魔法少女リリカルなのは ~最強のお人好しと黒き羽~
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第五話 学生生活
残りのジュエルシードの数、21個。
複数が纏まって効力を発揮すれば、恐らく海鳴市と言う市一つが消滅する規模の災害が起こるだろう。
一個一個がとても小さいだけに、捜索は難航する。
なんて絶望的な状況だが、アマネとレイジングハートにはジュエルシードが封印されており、そのエネルギーを基にある一定範囲内にジュエルシードがあれば反応するよう、自動的にアップデートされた。
夜、高町の家に泊まることになったユーノ、そして遅くまで付き合わせ高町の二人を家に送りながら辺りを調べたが、今のところは反応がない。
ユーノやアマネ曰く、ジュエルシードはそれが持つ能力の発動や暴走さえしない限りは何も起こらない石と変わらないとのこと。
慌てず、しかしのんびりとせず。
俺達は状況を少しずつ理解し、納得していくことで不安や恐怖心を消していった。
そんなこんな一夜がすぎ、俺は涼しい風と暖かい日差しを浴びながら通学路を歩く。
地球にある日本特有の気象変化/四季。
一年の間に四回、変化を楽しめるこの世界で、現在の季節は春。
調べた所、多くの人が愛し、日本以外の国の人が最も好きな季節とも言われているほど人気の季節らしい。
その変わり終わりが早い季節でもあるらしく、春の代表である桜の花びらはすでに散り終わり、緑の葉が多くなっていた。
ちなみに桜であれば俺の出身世界にもあるため、違う世界ながらもこの世界は過ごしやすい。
艦長が俺と姉さんを住まわせる場所にここを選んだのも、そう言った配慮があるんだろう。
来年こそはこの世界の桜を見よう。
そう誓いながら、俺は今日から通う事になる私立聖祥大学付属小学校に到着するのだった。
*****
早めに家を出たつもりだったけど、結局登校のピーク時に到着してしまい、廊下はたくさんの生徒でごった返していた。
同じ制服を着た男女が和気藹々と、中には喧嘩しながらの人もいるけど、とにかく賑やかな印象の光景に俺は驚きと感動を覚える。
(これが学校か……)
同世代、同年代の人がこんなにも多く見るのは五年ぶりくらいだから感じたのかもしれない。
そして、そんな人たちが仲良くしながら過ごしている光景に憧れを抱く。
自分もあの中の一人になりたいって。
そう思いながら俺は職員室に到着し、担任の先生とともに教室へ向かっていった。
廊下を歩く途中で聴こえたチャイムの音が、俺にとっては新たな始まりの気がしてならなかった。
「ほら、みんな席に着け!」
教室へ入らず、廊下で待機することを命じられた俺は、ドア越しに先生や生徒の声に耳を傾ける。
男女様々な声、机と椅子が擦れる音に俺のテンションは上がっていった。
「起立」
女子生徒の号令に従い、着席していた生徒が一斉に立ち上がる。
「気を付け、礼」
「「おはようございます!」」
大きな声の人、小さな声の人。
それぞれ差がある音量ながらも、皆の声が混ざった挨拶に俺は少しだけ安心感を覚えた。
それは管理局にも一礼なり挨拶なりの一般社会で使われる動作がある。
自分より階級や年齢が上の人を前にすれば先にこちらが頭を下げる、なんていうのは子供のころから習えたものなんだ。
そんなことすら、俺は知らなかった。
「…アマネ」
《なんですか?》
ここまでずっと黙っててもらっていたアマネに、俺のほうから声をかけた。
いつものアマネだったら『周りに聴かれるのでおやめください』と注意していただろう。
けど、きっと俺の声に篭っている意思を感じ取った。
だから俺は最後まで俺の意思を言い切った。
「俺さ、学校のことは一人で頑張りたい。 だからアマネには、見守って欲しいんだ」
それは前から考えていて、今になってようやく決意が固まった想い。
アマネはいつだって俺が困った時に手を差し伸べてくれる。
なんだかんだ文句を言っても、なんだかんだ呆れていても、俺を助けてくれる。
きっとこの学生生活だって、念話なんかで助言をしてくれたりする予定なのだろう。
