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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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3.騒霊劇場へようそこ

 
前書き
5/16 思いっきり修正し忘れていたミスを修正 

 
 
 無意識的な自己破壊欲動……というのが、人間にはあるらしい。
 人は生きたいと願う癖に、どこかで破壊的なものを抱いている。


『骸は虚無のゆりかごへ、御魂は無明に抱かれり』


 要するに、人はいつか死ぬってだけの話である。
 それが自殺だのヤケ酒だの大小様々な形で噴出し、死を肯定している訳だ。


『死は甘美にて優麗なれば、とこしえの静寂(しじま)こそ救いなれ』


 俺もまた、死を肯定した。
 ただ自殺志願者と違うのは、俺は生への旅路に死を引きずってるというだけのこと。


『肯定せよ、望まれし滅亡――顕現せよ、内なる破滅』


 生の今際(いまわ)残影(ゆめ)を探す。
 例えいつかは潰えるとしても、生ある内は希望ありだ。


『――死望忌願(デストルドウ)、汝は我と共に在り』


 こうして俺はいつものように詠唱を終え、迷宮の魔物を鏖殺するために俺の中の死神を呼び出した。

 本当は詠唱無しで普通に呼び出せるんだけどね。
 オーネストも初めて見るらしいこの辺の芋虫モンスターは、どうも重装備を溶かすレベルの強酸を体内に含蓄してるようだ。そんなもん浴びたら服が溶けて、ついでに当たり屋戦法のオーネストは全身が溶けてしまうので『死望忌願』の力を借りるのだ。
 こいつは言うならば魔力的な何かで形成された魔人のようなもの。
 ものすごく漠然としているので酸など効きはしない。……たぶん。

「刈り尽くせ断罪の鎌――ネフェシュガズラ!」
『לצוד אותך בגרון שלנו――!』

 相変わらず何語なのやらよく分からない言葉を放ちながらその手に鎌を握った『死望忌願』は、手に持った巨大な大鎌を横薙ぎに振り翳した。
 瞬間、『死望忌願』の鎌から斬撃という名の『死』が降り注ぎ、前に存在した魔物の群れが障子を裂くように両断された。ついでに壁から出現しようとしていた魔物が十数体、壁ごと横一線にされる。

 一部の上級者曰く、「魔物が壁から出てくるなら壁を壊せばいいじゃない」、らしい。前に調べてみたら、壁を壊したら一時的に魔物は出現しなくなるが、どれだけ派手に壊しても2,3時間で元の形に自己修復しているみたいだ。こうしてみると魔物も人間で言う免疫のように思えてきて生物的だ。迷宮(ダンジョン)というのはものすごく巨大な生命体なのかもしれない。

 斬撃から遅れて、べちゃべちゃと汚らしい音を立てて迷宮に転がる魔物の死骸と魔石。なんかもう、見た目がエグイことになっていらっしゃる。生理的に見ていたくない光景に、俺は正直魔石の回収を諦めたくなった。流石のオーネストもこれには顔を顰めている。

「汚ぇ音だな。しかも次から次へと湧いて出てうざったいったらありゃしねぇ。これまでの魔物と出現方法が違うのか、固有のコロニーでも形成してんのか……」
「オーネスト、こりゃ一人で対応しちゃ二進も三進もいかんぞ。どうにか体液浴びずに戦えねぇのか?」
「チッ……無理じゃねえが確実に剣が1,2本駄目になる。そうするとヘファイストスに頭を下げる羽目になって何日拘束されるか……」
「あー、察した。ついこの前行ったときなんかひどかったな。アダマンタイトの備蓄がないとか時間がかかるとか散々言い訳して結局一週間も拘束されたから……」

 ヘファイストス――俺はファイさんって呼んでるけど――は『ヘファイストス・ファミリア』という一流鍛冶集団の主神だ。ついでにオーネストの幼い頃からの知り合いらしい。立て込んだ事情は敢えて聞いていないが、ファイさん曰く『可愛い甥っ子』だそうだ。……オラリオ広しと言えど、この街で『狂闘士』に可愛いなんて言えるのはこの人くらいである。

