俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
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4.くそガキvsくそメイド
ギリシャ神話というのは、西暦2000年代を生きた俺から換算すると紀元前15世紀ごろに成立したとされている。つまりものすごくざっくり計算すると大体3500年くらい前ということになる。
ところが、神は億単位の年月を生きてきたらしい。
あくまで地球換算だが、もしも神話の神がいたのだとしたら、当然その時代の前後辺りで人々に知られていったと思われるから、もしも俺の認識である西暦2000年の時代とこの星の時代が一致するのなら、俺は最低でも6500年以上先の未来に来たという事になる。
世界地図を見てみると、地理は多少の地殻変動があれど俺の記憶にある世界地図と大体一致するし、どうやら日本と思しき島国の出身者の姿を見ると退行してはいるものの日本の文化形態が残っている。ともすればまさか無関係という事もないだろう。というか、世界地図って誰が作ったんだ。神だろうか?
つまるところ何が言いたいのかというと……
「未来なんじゃねえかなぁ、この世界って」
「『神の在りえた世界』、って奴かもしれん。SFでよくある多元宇宙論の一種だな。だが確かに可能性としては未来のほうが確率が高そうだ。何せ、この世界の魂は神の手によって循環しているらしい。それが本当なら、過去の記憶を持った俺達がここに出現する可能性もゼロではない」
「ああ、死者の魂の選定作業はとんでもない重労働らしいし、もしかしたら俺達かこの魂が何らかの形で浄化されずに残っていて、こっちにぽとっと落っこちちゃったかもしれんよなぁ……でも、そうなら神って存在は俺達の時代にも実際は存在したって言うのか?」
「元々科学信仰ってのは人間の尺度でしかなく不完全なものだ。科学で解明できない高次元とやらが連中なら、発見できなくとも説明は付く。つまり、説明する方法がないから調べようもない段階ってわけだ」
「神の創世ってどうなんだ?タケちゃん(タケミカヅチ)なんて実在の人物が神格化した可能性が高いじゃん。ということは『神話の存在は元々いた』と考えるよりは『誰かが神話になり、後世の人が伝えた』と考える方が自然だろう。ということは誕生のタイミングは俺が推測したような年代になる」
「さあな。よく言われるのは信仰が勝手に偶像を構築していくパターンだが、どうせ本人たちは自分の出自など覚えていまい。ともすれば……お前の仮説で一番問題になるのは、『それから今に至るまで地球で何が起きたか』って訳だ。億単位の時代が過ぎ去っているんなら文明の形がまるで変っている事にも説明がつくが、生活レベルを見るに魔法などの一部技術を除けばこの世界はむしろ退化している」
「名残らしいものは残ってるけどな。ほら、ヘスヘスなんかプラスチック製のタッパー持ってたし。案外天界の方では失われてない技術があるのかもしれない」
「この世界の在り方から考えれば、何かがあったのではなく何もなかったとも考えられる。産業革命を始め人類が爆発的に生活圏を広める発展は多くあったが、もしそれがなかったとしたら……ある意味でこの世界は俺達の世界とは別物かもしれないぞ」
「でもなぁ、異世界にしては神の名前とか性格とか符合しすぎるんだよ。ロキたんも昔は天界でヤンチャしまくってたみたいだし、他の神もおおよそだけど神話をなぞった性質があるんだ」
