俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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10.『死』の喚起
前書き
唐突なQ&Aコーナー「学べるオッタルの知恵袋!」
主:何でも答えてくれそうなオッタルさんに質問!アズってどれくらい強いん?
オ:気付いている者もいるかもしれんが、奴はレベル1の小人族のナイフが突き刺さる程度の防御力………つまり、地のステイタスにおける防御力は高くない。だが、『死望忌願』の補助が出てくると……。
主:出てくると?
オ:……比較対象がいないので断言出来んが、最低でもレベル7クラスの戦闘能力だろうな。
『告死天使』という名は、他人に勝手につけられたものを再利用しただけだ。
チェンバレットの姓は、オーネストがいい加減につけたもの。
つまり俺の名前というのは他人によって勝手に構成されており、別にハデスでもタナトスでも閻魔でもない俺自身は他人に死を告げない。俺が死神とか告死の者とか呼ばれているのは大体『死望忌願』の所為である。
あの厄病守護霊的アンノウンめ。いくら俺の一部にして戦闘能力の塊とはいえ容赦せん。サウナとか入って体を虐めてやる。……や、効果はなさそうだけどね。
しかし、死を呼ぶと噂されるのは何も俺だけとは限らない訳で。
「ふーん、『死妖精』ねぇ………物騒な仇名だ」
「え、ええ………というか、貴方が言いますかそれ?」
「そいつはご尤も。まぁそれは置いといて……その仇名の由来の一部になったのも、そのオリヴァス氏の起こした事件って訳だ。なるほど、貴重な話が聞けて良かったよ」
大通りの喫茶店で黒髪エルフのフィルヴィスちゃんから話を聞き終えた俺は、静かに紅茶を呷った。
さて、俺がこんな場所でエルフの子と茶をしばいているのは、別にナンパに目覚めてお姉さんを口説いたからではない。貴重な話を聞かせてもらいたかったが為に少々無理を言って誘ったのだ。
……あれ、これってある種ナンパと変わらないんじゃ?
まぁいっか。オーネスト曰く、「事実は一つしかないが、真実は人の数だけある」だ。俺にとっての真実は「別にナンパしてないもん」で確定だ。うーん、あいつはいい言葉を知っている。流石はヤクザの癖にインテリ……つまりインテリヤクザなだけの事はある。
(……マジで前世が極道とかないだろうな?ヤクザでも友達やめる訳じゃないけど、信じてるぞ?)
オラリオで一人仁義なき戦いを繰り広げた男なだけに否定できなかった。
ともかく現時点に到るまでの経緯について触れておこう。
その日、昨日にあった22層の事件を申し訳程度にギルドに報告した俺は、驚愕するエイナちゃんをよそにギルド代表のロイマンさんに会いに行き、金で頼んで資料を探らせてもらった。6年前、27階層で何が発生したのか……そして、オーネストとあのオリヴァスとかいうサバト野郎の関係を探ろうと思ったからだ。
「んー……つまり27階層の悪夢ってのは、この街の暗部が起こした史上最大規模の『怪物進呈』を、しかも上手いこと有力ファミリアを誘導したうえで階層主の部屋で実行したわけね。よくもまぁ……」
「ええ、大それたことをしたものです。公式に事実確認はとれませんでしたが、それを実行するに当たって人質から偽情報の流布までかなり悪辣な手段を使っていたと思われます。この街で起きた人為的な事件としては最大規模ですよ」
資料室案内についてきたロイマンさんが資料の要点をかいつまんで説明してくれたことには、そういうことらしい。
ロイマンさんはお金を渡せば何でもやってくれるいい人だ。今回のこれも不正な情報漏えいではなく「情報の対価とほんのお気持ち」という方向に流してくれるらしい。いやぁ、身も心も太っ腹ですねぇと思わず言ってしまったが、別段不快には思わなかったのか当人は笑っていた。