 そしてこのファイさんは子煩悩ならぬ甥煩悩で、一度でもオーネストが武器のメンテに訊ねてくると嬉々として迎え入れ、滅茶苦茶喋りまくり、手作り料理を用意しながらお泊りさせ、挙句一緒に風呂にまで入ろうとするのだ。目的は言うまでもなく無茶をしまくるオーネストにちょっとでも休んでほしいから。そして甘えてほしいからである。
 神でさえ足蹴にしたり脅したりするオーネストが、この街で唯一本気で苦手にしている神……ゆえにオーネストは極力武器のメンテは欠かさない。それもまたファイさんがオーネストの生存確率を底上げする秘密なんだろう。

(まぁ、行かない訳にはいかんよな。聞いたところによると余りの壊し屋っぷりと悪名のせいで殆どの鍛冶ファミリアから出禁喰らってるらしいし……)

 ともかく、いくらオーネストでも苦手な神の下には行きたくない。いつもなら止める間もなく相手を屠殺しにゆく彼が今回は珍しく俺に任せたことからもその警戒ぶりが窺える。

「ところでオーネスト。『死望忌願』って何喋ってるんだろうな?」
「多分ヘブライ語じゃないのか?専門外だから確信はないがな」
「……お前、ちゃんと意味ある言葉喋ってたの!?」
『אדם חסר לב――』

 『死望忌願』は心なしかジトっとした瞳でこっちを見下ろした。



 衝撃の事実が判明したのはともかく、俺達は一度安全圏に戻ることにした。

 『死望忌願』のパワーによるゴリ押しはどうしても手間と時間がかかるし、俺が盛大に暴れまわっていると他のファミリアが「告死天使」を怖れて同じ層に来たがらない。魔物をスルーして前進したらそれはそれで追跡されてしまい、その先でうっかりファミリアに出会おうものなら「怪物進呈(パスパレード)」という魔物の大群を嗾ける行為に早変わりだ。

 ここは芋虫相手にちゃんと立ち回れるファミリアに無理を言って頼み込み、一緒に連れて行ってもらうのが賢い選択だ。他人に頼るのが嫌いで嫌いでしょうがないオーネストが嫌そうな顔をしたが、一応は納得してくれた。

「……で?どこのファミリアを利用し尽くして使い潰すんだ?」
「どこから捻りだしてんだよそのヒネクレ発想。潰さねーよ極悪人じゃあるまいし……」
「指名手配犯は善人とは呼ばん。ついでにその指名手配犯の同行を許すファミリアもあるとは思えんが?」
「ところがどっこい、心当たりは一応あるんだよなー♪確かそろそろ遠征再開するために地上で準備してる筈だから、とっとと行こうぜ?」

 そう言いながら――俺は鎖で無理矢理天井の岩盤を砕いて仮設直通エレベーターの設置(?)に取り掛かった。これを使えばフロア一つ3分以下で移動できるというちょっとした裏技だ。工具は俺の鎖があれば全部補える。砕いた穴は時間をかけると塞がってしまうのでその都度造らなければならないのが難点だが、それでも歩いて帰ると数日かかってしまう事を考えればお手軽なショートカットだ。

 ガリガリけたたましい音を立てて掘削機のように鎖が岩盤を抉り取っていく。抉れた岩盤は鎖で形成したベルトコンベアでどかし、ものの数十秒で一枚目の岩盤を突破することに成功した。