「何かしらの関係があるのは間違いない、か……文化は最終的には似てくるという説はあるが、流石に固有名詞は似ないだろう。まさかあの神々がどの人類文化圏でも不変の存在なんてことはあり得ない。別の神に後の人間が話を付け加えたり、神格を貶めようと勝手に悪魔の名前にしたり、そんな事情で神の在り方なんてコロコロ変わる。例えばかのウガリット神話の主神バアル・ゼブル。それをあのキリスト教の絶滅主義者たちが「自分たちの神を否定するから」とかで勝手に貶めて誕生したのが暴食悪魔ベルゼブブだ。日本でも天津神に貶められた国津神たちは後に妖怪の扱いを受けたりとひどい目に遭っている」
「果たして超越存在の正体は何なのやら………ダンジョンの攻略が終わったら世界を行脚して遺跡や書物でも漁ってみるか?」
「いや、それよりも適当な神を捕まえて絞った方が早い。差し当たってはソーマなんかどうだ。あいつにはそれなりに借りがあるし、何よりヘタレだ。拷問にかければ何でもやってくれる」
「おいおいもっとスマートな方法にしろよ?お前の拷問はヤクザ染みてるからな」
「スマート、ねぇ……………天界に殴り込みするか?」
「あ、それちょっとやってみたい。我等天上ニ弑逆セリ、ってか?」
天界って結局どんな所なのか分からないし、タッパーの件もある。
案外この世界の秘密が眠っているかもしれない。
宇宙誕生以前から存在する黄金のモノリスとか、超巨大な地上管理コンピュータとか、神さえ操る絶対的なラスボスとか。
「お客様、絶対におやめください。あなた方が言うと冗談で済まないのですよ」
ドン!と神に抗う者達が集うのを妨害するように俺達の目の前に料理と酒が置かれた。
「あ、どうもリューさん。さぁて、天界は後にして腹ごしらえだ!」
「この料理で二人の世界に対する弑逆を防げるのならば安いものです……」
リューさんの心底呆れたような目線が突き刺さる。
ここは俺達としては珍しく行きつけの店の一つ、「豊穣の女主人」という酒場だ。
革命などの大きな革新は得てして酒場から始まるとどこかで聞いたが、多分気のせいだろう。テニスコートだって誓いの場になるのだし。
「まったく、天下のおひざ元オラリオで天界中枢殴り込み計画とは呆れて物も言えない……よほど未来が欲しくないと見えます」
「神が俺達の未来を閉ざせればの話だがな……くくっ」
「わー、悪い顔してる。これはギルドに見られたら指名手配待った無しだな」
「もうなってます。しかも億超えに」
親友の笑みに狂気が混ざってるが俺はそれ以上気にしないことにした。
天界殴り込みに関しては『まだ』ジョークの段階だし、神が本気になったらどの程度か分からないので実現性があるかは不明だ。ただ、オーネスト曰く俺の『死望忌願』なら殺せるらしいので、後はオーネストの戦闘力の話になる。
ヘスヘスによるとオーネストには『自ら封印した切り札が7つある』らしい。……多分、その7つを解放したらオラリオで最強の座を奪うんじゃなかろうかとは思う。それを使えば或いは神に対抗できるのかもしれないが、逆を言えばオーネストが自ら封印したのだから生半可な理由で解放することはないだろう。
まず、死んでも使わないだろう。オーネストなら使わない。封印したってことは、それが自己を否定するような要素を含んでいるからだ。あいつは自分にそんな『甘え』を許すほど器用じゃない。
と考え事をしていると、ふとリューさんの顔を見たオーネストがぽつりと呟く。
「そういえば天界に攻め込むなら神殺しの武器が必要だな。リューの手料理も恐らくその一つになりうるだろう。お前の力にも期待している」
「………それは暗に私の料理が神を殺すほど不味いと言いたいのですかこのくそガキは?」
「客を相手に喧嘩している余裕があるのか?くそメイドめ」
「女将さんの命令で、貴方が他の客に喧嘩を吹っ掛けないうに監視するよう言伝を預かっているのですよ、くそガキ」
「息ぴったりですね」
「「冗談」」
(ぴったりじゃん、実際……)
冷酷なまでのリューさんの目線とニコリとも笑わないオーネストの目線が火花を散らす。