「で、この際にオーネストが乱入してサバトマンをぶち殺したと?」
「証拠はありません。何せ死体は結局モンスターの餌になってしまいましたから、当時の目撃者の証言のみです。一応嘘はついていないようですし、彼ならやるだろうということで話が纏まりました」
「曲がりなりにも人間をバッサリかぁ……罰則はあったんですか?」
「ありませんよ。緊急の対応として不適切なところはありませんでしたから、汝罪無しと太鼓判を押しておきました……何より、数少ない生き残りの方々が、敵討ちをしてくれたのならそれでいいと……」
「代理で仇を討つ形になったから庇われたわけね」
確かに、そういう考えもあるのか。
状況からして彼のそれは自爆テロに近く、本人が魔物に喰われず生き延びる確率はゼロに近かったと思われる。だが、それで相手が死ぬというのは「思い通りに死んだ」ことだ。つまり、全部は彼の掌の内。これで終わられると生き残った側は屈辱だろう。
だが、喰われる前にオーネストにブチ殺されたとなると、形式上は一矢報いた形になる。
当時の人々はそれで自分を納得させたのだろう。人間というのは皆、何かの形で区切りがつかないと感情を引きずるものだ。
「粗方の話は理解できました。時間を割かせてしまってすいませんね」
「いえいえお気になさらず。ああ、それと……これを」
手渡されたのは封筒だ。ギルドのものであることを示す封蝋が施してある。
「これは……?【ディオニュソス・ファミリア】のフィルヴィス・シャリア宛、って書いてありますね?」
「オーネストくんが『白髪鬼』オリヴァス――きみの言うサバトマンを殺した光景を見たと証言した唯一の目撃者です。この手紙に、きみたちがオリヴァスらしき人物を見たため、一応話を聞いて事実確認をしたい旨を書いておきました。……ああ、新事実が判明しても報告は結構です。オーネストくんがオリヴァスというのなら、それはオリヴァスでしょうから」
何でもない事のように、ロイマンさんは俺とオーネストの目撃証言を全面的に受け入れた。
元冒険者の魔物化なんて滅茶苦茶な話に、ちゃんと対策を取るつもりらしい。でなければ口にしないか前向きに検討するものだからだ。
そして手紙については、ただ単純に俺が出来る最後の事実確認の段取りを綺麗に整えてくれた、ということらしい。この手紙は紹介状替わりで、後の事はこっちに任せろと暗に言っているのか。
有能すぎるぞロイマンさん、いい人すぎるぞロイマンさん。
太りすぎてエルフの恥とか揶揄されているが、俺は少なくとも尊敬します。
でも前からちょっと思ってたけど、ロイマンさんってオーネストが絡むとちょっと甘いような………過去の話を聞いても、オーネストのトラブルはロイマンさんが積極的に処理してたらしい。
……とまぁそれはさておき、こんな経緯を経て俺はフィルヴィスちゃんの口から相棒が弱冠12歳で殺人者になった瞬間の話を聞いた。
オーネストは確かにサバトマンの上半身と下半身をオサラバさせたらしい。乱入してきた理由までは分からなかったが、ともかく明確な殺意を以ってオリ/ヴァスして、内臓をぶちまけたそうだ。
何もかもが濃くてエグイ。あいつはベルセルクのガッツの親戚か何かなのだろうか。そういえばベルセルクと『狂闘士』は同じ意味だったな。
(………殺した理由までは知らんけど、多分『ゴミ掃除』だな)
説明しよう!『ゴミ掃除』とは、オーネストからヤクザ的な意味で特定人物や組織を『掃除』する事である!………もうやだこの親友。これで説明出来ちゃうんだもん。
つまりオーネストは、その男が生きているというそれだけで周囲に面倒を撒き散らす存在であると考え、そのまんま殺したのである。今更ながら、俺もその光景に出くわしたことがないわけではない。あの男は周囲に殺意を振りまく癖に、そのような人を殺す時は驚くほどに無感動だ。
