魔法少女リリカルなのは ~彼の者は大きなものを託される~
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第一羽 少女たちの想い
桜を見ると、色んなことを思い出す。
良いことも悪いことも、全部含めて思い出す。
ああ、あの時はあんなことがあったんだ……なんて、懐かしむように。
そうできるのは、この世界の桜の力なのかもしれない。
なんて思い始めて数年が経過した。
この世界で生活するようになって私、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは変わった。
たくさんの友達に恵まれて、楽しい日々を過ごせて。
そして、初恋も経験した。
同時に、失恋も経験した。
「なのは、遅いね」
待ち合わせの海鳴公園前にある大きな桜の木の下、私は三人の友人と一緒になのはが来るのを待っていた。
「入学式から寝坊なんてしてたらタダじゃ済まさないわよ」
強気な言葉が印象的な、私と同じ金髪の少女はアリサ・バニングス。
なのはとは『喧嘩するほど仲が良い』って言葉を形にしたような関係で、よく意見がぶつかって喧嘩になるけど、何だかんだで小学生の頃から仲がいい。
最初、私は喧嘩をしている二人に不安を感じていたけど、今では慣れて……ま、まだちょっと不安になるけど、仲がいいっていうことには納得している。
「なのはちゃんに限ってそれはないよ~」
と、少し怒り気味なアリサを鎮めるように声をかけた紫の髪の少女は月村 すずか。
同じくなのはと長い付き合いの一人で、なのはとアリサの仲裁役でもある。
アリサとは正反対で、落ち着いた雰囲気が似合う人だと思う。
……でも、なのはとアリサ以上に怒らせると怖い。
「あ、なのはちゃんからメールや」
そんな二人を私の隣で眺めていた、茶髪の少女、八神 はやては携帯を取り出してなのはからの連絡を確認した。
はやての喋り方には独特な訛りがあるけど、それも彼女の個性だと思って今は馴染んでいる。
少し前まで車椅子で生活していたはやては、今は私達と同じように立って歩いている。
そんなはやては首をかしげながら私達に伝える。
「もうちょいで着くみたいなんやけど、一人紹介したい人がいるんやって」
「紹介したい人?」
私を始めとしたみんなが首をかしげる中、こちらに手を振りながら走ってくる一人の少女が現れた。
「なのは!」
見つけた私は名前を呼び、手を振り返した。
「やっと来たわね」
「アリサちゃん、まだ時間があるんだからそんなに怒らなくても、ね?」
「別に怒ってないわよ」
「ほんま、寝坊やなくてよかったわ」
みんながなのはの到着に安堵する中、私はなのはの隣を走る一人の男性に目が行く。
「えっと……誰?」
「あたしも知らない人ね」
「でも、おんなじ学校の制服着てるよ?」
私の疑問にアリサも分からず、すずかは制服を指さした。
誰だろうと思いつつ、なのはとその彼は私達のもとに到着する。
「はぁ、はぁ……みんな、遅くなってごめんね」
「寝坊でのしたの?」
アリサの質問に、なのはは首を左右に振って隣にいる人を指差す。
「ちょっとお話ししてたら時間が過ぎちゃってて」
「悪いな皆、大事な友達の足止めしちゃって」
隣の男性は苦笑し、後頭部を摩りながら謝ってきた。
私達より大人っぽい顔立ち、笑顔よりも真剣な顔が似合うような容姿。
だけど腰が低いというか、謙虚な態度で接する姿は私の中で好印象で、私から声をかける積極性を与えてくれた。
「なのはの知り合いですか?」
「えっと、知り合って10分くらいしか経ってないかな?」
「え?」
「もしかして……」
彼の発言に驚く私を置いて、はやてが隣で不敵な笑みを浮かべながらなのはと彼を見つめる。
「なのはちゃんの彼氏ですか?」
「ふぇ!?」
「えっ!?」
「なっ!?」
「わぁ~!」
私だけじゃなく、なのはやアリサも声を上げて驚く。
すずかだけ楽しそうな驚き方だった気がするけど、今はそっちまで思考が追いつかなくて。
「なのは、彼氏いたの?」
「ううん! 違う、違うよぉ!」
首を左右に振り、両手をパタパタと振りながら否定するなのはに、私は疑いを一切持たず、はやての方を睨む。
「はやて、冗談が過ぎるよ」
「え~、そっちのほうが色々面白いやん」
「私は結構困ってるんだけど……」
すぐに誤解は解けたみたいだけど、なのははぐったりとした様子でこうべを垂れる。
が、その隣にいる彼は少し暗い表情で俯き、
「そんな……俺との関係、冗談だったのか」
「ええ!?」
冷ましている途中の熱い油に、水を注いだ。
なのはは顔を真っ赤にし、彼の方を見つめると、彼はいたずらっ子のような表情で舌をぺろっと出していた。
「も、もぉ!」
羞恥と怒りからか、なのはは彼の胸をポコポコと殴りつける。
彼は痛そうというよりも面白いと言った表情で笑っていた。
そんな二人の姿は、仲良し兄妹が戯れあっているようで……戯れあってる、みたいで……。
(あ……れ?)
