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ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》

作者:蛇騎 珀磨
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episode17

 
前書き
これより執筆の仕方が変わります。
あまり気にせんでください。
気にしたら負けだ。 

 
 アーロンが部屋を覗くと、未だ寝息をたてているアンカーがいた。
 昨夜の月明かりに照らされた綺麗な顔を思い浮かべながら、酷くやつれたアンカーの頬に触れる。どちらも綺麗だと思ってしまうのは、アーロンが彼女を特別視しているからだろう。何度か髪を撫で、頬を撫で、声を掛ける。その内、アンカーが眠りから目が覚めたのか「んぅ...」と声を漏らした。

「ん......あれ、アーロン...?」
「ああ、起こしちまったか」
「んーん、大丈夫。どうしたの? 具合悪い?」
「そりゃ、オメェだろうが」

 アンカーが力なく笑うと、アーロンもつられて苦笑した。

「......アーロン、僕の我儘聞いてくれる?」
「ああ」

 そっとアーロンの手に触れ、胸の前まで引き寄せて祈るように目を閉じる。そのまま声を出し、

「僕を、東の海(イーストブルー)に連れて行って」

 微笑んだ。

「今までみたいには戦えないのは分かる。この船にとって、僕は迷惑なお荷物だ。...でも、船から降りたくないんだ。仲間と、アーロンと一緒にいたいんだ」

 自分の事だもの。アンカーはそう話した。
 アーロンの返事を聞く間も無く、アンカーは再び眠りに落ちた。ただ手は握られたままで、アーロンは悲しく笑いながら「ああ」とだけ言葉にした。


 数週間後。


「アンカー、着いたぞ。東の海だ」

 アーロンに抱えられて甲板に出たアンカーは、久々の太陽と空を見上げた。眼帯の奥が疼くような痛みを発するが、それも生きている証拠だ、と笑みを浮かべる。

「この近くの島を拠点にしよう。お前が闘わなくていい、俺達だけの国を作ろう」
「ふふ。いいね、魚人だけの国か...」
「そのためにも、この辺りを管轄にしている海軍を買収しねえとな」
「ジンベエにバレないように?」
「当然!」

 二人揃って悪ガキのように笑った。
 その後、運良く海軍を見つけ、買収に成功。東の海というだけあって、なかなか手頃な値段で買収することが出来た。その海軍から聞いた小さな島が目的地となった。

 そして、彼らはココヤシ村に上陸したのだった。







 彼らは島の住人達の支配を始めた。
 アンカーのために作り上げる国なのだから、と金を寄越せば殺さないという条件を付けた。その金額はアーロンが決めたものだったが、仲間達の中で異論を挙げる者はいなかった。
 長く外にいられないアンカーは常に建物内で待機させられ、袋いっぱいに金品やベリーを持って帰って来る仲間達の出迎えが主な仕事となっていた。故に、彼女は知らなかった。2人の娘の命を救うために、自身の命を投げ出した人間がいた事を...。
 それから間もなくして、『アーロンパーク』と名付けられた建物が出来上がった。彼ら魚人が住まう家のような物だ。アンカーはその建物の奥に移され、小さな天窓から射し込む太陽や月明かりが唯一の灯りとなった。
 アンカーの部屋には誰かしらいた。船医はもちろん、近くに来た他の海賊達を返り討ちにして帰って来た仲間や、これからソレに出掛ける仲間。特に、アーロンは多くの時間をアンカーと過ごした。

 時折起こる発作には皆が固唾を呑んだ。船医が付きっきりで看病するが、止まらない時は2日間も胸の痛みに苦しんだ。もう死んでしまうのではないか?と誰もが思ったが、誰もその事を声に出したりはしなかった。その間、当事者であるアンカーから「助けて」や「苦しい」などの声は全くなかった。
 しかし、忘れた頃にもう一つの発作が顔を出した。この時ばかりは火がついたように暴れ、呪いの呪文のように「ごめんなさい」と繰り返す。普段は決して言わない「助けて」を必死に叫び求めた。──が、船医はおろか船員達でさえ敵に見えてしまうアンカーに手出し出来る者は
たった1人だけ。アーロンの腕に抱かれ、死んだように眠るまで、アンカーは泣き叫び続けた。