言うならば、そこに薄汚いゴキブリがいたからとりあえず潰した……という、それだけの感慨しかないのだろう。
本人は決して口は出さないが、特に心に干渉する相手と人の意志を支配下に置こうとする者、そして理不尽を死という形でばら撒く者をあいつは絶対に許容しない。オーネストがオリヴァスに対してさしたる興味を示さなかったのは、彼がわざわざ怒りと不快感を露にするほどの存在ではないと本能的に察知しているからだろう。
哀れだな、サバトマン。オーネストが関心を示さないってことは、お前に意志の輝きがないってことだ。生も死も中途半端で、与えられた主義主張と独り善がりな妄念だけで動き続けるあんたは――多分、死んでることに自分で気付いてないだけだよ。
それはきっと生より死より残酷な、虚ろな魂の牢獄。
地獄というのが終わらぬ苦痛を与えるものならば、なるほどお前は既に地獄にいるらしい。
苦痛を苦痛と感じぬために、そこを天国と勘違いしているだけの道化師――そう思うと、もう俺も哀れな彼の行く末に興味を抱けない。
しかし、フィルヴィスちゃんはそうでもなく、忘れたと思っていた墓穴を掘り返されて落ち着けないようだ。
「最終的には下半身しか見つからなかったと聞いたので、てっきり上半身は魔物に喰われたものと思っていましたが………そうではなかった?」
「推測だけど、オリヴァスという男はそこで死に――『何か』にその魂、或いは脳の残った上半身を回収されて魔物とのハイブリッドになり、そして今も活動しているって事だろう」
自我を持ったまま存在したのなら単純に魂を回収したとも考えられるが、記憶ってのは脳髄の方に詰まっている。言うならば魂は、記憶という名の情報を『脳』というタイトルの本に書きこんでいるのだ。書いた本人の魂は当然覚えているだろうが、本自体も肉体として残っている。
魂のない肉体が記憶を頼りに動きだしたら、それは人間か。
考えて動いているのならば、生きているのか。
魂がないから、人を真似ているだけの人形なのか。
(……オーネストがいつか言ってたな。『人工知能が人間の思考を模す過程と赤ん坊の学習過程は、本質的に違いがない』って。ならば、肉体を管理する魂とは、実は記憶と何も変わらないのかもしれない。……魂という概念も、神が世界を理解するために勝手に作り出した虚構なのかもしれん)
まぁ、その辺は考えても詮無きこと。
正体が何であれ俺は驚かないし、オーネストも同じだろう。
その答えは、俺達が生きていくうえでさしたる意味を持たないのだから。
そういえば今日は調べもので同行できなかったからヴェルトールにあいつの面倒見てもらってるが、今頃何をしてるんだろうか――
「あの……少しいいですか、アズライールさん」
「ん?別にいいけど、何か悩み事?」
ふと気づくと、フィルヴィスちゃんが俺に意を決して質問をしてきていた。
………っていうか、同い年位に見えるけどよく考えたら俺より年上だよね、この子。さんを付けろよデコ助野郎!とか罵倒されたらどうしようかと内心不安だった俺は、彼女の質問に呆気にとられることになる。
「あの………私は呪われているのでしょうか?」
きみは急に何を言っているんだ?というか、何故それを俺に聞く。
取り敢えず、話を聞いてみることにした俺であった。
= =
フィルヴィスは、余りにも多くの仲間を失ってきた。
一番多く失ったのは27階層の悪夢だったが、それ以外にも散発的に私の仲間は何かに巻き込まれて死んでいった。自分の所為ではない何かに。
ただ、事件を機に「あいつが死を呼び寄せている」と噂されて『死妖精』という不名誉な二つ名を押し付けられたに過ぎない。
自分の所為ではない筈だ。
しかし、では何故皆は死んでいくというのだ。
状況証拠とは恐ろしいものだ。自分ではないと理性では思っていても、本能が自らを虚構の危険因子として組み立ててしまう。気が付けば、フィルヴィスは周囲に殆ど心を許さなくなってしまった。
