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鎮守府の床屋

作者:おかぴ1129
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番外編 ~夜戦トーナメント~
  決勝戦・ラストバトル

 長かった……暁ちゃんとビス子……二人のわがままから端を発し、そしてこんな一大トーナメント大会が開催され、お姫様ハルの膝枕と耳掃除をかけた艦娘たちの戦いは、この決戦ですべてが終わる……。

「長かったクマ……血の滲むような努力……終わりの見えない戦いの連続……ここまで長かったクマ……」
「おい」
「そしてこの戦いに勝利した球磨はついにハルを手に入れ、新たな球磨型軽巡洋艦六番艦・ハルとしての新たな艦娘人生を……」
「送るわけがないだろう。いい加減妄想もそのへんにしておけ妖怪妄想女」
「そう言ってられるのも今のうちだクマ。クックックッ……」

 もうホントに悪の総大将に変貌を遂げてしまった妖怪アホ毛魔王は、演習場から卑猥な眼差しでおれの全身を舐めまわすように凝視していた。そんなに俺を艦娘にしたいのか……

「えー! ハルが艦娘になるのー?!」
「ヒャッヒャッヒャッ!! ハルは婿養子になるのか〜!! これは新しいタイプの二人だねぇ提督〜!!」
「だなぁ。普通の人間が艦娘と婿養子で結ばれたらどうなるんだろうなあ」
「わかんないね〜! でもまぁハルが実践してくれるよ〜」
「俺も相手がお前なら……マイスイートハニー・隼鷹!!」
「あーはいはい。提督さんと隼鷹はよそでやってくれ。暁ちゃんもあいつの戯言を本気にしないでくれ」
「くかー……」

 試合が終わった子たちが俺と提督さんの周囲に集まって、みんなで提督さんのシュークリームに舌鼓を打ちながら球磨と川内の試合を今か今かと待ちわびる。待ちくたびれたせいなのか、加古は手すりにもたれかかって鼻ちょうちんを膨らまし、暁ちゃんは俺の膝の上にちょこんと座って一人前のれでぃーらしく慎ましやかにしていた。

「俺の膝って賞品なんだけど……いいのかな……暁ちゃん乗っけてて」
「いいのよ! だって暁は一人前のれでぃーなんだから!!」
『まぁいいんじゃない? 誰も文句言ってないし』

 『お前ら膝枕以外にはえらくアバウトだなぁ』というツッコミが喉まで出かかった。俺の膝に価値があるんじゃなくて、膝枕に価値があるってことなのか……。

 一方のビス子は意外にも腕を組み、真剣な眼差しで球磨と川内の方を見ていた。やっぱり暁ちゃんと同じ一人前のれでぃーだとしても、そこは分別ある戦艦。球磨との戦闘で自分の課題も見え、あとは球磨と川内の戦いから何か得ようとしているようだ。

 ビス子が何かぶつぶつ言っている。耳をそばだて、ビス子のセリフを聞いていた。

「さすがクマね……まさか球磨型軽巡洋艦の艦娘をこんな形で建造するつもりだったとは……男を艦娘にしようというその発想……恐れ入るわ……さすがヘンタイ国家ヤーパンの艦娘とでもいうべきかしら……」

 お前、根本的に間違ってるぞ……。

 一方で演習場を見ると、球磨と川内が睨み合っている。……いや、球磨は不敵な笑みを浮かべ、川内は焦点の合わない眼差しで前傾姿勢で発作を抑える危ないジャンキーみたいな感じとでも言うべきか。

「クックックッ……この球磨の野望のため、川内には地べたを舐めてもらうクマ……」

 きゃー。やめてー。誰かタスケテー。このままじゃ私、艦娘にされちゃうわー。

「シュコー……ムハァー……早く……早く夜戦を……!! オウフッ……ファゴォ……」

 ごめん。申し訳ないけど、あいつには助けてもらいたくないな……誰でもいいから川内以外がいいなぁ……膝枕なら喜んでやったるからさぁ……

「クックックッ……川内……その夜戦でのアクロバティックな動き……あっぱれだクマ」
「ムフゥ……コポォ……」
「でも川内……残念ながらこの球磨……すでに対策はできているクマッ!!」
『それじゃあ泣いても笑ってもこれが最終戦! やっちゃってー!!!』

 北上の合図と同時に照明が落とされ、演習場が真っ暗になった。ここまでは今までの試合とまったく同じ。……だが、今回は違った。

「クマッ!!!」

 球磨の雄叫びとともに『パシュッ』という音が聞こえ、同時に演習場がものすごい明かりに包まれる。恐らくは、さっきまで演習場を照らしていた照明以上の灯だ。

「うわっ!!」
「ムハハハハハハ!!! これで川内のアクロバティック夜戦は封じたクマッ!!!」
「クッ! そんなバカな……これじゃ夜戦がッ……!」
「ヌハハハハ!!! 夜戦の出来ない川内なぞ恐れるに足らずだクマァ!!!」

 狼狽えながら周囲をキョロキョロと見回す川内とは対照的に、自身の右腕とアホ毛で高らかに天を指し、誇らしげに笑う球磨。

「そうか! 照明弾!!」
「これなら川内のアクロバティック変態挙動を抑制出来る!!!」
「考えたわねクマ……」
『さすが球磨姉……我が姉ながら恐ろしい……』

 ……お前らホントにそう思ってる? 身軽なら別に明るくなっても身軽に避ければいいんじゃないの? それとも違うの?