「………時々思うが、俺なんかお前に比べれば『常識的な問題児』なんじゃねえか?」

 岩盤掘削の音でよく聞こえなかったが、何故かオーネストは俺を呆れた顔で見つめていた。



 = =



「というわけでロキたん、俺達のロキ・ファミリア同行の許可ちょーだい?」
「ロキたん言うな!!ちゅーか人の頭勝手にナデナデすんなぁっ!!」

 笑いながら頭を勝手にナデナデしてくる俺にロキは全力抗議と言わんばかりに手を振り回すが、身長165セルチの彼女に対して俺は身長189セルチと結構大柄。手もちょい長いせいか池乃め○か師匠がやってたぐるぐるパンチネタがリアルに出来てしまう。
 なお、これをやって一ウケ取るまでが俺とロキたんの挨拶ワンセットである。流石エセとはいえ関西弁を喋っているだけあってこの辺の空気は本能で感じ取っているらしい。

 ちなみにこのネタを生み出したきっかけは「ロリ巨乳VSロキ無乳戦争」という長きにわたる聖戦を見かけた俺が、ロリ巨乳側であるヘスヘスに助け船を寄越すために「ちなみに俺から見たらロキもチビだぜ」と余計な事言ったのが始まりだったりする。
 ここにヘスヘスもいれば「ヘスヘスのぐるぐるパンチ」→「やっぱチビはチビやな!とロキたん乱入」→「ロキたんも届かない」という三段ネタが披露できたのだが。誰か代役は……と考えた俺とロキたんはほぼ同時にバッとファミリア団長のフィンを向く。あいつは小人族だから適任だ。

「なにボーっとしとるんやフィン!お前も早よネタに加わらんかい!」
「ヘスヘスがいない今、ネタを完成させるには君の助力が必要だ!」
「あはは、嫌です」
「「なん……だと……」」

 遠回しに言うかと思ったらどストレートに断られた。俺とロキたんは肩を抱き合って崩れ落ちる。

「昔は……昔はあんな子やなかったんや!いつから……なんでや!何でこんなコトに!」
「俺達、どこで教育を間違ってしまったんだろうな……」
「敢えてツッコむなら二人ともノリノリで茶番を開始することが一番の間違いだと思うが」

 リヴェリアさんの至極まっとうなツッコミがその場に木霊した。

 ともかく、俺たちは地上に戻って知り合いファミリアのロキ・ファミリアにこの話を持ちかけたのである。ロキたんは俺の心の友なので割と快く同意をしてくれた。よって、一緒に進むことになった。あの芋虫地帯を二人で抜けるよりはるかにマシなのでオーネストも不満を口にはしない。
 が、主神と仲がいいからと言ってメンバーと仲がいいとは限らない訳で。

「アンタまだ冒険者してたんだ。素質無いんだからとっとと辞めたら?」
「それを決めるのは俺だ。そういうお前は余程お節介が好きらしい」

 さっそくティオナとオーネストが喧嘩腰な雰囲気だ。実際にはオーネストにティオナが一方的に絡んでいる構図なのだが。このファミリアで一番フレンドリーな彼女にどうやったらあそこまで嫌われるのやら。

「変な話だよな。一番仲悪そうなベートとは軽口叩きあう仲なのに、あいつ何であんなにティオナちゃんに嫌われてるんだ?」

 俺が出会う前の話だが、ベートとあいつはちょっとした口論から喧嘩になって顔面グチャグチャ、肋骨ボキボキ、血ダラダラの息絶え絶えになりながら友情を深め合った仲らしい。互いにブラックジョークを言い合っては悪い顔でにやりと笑っている様子からその距離の近さがうかがえる。
 そして、そんなベートとは対照的にティオナはオーネストに異様に辛辣だ。

「……好きになれない理由は分かるんだけどねぇ、私も何でティオナがあんなに突っかかるのかよく分からないのよ」

 ティオナの姉のティオネでさえその理由は分からないらしい。
 しかし、本格的に嫌っているのとも何だか違うあの突っかかる感じ。まさか嫌よ嫌よも好きのうちって奴か?……あの戦闘大好き感情ドストレートのアマゾネスが?
 待てよ、そういえば前にオーネストが目を離した隙に一人でダンジョンに突っ込んで階層主を素手で殺しながら自分も死にかけていたことがあったな。あの時は戦闘不能なはずなのにまだ前へ進もうとするゾンビオーネストを回収したのがロキ・ファミリアで、治療したのがティオナだった。二人の仲は前から険悪だったらしいから、複雑な感情はあるのかもしれない。

