ソードアート・オンライン〜Another story〜
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キャリバー編
第221話 凍える闘志
前書き
~一言~
何とか、まとめる事が出来ました。最近、またまた忙しくなってきて……っとと、愚痴、失礼しました!
この話で決着まで行くかな? と思ったのですが、思ったよりも伸びてしまいました……。おそらくですが、次位が決着だと!!
最後にこの小説を見てくださって、ありがとうございます! これからも、頑張ります!!
じーくw
霜の巨人の王《スリュム》の頭上に現れたのは、この蒼い光を放つ王の間に、突如発生した《闇》である。だが、それを見てもスリュムの表情を変える事は無かった。
「ふん! 猪口才な。この程度の小細工で王を討てるとでも思っておるのか? 羽虫が、笑わせてくれるではないか」
スリュムは、その闇を、青い光と風、輝く冷気を拳に纏い、迎え撃とうと構えた。
ヨツンヘイムは、氷に覆われた世界。
それは 地上とは違う。
地上に降り注ぐ太陽の光の微かな恩恵を得られ、その光が白銀の世界に光の反射を生み 幾重にも交わりあの幻想的な世界を生み出している。だが、その夜は一段と暗黒に包まれる。月明かり程度では、あの世界に伝わらないからだ。
だからこそ、スリュムは己の頭上高くに現れた《闇》を『笑止』と言い切ったのだ。
――……闇に住む王は、これから地上に侵略し 全てを手に入れる。何人たりとも、その行く末を阻める者などいない。――例え、神を討つ剣を持つ者であったとしても。
そう、スリュムは豪語していたのだった。
それを訊いたリュウキは、笑った。それは……、スリュムとは違う種類の笑みだった。
「……確かに、討てるとまでは思っちゃいないさ。――オレ、1人では、な」
「うんっ!!」
スリュムの言葉に込められたそれらを感じ取ったリュウキは鋭く、目を細めた。そして、隣で歌うレイナ。皆を守る為に……、リュウキを守る為に、歌をうたい続ける。
その歌姫の恩恵は皆を包み込む。
その歌を聞きながら、リュウキは思う。
1人だけで出来る事は多くはない。一緒だからこそ 何処までも強くなれる。――行けない場所などない。そう強く思えるのだ。
そんな澄み切った歌声に包まれる中で、あのスリュムの表情はまさに不協和音でしかない。
「――……その笑みは不快だ。笑えなくはしてやる……!!」
詠唱の全てを終えたその瞬間、闇から現れたのは、あの巨体 スリュムの頭より大きな岩。
――いや、隕石
闇から生まれたそれを見て、スリュムは拳を止めた。
「……なっ!!」
闇から現れた隕石を見て、驚きを隠せられないのはスリュムだ。
闇である為、闇系譜の魔法であろう事は予想してスリュムだったのだが、その正体はまるで違った。ただ、魔法属性が違うだけではないのだ。
全種族を通じて、習得者が圧倒的に少なく、更に強力な魔法である為に、敵側の印象、そしてその魔法に対する認識が違う様だった。
「これは……!! 神代の魔法の……《根源元素》だとォ!! 羽虫の分際で、また、分相応な物を――――ッ!!」
スリュムは、迎え撃つのではなく、両の手を天に掲げ、隕石を完全に防御体勢、受け止める体勢に入る。
その大木よりも太く強い両の手は、隕石を止める事は出来たのだが……、その威力を片手で止める事は流石に出来ないらしく、両方の手が塞がってしまった。
ず ず ず ず……… と重く響く地鳴りに、足が軋む。
「がぁぁぁっぁぁ!!!!」
スリュムの雄叫びがこの広い室内に轟音となり、放射される。あまりの声量に 皆が耳を塞ぎかねない状況だったが、そこは瞬時にキリトは察した。
――……今が千載一遇と言っていい程の大ダメージのチャンスだ!