「クッ……これでは私は実力がッ……!!」

 おいマジかよ。単に明るくなっただけなのに何頭押さえて苦しそうにしてるんだ川内。

「覚悟するクマァアアア!!!」

 対照的にもう完全に悪の総大将と化した妖怪アホ毛魔王は、雄叫びを上げながら川内に突撃していった。

「クッ!!!」

 川内は翻り、球磨の突撃を紙一重で躱すと、球磨のショートパンツに手をかける。……だがしかし。

「……?!!」
「クックックッ……無駄だクマッ!!!」

 絶望の表情を浮かべる川内と、凶悪な笑みをこぼす球磨。球磨が至近距離で単装砲を乱れ打ち、川内はとっさに球磨のショートパンツから手を離して距離を取った。

「マズい……これでは……!!」
「対策は取っているといったクマ!! 球磨がはいているのはスカートではなくショートパンツ……」
「……?!!」
「いくら引っ張られようと、戦闘行動に支障はないクマッ!!!」

 すんげーかっこよく聞こえるセリフ回しだけど、内容をしっかりと把握すると馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

『提督、どういうこと?』
「川内は暗闇にかこつけて相手のスカートを引っ張って翻弄することで隙を作る作戦を展開していたが、球磨が身に着けているのはショートパンツ。いくら引っ張られようが脱げることもパンツが晒されることもない」
『つまり球磨姉は……そこまで読んでショートパンツを履いていたってこと?』
「……恐らくな」

 『さすがクマね……』『球磨のやつ……やるな……』『これが……一人前のれでぃー……』『くかー……』とみんな口々に球磨の作戦を絶賛している。でもさー。気のせいだと思いますよ。だってあいつ、いつもショートパンツじゃん。

 つーかさ。誰も突っ込まないけど、スカートじゃなくてショートパンツで防ぐことが出来る川内の作戦にも問題があるんじゃないの?

「クッ……突破口が……!!!」
「ムハハハハ!! いつまで逃げきれるか見ものだクマッ!!!」
「ならば探照灯を……!!」
「この明るさで探照灯なぞ役に立たんクマァアッ!!!」

 球磨の周囲をすばしこく動きまわる川内と、その川内を単装砲で急き立てる球磨。おっ。なんだか急にガチ戦闘みたいになってきたぞ。

「クックックッ……川内」
「?!」
「川内はすでに球磨の手中……その動きはすでに捉えているクマッ!!」
「クッ!!」

 よく見たら、球磨から川内に向かって海面を走る数本の白い線が見えた。なんだありゃ?

『魚雷だよ。球磨姉は川内の進行方向に魚雷を撒いてたんだね』
「なるほど。やっぱ突然のガチ戦闘だな」

 川内もそれに気付いたのか、驚異的な跳躍力で海面から飛び上がり、錐揉み回転をしながら球磨の魚雷を避けた。

「もらったクマ!!!」
「なっ……?!!」

 待ってましたと言わんばかりに、球磨の単装砲が空中の川内に向かって火を吹いた。数回の砲撃音の後……

「ウァアアアア?!!」

 川内はそのまま背後に吹き飛んで着水。数回バウンドした後、体勢を立てなおして海面に立つ。球磨を睨む川内はもはや絶体絶命。

『提督?』
「空中での姿勢制御は難しい。ましてやあのようにジャンプしては身動きを取ることも不可能だ。それで球磨は、わざと雷撃で相手をジャンプさせ、そこを狙ったのだろう」
『これが……これが球磨姉……』

 確かにこれは頭脳プレイだ。それは素直に認めよう。でも北上。お前いい加減提督さんと解説変われ。お前より提督さんの方がよっぽど解説してるじゃんか。

「ハァハァハァ……やるね。さすがは球磨型軽巡洋艦のネームシップ……」
「川内も思った以上にしぶといクマね。さすがは川内型軽巡洋艦のネームシップだクマ。クックックッ」
「……」
「でもこれでおしまいだクマッ!!!」

 球磨が海面に何かを撒き、それらが海中で川内に向かって進行したのが分かった。あれは魚雷。球磨は身動きの取れなくなった川内に、魚雷でとどめをさすつもりだ。

 あー……俺は明日から球磨型軽巡洋艦になるのかー……六番艦かー……球磨と北上に姉貴ヅラされるのかー……

『やったねハル。今日からハル兄さんて呼ぶのはやめるよ』
「最初からやめろ」
『そのかわり、明日から私のことを北上姉って呼んでもいいから』
「断固拒否だ」

 果たしてこれで雌雄は決するのか……このまま優勝は球磨となるのか……?!

