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ガールズ&パンツァー SSまとめ

作者:でんのう
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西住みほと逸見エリカと赤星小梅

 
前書き
※軍歌『雪の進軍』の歌詞に付いては著作権の消滅を確認済み。
引用部は『』にて明記。
作詞・作曲:永井建子(1865-1940)

ウィキソース歌詞
https://ja.wikisource.org/wiki/%E9%9B%AA%E3%81%AE%E9%80%B2%E8%BB%8D 

 
 逸見エリカは夢を見ていた。
 もし西住みほが黒森峰を去らず、副隊長のままだったら。
 ある日西住まほ隊長から聞いた、子供の頃のように天真爛漫な性格のみほだったら。
 自分のそばに今でもみほがいてくれたら……。
 
 目を覚ましたエリカは、止めどなく流した涙で枕が濡れている事に気付く。
「また、あの夢……」
 眩しい笑顔で笑うみほ。西住流の縛りなどお構いなしの奇襲と突撃が大好きなみほ。自分と一緒に隊長に怒られ拳固を喰らい、互いに目を合わせてケタケタ笑うみほ。
「……」
 ベッドから這い出し、パソコンの電源を入れる。
 『いつもの夢』フォルダを開き、右クリックしてテキストを新規作成し、ファイル名に日付を振る。

……。
「エリカ! いつもの奴行くよ!」
「はぁ? いい加減にしなさい! こんだけ包囲されてんのに突撃する気なの? あんたいつから知波単の子になったのよ!!」
「どうせ負けるなら最後に一発、おっきい花火打ち上げようよ、ね?」
「馬鹿、みほのばーか!」
「アハハッ、馬鹿に馬鹿って言っても効かないよー」
「分かったわ。先にやられたらアイス奢りなさいよ!」
「何段重ねがいい?」
「3段!!」
「じゃ、わたしが突破出来たら5段重ね奢って!」
「5段でも10段でも奢ってやるわよ! ……副隊長車に続けっ! 蛇行しながら敵弾回避しつつ行進間射撃っ!」
『り、了解!!』
……。

 ひとしきり夢の内容を書き上げパソコンの電源を落とす頃には、窓のカーテンの外が明るくなり始めていた。
 ベッドに身を投げ出し目を閉じる。また、涙がぽろりとこぼれ落ちた。

 if、if、if……一つでも選択肢が違えば、今のこの世界は別のものになっていた。
 1つでもifが違った並行世界。そこはどんな色で、どんな風が吹いているのだろう。
「人生は選択の連続である――シェークスピアですね」
 どこかの誰かの口調を真似て独り言ちながなら、エリカはifの世界を妄想する。
 でも、妄想は妄想。あと1時間もすれば黒く深い森の現実が訪れる。
 妄想は終わり。黒森峰女学園の皮肉屋にして副隊長、逸見エリカに戻らないといけない。
 流れる涙も拭わぬまま目を閉じ、つかの間の眠りの世界へと身を沈み込ませた。

…………。

 西住まほ隊長は卒業した。今は自分、この逸見エリカが隊長だ。
 西住流の伝統を守る黒森峰女学園を一身に背負う立場。
 3度のV逸は許されない。西住みほの大洗戦車道に終止符を打ち、断絶した黒森峰の不敗伝説を再開せねばならない。
 胃がきりきりと痛む。夜中に足が攣り激痛にのたうち回る。噛み過ぎた爪がボロボロになる。
 ここはifの最悪の結果なのだろうか?
 否、戦車道強豪校である黒森峰の隊長。西住まほ、そして西住みほ無き黒森峰の、西住流の正統な継承者。
 戦車道の頂点。その立ち位置が最悪なはずはない。
 心を侵す甘いifの妄想をテキストファイルに叩き付け封じ込め、涙に流し眠る毎日。
 最悪で最高の高校生活。蔭で胃薬と鎮痛剤を呷り、緊張と恐怖に怯える隊員を睨み付け、煽って罵って奮い立たせる。
 さぁ、明日は全国大会決勝戦。
(相手は大洗女子? 知らないわよ。何であの弱小校がまた決勝にいるのよ。
 私はあの西住流そのもの、西住まほ隊長の元で生まれ変わった真の西住流の体現者。この逸見エリカが叩き潰してあげるわ!)

 試合前の整列と礼。
 あの西住みほ。エリカにとって最悪の西住みほは、にこやかな笑顔を浮かべていた。
「エリカさん、また決勝で出会えてうれしいです。正々堂々頑張りましょう」
「ふん。何で今年も決勝に上がってきてんのよ。まぐれでしょ、まぐれ」
「ふふ、そうかもしれませんね。でも、こうやってここにいるのは事実ですから」

 握手に応じながら、頭痛と胃の痛みをぐっとこらえる。
 この最悪のみほを叩き潰せば、悪夢は終わるんだ。
 なんで最悪のみほは、こんなにも明るくて何の曇りもない青空みたいな笑顔なんだろう。
 エリカはあの妄想をねじ伏せながら、目の前のみほを睨み付けた。

…………。

 いつの日の事だろう。みほに写真を送るつもりで誤って『いつもの夢』の1つをメールで送ったのは。
 気が付いた時には手遅れ。妄想が漏れて、みほに届いてしまった。
『今のメールは見ずに消して! お願い! 誰にも言わないで』
 すぐに次のメールを送ったが、返事が返ってこない。
 電話にも出てくれない。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 恥ずかしさと後悔で震える中で携帯が鳴る。
 みほからのメール。恐る恐る開く。
 たちまち、エリカの顔が真っ赤に染まり上がった。

  エリカへ
  メールおもしろかったよ
  最後まで一気に読んじゃった
  大学で…やっちゃおっか!