正直言ってありがたいし、頼って進んだ方が効率がよかったりする場面が多いと思う。
けど、思う事があるんだ。
「学生生活だけは、魔導師としてじゃなくて学生として過ごしたいんだ」
アマネと言う存在は、俺が魔導師である証だ。
頼りになる相棒。
側にいるのが当たり前の存在。
魔導師であるためには必要不可欠。
でも、だからこそ切り離して過ごしたいと思った。
俺はただの学生としての人生を送りたいから。
これから入る教室の皆と同じように、デバイスや魔法がない普通の人間の中に入るために、アマネには見守る立場であって欲しいと願った。
そんな俺にアマネは、あまりにも短い間で答えた。
《――――一人と独りの違いを分かっているのであれば、あなたの願いに従いましょう》
アマネはマスターとしての俺ではなく、一人の人間としての俺に対してそう言った。
「……ありがとう」
「早速だが、今日からこのクラスで一緒に過ごす転入生の紹介をするぞ」
先生の言葉に、俺は教室のドアへ手をかけた。
これを開ければ、俺の学生生活が始まる。
《行ってらっしゃい、小伊坂様》
「行ってくる、アマネ」
俺はドアを開け、教室の中へ足を踏み入れた。
――――と同時に、教室の空気が変わった。
ドアから入ってきた俺に視線が一気に集中し、俺は一瞬だけ怯んでしまう。
気配、感情、好奇心、興味、観察。
それら様々なものが込められた視線が俺の全身に向けられる。
魔導師として、色んな人や敵の視線を体験してきたからわかる。
皆、視線が一箇所じゃないんだ。
頭から足まで、人の目にレーザーが付いていたら全身風穴ってレベルの視線。
だけど殺意や悪意が無いぶん、どこか安心できた俺は再び歩き出し、担任の先生が立っている教壇へ上がる。
「天龍、取り敢えず黒板で名前を書いてくれ。 文字は大きくな?」
「あ、はい」
小声で指示を出された俺は、生徒から背を向けて黒板を正面に立った。
(ううっ、背中に視線が突き刺さる)
今まで、殺意や悪意の視線を大量に受けてきた俺にとって、それとは真逆の感情で向けられる視線に慣れないでいた。
廊下にいるまではワクワクしていた感情は、ドキドキと不安で冷や汗がダラダラ流れている。
少し震える右手で白いチョークを握り、黒板に名前を書いていく。
(おおっ……!?)
実は黒板とチョーク、この組み合わせを使うのが始めてだった俺は心の中で声を上げた。
俺たちの世界じゃデバイスなどに搭載されているプロジェクタ機能から表示される画面にタッチして操作するだけ。
黒板とチョークなんて、きっと何世紀も昔の話だろう。
それを今……と言うかこれから数年間、当たり前のように使っていくことになる。
これはきっと艦のみんなへ面白話しとして使えるネタになるかな。
俺は書ききったことを確認し、チョークを置いたら手を払って再び生徒のほうに振り返った。
担任の先生もそれを確認すると、俺のことを少しだけ説明してくれた。
「今日から皆と一緒に授業を受けることになった小伊坂 黒鐘だ。 元々は学年が変わった時と同時に入学する予定だったが、家庭の事情で今日になったらしい」
(ああ、そう言えばそう言うことになってたな……)
この学校に入学する理由を思い返しながら、俺は教室の生徒一人一人を見渡す余裕ができた。
転入生が男だったからか、男子の喜びは女子より低めに感じる。
まぁ友達増やすんだったら同性の方が楽だから、と言う安堵感はあるだろうけど。
対して女子の目は男子とは全く違っていた。
何というか、期待しているような眼差しと言うか、キラキラしていると言うか。
先生に気づかれない程度で女子同士の会話がコソコソと行われているし、その光景はかなり楽しそうに見える。
(こ、これは、期待に応えられなかったときの落胆がデカそうだ)
なんて思いながら俺は、窓際の後ろに座る一人の女子生徒に目を向けた。
水色の長い髪、黄金色の瞳。
前頭部に紫陽花の柄が入った和風のカチューシャと、全生徒の中で唯一表情と感情が読めないのが特徴の彼女に、俺はふとした懐かしさを感じた。
(誰だ……? てか気配とか感情が全く読めないんだけど、何かの武術でも習ってるのか?)