――自分が近付けば、きっと相手は不幸になると思ったから。
しかし、ここ2年ほど『死妖精』の名は全盛期ほどのネームバリューを失いつつある。
そう、『告死天使』が彼女のお株を根こそぎ奪っていったのだ。
曰く、死神の子としてオラリオに君臨した冥府の使者。
曰く、その身は神と対を為す悪魔に属する魔界の尖兵。
曰く、彼は世界がこの世に産み落とした生者の対存在。
推定レベル7以上と噂される彼にとって、ダンジョンなど気まぐれの遊び場に過ぎない。
それが証拠に、彼は防具など碌につけずいつも黒いコートを羽織ってダンジョンへ赴き、お気に入りの冒険者『狂闘士』を引き連れて怪我一つなく戻ってくる。しかも、丸腰でだ。彼は既に防御とか、装備とか、そのような次元を超越した先にある存在なのだ。
神がその神気を解き放てばその程度の芸当は可能だろう。だが、ダンジョンは神気に呼応してその狂暴性を爆発させる。神とは対立構造だ。
対して、アズライールはダンジョンに敵視されていない。
それは何故か――理由など分からないが、ある神はこのように語った。
『アズラーイルとは死を告げる者。つまり、彼は生きとし生ける者の隣に普遍的に存在している。ダンジョンが彼を怖れないのは、ダンジョンもまた彼が避け得ぬ存在だと理解しているからだ』
つまり――彼は、神とも精霊とも違う形の超越存在なのだ。
神ではないから天界の制約は受け付けない。法を破っても罰することが出来ない。かといって彼の内包する濃密な『死』の気配は、彼を普通の人間として扱う事を決して許さない。
………と、少なくとも噂ではアズライールという男はそのように語られている。
余りにも謎が多すぎるために謎が謎を呼び、更には街中でロキとコントを繰り広げたり神に変なあだ名をつけて気安く喋ったりと大物のような行動をしているため、アズライールの噂は最早とんでもない広がりを見せている。
もしも噂が全て現実になったら、アズライールという男は悪魔と人間と神と魔物の血が4分の1ずつ流れ、7つの人格を持ち、あと3回変身を残しており、全ての死神の祖であり、64億年前から既にこの星に存在し、人類の心に普遍的に存在する限り無限に復活する不死身のブードゥーキングで、契約の鎖を渡した相手を輪廻の環から切り離し、最終的にはロキを花嫁に新たな世界を創造する究極のクッキングパパになるらしい。
……意味わかんない。
そんなこんなで、みんなフィルヴィスの『死妖精』とかどーでもいいかと思えるほどのトンデモ存在に意識を持って行かれてしまったのだ。この前なんか「え?バンシー?あれでしょ、アズライールのパクリでしょ?」とか言われてしまった。この嬉しくも悲しくもない感情は一体どこにぶつければよいのだろうか。
しかし、皮肉にもフィルヴィスはここで一大決心をした。
ここまで来たのなら、もう自分を偽りたくもない。つまり、『死妖精』の評判をここいらで完全に払しょくしたい、と。
アズライールとの予期せぬ接触やとんでもない事実の判明で意識を持って行かれていたが、フィルヴィスはここいらで『死』そのものとまで称される気配を纏った彼に、専門家として自分の周囲がバタバタ死んでいく理由を判別してもらおうと決めたのだ。
「話は大体分かったよ………うーん、専門家でもないんだけど、そういう事なら確かめてみようか」
腕を組んでこちらの話を聞いていた――想像以上に見た目と態度は普通の人な――アズライールが、背もたれから体を起こして掌から鎖を出す。
「この鎖はさ、俺の魂を源泉として固着した物体になってるんだ。だからこの鎖を相手に接触させれば、多少は心の中を探れるとは思うよ。君の死の原因とやら、これで探ってしんぜよう。はいコレ握って?」
「あっはい……」
想像以上に軽い感じでぽいっと差し出された頑丈そうな鎖を受け取る。
掌の上でじゃらりと鳴ったその鎖は、その温度以上に冷たく暗い――というか、危険物そのものであることを本能が告げるほどのオーラを放っている。