リューさんは基本的に礼儀をわきまえた人には礼を持って応えるが、礼の欠片もないオーネストには当然冷たい反応をする。だが、実のことを言うとリューさんはこの町でも結構オーネストの安否を気にしている方である。
何でも彼女は昔は闇討ちや暗殺なんかでブイブイ言わせていた時期があるらしく、無茶をする若者というのは見ていて昔を思い出すそうだ。特に無茶どころか自殺レベルでダンジョンにのめり込む世紀の愚か者(言うまでもなく我が相棒)にはかなり思う所があるようだ。
この街であいつを気遣おうとした人間の9割が「あいつは自殺志願者だ」と気遣いを諦めた、と聞いている。つまり彼女はその中でも貴重な1割ということになる。……というか、基本的にオーネストと付き合おうとすると喧嘩腰くらいが一番信頼を得やすいらしい。どういうことなの。ぼくには理解できないよ。
「そういえばお前ミアさんと殴り合いしたことがあるらしいじゃねえか。よくそんだけ喧嘩してこの店を出禁にならねぇな……」
「ふん、俺は元々こんな店には来たくはねぇ。ただ………」
「ただ?」
「ここに来ねぇとあの女将の手回しで飯を買えなったりギルドが玄関先で土下座して来たり色々面倒くさんだよ」
「俺もその発言に色々とツッコみたいんだけど……」
詳しく聞くと、ミアさんとオーネストが喧嘩したのは一度や二度の話ではないらしい。
俺がオラリオに来て半年ほどの頃に起きた『オーネスト味覚障害事件』より更に前、オーネストはまた些細な見解の相違からミアさんと猛烈に喧嘩し、出禁どころかミアさんの手回しでオラリオのパン一つ買えない指名手配レベルに陥ったらしい。
流石のオーネストも犯罪者じゃないから店の襲撃なんてしないだろうし、兵糧攻めにしたらちょっとは反省するだろうと周囲は「いい気味だ!」と笑っていたのだが、その中ミアさんとリューさんだけは懸念を拭えなかった。
そして、予想通り直ぐに状況が一変する。
オーネストはその日からダンジョン内の魔物の中で食べられそうなのを捕まえてホームに持ち帰り、捌いて食べ始めたのだ。毎日毎日植物モンスターと獣型モンスターを引きずって帰るものだから当然街は騒然とするが、やっているのが『あの』オーネストなので誰も口を出せない。
――余談だが、『魔物を食べる』という冒涜的行為にオーネストが至った経緯は、昔このダンジョンで食べられる魔物とそうでない魔物を調べた異端者の出版した本を手に入れたのが原因だという。ご飯が駄目ならご飯を手に入れる方法を買えばいい、というある意味オーネストらしい発想だった。
やがてゴミ回収所に魔石やドロップアイテムごと魔物の骨や残骸が捨てられるようになり、噂を聞いた浮浪者や貧乏人が「タダで金目のものを手に入れるチャンス!」とゴミの日に合わせて大移動を開始。この大混乱の主がオーネストで、しかもその事態を招いたのがミアさんとの喧嘩であることを突き止めたギルドが「お願いだから彼にまともな食べ物を食べさせてくれ!!」と土下座する事態にまで発展した。
結局、オーネストは周囲からの猛烈な説得により魔物食生活を断念。晴れてこの店に定期的に通うようになったのだという。
「もう何もかもがレジェンドだなお前は……お前みたいな滅茶苦茶な奴は向こう一億年は現れそうにねぇよ」
「そしてきっと一億年後に現れたその大馬鹿はこの男の転生体です。地獄行きの服役を終えて野放しになったのでしょう」
「否定はできねぇな。だが、それが俺という人間だ」
「えばって言うな」
……ごもっともです、リューさん。
= =
リュー・リオンは今でもかつてのオーネストの眼が忘れられない。
まだ、リューの所属していた【アストレア・ファミリア】が壊滅していなかった頃。