二人の光景を見た私は唐突に、懐かしいと感じた。
この光景を見たのは、決して始めてじゃない。
むしろ二年前までは当たり前の光景だった。
(ああ、そうか……あの人に、よく似てるんだ)
大人っぽい姿や、こうして見せる子供のような笑顔。
周りをビックリさせて、それを楽しんで、でも不快感は与えなくて……。
そんな人が、私達の中にはいたんだ。
彼を見て、はやて達も同じことを思ったはずだ。
だって、あの人は私達にとって大事な人だったから。
私達が愛した、なのはの義兄さん。
あの人の面影が、あまりにもはっきりと重なるものだから、思わず泣きそうになってしまう。
そして私は、改めて思う。
やっぱり春の桜は、色んなことを懐かしく思い出させてくれるんだってことを。
*****
「もう二人とも、勘弁してよ~!」
「ほんまごめんな~」
「なのは、ごめんってば」
「ツーン」
登校中、私と彼、山本 湊飛さんは拗ねるなのはちゃんへ謝り倒していた。
ああいったおふざけは私の性分、みたいなもんやからなのはちゃんも慣れていると思うんやけど。
あんまり恋愛面は弄らんほうがええんかもな。
……いや、私自身、あまり恋愛の話しを弄られるのは好きやない。
二年前のことがあるわけやし、まだ折り合いをつけれてないのも事実や。
せやけど、いつまでも引きずることはあの人が望んでいることとちゃうし、もうそろそろ笑って振り返れるくらいには立ち直りたい。
だからなのはちゃんがイヤでも、いつもの私らしくふざけてみたかった。
「えっと、八神だっけ?」
「はやてでええよ。 私も湊飛さんって呼ぶし」
拗ねるなのはちゃんをフェイトちゃん達に任せ、みんなの背を追うような形で彼と会話をする。
「悪い、俺のおふざけに付き合わせて」
「え?」
みんなに聞こえないような音量で、彼は唐突に謝ってきた。
私はなんで? と聞くと彼は申し訳なさそうな表情で答える。
「いや、俺のせいでなのはを怒らせたみたいだし、はやてが喧嘩別れみたいな形になったら申し訳ないなって」
「あ……っ」
なんでやろ。
なのはちゃんと戯れあっている時にも感じた懐かしさが、心の中で蘇る。
初対面の人に感じた懐かしさは、きっと春の桜のせいだと思って振り払ったはずなのに、再び私の胸に溢れ出してくる。
彼は……湊飛さんは、あの人に似てる。
二年前に亡くなった、なのはちゃんの義兄ちゃんに。
私達より年上で、頼りになる人やった。
大人っぽい、せやけど悪戯好きで、なのはちゃんとフェイトちゃんがよく巻き込まれてた。
そのくせなのはちゃん達が怒るとすっごく落ち込んで……ほんま、やめればええのにって私は笑ってみていた気がする。
そんな彼と湊飛さんが重なるなんて思っているのは、私もまだまだ折り合いが付ききれていないという意味で……。
目の前の彼には失礼なことやと思うから、私はもう一度振り払おうとする。
「気にせんでええよ。 なのはちゃんやって本気で怒ってるわけやないから」
「ほ、ほんとか!?」
そう言って彼は迫る勢いで目を見開く。
(ほんま……どこまで似てるんや)
彼も、落ち込んだ時に励ましの言葉を送ったら、大きなリアクションを取っていた。
こうして迫る表情も、凄く似てて……。
「ほ、ほんまや。 放課後になれば完璧や」
「そ、そうか……でも、後でまた謝っとかないとな」
そうやって安心して、でも反省もして。
何度、何度も、私の目には重なって見えてしまう。
亡くなった彼と、湊飛さんの姿が、重なってしまう。
