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鎮守府の床屋

作者:おかぴ1129
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後編
  3.返事をしろ(前)

 作戦開始を本日深夜に控えた今日、『夜戦に向けて髪を整えて!!』と鼻から水蒸気を吹き出していた川内の髪を整えていたら、川内がフとこんなことを言い出した。

「そういやさ。夜戦に向けて昼寝ポイントで昼寝しようと思って行ったんだけど……」
「夜戦に向けてっつーか、お前いっつも夜になると元気じゃんか……でどうした?」
「そしたらね。加古がいたんだけど、寝てなかったんだよ」

 この真っ昼間に寝ないのが普通なはずなのだが、加古に限っては1日24時間常に眠りこける筋金入りの妖怪ねぼすけ女のため、そんな当たり前のことが大ニュースになる。

「ほー。あいつなら夜戦に備えるなんて大義名分なんかなくても普段から寝てるのにな」
「うん。寝転んではいたんだけど、目はパッチリ開いてたんだよね」
「話はしたのか?」
「『寝てないのー?』て聞いたら『うん』って」

 そら寝てないんだから、そう聞かれたら『うん』としか言えんわなぁ……と突っ込むのは野暮だろうか……。

 とはいえ少し気になるな。あとで球磨と一緒にちょっと昼寝ポイントに行ってみようか。現在進行形で『夜までヒマだクマ』とか言いながら霧吹きで店に過剰に湿気を供給している妖怪霧吹き女のことだから、多分『来いよ』と言えば来るだろう。

「おい球磨」
「クマ?」
「ちょっと手伝え。霧吹きでここんとこ吹いてくれ」

 俺は、今も無駄に店内に水分を撒き散らす妖怪霧吹き女に、川内の襟足を霧吹きで湿らせるよう命じた。

「イヤだクマッ。キリッ」
「キリッ。じゃなくてやれよ。霧吹きが手元にないから散髪出来んだろうが」
「口でぷーって吹きかけてやればいいクマ」
「誰がんなことやるかアホ。お前になら喜んでやってやるわ」
「んなことやってきたらハルの頭を波平カットにしたあとで、残り一本の貴重なアホ毛を毛根からむしりちぎってやるクマ」
「ぷっ……仲いいねー二人とも」
「「黙れ妖怪夜戦女!!」クマッ!!」

 その後なんとか無事に霧吹きを奪い返して川内の散髪を終わらせた俺は、球磨を引き連れて加古の様子を見に行くことにした。

 考えてみれば、今年は寒くなるのが早い気がする。まだそこまでではないとはいえ、こうやって外を出歩くと若干肌寒く感じるほどには、気温も下がってきている。

「クマー……」

 こいつは裾の短いセーラー服を着ているためか、初めて出会ったその日から若干の妖怪へそ出し女だが……つーか寒くないの? 腹冷えないの?

「特にそんなことはないクマね。風邪ひいたことはあるけど、腹を壊したことはないクマ」
「マジかい……」

 見てるこっちが寒くなるんだよなぁそういう格好は……

「それはそうと、なんで加古は寝てないんだろうな?」
「わかんないけど……古鷹は知ってるクマ?」
「話だけならな。加古の姉ちゃんなんだろ?」
「そうクマ。その古鷹は、夜戦で沈んでるクマ」

 そっか。なら今回の作戦は、何か思い入れみたいなのが生まれてもおかしくはないかもな。

 球磨とそんな話をしながら二人で昼寝ポイントに向かうと、加古はまだいた。川内の言う通り寝転んだ体勢で、目はパッチリと開いていた。頭には、黄色いちょうちょが停まっていた。

「加古」
「ぁあ、ハルと球磨じゃん。二人で昼寝しに来たの?」
「昼寝しにきたっつーよりはお前の様子を見に来た。昼寝してないって聞いたから」
「私だって寝ないで真面目に考え事してる時もあるっつーのに……」