「ちなみに好きになれない理由って?」
「オーネストは貴方がオラリオに来る前は生傷が絶えなかったのよ。今だって時々死にかけてるし。一流の本当に強い戦士なら傷一つ負わずに敵を倒して凱旋でもするものなのに、彼は強敵をたった一人で殺してもまるで敗残兵みたいに傷を引きずってオラリオまで戻ってくる……強い筈なのにその姿がどこか弱弱しいっていうのは戦士としてちょっとね……」
「確かに、あいつそういう所があるよ。勝負に勝っても負けてもボロボロで、もうやめとけよって止めたくなるくらい背中が小さく見える。率先して殺しに行く癖に、殺しきった後は時々悲しそうな顔してる……」
「つまることころ、彼ってアマゾネスの求めるタイプじゃないのよ。でもそうなると、何であんなにも冒険者を辞めさせようとするのかが分からなくて……アイズは何か知ってる?」
「分からない」

 端的に答えたアイズは、でも、と続ける。

「オーネストの戦い方、怖い。オラリオで沢山の冒険者を見て来たけど………あんなに怖い戦い方をする人は見たことない」

 そう告げると、オーネストの方を不安げにチラッと見た。
 若くしてレベル5の高みに辿り着く怖いもの知らずのアイズにしては、こんなことを言うのは珍しい。彼女はむしろオーネストと同じように突っ込んで無茶することの方が多いタイプだと聞いている。しかし彼女から見ると、また違った視点が浮かび上がる。

「普通、戦いは究極的には防衛手段。自分の身を守るために相手を倒す……自分を鍛えるために相手を倒す……傷つくのは副次的な効果でしかない。でも、オーネストは………自分を守ってない感じがする。自分が死んでも相手を殺せればいいって。殺すために自分の命を危険に晒し、自分で傷付けて、自分の弱さと相手の強さ、一切合財を殺そうとしている感じがする」

 自分で自分を殺すような殺意、衝動。つまり向死欲動。
 それの根源的な原因は俺には分からない。だが、俺達には口癖があった。
 その口癖を唱えると、死への恐怖はどこかに吹っ飛ぶ。俺達はそういう存在なのだから。

「ティオナちゃんもアイズちゃんも先を求めてるんだな……俺とオーネストは先なんて求めてない。ただ自分らしく生きていて、そして自分らしく死ねればいい。だから――俺達に未来(あす)は要らない」
「それ、狂ってるよ」

 ティオネちゃんが責めるような瞳で俺を睨んだ。
 別にそんなことはない。人間、どれほど求めてもいつかは全てを失う日が来るのだ。
 俺達が明日を必要としないのは、それを知っているから。そして、その時まで自分が自分らしくありたいと思っているからだ。

「自分が自分らしくあるってのは、オーネストにとってはそれくらい重要な事なんだ。尤もオーネストの求める「自分らしく」が何なのかまでは分からない。それでも、あいつはいま死んでも後悔が無いように自分らしくある。……死の瞬間に後悔がないなんて、幸せな事だと思わないか?」
「………今、分かった。どんなに善人面しても貴方はやっぱり『告死天使(アズライール)』なのね」
「あっ、ヒドイ。俺はなぁ、自分がまだ生きてるのに先にあいつがくたばるのが嫌だから助けてやってんだよ?別に殺させたいわけじゃないから、そこは勘違いしないでくれよ」
「でも死を肯定してるじゃない」
「死は人生の一部だぞ。生まれたから死ぬんだ。受け入れても受け入れなくてもこの一方通行は変わらないよ」

