俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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30.そのとき、閃光が奔って
前書き
正直、感想がほぼ誤字の報告しかないこの小説ってのは唯のゴミクz(神聖文字なので読めない)
あと六話で以前投稿した分が全部公開というのはいいのですが、今後は仕事の関係で更新速度急降下になると思われます。ご了承を。
オラリオに数多くのファミリアあれど、最大派閥となるとどこの人間も口を揃えて一つのファミリアを挙げる。最強の冒険者を擁し、最高練度を誇り、その気になれば余所のファミリアなど平気で潰す事ができ、何よりも危険なファミリア。どこまでも束縛を嫌い悦楽に生きる、独占欲の強い美の女神の眷属たち――フレイヤ・ファミリアを。
このファミリアの影響力は絶大で、他のファミリアにとっては最も怒らせてはいけない存在と認識されている。そして、それは同時に反オラリオ思想の下に街に潜伏する闇派閥への牽制としても機能していた。ただ、既に力の多くを失って隠れるばかりの闇派閥は、放置すれば厄介ではあるがフレイヤ・ファミリアにちょっかいを出す力はない。こうした事情から、オラリオは長らくフレイヤ一強の勢力図が固定されていた。
そこに一石を投じたのが、『狂闘士』オーネストを頂点とするゴーストファミリアだ。
結果的に敗北したとはいえ、オーネストは正面切ってフレイヤを突っぱね、あまつさえ公衆の面前で『猛者』オッタルに大きな手傷を負わせた。しかも、その後に戦闘不能になって寝込んでいる彼を守護するように、オラリオのありとあらゆる「見えない協力者」がフレイヤ・ファミリアと火花を散らせた。邪魔者に容赦がないために誰も手を出そうとしなかったフレイヤを、明確に妨害したのだ。
フレイヤ・ファミリアに目をつけられるような行動を「個人」で行った冒険者の人数は五十人近くにも及び、有力ファミリアの中にはおおっぴらにオーネストを守護するために寝ずの番をした者も複数存在した。彼らは間違いなく、あのタイミングでフレイヤがオーネストを奪おうとするのなら戦争を始める気だったろう。
『戦争遊戯』などという生々しいものではない。
それこそ『地獄の三日間』の再来になるような、破滅的な戦いに発展する騒乱を。
主神に切り捨てられる事を覚悟の上でファミリアの垣根を越える協力関係。
行動指針も護るべき勢力もない。ただ、オーネストが動いた時に『勝手に動き出す』個人の集合体。
オーネストの為だけに動き、オーネストがいなくなれば勝手に消滅する『非営利集団』。
それが、ゴースト・ファミリアの正体だった。
勝手に見えない所で拡大を続け、オーネストを潰せば勝手に消滅し、しかしオーネストを潰すことを防ぐためにありとあらゆる手段を講じて四方八方から集結する。つまり、オーネストにさえ触れなければ何一つ害がない普通の冒険者・もしくは非冒険者たちなのだ。
この集団の恐ろしい所は、そのゴースト・ファミリアが潜在的にどれほどの規模で『どこまで出来るのか』、そしてトップを失った際に『誰が誰に何の報復をするのか』全く全貌が掴めない所にある。目障りだと思っても脅威を感じても、手を出した際に返ってくるであろう反動を防げないのだ。何故なら、それらは極めて個人的に、散発的に、突発的に行われることだからだ。
そして何より、事実上のトップに君臨するオーネストという男は手を出すには危険すぎた。
個人であるが故に、彼は勢力図や力関係など考えない。『猛者』に手傷を負わせた圧倒的な暴力で敵を蹂躙し、暗殺や計略を正面から破壊し、自身を懐柔、利用しようとする者の甘言に決して耳を貸そうとしない。そして、この男は骨から肉が削げようが内臓が破裂しようが必ず生き延びて、手を出した相手に徹底的な報いを受けさせた。
こうしてゴースト・ファミリアはフレイヤ・ファミリアとは別の意味でアンタッチャブルな勢力となった。弱小ファミリアは彼から被害をこうむることを怖れて手を引き、有力ファミリアは「フレイヤ・ファミリアの対抗勢力になりうる」と判断して不干渉を徹底。そして一部のファミリアは彼と実質的な協力関係、または下部組織的な関係となって見えない戦力と化した。
そして2年前、突如として現れた『告死天使』という男がオーネストの『友人』になったことで、図らずともオーネストの立ち位置は盤石とも呼べる状態になった。『推定レベル7』と噂されたオーネストに並んだ、もう一人の『推定レベル7』。これを以てして、ゴースト・ファミリアはとうとう正面切ってフレイヤ・ファミリアと釣り合う戦力を持つと世間に認識された。