と。
今回の戦いは、ただ 倒すだけではない。時間との勝負でもあるのだ。スリュムは、最初から全開で襲いかかってきた。恐らくは、段階に応じて、その力を発揮していく。それが、これまでのフロアボスの傾向だったのだが、HPバーを減少させても、パターンは殆ど変わる事がなかった。最初の数合打ち合いの間に直感した終盤モード、と言うのは間違いないだろう。
力を全開にして使っているから、己自身がHPを減らしている要因だったから、早くにそれを確認する事が出来たのだ。
完全に無理げーではない。だが、それを補って有り余る程の凶悪な重攻撃、範囲攻撃、パターンが変わらない、とは言っても、元々備えていたであろう、多種多彩な攻撃パターンがこの相手にはあった為、迂闊に近づけず、ダメージを与える事も難しかった。
――倒す事は、……きっと出来る。だが、このままでは時間がかかりすぎる。
それが、結論だった。
だが、今は違う。
「前衛の皆!! リュウキとレイナが止めてくれている間が、チャンスだ!! 一気に集中攻撃するぞ!!」
キリトの指示に、皆が其々気合を入れ直した。
「あったり前よー!! レイに格好いい所、私もみせないとねー!! あの歌の駄賃として!」
「ピナっっ!! 行くよー!!」
「きゅるるるっ!!!」
「フレイヤさんには、指一本触れさせねぇぇぇ!!!!」
前衛のアタッカー達が一斉にスリュムとの距離を詰めた。
確かに、両手を封じ 意識を完全にリュウキの隕石に集中させている今が最大の好機だ。……正直な所、近づいてみれば見るほど、その巨体を更に実感してしまい、叩ける場所が脚元、と言う頼りない場所ではあるのだが。
「どこでも良いから、叩ける所を、ぶっ叩け!!」
弱点設定が無いのは、リュウキとユイの分析で判っている。
つまり、どこを叩いても、攻撃の効果は等しく同じだと言う事だ。だから、最も効率の良いのが、我武者羅でも良いからどこでも攻撃、である。
皆が、其々の武器を用いて、攻撃。後方支援のアスナやシノンも、遠距離攻撃を加え続ける。あの隕石を落としきる為に。
「私も……戦います!!」
リュウキの剣とそして放つ魔法に、フレイヤは 驚きを隠せず、暫く唖然としていたのだが、好機だと悟ったのは、フレイヤも同じだったのだろう。両の手を前に翳し、放ったのは雷属性の魔法。
見た事の無い規模で荒れ狂う雷はスリュムの腹部を貫通し、その表情を歪ませた。現段階で確認されている中でも、最も高威力の雷魔法《ライトニング・ボルテックス》の倍はあろう程の魔法は皆の士気を更に挙げる結果となった。
「いいぞ! 効いてる!!」
ソードスキルは、遅延時間が発生する為、ここぞと言う時に温存をまだしている為、前衛達は そこまでまとまったダメージを与える事が出来ていないが、云わば数の暴力だ。塵も積もれば山となる。そこに、リュウキとレイナの足止めと当たれば大ダメージの魔法。そして 本体をも貫くフレイヤの魔法が加わる事で、更にダメージを見込める結果となった。
フレイヤのその攻撃を最も間近で見たのは、勿論彼女にゾッコン・クラインである。
「ああ……、流石はオレのフレイヤ様だぜ………」
うっとりと見つめつつ、親指を びんっ! と効果音を発しかねない勢いで立ててそう言っていた。
「く、クラインさん! 戦ってくださいっ!!」
「きゅるるるるっっ!!」
「よそ見してんじゃないわよ!」
「もぉぉ!!」
いつもであれば、呆れるだけなのだが、この好機を無駄にしている、としか言いようのないエールは、大顰蹙である。フレイヤにもきつい一発を言ってもらいたかったのだが、生憎と彼女の魔法も リュウキ程ではないが それなりに、硬直時間が発生しているらしく、スリュムに意識を集中するので精一杯だった様だ。
「ぐぅぅぅぅぅ………!!!!」
スリュムは、フレイヤの魔法を 両手を使う事が出来ないから、まともに受ける事になり、更に表情を強ばらせていた。
「いけるよ! リュウキ君っ!」
リュウキの隣で そう声をかけるのはレイナ。
だが、リュウキは安心出来なかった。――相手の、眼を視たから。
「………! レイナ、動けるか?」
「え? まだ、もうちょっとかかりそう、かな」
リュウキは、魔法発動から 直撃まで動けない。あの隕石が存在するまではほかの行動が出来ないのだ。それは《眼》を使って動けたりは出来るのだが、システム的なアシストを要する魔法や、ソードスキルは発動させる事が出来ない。普段の倍以上重く感じるアバターを動かして、通常攻撃をする事がやっとなのだ。
それだけでも、十分すぎる程の効果なのだが……今の相手には分が悪すぎる。
そして、レイナもそうだ。
歌による恩恵は、歌声が届く範囲まで効果がある。つまり、広範囲なのだ。そしてMPを消費する様な事も無い為、制限も無い。ここまで考えたら、優秀を通り越して、チートの様な気もするのだが、勿論そこには制約がある。歌の最中は当然、動けず そこに攻撃をされてしまえば、全てがキャンセルされる。そして、発動を成功させたとしても、その硬直時間は 全種族の中でNo.1だ。ボス戦闘であれば気の遠くなりそうな程、縛られてしまうのだから。