あの頃、彼はまだほんの12,3歳の少年だった。ボロボロの衣を身につけ、古びた鎧と体躯に似合わぬ剣を抱きかかえるように携え、くぼんだ目には爛々と輝く鬼気迫った力を宿していた。周囲の全てを拒絶するような異様な殺気を放ち、亡霊に憑りつかれたようにダンジョンへ向かい続けた。
年頃の子供の在り方としては、あまりにも痛ましい姿だった。
彼の身を案じた主神アストレアは、ファミリアに命じて彼がどこのファミリアに所属しているのかを調べさせた。ダンジョンへ潜っているのだから、当然現在進行形で『恩恵』を与えている神がいる筈だと思った。だが――ギルドから帰ってきた返答は、「冒険者としては登録されているが、どこのファミリアにも所属していない」だった。
彼の剣は、ダンジョンで拾った剣。彼の鎧は、死体からはぎ取った鎧。
彼はダンジョンからの支給や説明の一切合財を拒否し、登録日以来ギルドに来てすらいなかった。
独り孤独にダンジョンへ繰り出し、手に入れた魔石やドロップアイテムは全て非ギルド管理の換金所や質屋に叩きこむ少年。その噂は、数年前から町で噂になっていたという。時折彼から身ぐるみを奪おうと暴行を加える冒険者もいたが、襲った者には例外なく反撃して必ず手傷を負わせて追い返したという。追い返すたびに未成熟な少年の身体はボロボロになっていたが、それでも少年の眼だけは異様な殺意にギラついていた。
どうして死んでいないのかが不思議なぐらいだった。
アストレア・ファミリアは彼に接触を図りに住処としている空の屋敷に訪れた。
少年は、無断で屋敷に入ればお前を斬ると言った。
主神アストレアは彼の身柄を預かり、せめて真っ当な生活をさせてあげたいと言った。
少年は、余計なお世話だと吐き捨てた。
当時の私は、そのままではいずれ死んでしまうと訴えた。
少年はそれを鼻で笑い、だからどうしたと答えた。
何故、自ら死地に向かう。どうして誰の助けも求めない。
自分が非力な存在だと分かっている筈だ。子供なら寂しくて心細くて、辛い筈だ。
そんな人間に救いの手を差し伸べる神を、何故拒絶する。
彼は――死にたいのか。
もう話すことはないと言わんばかりに遠ざかる少年の手を、主神アストレアは止めようとして握った。
その時だった。彼の感情が突然爆発したのは。
『俺に触るなぁッ!!!』
その小柄で肉のない体からは信じられないほどの力で、少年は神の手を振り払った。
その瞬間の――憎しみのような、悲しみのような、怒りのような、諦めのような、恐れのような……決定的なまでの『拒絶』の瞳が、忘れられなかった。
彼は悲しいのだ。悲しいのに、悲しさを他人に見せようとはしない。
なぜなら、誰も信用できないから。
信用こそが自分の心を最も傷付け、弱らせると学んだから。
『俺は誰も信じない。俺は誰にも頼らない。俺は誰にも背中を預けない。俺は誰が裏切ろうと気にしないし、誰が寄ってこようと心を許さない。俺は独りで、俺だけを信じて、俺の為に、俺のしたいことをする。お前らはそれに必要ない』
結局、誰も城壁の門のように固く閉ざされた彼の心をこじ開ける事は出来なかった。
間もなくして、ファミリアは敵対勢力の悪辣な姦計を前に壊滅し、リューは復讐に堕ちた。
復讐に奔ったリューを待っていたのは、心を穿つような充たされぬ虚無感だった。
殺しても殺しても、魂の熱はただ冷めるばかり。渇きが決して癒えることはなく、代わりに生まれた欲動は後悔だった。
復讐に奔らなければこんなことにはならなかったのに。
仲間の仇を幾らとっても、ただ虚しいだけだ。
帰りたい、あの暖かかったファミリアへ。
ギルドに指名手配され、味方もおらず、いったい誰の為に復讐しているのかが曖昧になるほどに殺しを続けたリューは力尽きて、『豊穣の女主人』のミアに拾われた。そこでリューは復讐に溺れた自分を強く恥じると同時に、疲れ果てた心にいくばくかの癒しを得た。