「球磨。さすがだね」
「クックックッ……」
「でもね球磨……一つ忘れてるよ」
「クマ?」
「これは夜戦……たとえ照明弾で無理矢理に昼戦のシチュエーションを作っても……」

 あれ……気のせいかな? 演習場が少し暗くなってきたような?

「しまったクマ?! このままでは照明弾が……?!」
「これは夜戦!!」
「き……消えるクマッ?!!」
「私の大好きな夜戦だぁあああああッ!!!」

 突如として、さっきまであれだけ眩しい光で照らされていた演習場が、再び暗闇に包まれた。

「一体何がッ?!」
「き、消えたクマッ?! 照明弾が……?!」
「この瞬間を!! 待ってたよッ!!!」

 皆が空を見上げる。さっきまでまばゆい光で演習場を照らしていた照明弾が、今は暗闇に紛れて輝きを失っていた。

「そうか! 照明弾の時間切れか!!」
『? 提督、どういうこと?』
「川内は照明弾の時間切れを待っていたんだ。照明弾さえ消えれば、まさに夜戦。川内の独壇場だ……!!」

 確かに頭脳プレイの応酬で、とても白熱してると思いますよ。そらぁみんなも『こ、これがネームシップ同士の戦い……』『二人共……さすがね……』『これが……一人前のれでぃー……!!』『んー……むにゃむにゃ……』て感心するさ。……でもさー。

「ふーん!!」
「あ……ちょ……ゴムのびちゃう……クマッ」
「ふーん!」
「ひあっ?! おなか触っちゃ……だめク……」
「ふんっ!!」
「ヴォオオオオオ?!」

 ……なにやってんの? ねぇ提督さん、何して遊んでるんですかあの変態たちは?

「恐らくだが、球磨が履いているショートパンツのゴムを引っ張ったり冷たい手で球磨の腹をちょんとつっついたりして、隙を作っているんだろう」
「そんなもんなんすか?」
「冷たい手で腹を突っつかれるというのは意外と嫌なものだ。現にマイスイートハニー隼鷹も、俺が腹をちょんってつっついたら変な声を出す」
「なるほど」

 めっちゃ男前な顔でろくろを回す手つきをしながら余計なことを口走った提督さんは、突如シラフに戻った隼鷹に連れて行かれた。その後やぐらの裏から『余計なことを何度も口走るのはこの口かッ……!!』『ひゅいまひぇんひゅんひょうひゃん……ひゅいまひぇん……!!』という慟哭が聞こえてきたので、提督さんは隼鷹に血祭りにあげられているようだ。俺しーらないっと。

「クマァアッ!!」
「ふんっ?!」
「もう一度照明弾を撃つクマッ!」
「させないッ!!」

 球磨の最後の反撃か? ここに来て球磨の雄叫びが聞こえたが……

「探照灯照射!!」
「ヴォオオオオ?!!」

 やはりガチ夜戦となると川内に一日の長あり。とっさに探照灯を球磨に浴びせて相手の視界を潰した後……

「これで決めるッ……!」「このまま……!」
「突撃ッ!!」「撃つクマァアアア!!」

 『ズドーン!!』という一発の単装砲の音が周囲に鳴り響いた。

『ストップ!!』

 果たして……勝者はどっちだ……照明が点き、演習場が明るく照らしだされた。

『球磨姉が大破判定を受けたので、勝者はせんだーい!!』

 演習場で最後まで立っていたのは、肩で息をし、魚雷を逆手で構えている川内だった。何この子。試合前と違ってめっちゃ凛々しくてカッコイイんですけど。

 一方、球磨の姿はなかったが、代わりにショートパンツを履いた下半身が海面から突き出て痙攣していた。なんだか出来の悪いスケキヨみたいに見える。あのスケキヨがきっと球磨なのだろう。

「ハルー。職業調査の時も言ってたけど、スケキヨってなに?」
「今度金田一耕助でもみよっか暁ちゃん」

 川内は息も絶え絶えでスケキヨの元へ行き、そのスケキヨを海面から引っ張りだした。

「球磨……さすが軽巡のオーパーツだね……どっちが勝ってもおかしくない試合だったよ」
「ぐ、ぐやじいグマァ……でも、さすが川内クマ。夜戦じゃ勝てないクマ……」
「んーん……私もヤバかった……」

 途中はなんとも締まらない試合だったけど、最後はお互いの健闘をたたえ合って終了。みんなからは惜しみない拍手が沸き起こる。

 二人共お疲れ様。素晴らしい試合をありがとう。そして今回のトーナメントの出場者のみんなもお疲れ様。みんなの戦いは素晴らしかった。たとえ動機は不純だったとしても。

 ……そして川内。お前のおかげで、俺は球磨型軽巡洋艦にならなくて済んだ。心から礼を言う。ありがとう川内。……ありがとう。

 
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