――ただし、実はそこに致命的な勘違いがある事を知る者は、少ない。
その勘違いは、ゴースト・ファミリアの一員でさえ深く考えないこと。
「――という訳です。気まぐれな貴方のことですから別に期待はしておりませんが、一応……ね」
「……貴方も食えない男よね。望んでいるのは事の解決ではなく、『事そのものを乱すこと』……貴方、事態を相手にもこちらにも予想出来ない方向へ持って行くために態と情報を拡散してるわね?」
「何を言うかと思えば――当然ですよ。わたくしはギャンブラーですよ?賽の出目が決まった勝負などする意味がない。もっと先が見えず、運任せで、何が起きるのか予測がつかないくらいが、面白いのです。とてもとても……ふふっ、面白いのですよ。フレイヤ様」
「そういう所も食えないわ、ガンダール。愉快犯のような顔をして、自分自身もその先の見えない荒波に笑いながら飛び込んでいく。見ている分には楽しいけれど、眷属には欲しくないタイプね」
バベル最上階で秘密の会談を開いた二人は、妖艶に笑う。
『ゴースト・ファミリア』はオーネストが動いた時に追従するのではなく、オーネストを中心に動いているだけだ。彼が波を立てずとも、彼に向かう波に気付いた者達は勝手気ままに動き出す。そして、行動の結果が必ずしもオーネストの為になるとは限らない。
「ま、いいわ。乗ってあげる……そんな木端連中には興味ないけど、オーネストが何をされて、どう反応するか気になるもの♪」
「ほう、貴方は気に入った物は手に入れなければ気が済まない主義だと思っていましたが……彼は特別ですか?」
「あら、それを貴方が口にするの?……あの子は『皆の』特別なのよ。この街にとっても、この世界にとっても………ね?」
このオラリオ史上最大の見えない爆弾は、今もこの街の水面下で沈黙を保っている。
= =
「いやぁ、助かった助かった!持つべきは親友だねぇ、ブラスちゃん?」
「ちゃん付けするな、虫唾と悪寒が同時に走る。あとその呪いの面をはやく取っ払え。知能が下がるぞ」
「下がらないから。あと呪いの装備は一度つけると解除できないのがお約束だろ?」
「何がお約束だ……ゲームや漫画じゃあるまいし。馬鹿みたいな仮面付けた馬鹿の横を歩くこっちの気にもなってみろ」
「まぁまぁ、そう言わんでくれよ。この仮面が今回のレフィーヤちゃんトラウマ克服計画のカギになってんだから」
「た、確かにその仮面をつけていると死神のオーラみたいなものがだいぶ減っている気がします!この調子で慣らしていけば克服できるかも……!」
「………陰と陽がぶつかって中和されてんのかもな」
からからと快活に笑う黒い黄金仮面アズは確かに傍から見たら頭の中がお祭り騒ぎに見えなくもない。だが、周囲はその黄金に目を取られつつも「ガネーシャ・ファミリアの偉い人か」と勝手に納得してしまうので不審には思われていないようだった。
現在、アズとレフィーヤの間にブラスが入るという形で3人は並んで歩いている。
あの後、ブラス(オーネストの変身した姿)の介入によって一先ず人目の多い場所を脱したアズとレフィーヤ。しかし元々アズは散歩していただけであり、レフィーヤもアズの恐怖克服計画は白紙であるため、二人はどうしようか考えた結果ブラスについていくことにしたのだ。……別名「行き当たりばったり」とも言うが。
先ほど言った通り仮面によってオーラが削がれたアズだが、それでもまだ隣に並ぶほど克服できていないレフィーヤはブラスを挟んで反対側をとことこ歩いている。
「俺はな、今疲れてるんだよ。さっさと変身解いて屋敷に剣を置いて昼寝したい気分なんだ。だから屋敷に着いてからはお前ら二人で勝手にやれ」
複数本抱えた剣をこれ見よがしに揺らしたブラスは、不機嫌そうに自らの金髪をかき上げた。
突然アズが絡んでいった金髪金目の美女――丁度アイズを少し大人っぽくしたような印象の女性を、当初レフィーヤは『ゴースト・ファミリア』のまだ見ぬ一員だと思っていた。
「………未だにブラスさんの正体がオーネストさんだと言われて納得できない私がいるんですが、本当に本当なんですか?」
孤高の女剣士という肩書が良く似合いそうな女性――その正体がまさかあの『狂闘士』だなどと、誰が想像できようか。真実を知らされた瞬間の衝撃は筆舌に尽くしがたいほどだった。確かに言われてみれば顔のパーツや背丈、服装など共通点が多いのだが、下手をしたら女より色気があるその出で立ちにレフィーヤは一女性として理不尽なものを感じずにはいられない。