上司、そして同僚。とても暖かく、どこか懐かしく、この時になってリューは自分がずっと寂しかったのだという事実に気付かされた。今度こそこの居場所を、仲間を護ろうと誓った。
リューは変わった。
だが少年――オーネストは変わらなかった。
二人の再会は、汚らしい路地裏の隅だった。
彼はそこで血反吐を吐きながら、自分を強制的に勧誘しようとするファミリアを処理していた。
ある者は髪ごと頭の皮膚をはぎ取られ、ある者は腕をナイフで串刺しにされて泣き叫び、またある者は何度も何度も煉瓦に顔面を叩きつけられて血塗れだった。オーネストはそこで満身創痍になりながら、最後の一人に受けた魔法で半ば炭化した腕を使って相手を何度も何度も殴りつけていた。
常人なら泣き叫んで逃げ出すほどの傷と激痛に、彼は微塵も動揺していなかった。
殴るたびに彼の腕から噴出する血と、炭化して剥き出しになった骨に殴られた女の顔面の血が撒き散らされた。それは、見るのも聞くのもおぞましい凄惨な光景だった。女性の顔は既に原型を留めていなかった。全員、死んでこそいなかったが抵抗する気力を恐怖に塗り潰されていた。
やがて相手の歯を全てへし折ったオーネストは懐から出したハイポーションを炭化した腕にかけ、残りを飲み干したあとに一度激しく吐血して、そこで初めてこちらに気付いた。
『………どけ、邪魔だ』
開口一番、彼は高圧的にリューを押しのけた。
『な……そんな体で何を強がっているのですか、貴方は!?急いで治療しないと――!!』
『――前にも言わなかったか、アストレアの小間使い。俺は独りで、俺だけを信じて、俺の為に、俺のしたいことをする。お前らはそれに必要ない』
彼は、リューの事を覚えていたらしい。だが、リューは全く嬉しくはなかった。
むしろ子供の頃の方がまだ感情的で人間らしかった――そう嘆きたくなるほどに、彼の頑ななまでの拒絶意志は揺るぎないものになっていた。結局彼は、そのままリューを押しのけて、鮮血を垂れ流しながら帰っていった。
翌日、またオーネストが暴れたと街中で噂が流布された。
数年の年月は彼の周囲に味方と呼べる人間を作っていたが、オーネストは決してその味方に頼ろうとはしなかった。子供のように自分のやりたいことだけを要求し、代価を払えばそれで終わり。思いやりも温情も情けも反省も疲れも何もかもを投げ捨て、結局彼はダンジョンへ向かった。
何者をも省みず、誰を愛し信頼しようともしない。
例えそれで孤立することになろうとも、それは彼にとっては都合がいいだけだ。
彼にとっては、自分を邪魔する人間が減るだけの話なのだから。
だからこそ――彼を見捨てることはリューにとって敗北なのだ。
愛の、信頼の、善意の――彼が死ねば、それが負けなのだ。
彼の眼を思い出すたび、心の内の罪人の嘲笑う声が聞こえる。
牢屋に叩きこまれ、血塗れの剣を抱えた人殺しエルフの女が嘲笑う。
――お前は気に入らない人間は死んでもいいと思うのだろう。
――偽りの平穏に満足して、都合の良い事実から目を逸らす。
――命は大事だとか死ぬなとか、耳触りのいい偽善を振りかざし。
――そうして一人の哀れな男を見捨てて作った平穏の上でへらへら笑うのだ。
――それ見たことか、お前らは結局そんな存在なのだ。
――だってお前は、所詮人殺しなのだから。
――あの日も結局、少年など忘れて殺しに興じていたではないか。
――それがお前の本性だ。善意など、おまえにとっては「ついで」だ。
(違う。私はもう未来に生きると決めたんだ。だから、これは意地だ)
リューは、心の中に住む罪人に打ち勝ちたかった。
打ち勝てない過去とは人殺しの記憶であり、そして秩序を重んじる主神でさえ止められなかった少年の目だ。罪人は囁くようにお前に奴は救えないと呟く。ならリューはそれの言いなりには絶対になりたくない。