もしかしたら、自分はとんでもないことを頼んでしまったのかもしれない。
不意に、鎖の正体も確かめずにそれを握ったフィルヴィスはそんな考えに囚われた。正体不明で呪いを操るという噂のある相手に言われるがままやっているが、もしかしてこの時点でこちらの魂は彼に囚われていたりしないだろうか。
「あ、もう鎖は離していいよー。大体理解できたし」
――警戒してたら特に何もなかった。
「………え?ちょ、もう終わりなんですか!?呆気なさすぎでしょ!私のウン年間の苦労の結末こんだけで判明しちゃうの!?」
「うん。割とアッサリアサリのパスタ並に普通に分かったわ」
「頼んでおいて何だけど納得いかない!?」
どうやらアズライールという男は、想像以上に自由人だったようだ。
こっちの想像に反して彼はあっさりと事実を口にした。
「結論から言うと、呪いとかそういうのはない。ちょっぴり『しこり』みたいなのはあったけど……それは君の周囲とは関係なかったなぁ。君に関わった人たちは、偶然、あるいは必然によってこの世を去った。何か特別な意志が介入したとかじゃなく、本当に運が悪かっただけだよ」
「――そう、ですか………」
それは、望んでいた答えだった。
よかった――私の所為ではない。自分が彼等を殺してきたのではないのだと得心した。
所詮、噂は噂で偶然は偶然ということなのだろう。
だけど――それでは、彼等は特に理由もなく他人より早く死んでいったのか。
ただ運が悪く、星の巡りが悪く、最初からそんな器ではなかったということか。
そう考えた時、心の中でアズライールの発言を受け入れられない自分が一瞬だけ顔を覗かせた。
「きみ、今ホッとすると同時にちょっとだけ納得いかなかったね?」
「あ、え………?」
「つまるところ、さっき言った『しこり』っていうのはその部分の事なんだけどねー……」
そう言いながらアズライールは紅茶用のミルク差しから空のカップにミルクを全部注いで「牛乳うめぇ」と言いながらあおった。それ、そういう使い方じゃないのだけれども。こういう奇行を見ていると、余計にこの人が理解できなくなっていく。
「人間は理解できない状況に陥ると混乱し、何かしらの真実を求めたがる。未知への恐怖……その所在を象徴化することで受け入れがたいものを受け入れやすい形に変容させる。元来、神というのはそういうものだった……実体があるという確信があった訳じゃない。それでも、神がいるのなら、と自分を納得させるために人は奇跡の拠り所を神に求めた」
現に、この世界では神が現れてしまったことで落ちぶれた種族が存在する。
見えないからいたと言い張れたのに、可視可能領域に降りて喋ったばかりに、神は幻想ではなくなった。同時に、実在しない神は入れ替わるように幻想となったのだ。
「………フィルヴィスちゃん。君はね、受け入れ難い仲間の死に理由をつけるために、『自分は本当に死を呼んでいるのかもしれない』って……願ったんだ。そうであれば仲間の死に理由が付く」
「………やめてください」
「自分さえいなければ、皆はもっと永く生きられた筈だから。放っておいても勝手に死んだなんてことはない筈。ああ……いや、或いは自分の周囲にいる人間を殺す悪夢のような存在も考えたかもしれないけど、調査すれば存否くらい調べればすぐ分かる。そんな存在はいなかったと人間の理性で理解したから願わなかったんだろう」
「やめて、ください……!!」
それは、耳に心地よくない言葉だった。
誰かが貶されている訳ではないが、その言葉は心の傷を逆撫でするような痛みをもたらしている。
それは何故か――理由は、『心当たりがあるから』だ。
仲間の死を軽いものにしたくない。死んでしまったからこそ、その一生や散り際が無意味な物であってほしくない。そんな願望が彼等の死に対する想いを変えてしまったんじゃないのかと、アズライールは言っているのだ。