…………。

(エリカ、どうしたの? エリカ)
(ん、あ、ああ……あれ?)
(疲れてる? らしくないよ)
(誰のせいだと思ってんのよ)
 試合前の作戦会議。
 西住まほ大隊長率いる西軍は、島田愛里寿率いる東軍と大学東西戦を争う。
 この試合に勝てば大学選抜の使用戦車や戦略戦術、メンバーやその他諸々、今後4年間すべての主導権を握れる。
 いわば、西住流と島田流の覇権争い。
 大隊長の作戦は真の西住流に則った、強力な砲に堅固な装甲。そして速い脚と鋭い頭。
 戦力の集中をもって敵を圧倒し、撃破する。
 去年エリカが取った作戦を、大学生の高い練度に合わせてより洗練させたもの。
「――説明は以上だ。おい、西住と逸見、ちゃんと聞いていたのか!」
『は、はい!』
「お前たちは前回の試合で重大な命令違反を犯した。今日の試合で万が一同じ事をするようならば、即刻除隊だ」
 面従腹背。
 去年の大洗女子学園の隊長と黒森峰女学園の隊長が、大学で札付きの問題児になるなんてだれが予想していただろう。
 西住まほ隊長が苦虫を噛み潰す。自分の妹と愛弟子が何でこんなことに……口に出さずとも顔にそう書いてある。
 エリカもみほも、命令を聞かない。
 突然隊列を乱して突撃したり、奇襲戦術やゲリラ戦を取る。
 結果、勝利に貢献することもあれば、敗因となることもある。
 2人まとめて西住流の名をけがす者。最悪の烙印だ。

 だが、その烙印は勲章ではないのか?
 逸見エリカと西住みほは、懲罰を受けながらも密かに笑いあっていた。
 これが、私たちの戦車道だと。

 試合のルールは殲滅戦。
 当初は優位に立っていた西軍は、個別の火力・能力に勝る東軍に徐々に撃破されて戦力を削られていく。
 戦力の立て直しを図るべく集結した戦車の隊列から、2台の戦車が反対方向に逸れていった。
「おい! 隊列を乱すな! 西住! 逸見! 戻れ、馬鹿者っ!!」
 ぶつっ。無線を切り、周波数を変える。
「あんた! また命令違反する気なの?」
「そうだよ。何で付いてくるのエリカ?」
「あんたたち1台ぽっちで何が出来るのよ! 馬鹿じゃないの!」
「そう思うなら隊列に戻って。除隊されちゃう」
「馬鹿の尻ぬぐいの役目を誰がやると思ってるのよ!」
「逸見さん、みほさん、聞こえますか?」
 無線にもう1人の声が割り込んでくる。
 赤星小梅。西住まほ大隊長付きの護衛車。
「私が囮になり敵を引きつけます。その間を縫って存分に暴れて下さい」
「はぁ? 何言ってんのよ赤星、酔っ払ってんの!?」
「小梅さんの役目は大隊長の護衛です! すぐに戻って下さい!」
「副隊長……もといみほさん! エリカさん! 今更いい子ぶらないで!」
 やれやれ、馬鹿が増えちゃった。エリカは数秒間こめかみを押さえ俯いてから、キッと前を見据える。
「そんなに地獄に落ちたきゃ付いてきなさい、みんなまとめて重営倉行きね!」
「エリカ、重営倉に入るのはいいけど……何台やっつけたらご飯のおかず1品くれる?」
「……3台、いや5台よ馬鹿みほ!」
「10台ならご飯全部ちょうだい、重営倉でエリカ飢え死にさせちゃうから!」
「エリカさん、ご飯半分あげますから心配しないで。みほさんの好きなように」
「うるさい小梅! 行くわよこのおバカさんたち!」
『応!!』


  命捧げて出てきた身ゆえ
  死ぬる覚悟で吶喊すれど
  武運拙く討死にせねば
  義理にからめた恤兵真綿
  そろりそろりと頚締めかかる

 咽頭マイクのスイッチを入れたまま、エリカが『雪の進軍』の四番を歌う。
 ヘッドフォンを通じて、3人の歌が重なり合う。

  どうせ生きては還らぬ積もり

「エリカ、違う違う」
「?」

  どうせ生かして還さぬ積もり

 みほが、最後の一節を元々の歌詞で歌い直した
『どうせ生かして還さぬ積もり』……か。
 生かして還さないのは、もちろん。
「憎いあいつらをボコボコにしちゃお、エリカ!」
「やってやるわ!!」
「行きます!!」

 白旗上がらにゃ拍手喝采、御覧召されよ吶喊魂。
 ああ、私たちは何と大馬鹿なんだろう。
 黒森峰と大洗、そして西住の名に履帯で砂を掛ける三馬鹿。西住みほと逸見エリカと赤星小梅。

 このifは……最悪で、最高だ!
 背中で唸るエンジンの咆哮と履帯の唸りの中で、エリカは高鳴る胸を押さえながら――隣を疾駆するみほの戦車をキューポラ越しに眺め、口角を吊り上げた。 
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