(あんな人間の在り方を認めない。私はオーネストが大嫌いだ。だから、私はもしもの時は――『触ってでも』彼を止める)
エルフが他人に肌を触れさせることを許すとは、大きな意味を持つ。
認めないから触るなど、本来なら矛盾している、破たんした理論だ。
だからこそ、リューはエルフとしての在り方を破綻させてでも――。
(……尤も、それは既に必要のない覚悟かもしれませんがね)
リューの目線の先には、アズという青年がオーネストと談笑している姿があった。
アズが来てからオーネストは変わった。いや、本当は変わったのではなく元々抱いていた人間性が戻って来ただけなのかもしれない。ともかく――それは間違いなく善い傾向に違いはなかった。
オーネストを助けていたバラバラの冒険者たちが【ゴースト・ファミリア】と呼ばれるようになったのも、彼の登場で纏まりのようなものが出来たから。彼を中心に、オーネストは人に戻ろうとしてる。
しかし、逆を言えばアズがいなくなれば、また彼は元に戻るだろう。
それが裏切りであれ、死別であれ。
「アズ様」
「ん?なんですかリューさん?追加注文はまだ結構ですけど……」
「いえ……オーネストの世話を、これからもよろしくお願いします」
だから、リューは今日も『告死天使』に言葉をかける。
もしもその信頼と期待を裏切ってオーネストの傷だらけの心に塩を塗ったら、『疾風』の名に賭けて必ず首を狩るという殺意をその裏に潜ませて。
が。
ここにそんな感情の機微を何故か見抜いてしまう空気読まずが一人いた。
「さすがくそメイドは言う事が違うな。人に様付けするくせに敬意どころか殺気を込めてやがる」
あからさまに挑発的な笑みを浮かべるオーネスト当人である。
「このくそガキ……本当に口が減りませんね。手料理食べさせますよ」
「冗談。あれはな、食いものとは言わない。『黄泉竈食』って言うんだ」
「だから貴方に食べさせるのに丁度いいのではないですか。一回あの世の住民になってみればどうですか?きっと病み付きになって出られなくなります」
「お前とリューさんは本当に喧嘩っ早いね……おいオーネスト。食事の場ではもう少し大人しくしてくれんかね?リューさんも不要な挑発は……」
「くそメイド次第だ」
「と、くそガキが言っています」
同僚のシルによく言われるのだが、アズと張り合っている時の私は子供っぽく見えるらしい。つまり傍から見れば私はこのくそ生意味なガキと同レベルに見えると言うのだ。
もしかして、自分はこの男にただ翻弄されているだけなんじゃないか。
眉間に盛大な皺が寄るのを自覚しながら、リューはそう思うことがある。
そして、そんな二人を見たアズはというと。
「リューさんってなんかオーネストに似てることろがありますね。煽り方とか殺気の出し方とか、何より負けず嫌いなところが良く似てます。さしずめリューさんが姉でオーネストはそれに張り合う弟ですね!ははは、は………あれ、どしたん二人とも?」
「「……冗談でもやめろ(てください)」」
二人の苦虫濃縮エキスを舐めてしまったようなしかめっ面は、周辺の従業員たちから見ても似ていたという。
後書き
・これがオーネストの切り札だ!
切り札その一……すごい剣。すごい。
切り札その二……すごい防具。かたい。
切り札その三……すごい盾。予想外。
切り札その四……すごい魔法。つよい。
切り札その五……レアスキル。キレる。
切り札その六……すごい??。ヤバい。
切り札その七……真名解放。強制レベルアップ。
……名前名乗るだけで偉業認定ってどういうことなの。わけがわからないよ。
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