 ──もう、限界かもなぁ......。
 と、まるで他人事のように、アンカーは呟くようになった。

「アーロン。外に行きたい」
「分かった」

 太陽の光が少ない曇りの日は、よく外に出て鉛色の空とくすんだ青色の海を眺めた。「僕の体、軽くてよかっただろ?」と微笑むアンカーに適当な返事を返す。元々小さな体だが、日に日に痩せ細って行く姿を直視出来なかった、というのが正直なところだ。

「アーロン」
「ん?」
「僕が死んだら......」

 最初は「何を馬鹿な事を!」とよく怒鳴っていたものだが、腕の中の軽さと真っ直ぐ見つめてくる目に薄らと膜が張る液体に気付き、冗談ではないのだとアーロンは悟った。それからは、海を眺めては「僕が死んだら」と切り出すアンカーの話を聞き入れるようになった。






 ギィ......

「誰?」

 ドアをノックもせずに開いたのは誰だろう? 特に深く考えずに声をかけると、小さく短い悲鳴が聞こえた。アンカーがもう一度訊ねると、怯えたような震える声で「オバケ?」と返事が返ってきた。

「まだ、生きてるよ」
「じゃあ、誰?」
「僕はアンカー」

 天窓に射し込む月明かりに照らされた人間の少女に向かって、アンカーは自身でも驚くくらい優しく声をかけた。人間を見ただけで吐き気を催すというのに、その人間の少女にはそれを感じなかった。
 こんな所までどうしたの?と訊ねれば、少女は俯いたまま服の端を持って弄っていた。

「道に迷ったの?」
「......うん」

 その少女はナミと名乗った。腕に彫られた刺青はアーロン一味の証。少し前に聞いた“海図の天才”とはこの子のことだろうと、簡単に推測出来た。アンカーは時間を確認する。もうすぐ巡回の時間だ。その時にでもこの子を引き渡せばいい。ナミにその旨を告げると、一瞬青ざめたようにも見えたがアンカーは見て見ぬフリをした。

「それまで、話相手になってくれる?」

 アンカーの最後の一言に、目を輝かせて元気よく「うん」と答えた。






「──航海地図?」
「そう! いつか自分で旅をしながら、それを完成させるの!」
「気の遠くなる話だね」

 アーロンパークにいる理由を訊ねてから数分で互いの夢について語り合うとは思いもしなかったが、ナミの純粋に「航海士になりたい」という夢を微笑ましく思った。「おねえさんは?」と訊ねられ、アンカーは目を細めて考える。今まで考えたこともなかった。今もそう。

「無いね」
「えー」
「僕の夢は、もう叶ってしまったからね」

 そういうことにしておこう。
 ナミは不貞腐れていたが、諦めたように違う話題を語り始めた。幼いといえどもナミも女なのだと思い知る。“それ”が許された環境下にいたからこそ出来るものだとアンカーは羨ましくも思った。

「アンカー、変わりないか?」

 どうやら時間がきてしまったらしい。
 自身の体に変化が無いことを告げて、迷い込んでしまったナミを送ってやってほしいと頼む。巡回に来た船員の1人が怒り狂ったように武器を振り上げる。それが落とされる瞬間、アンカーの「──おい」という低い声が響いた。

「僕は“送ってやって”と頼んだんだ。その子は僕とアーロンのお気に入りだ。勝手なことは許さない。───返事は?」
「は、はいぃ!!」

 戸惑うナミに手を振って、またね、と言えばナミも手を振り返した。
 扉が閉まると部屋の中は暗くなった。普段ならどうとも思わなかったのに、1人に戻ってしまった部屋を暗いと感じる。天窓から差し込む月明かりが、伏せ目になったアンカーの顔を照らしていた。 
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