 俺のいた現代社会では、一生を寿命で終えられることが前提の世界だった。だからそう考える。でもオラリオの冒険者は死がとても近しい所にあるから「まだ来るな」と拒否する思いが強いのだろう。俺の物言いに素直に頷いてくれるのはロキたんだけだった。

「せやな。生と死っちゅうのはそういうもんや。にしても、アズにゃんが言うと迫真に迫っとるわぁ……」
「アズにゃんは止めい!!」
「アズ、ますます死神っぽい。あとレフィーヤが怖がってる」
「こここここ怖がってなんかいません!!」

 といいつつも滅茶苦茶怖いのかリヴェリアさんの背中に隠れたレフィーヤが涙目になっていた。
 場がちょっと和んだ……のは別によかったのだが、ダンジョン突入前に気が抜けていると叱咤されてもおかしくない光景だった。


 行軍開始の前に、『ロキ・ファミリア』の体力温存の為の露払いとして前で戦ってほしい、とフィンは俺達に言った。
 直後にオーネストが「ついでに俺達の戦力視察がしたいんだろう?」と図星を突かれて苦笑いしていたが、俺達は別に見られて困る物はないと思う。
 その考え方自体が既に強者の物言いなのだとガレスのおっちゃんに呆れられたが――まぁ、芋虫共の撃退はあっちがある程度請け負ってくれるのだからこれぐらいは妥当な労働だろう。オーネストも暴れ足りなかったのか不満は漏らさなかった

 やると決めたらやる、それもまた俺達の流儀だ。



 = =



「騒霊のイカレたパーティをご覧あれ、身の程知らずの皆さま!」
「臓物をぶちまけな、クソ虫ども」

 二人は互いの得物を手に、弾かれるように突撃した。

 ジャラジャラと音を立てて虚空を駆ける鎖が魔物の腹をバゴォンッ!!と貫通し、蛇のようにうねって空中に居た虫の羽に絡みついてもぎ取る。同時に別の鎖が地面をガリガリ削りながら地中にいた虫を引っ張り出し、アズはそれを振り回して別の虫に叩きつけた。互いの身体が衝撃で弾けてぼたぼたと体液が地面に落ちる様に見向きもせず、アズが再び鎖を操る。

『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 瞬間、好機だと思った虫たちが一斉に八方から飛びかかり、更に芋虫とは別の虫が毒液を噴出してし来た。が――アズは不敵に笑う。

「頭上にお気を付け下さいませー♪」

 アズが上空に飛びあがると同時に、虫たちの真上に形成されていた鎖のネットが入れ替わりで落下。十体近くの虫がネットに絡まれ、そのまま鎖に締め上げられて圧潰した。更に空中で鎖を波打たせたアズは、超高速で移動する鎖のノコギリで虫を纏めて薙ぎ払った。

「どうした、怨敵諸君?俺に鎖の次の武器を抜かせろよ。でないと――全部終わっちまうぞ」

 風圧で鎖に付着した体液を全て吹き飛ばしたアズは、ジャラララララッ!!と音を立てて戻った鎖を鷲掴みにして次の得物へと走る。


 一方、オーネストの戦いも凄まじい。
 正面の虫を素早く刺突で仕留めると、その死体を猛烈な力で蹴り飛ばして後続の虫を吹き飛ばす。
 その吹き飛ばした虫の陰に潜んだオーネストは瞬時に周囲の魔物を斬り裂き、空中に爆竹を投げ飛ばして空を飛ぶ虫を足止め。
 その瞬間に反対方向に集う虫たちを真正面から剣で粉砕していく。
 避ける前に殺す、反撃が来る前に殺す、全ての敵のモーションを頭に入れたうえでその一切合財を無視して正面突破し、一際巨大な甲虫の虫の足を蹴り飛ばして転倒させる。防御を完全に無視し、怪我より守りより殺しを優先する徹底的殺傷主義者が荒れ狂う。