本当にからかってませんよね?とアズに目線を送ると、彼は肩を竦めた。
「信じられんかもしれないけど大マジだよ。魔法に関しては俺よりレフィーヤちゃんの方が詳しいでしょ?魔法使いとして違和感や気配みたいなの感じない?」
「普通なら感じる筈なんですけど、ちっとも……どれだけ複雑な魔法を使ってるんですか?」
「神造魔法」
一瞬ブラスの発言の意味を理解できなかったレフィーヤは、頭が真っ白になった。
「………………えっと、ご自分が何を言っているのか理解しての発言ですか?」
神造魔法――精霊を媒体とした通常魔法と根底を違える、「神気」を源泉とする「神の魔法」。確かに理論上、冒険者の身体にはごく微量の「神気」が存在する。しかしそれは砂粒一つを動かす事にも使用できないほど微量であり、自力で「神気」を精製することも人の身では不可能。
それを使えるのは神か、神の血を引く存在だけである。
しかし、同時にそれはエルフの血が流れるレフィーヤを以てして全く精霊の気配を感じられない事に説明がついてしまう。「神気」を源泉とするのなら全ての過程を精霊の力を借りずして行うことが出来るのだから、感知できないのも当然の事なのだ。
まさか――いや、そんな筈は――あり得ない筈なのに、あり得なくはない。そんな葛藤を見透かしたように、ブラスは小さく笑った。
「ふっ……ちょっとしたジョークだよ。そんなに難しく考えるな」
「で、ですよね!人が神の魔法なんて仕える訳ありませんよね~!」
「魔法の正体は『俺も知らない』が、俺が使いこなせているのならそれは俺の力だ。それだけ分かっていればいい」
「……えっ」
今――とても聞き捨てならない一言が聞こえた気がしたのだが。
咄嗟に聞き返そうとした瞬間、レフィーヤの肩に正面から急に現れた影に衝突した。
「きゃあっ!?」
「わっとぉ!?」
小柄なレフィーヤはあっさりとその場から弾かれて後方へバランスを崩す。次に訪れるであろう衝撃を予想して咄嗟に身を丸めて目をつぶる。しかしその予想に反して衝撃は訪れず、代わりに知らない男性の声が耳に届く。
「おっと、ごめんよキュートガール!急いでてね!」
どうやら声の主は走っている途中にレフィーヤにぶつかってしまったらしい。せわしない足音はそのまま遠ざかっていく。そっと目を開けたレフィーヤは、そこで初めて倒れかけた自分をブラスが受け止めてくれていた事に気付いた。こちらがエルフであることを意識してかどうかは分からないが、その手は体を支える最小限の部分に留まっている。
「………迂闊だぞ、レフィーヤ。冒険者なら自力でバランスを整えるか、そもそも事前に回避するくらいは出来るようになれ」
「あ、オーネストさ………じゃなくて、今はブラスさんか。その、ありがとうございます……」
「礼はいらん。それよりも隙を見せた自分を恥じろ。鍛えていればこの程度の衝撃で転倒しない筈だ」
「す、すみませんっ!」
どこか諭すように軽い叱咤を飛ばしたブラスの手に押されて立ち上がりながら、レフィーヤはちょっと落ち込んだ。注意されたことが悲しかったわけではなく、ブラスの指摘した点が痛いところを突いていたからだ。
曲がりなりにもレベル3であるレフィーヤは、強力な魔法を抜きにしても杖でその辺の魔物を撲殺する程度の筋力がある。しかし、いざ戦いとなると接近戦の経験不足が災いして咄嗟に反応できないことが多い。ダンジョン内では気を付けようと思っていたが、日常生活でこの有様では冒険者として気が緩んでいると言われても言い訳できない。
黄金仮面が物珍しそうにブラスを見る。
「お、珍しく他人に対しておせっかいな事言うのな」
「最近気付いたが、俺は意外とお節介焼きらしい」
「言われてみれば俺って滅茶苦茶おせっかい焼かれてる気がするな……この街に来てからずっと居候状態だし。まぁいいんじゃないか?情けは人の為ならず、めぐりめぐりて己が身のため……だろ?」
「ふん、確かにな。俺がやりたくてやっているのなら問題などなかろう」
仏頂面だったブラスが、アズに対して微かに微笑む。レフィーヤはその笑顔に思わず魅入られた。
(――オーネストさんってこんなに綺麗に笑える人なんだ……)
女性になっていることを差し引いても、その笑顔は吸い込まれるように美しい。
無愛想で無骨なオーネストの元に何故あれだけの人間が集まって来るのか、その一端を垣間見た瞬間だった。
その、刹那。
レフィーヤ達の目の前にいた男の身体に閃光と破裂音が奔り、倒れ伏した。
「え………」