魔導師や特殊な訓練を受けている人は、気配や感情の殺し方を覚えている。
差があるからどれだけ消してもわかる人はいるけど、俺はそれを見抜ける方だと思っていた。
少なくとも、魔法の存在しない世界の人なら全員見抜ける、なんて思ってたけど……どうやら反省しないといけないようだ。
(と言うか気配や感情が読めないのに視線が誰よりも俺のことガン見してるのが怖いんですが!?)
無表情でガン見って言うのがなにより怖い。
せめて感情が読めれば納得できたけど、何を思ってその表情なのか分からないからこそ怖い。
(え、どうするあの人!? 後で声かけた方がいいの!? 無視した方がいいの!?)
表に出さないながらも、早速俺の頭の中は混乱していた。
それこそ、アマネに助けを求めたいほどに。
アマネよ、学生生活始まって数分ですが、折れそうです。
「それじゃ小伊坂。 お前からも自己紹介を」
「あ、はい」
先生の声に少し驚きながら反応した俺は、深呼吸の後に声を出した。
「えーっと、小伊坂 黒鐘です。 つい数日前に海鳴に引っ越してきたばかりなんで、学校のことよりもこの街そのものが全く分からないですが、みんなの力を借りて、一日でも早く馴染みたいと思っています。 これから、よろしくお願いします」
言い終えた勢いで頭を下げ、周囲の反応を待った。
一応、今朝からずっと考えてきた言葉だからスラスラと言えたけど、喉はカラカラだし背中の汗が止まらない。
それでもここが一番緊張していたことだから、重い荷物が一気に降りた感覚だ。
同時にドッと疲れが出たのだけれど。
……なんて思っていると、クラスの全員が拍手をしてくれた。
顔を上げると、みんなが笑顔で俺のことを見つめていた。
歓迎の空気にホッとした俺は、ここでようやく笑顔になることができた。
と、言ったタイミングでホームルーム終了のチャイムが鳴り出し、先生が終わりの言葉を述べる。
「それじゃ連絡事項は帰りのホームルームで。 小伊坂は一番後ろの空いてる席を使え。 あとは……逢沢! 日直として、今日はお前が小伊坂の面倒を見てやれ!」
「はい、分かりました」
先生が声を上げると、窓際後ろの席にいたあの子……彼女が落ち着いた声で返事をした。
声を張っているわけじゃないのに、一番遠いこちらまで声が聞こえることに驚きつつも、俺はその子の隣にある、誰も使っていない席に向かって歩きだした。
「話しは以上だ。 号令!」
俺が席に到着し、カバンを机に置いたところで再び号令の合図が入る。
そこには俺も一緒に混ざり、一緒に頭を下げた。
「起立。 気を付け、礼」
「「ありがとうございました!」」
「……あ、ありがとうございました」
タイミングが合わせられなかった俺は、みんなに遅れながら挨拶をすることとなった。
(……うん、反省だね)
なんて思いながら、俺は椅子に座った。
先生が教室を出ると、クラスの皆は立ち上がって各々が自由に動き出した。
「……はぁ」
そこでようやく俺は一息、本当に大きな息を吐き出した。
授業がまだ一つも始まっていないのに、すでに疲れ果てている。
一息つきながら、次はクラスメイトからの質問攻めだなと待ち受けていると、
「――――黒鐘」
いきなり左隣から声をかけられ、俺は驚きながらそちらへ振り向いた。
「えっと……逢沢さん、だっけ?」
先ほど先生がチラッと呼んでいた苗字を思い出し、俺は突然名前で呼んできた彼女に応対を始める。
と言うか隣の席にも関わらず、彼女は席を立ってわざわざ俺の真正面で立っていた。