「君の心にある『しこり』……その正体は、君自身が作り出した『死妖精』だ」
そう告げたアズライールは、私の顔を見てふと頬を緩ませた。
「これは友達から聞いた話なんだけどさ……『死妖精』っていうのは別に不吉な存在じゃないんだとさ。誰かの死を予見して泣いているだけで、誰に何を齎す訳でもない。ただの無害な泣き虫妖精だ」
「え……そうなのですか?」
初耳だった。そもそも精霊の性質など、余程詳しい人間でしか知りえない。それこそクロッゾの家系のように妖精の意志を感じ取れる特別な血筋でなければ精霊の事を与り知ることは出来ない。
だから、アズライールは『死妖精』の不吉をこんな穏やかな顔で否定できるのだろう。
「『死妖精』は死すべき存在の死に対して泣く……それは、予見できるからこそ未来に訪れる別れを惜しんでいるに過ぎない。付き合いもない誰かの為に泣ける優しい妖精だよ………人が勝手な思い込みで『死を呼び寄せる』なんてガセを流しているけど、それを君自身が半ば受け入れてしまっていたという事こそ、君の心のしこりだ。間違った『死妖精』の幻想だ」
つまり、彼はこう言いたいのだろうか。
自らの中にある『死妖精』をあるべき姿に戻せ――心の中で死を肯定していた自分自身を受け入れて、幻想を振り払うべきだ、と。
「『死妖精』を振り払うおうとするのが間違いで、『死妖精』をあるべき形に正す……それが、私が自分自身に科した呪いを解く唯一の方法……?」
「ま、そういうことだね。ある意味『死妖精』って言葉は図らずとも君の逃げ道になってたわけだ。自分の所為で仲間が死んだと思い込んで他者との接触を避ける……それは、辛い現実から逃げるために理由を求めたとも言える。これからは、望んだ『死妖精』の形を探したら?」
的確に自分の心を突いて案内された先にいるのは、『死妖精』。
闇が相応しいと引きこもっていたその『死妖精』に明かりを当てて、手を差し伸べる。
涙に腫れた目をキョトンとさせる『死妖精』に、私は「気付いてあげられなくてごめん」と謝る。
そして、これからは共に笑い、共に泣き、ありのままを受け入れようと誓った。
『死妖精』は躊躇いがちに――私の手を取った。
= =
「私的な相談に乗っていただき、誠にありがとうございます。貴方に会えてよかった……」
「気にしない気にしない!それよりむしろこっちが長々と喋っちゃって悪かったね?そんじゃ、聞きたいことも聞けたからそろそろ俺はお暇するよ」
そう告げると、アズライールは二人分のお茶の代金をテーブルの端にちゃら、と置いて席を立つと、一度大きな伸びをして欠伸を漏らした。
不思議な人だ。
死を司るとまで噂される男はふと知的なことを言ったかと思えば、ちょっぴり幼稚な所も垣間見える。掴みどころがないのに、気が付いたら彼には『死妖精』についての講釈まで受けてしまった。そのまま去ろうとする彼に自分の事を覚えていて欲しいと思ったフィルヴィスは、ついその背中に声をかけた。
「あ、あの……!オリヴァスの事で何か手伝えることがあったらいつでも声をかけてください!」
「ん、合点承知の助!とはいえそっちはギルド主導で対策を練るらしいんだけどね。……あ、そうそう一つ言い忘れてた!」
ぽん、と自分の手を鳴らしたアズライールは振り返り、もう一つの事実を告げた。
「『死妖精』にも精霊の加護があってね?何でも『死妖精』と交わった人は願いが叶うって触れ込みらしいよ?やー、恋愛には縁起がいい二つ名だったねー!」
「………じゃあ最初から『死妖精』は不吉じゃないじゃないですかぁぁぁーーーーーッ!?」
カン違いで『死妖精』の名を広げた有象無象が今日ほど恨めしかったことはない、と彼女は後に語った。
後書き
次回、オーネストがほんのちょっぴりデレるの巻。
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