*****
自慢じゃないけど、あたし、アリサ・バニングスは異性に好かれる。
それはあたしやすずかがお嬢様と言える家柄だからっていうのがきっと大きい。
だけど、あたしとすずかだけじゃなくて、なのは達だってモテてる。
あたしと同じくらいモテる。
でも、男子って基本的にしつこい人ばかりで、小学生の頃からあたしたちは異性と少し距離を置いて過ごしていた。
男子はどいつもこいつも、しつこくて下心ばっかり。
……けど、アイツだけは例外だった。
なのはの義兄のアイツだけは、他の男とは違った。
下心がないはずがない。
けどそれを表には出さないし、むしろ出さないように努力しているのが見てわかるような人だった。
変なところで気を使って、変なところで無神経で、けど不快感なんてなくて。
優しかったり、厳しかったり、頼りになったり、頼りにならなかったり。
ホントに変な人だった。
けど、その変な部分が嫌いじゃなくて、むしろ接しやすかったと思う。
そんなアイツも、二年前に死んじゃって……ショックだった。
色んなことをアイツに言ってきたけど、本心はほとんど言えなくて後悔した。
色んな思いを伝えたかった。
そんな後悔からか、アタシは異性に対する壁を少しだけ取り除いた。
少しは接することを意識した。
それはアイツに対する罪滅ぼしなのかもしれない。
アイツだって望んでないだろうけど、それしかやることが浮かばなかったから。
「ほんまごめんな~」
「なのは、ごめんってば」
はやてと一緒に謝っているアイツは、そんなアイツに似ている。
きっとすずか達も同じことを感じていると思う。
だって皆、アイツのことが大事だったから。
失ったショックを共有しているから、感じているはず。
「なのはもそろそろ許してあげなさいよ」
謝罪を諦めたはやてと山本は、アタシたちの後ろに下がって何やら話し始めた。
アタシとフェイト、すずかがなのはを宥める方が火に油を注がなくて済むと思ったのだろう。
「うん、別に怒ってない」
「え?」
山本の意識がはやてに向けられた時、なのはの表情が変わった。
それは嬉しそうな笑顔。
つい今まで怒っていたのが演技だったみたいで、なのははいつもの笑顔で、アタシたちに聴こえる音量で言った。
「私、こうして戯れあうの久しぶりだったから……なんか嬉しくなっちゃって、調子に乗っちゃった」
ペロッと下唇を出したなのはの表情は、本当に嬉しそうで、楽しそうで。
その表情も、久しぶりだった。
二年前のことで一番ショックを受けたのは、絶対になのはだ。
家族だし、義理だけど兄妹だったから、辛いのはなのはが一番だったと思う。
アタシたちも泣くほど辛い想いをしたけど、なのはだって耐えられなかったはず。
だから二年前のことが過ぎてから、なのはの笑顔には欠けているものがあった。
それを表現できる言葉は知らないけど、何か大事なものが欠落しているって思った。
「……アンタ、いい笑顔してるわよ?」
「え、そう?」
けど、今のなのはの笑顔は、間違いなくあの頃のものだ。
欠けていたものを取り戻したような、そんな笑顔。
なのはに自覚はないけど、アタシたちは気づいた。
「うん、楽しそう」
「良いことあったって感じがしてるよ?」
「そ、そうかな?」
フェイトとすずかも、安心したような笑顔でなのはを見つめた。
アタシたちがどんな想いの笑顔かなんて分からないだろうけど、でも……アイツも、山本って人も、信じて良いのかもしれない。
あくまで今のところは、だけど!