空気的に俺も立ったほうがいいのかな? と思った俺は慌てて立ち上がる。
初日、そしてこれから世話になる人だからちゃんとした挨拶をするべきだろう。
「色々とお世話になるけど、なるべく迷惑はかけないようにするからよろし――――」
よろしく、まで言い切る前に俺は言葉を失った。
なぜなら俺は、急に抱きしめられたから。
「……へ?」
一瞬何が起こったのか理解できなかった俺は、言葉を発するのに数秒の間を要した。
だけど女の子の柔らかい感触と、心と理性を刺激する香りで状況を理解していく。
「え、えっと……取り敢えず離れよう!? このままだと色々よくないだろ!?」
クラスメイトが全員、何事かと思いながらこちらを見つめてるし。
このままじゃ俺だけでなく彼女まで悪い印象を受けてしまう。
「てか何で抱きついてるの!? 日本って挨拶に抱きつく文化がないって聞いてたんだけど!?」
その言い方だとまるで帰国子女なのだが、今はそんなことにまで思考が行かず、とにかく彼女が離れることと抱きついた理由を求めた。
「ええ。 私が抱きついているのは、挨拶代わりじゃない」
「じゃあ何!?」
こちらの問いに、彼女は上目遣いでこちらを見つめ、そして聞いてきた。
「再会が嬉しくて。 ……私のこと、覚えてない?」
今まで気配や感情が読めなかった彼女の視線と表情から、ようやく一つの想いが伝わった。
期待と感動。
そして感極まってか、その瞳からは涙が流れそうになっていた。
「……あ」
目の前の表情と、逢沢と言う苗字。
そして甘えるように抱きつく光景と、先ほどから感じていた懐かしさ。
全ての点と点が、一本の線として繋がった瞬間、俺の脳裏に一人の幼女の面影と目の前の彼女が魔法のように一致した。
「もしかして――――雪鳴?」
数年ぶりに呼んだ幼馴染の名前に、目の前の彼女が嬉しそう頷いた。
そしてふっと微笑を浮かべる。
「黒鐘、久しぶり」
彼女――――逢沢 雪鳴は周囲の視線を一切無視し、そのまま俺の胸に顔を擦りつけてきた。
それはどこか犬猫のような甘え方で、周囲の嫉妬、好奇の視線さえなければ頭を撫でていたような可愛さすら感じる。
雪のようにクールで、落ち着いているのが印象なのに、俺や親しい相手にはこうして甘えん坊な彼女。
数年……正確に言えば五年。
五年と言う月日で成長した雪鳴との再会に感動しつつ、俺はこのあとクラスメイトになんて言い訳をしようか悩むのだった。
……ホント、この世界は俺を退屈させてはくれないらしい。
後書き
てなわけでオリキャラ三人目の登場です。
小伊坂とその姉、そして今回登場した逢沢 雪鳴です。
雪鳴「よろしく」
言葉数は少ないですが、単にお喋りな人よりは抑えているだけですので優しく見てあげてください。
小伊坂「と言うか単に人見知りなだけだよ?」
雪鳴「そんなことない。 私、成長してるはず」
小伊坂「さっきから俺の服の裾を掴んでるのはなぜかな?」
雪鳴「これはいつ大地震や津波が起きても離れ離れにならないようにしてるだけ」
小伊坂「流石にその嘘には無理があるぞ!?」
てな感じで不器用な彼女、雪鳴ちゃんを今後共よろしくお願いします!
雪鳴「よろしくお願いします」
小伊坂「俺に向けて言わない! せめてこれ見てる人に向けて言って!」
雪鳴「違う。 これはあなたを貫通して他の皆に届けてるの」
小伊坂「だから無理があるって!!」
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