 ちょうちょがヒラヒラと飛び立ち、加古は自身の頭をボリボリとかいた。よく見たら、そんな加古の傍らには今日は一升瓶ではなく、艤装の一つである連装砲が置いてあった。

「……随分ぶっそうなモンを傍らに置いてるなぁ」
「何か心配事でもあるクマ?」

 その連装砲を手に取りつつ、俺と球磨は、加古を挟むように彼女の隣りに座った。

「あー……いやその連装砲、古鷹の連装砲なんだよね。今晩の作戦で使おうと思って」
「へー……」
「ハルは古鷹って知ってたっけ?」
「話だけは聞いてる」

 この昼寝ポイントで何回か幻を見たことはあるけどな……。

「古鷹、夜戦が得意でさー」
「確かに夜戦が得意な子だったクマ」
「……だから私も、これ持っていって、古鷹の力を借りるんだー」

 恥ずかしそうにはにかみながらそう語る加古の傍らには、困ったような笑顔を浮かべている古鷹がいた。大丈夫だ。それがこの連装砲のおかげなのかどうかは分からないが、加古は古鷹が守ってくれる。加古は大丈夫だ。

 作戦開始直前まではこの場所に一人でいたいという加古の要望を受け入れ、おれたちは昼寝ポイントをあとにした。加古、お前気づいてないだろ。お前は一人だと思っているようだが、そばには古鷹がいるんだぜ。言ったらいけないような気がするから言わないけどな。

 その後も作戦開始までは静かな時間が流れた。いつものように馬鹿話を繰り広げながら飯を食い、その後は一人で風呂に向かう。いつもは球磨と北上と三人で浴場まで行くのだが、今晩は出撃があるため、みんなは風呂には入らないそうだ。

「ハル。じゃあ行ってくるクマ」
「気をつけろよ」
「大丈夫クマ。ちゃんと帰ってくるクマ」
「北上、球磨を頼むぞ」
「ハル兄さんのお願いとあらば、この北上さん、聞いちゃいましょー」
「アホ。……みんな、無事で」
「ほいクマ」
「まかせてー」

 そう言い残し、夕食後に球磨と北上は執務室に入っていった。……ちゃんと帰ってこいよ……。

 風呂から上がり、今日は球磨と北上がいないからラムネが飲めないことを思い出した。それを少し残念に思いつつ、自分の居住スペースに戻る。今日は新月。街灯と灯台がなければ、帰り道はとても暗い。

―― 気を抜いたら即アウトなのが夜戦だクマ

 うるせぇ。そんなセリフを今更思い出させるな。あいつらは全員ちゃんと帰ってくるんだ。怪我までは許す。大怪我もまぁ仕方ない。でも轟沈したなんて言ったら許さんからなお前ら。仲間が死ぬのは、もう充分だ。

 灯台のそばまで来た時、海を見た。フル装備の球磨たちが、真っ暗な大海原に向かって探照灯を灯し、出撃していくのが見えた。

「球磨!!」

 聞こえるわけない。届くはずがないのは分かってるけど、なぜか叫ばずにはいられなかった。

「くまぁああああ!!!」

 もう一度、あらん限りの声を絞り出して球磨の名を呼んだ。何かを伝えたかったわけじゃない。何か言いたいことがあったわけでもない。ただ、名前を呼びたかった。そして、出来れば振り返って返事をして欲しかった。

「くまぁぁぁああああああ!!!」
「クマ?」

 こちらに背を向けたまま、球磨のアホ毛が反応したのが見えた。こんなに真っ暗闇だが探照灯の明るさのため、すでに遠くにいる球磨とそのアホ毛の姿がよく見えた。あいつは俺の声が聞こえたのか、それともアホ毛が反応したからなのか、海面の上を滑りながらこっちを振り返り、笑顔で右手をぶんぶんと振っていた。

「ハルぅうううううう!!!」
「くまぁぁあああああ!!!」
「行ってくるクマぁぁぁぁああああ!!!」
「負けんなぁあああああ!!!」
「もちろんだクマぁぁぁぁああああ!!!」
「早く帰ってこいよぉおおおお!!! 朝飯食わずに待ってるからなぁぁああああ!!!」
「了解だクマぁぁぁああああああ!!!」


 
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