「ほら、後ろの二人! はやく来ないと置いてくわよ!」
「あ、おう!」
「置いてくのは堪忍や!」
後ろの二人を呼び、あたしたちはまとまって歩き出す。
山本がなのはの方を見ると、なのはは再び怒った表情で無視した。
……ホント、素直じゃないんだから。
*****
「もう、なのはちゃんったら」
「一度決めたら最後までってところは、なのはらしいけどね」
私、月村 すずかは怒ったフリをするなのはちゃんに苦笑していた。
私の隣を歩くフェイトちゃんも同じ表情でなのはちゃんを見つめてしまうのは、なのはちゃんのことをよく知ってるから。
変なところで意地っ張りで、一度怒ると解決するまで、納得するまで引きずっちゃうような人だから。
そんな部分がアリサちゃんと喧嘩になる原因だったりするんだけど……。
今回は山本さんとはやてちゃんのおふざけで出ちゃったみたい。
「な、なのはぁ~?」
「ツーン」
「ご、ごめんってば~」
「ツツツーン」
「……」
必死に声をかける山本くんに対して、なのはちゃんは無視を貫く。
流石に居た堪れなくなった彼の側に、私とフェイトちゃんが近づく。
「あ、あの、そんなに落ち込まないでくださいね?」
今にも地に膝と手が付いてしまいそうなほど落ち込んでいる彼に、私は声をかけた。
ホント、肩からズーンって文字とダークブルーの背景が見えそうなほどに落ち込んでいる彼に、私とフェイトちゃんは苦笑い。
「なのはも本気で怒ってるわけじゃないから、ね?」
「ああ、はやてにも同じこと言われた……けどさ~」
フェイトちゃんも声をかけるけど、それでも山本さんは立ち直れない様子だった。
「――――女の子が怒ってる姿って、好きじゃなくてさ」
「え……」
その言葉を聞いた瞬間、目眩がした。
ほんの一瞬の目眩。
視界が揺らぐってだけの症状。
けど、その一瞬が私に見せたものは、あまりにも懐かしくて……。
「すずか……」
「フェイトちゃん……」
落ち込んでいる山本さんを他所に、私とフェイトちゃんは互いを見つめて感じたものを共有した。
きっとフェイトちゃんにも見えたんだと思う。
山本さんに、あの人の面影が重なる姿を。
二年前に亡くなった、なのはちゃんの義兄さん。
私達に優しかった人。
私達が大好きだった人。
私が、初恋をした相手。
けど、届かなかった相手。
あの人が亡くなってから色んな人と出会ってきたけど、こんな感覚はなかった。
こんなに懐かしくて、切なくて、愛おしい気持ちは……始めてだった。
「あ、あの」
「ん、なんだ?」
気づくと私は、彼にそのことを聞きそうになっていた。
あなたはあの人のこと、知ってますか? って。
……けど、知らないはず。
さっき聞いたけど、山本さんはちょっと前に海鳴市に引っ越してきたばかりらしいから、あの人のことは知らない。
だから聞いても意味がないし、なのはちゃん達の前で聞くのは過去の傷をえぐってしまうかもしれない。
「えと……なのはちゃん、すごく良い子だから、それだけ反省してるなら大丈夫ですよ!」
私は無理やり自分の中の話題を逸らし、彼を励ます言葉をかけた。
彼は私の心情を知らず、励ましの言葉をそのまま受け取り、そして笑顔で返した。
「ありがとう、すずか」
「あ、う、うん」
ずるいよ。
私はそう思って、彼を睨みつけかけた。
だって名前で呼んで、ありがとうだなんて……。
そんなの、あの人しかしてくれなかったのに。
容姿はそこまで似ていない。
むしろ他人。
なのに、似過ぎてて怖い。
その優しさ。
その笑顔。
その心。
どこまでも似ている彼に、私はもどかしさを覚えて、彼をただただ睨みつけることしかできなかった。
怒りや憎しみじゃない……切ない想いで。
*****
二年前、少女達は大切な人を亡くした。
不慮の事故。
しかし、取り返しのつかない大きな事故。
誰もが羽ばたくことを諦めたくなるような絶望。
歩みを止めてしまいそうになるほどの後悔。
全ては二年前に起こった、ある事件が原因だった。
高町 なのはの義兄――――高町 結城の死。
後書き
次回から回想回です。
高町結城について、触れていきたいと思います。
余談ですが、アリサちゃんのホント、素直じゃないんだから。 の部分で私と同じ言葉が浮かんだ人も多いのでは?
アリサちゃん、あなたがそれを言うかな?
追記、コピペの際にミスがありましたので修正しました。
申し訳ありませんでした。
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