事態が呑み込めずに呆然と倒れた男を見つめたレフィーヤの視界を、アズの背中が遮った。アズの手には既に鎖が握られ、ブラスも先ほどの笑顔を消して数本抱えていた剣の一本に手をかけて後ろを警戒している。
パリッ、と空気が『張る』ような錯覚。何かのスイッチがオフからオンへ、流れが動から静へ。目の一つも合わせないままに、二人は落ち着き払った声を交わす。
「ブラス、敵意は感じたか?」
「何も。詠唱らしいものもこの周辺では聞こえなかったな」
「うーん……あいつ、『何をされた』と思う?」
「魔法か魔法具を使ったものだろう。自然現象とは思えん。狙撃か時限式かは調べてみないと何も……今から調べるか?」
「ギルドを呼ぶ前に現場を触って変に疑われたりはしたくないんだけどなぁ……」
やや遅れて、レフィーヤは二人が「戦いの空気」を纏っていることと、レフィーヤを庇う形で周囲を警戒していることに気付いた。という事は――先ほど倒れた人は何者かに攻撃されたということか。大きな怪我をしたようには見えないが、そこまで理解すれば後の行動は早かった。
今度は落ち着いて戦闘用の杖に自然と手をかける。ダンジョン内でも奇襲に対してだけは口を酸っぱくして先輩方に教わってきたからだ。
「あの、私は何をすればいいですか?」
「………やはり敵意は感じない。接地トラップらしいものもなさそうだ。これ以上の警戒は無駄だな」
「と、ブラスが言ってるから特別警戒する必要はないかな?襲撃者がいないってのもそれはそれで不気味ではあるけど」
ブラスの意見を全面的に信用してアズはすぐさま鎖を仕舞う。緊張した割には呆気ないと思いつつ、臨戦態勢を解く。たった二人でダンジョンの深層まで潜る格上冒険者の判断である以上、レフィーヤの判断よりは確実だろう。急激に高まった緊張感を紛らわすようにふう、とため息をつく。
「こんな街中で人を攻撃するなんて、もしかして闇派閥の一派ですかね……?」
だとしたら由々しき事態だ。
オラリオも治安のいい街とは言い難い部分があるが、少なくとも街中の往来で突然人が襲われるほど腐った場所ではない。その治安をあざ笑うかのように人を襲ったということは、犯罪を犯しても構わないような裏の立場にいる存在の可能性が高い。
今でこそ連中の活動は不活発だが、昔はかなり暴れまわったとレフィーヤも聞き及んでいる。それが人を襲い始めたとすれば、街を揺るがす大事だ。
だが、ブラスは静かに首を横に振った。
「派手好きの連中にしては随分しょぼくれた手口だ。あの屑共ならやる時はもっと派手にやる。ともすればそちらの線は薄い……個人狙いの可能性もあるな。さてと……おいアズ」
「何だ?」
「面倒事は御免だがここからとんずらして後でギルドの連中に疑われるのも癪だ。お前、ひとっ走りしてギルド呼んで来い……………立体機動を使わずに」
「使わねぇよ。前にミスしてフレイヤの部屋に突っ込んで以来やめることにした」
「何!?馬鹿野郎、早くそれを言え!何度フレイヤの部屋に突っ込もうが気にすることはないからとっとと飛んであの女神に迷惑かけてこい!」
「そんなに何度もあんな所に突っ込むかアホ!街で一番高い場所だぞ!?届くけどさ!」
「ならワザと突っ込め!そして奴に迷惑の波状攻撃を仕掛け、精神を蚕食せよ!」
「フレイヤ嫌いここに極まれりだなお前は!!」
「……あのー、まずは倒れた人を看病する医者でも呼んだ方がいいんじゃ……」
脅威が去った以上は倒れた男性を看病するべきだろう、とレフィーヤは思った。しかし、よく見ると倒れた男性は既に周囲の人間によって看病されているようだった。二人が倒れた人を気にしなかったのは冷静に状況を見極めていたかららしい。
普段とは打って変わって心の底から楽しそうなブラスと呆れるアズ。一見して二人の関係はアズの好意の一方通行のようにも見えるが、なんだかんだで二人は本当の意味で友達らしい。でなければこんな状況でじゃれ合うようなことはしないだろう。
怪我人に振り向きもしないのは少し薄情な気もするが、それも冒険者としては必要な資質なのかもしれない――
「こ、こいつ死んでるぞ!!」
「おいおい嘘だろ……どこにも怪我してないじゃないか!何で心臓も呼吸も止まってるんだ!?」
「い………イヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
目の前で、人が殺された――その事実に初めて気付かされた一般人が恐怖から悲鳴を上げる。不安と恐怖は瞬く間に人々の間を伝播し、大きな喧騒となって周囲を覆った。
――死んでいる?