 しかし、転倒させた巨大な甲虫は甲羅のような外殻のせいでまともに刃が通らない。それに気付いたオーネストはすぐさま腰の短剣――知り合いの製造した『短魔剣』を引き抜いて甲羅の隙間に強引にねじ込み、ありったけの魔力を注いで叫んだ。

「『ブラストファング』……抉れろォォォォォォッ!!!」
『ギャギギギギギィィィィィッ!?!?』

 オーネストの声に呼応して魔剣に込められた直線型爆発魔法が畳み掛けるように叩き込まれ、僅か数秒の内に魔剣の魔力が甲羅をこじ開けていく。
 おおよそ信じられない使用方法だ。高級品である魔剣は込められた魔法を使えば使うほどに消費され、最後には折れてしまう。そんな貴重品を、この男はただ目の前の敵を可能な限り早く殺すためだけに使う。
 体内をかき回す衝撃に虫は全身を震わせながら足をばたつかせるが、もう遅い。

「喚けッ!叫べッ!死んで汚泥を撒き散らせッ!!」

 抵抗も虚しく、爆発が完全に外殻を貫通して体内を滅茶苦茶にかき回し、逃げ場を無くした衝撃が外殻の隙間や眼球、関節から体液とともに盛大にぶちまけられて甲虫は絶命した。壮絶な殺し方に思わず後方の女性陣が顔を背けるが、オーネストは纏う殺意を微塵も欠かさず背後から迫る影へと駆け出し、交差した。

「おーおー派手にやったねぇ!」
「てめぇが言えたことかッ!」

 背後の影はアズだった。目を向けずともアズが目眩ましを食らわした虫を殺し尽くしてこちらに来たことにはとうに気付いていたため、二人は互いの得物を抱えたまますれ違い、反対方向の敵を殺し尽くしに駆けた。


 決して雄々しいとは言えず、むしろ残虐性を剥き出しにしたような戦法で敵を屠るオーネスト。
 感情の籠らぬ鎖で、断罪のようにしめやかに命を削り取るアズ。

 二人とも互いに互いの邪魔にならぬように敵を吹き飛ばす様はまるで舞踏のようだ。
 どちらも残酷なのにどちらも印象が異なる。二人のコンビは嗤いながら瞬く間に虫魔物を殲滅した。

 瞬く間に築かれる死骸の山を前に、フィンは乾いた笑みを浮かべる。

「相も変わらず底知れないね、あの子たちは。流石は『二人でフレイヤと戦争が出来る冒険者』なんて言われているだけはある……」

 確かに彼等は強い。それは疑いようもない事実だ。
 だが、同時にフィンは思う。

(あの二人は、僕が今までに出会ってきたどんな冒険者にも似ていない。あれだけの実力を秘めた戦士であるにも拘らず――どうして君たちからは、『英雄』の気質を微塵も感じられないのだろう)

 英雄とは、人々の憧れであり、夢そのもの。
 誰よりも気高く、強く、時には泥臭く、そして鮮烈に時代を紡ぐ存在。
 彼等には、決して望んで得る事は出来な力という資質を確かに持っている筈だ。

(アズ、オーネスト……君たちは何を望んで迷宮へ潜る。何のためにその力を手に入れた。君達には――何か大切なものが欠けている気がするのは、僕の気のせいなのか?)

 【存在しないファミリア】の一員。
 ギルドも把握していないレベル不明の冒険者。
 神さえ気圧す謎と暴虐の戦士たちは、神住まう街で野放しとなっている。

 彼等は何も求めない。求めるのは、己が己らしくある事、ただそれのみだ。
  
 

 
後書き
ネフェシュガズラ……多分ヘブライ語で「喉を引き裂く」的な意味だと思う。斬撃を飛ばしたり、普通に接近戦も出来る。霊魂や闇属性に対しては効果抜群。

アズにゃんとロキたんは友達なのです。というか、アズにゃんは神様の知り合いがオーネスト以上に多いです。体質の所為かな? 
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