよさそうやな。』
「そうですね、これだけの怪異を相手にするなら氷撫さんの指揮が必要かもしれないですね。」
結城先輩がそういうと、氷撫さんは竜の姿から元の姿に戻る。
舞姫先輩と氷撫さんが数を減らしたとはいえ、まだ数多くいる怪異を早急に討伐しなければいけない。異常発生の怪異の問題と町の異変。解決しないといけない問題はまだまだたくさんある。
「嗣柚と彩樹は浮遊型を地面に落としてほしい、その落ちた怪異を舞姫が討伐する。半分が浮遊型やしこれが一番効率いいやろ。結友那は浮遊型とほかの型をなるべく分けて壁を作ってな。んで、あとの半分は結城、一人でできるやろ? 」
「了解です、じゃあまずは私が分別して誘導しますね。任せてください! 」
「よし、彩樹! 舞姫先輩のアシストやってやろうぜ! 」
一歩助走をつけて嗣柚が壁の左側に集まった浮遊型を薙ぎ倒していく。
『彩樹くん、下は任せてね。』
舞姫先輩がウインクをすると、僕も軽くうなずいて浮遊型に刃を食い込ませる。

「それにしても、どうしてこんなに大量にいるんですか、氷撫さん。」
壁の右側で戦う結城先輩が氷撫さんにそう問いかけると、氷撫さんは考えもせずに
「ウチは知らんよ。きっと今頃淳義(りょうぎ)と結が必死に調べてるんちゃう? とりあえず何かわかったら結から連絡が来るっちゅうことになってはいるんよ。」

怪異の討伐と生態解明を主とする【怪異術師支部】という組織があって、その上層部の人間である淳義さんと結さんは戦いも専門とするけれど、どちらかと言うと組織の参謀担当であって、こういった緊急事態(めったに起こる訳じゃない)の時にいち早い収束のために働いている。
と言っても僕もこの参謀担当の仕事のすべてを知ってるわけではないけれど。
「けれどなぁ、先に言っとくけどこの緊急事態っちゅうのは簡単には収束しないで? なんせ怪異だけじゃなくってこの辺の……なんちゅうんやろうな、【時間軸】みたいなもんのバランスだっておかしくしてるんや。」
と、氷撫さんは続ける。
「【時間軸】というのは? 」
「ああ、結城。別にこの言葉に意味みたいなのはなんもないで? ただ名前がないこの現象に今ウチが名前を付けたみたいなもんや。ほら、みんな思い出してみぃ? 各々の家からこの月駒高校まで誰か……いや、なにかって言ってもいいかもしれんな。怪異師以外の何かしらの生き物に会ったか? 」
結城先輩は果実型の怪異に鉈を振り回しながら少し考える。
氷撫さんのいうことは僕がさっき感じ取った異変のことなんだろう。
まるで街に誰もいないかのようなあの感じだ。
「いえ、きっと何にも。あまり気にしなかったので断定はできませんが。」
「せやろ? まるでウチら怪異師だけ怪異に遊ばれてるかのようや。いつもみたいに民間人に被害が及ばんようになってるだけましかもしれんけど、誰もいない街なんて不気味なだけやんか。正直怪異の大量発生だけでも特定できた、としてもこの不気味な現象をあの二人がどう処理するかわからへん。それに、ウチらだって気にしなきゃ気にならんことやったし、最悪あの二人がこの現象に気づいてないこともありうるし。だからウチは簡単に収束しないんやないかと思ってるんよ。」

怪異師だけ怪異に遊ばれている。
もちろんこれは怪異の本音だとか策略ではないと思うけど、なんとなく氷撫さんの言うことはわかる。
「ここらの怪異は数減ってきたなぁ、よし! もう一息ってところみたいやね。」
「いや、待ってください! 」
氷撫さんの言葉に待ったをかけたのはこれまであまり口を開かなかった結友那だった。
「壁の外……厳密にいうと校舎の屋上を見てほしいです。」
戦闘をしながらだからあまり注意深くは見えないが、壁の外を徘徊している怪異たちが一斉に屋上に集まり始めていた。
「なんだよあれ……。」
嗣柚が一旦地面に降り立って顔をしかめる。
「結友那、絶対この中の怪異を逃がしちゃダメやで! はよここの奴らを殲滅して何が起こっとるか確認せんと……。」
「わ、わかりました! できたらこれ以上の侵入を正門からできないように張りますね! 」
「結友那、無理だけはせんようにな。」
「氷撫さん、浮遊型もう少しで殲滅できそうです! 」
「俺の方ももう少しです。目視であと九体! 」
僕たちの担当も、結城先輩の担当もほぼ同時に片が付いて、最後の怪異が地面に落ちた。
「数だけは立派だったなぁ、これは鑑定に時間かかりそうやけど、いい収入になるんちゃう? 」
怪異を怪異師が倒すと【異界石】というアイテムに変換される。
怪異師はこれを鑑定に出して収入を得る。
氷撫さんはこの鑑定士をしていて、指をパチンと三回鳴らすと、怪異石は氷撫さんの持つ袋に集まっていく。
「さて、と。本当の課題はあっちやね。ただならぬ空気を感じる。みんな、気ぃ張って行くよ? 」
とても嫌な予感がする。
本能的に、あの空間を嫌がっている。
そんなことを言ってしまったら逃げ腰だという風にとらえられてしまうかも知れないけれど、とにかく危ない、そんな気がする。
 
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