現実が受け入れられなくなるような言葉に、レフィーヤの頭が凍りつく。
ダンジョンでもなくこんな街中で、人が認識できないほどの速度で突然に、殺された。
ダンジョンでの人死にとは全く違う異次元の恐怖がレフィーヤの身体を金縛っていく。
もしも何かの運命が一つでも掛け違ってあれが自分の身に起きたとしたら、自分はロキやリヴェリア、アイズたちのいない、人生の中でも下らなくでどうでもいい場所で何の感慨もなくその一生を終えていた。
夢は夢で終わり、憧れにはどれほど手を伸ばしても届かず、ただ虚無の世界へと無感動に墜ちていく。そんな悍ましい未来が、すぐ近くにある――そう考えた瞬間、胸の奥からアズに感じるそれとも違った根源的な恐怖が湧き出た。
「ひぐっ………ッ!?」
「落ち着け」
思わず悲鳴を上げそうになったその瞬間――隣にいたブラスがレフィーヤの耳元で囁いた。
「まだ死んだかどうかは分からん」
何の根拠も感じられない言葉。なのに、ブラスの囁きにはどこか人を安堵させ、確信させるような柔らかさがある。こみ上げた感情が静まっていくレフィーヤを確認したブラスは、そのまま横を通り抜けて死者の骸に向かった。
「おい、どけ。俺がやる」
「はぁっ、はぁっ……!……え?な、何を……?」
「………そういえばこの世界には心肺蘇生法の概念がないんだったな」
どこか自分の迂闊さを呪うように頭を抱えたブラスは男を押しのけて死者の前に立った。
そして――死体の胸の中心辺りに蹴りを叩きこんだ。
「オラァッ!!」
「ゴブゥッ!?ありがとうございます!!…………………げほっ、げほっ……はっ!?お、俺は今まで何を……?」
「「「……………ええええええ~~~~~~~~ッ!?!?」」」
――後からブラスに聞いたのだが。
曰く、ブラスは『心肺停止状態ならまだ蘇生の余地がある』と判断したらしい。そして心肺停止とは心臓がけいれんしている状態であり、電気などの強い刺激を与えていることで麻痺が解ける可能性があることから、心臓に蹴りをかまして無理やり心臓を動かしてやったのだという。
「言っておくが……俺が蹴りを入れたのは、心臓に繋がる『経絡集約点』の場所を知っていて、尚且つ的確に蹴ることが出来たからだ。素人が真似しても死にかけにトドメを刺すだけだから覚えておけ」
「っていうか、この世界って心肺蘇生法が普及してないんだ?」
「私、『しんぱいそせーほー』とか心臓のうんたらなんて聞いたこともありません。ブラスさんて実は医者なんですか?」
「違う。昔、どこかの神に教わっただけだ」
ちなみに蹴られた男性が意識を取り戻すより前にお礼を言った理由は科学では解明できない謎らしい。
これは、レフィーヤ・ウィリディスが経験した奇妙な事件の、その始まり。
『ロキ・ファミリア』のレフィーヤとしてではなく、一人のレフィーヤとしての――小さな冒険録。
後書き
普段のオーネストより優しさ2割増しな理由は、誰かさんのせいで精神が摩耗しスルースキルが低下しているからです。
心肺蘇生法に蹴りという過程は存在しないので良い子も悪い子も決して真似しないでね!多分アバラが折れるだけだよ!
ちなみに近年の調べで心臓マッサージさえすれば人工呼吸はしてもしなくても生存率はほとんど変わらないことが判明したそうです。溺れた女性に人工呼吸するシーンは実は単なるセクハラ……?
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