リュウキは、ぎりっ と歯を食いしばると 眼を朱く光らせ、遅延解除を酷使。レイナの前に立つ。
そして、全員に視たそれを伝えようと、声を振り上げるが、スリュムの方が早かった。
「――見せてやろう……! 王の、王の威厳と言う物を」
低く重い声。地の底から響いてくるあの声が、場に響き渡る。
「脆弱なその骨身に、染み込ませてやる!! 羽虫がぁぁぁぁぁ!!! 両手を封じた程度で、良い気になるなぁ!!!」
スリュムは、隕石を抑えたまま、その妖精達、1ダース分はまるまる入るであろう、大口を開ききると。
「喰らうが良い!! 霜の巨人の―――王者の息吹をッッ!!!」
突如発生する渦巻き。
それは、スリュムに吸い込まれていく過程で発生したモノだ。
「う、おっ……!!! な、なんだぁ??」
「す、吸い込まれてるぅぅ!!」
「きゅきゅきゅきゅ~~~!!」
比較的、一番軽量であるシリカは そのまま 食べられてしまいかねない勢いで身体を宙に浮かせたのだが、丁度傍にいたクラインの腕に捕まる事で、難を逃れ、ピナも同じ様にクラインのバンダナに精一杯しがみついた。クラインの頭がハゲそうな勢いだったが、ピナにとっては生死がかかった問題なので、仕方がない事だろう。
「う、ぐぐぐぐーーー、な、なんの、こ、これしきぃぃぃ……!!!」
リズも、メイスを床に突き入れると漢気あふれる粘りを見せてくれていた。
「(風魔法で、引き寄せを中和しないと……! 大技が来る!? 下手をしたら、即死級の……!?)」
リーファは、懸命に手を掲げて魔法を唱えようとするのだが、相手の方が圧倒的に早い。
キリトもそれを悟った様で、覚悟を決めた。
「皆! 防御姿勢だ!! いや、気合で耐えろぉ!!」
気合で、とは無理な要求を、と言われるかもしれない。
だが、数値だけで、この世界の強さが決まるのではない事は、ここにいる全員が知っている。――……精神力がこの仮想世界に及ぼす力の強さを知っているのだ。
だからこそ、全員が歯を食いしばった。
「りゅ……!!」
それは、リュウキも同じだった。
いち早く、スリュムが防御体勢のままだと言うのに、大技を放ってくる気配を感じ取り、動いたのだ。
レイナが、自分を庇おうとしている事に気づいて、思わず声を掛けようとしたのだが、リュウキはそのまま叫んだ。
「アスナ! シノン!! オレの直線上にいろッ!!! 《プリ・キャスト》《エクス・ポーション》を頼む!!」
クイックチェンジのスキルを使い、ロッドから、レーヴァテインへと持ち直したリュウキは、システム的なアシストは得られないものの、防御体勢を取った。
心情的には、確かに躊躇してしまう光景だ。……だが、今はそれどころではなく、拒んでしまえば、リュウキの頑張りも無に消えてしまうだろう。それだけは、シノンは勿論、アスナも嫌だった。そして、レイナも……。
そして、それはきた。
まるで、氷河期が一瞬で地上を覆い尽くすかの勢いで、視界が白く染まる。
そして、視界の範囲、全てが識別不能になってしまい、まるでホワイトアウト状態になってしまった。だが、それよりも強烈なのは、0.1秒ごとに、足先から頭頂部に至るまで 全てを凍らされていく事にあった。
その効果は、凍結による硬直と秒間のダメージだった。
このヨツンヘイムに来た時、アスナがかけてくれた凍結耐性のバフ。それを再度かけても、まるで意味を成さない。一瞬で殆ど全員が氷の呪縛に捉えられてしまった。
リュウキが放った魔法も その王者の息吹とやらで、威力を相殺したのだろうか、或いは凍結させたのだろうか、判らないが、完全にスリュムが押し勝っている様だ。
「身に染みたか……? 羽虫共。貴様ら虫共の死は絶対。全てを砕いてくれるわァ!!」
動けない全員に向かって、その強大、巨大な足を持ち上げた。
主に巨大なモンスターが共通して使ってくる技の1つ、《踏み付け》である。だが、これ程の大きさの一撃を誰もが拝んだ事など無かった。
「(か、身体が……! 動かねェッ!!)」
「(ぐっ……、ま、まずい……!! か、回復を……!?)」
「(大技が、来るっ……!! こ、このままじゃ……!)」
「(ピナっ……、ぜ、ぜったい、守るから……!)」
「(くのぉぉ……、オウサマの癖に、卑怯よ……!!)」
どれだけ足掻こうとも、凍結の呪縛が解けるのには時間がかかる。そして、声を出す事も出来ない。
一瞬で解除する事は殆ど不可能だ。唯一、方法があるとすれば……。
「砕け散れェェェ!!! おォォォォォ!!!!!」
敵の攻撃による、強制的な解除……いや、粉砕で、である。
スリュムの裂帛の気合。いや 殺気とも言っていい。その怒号が場に響くと同時に、踏み付けをしてきた。
地面に直撃し、そこから衝撃波が地面に発生。基本的には足による直撃が最もダメージが行くのだが、この規模の攻撃ともなれば、衝撃波と言えども油断ならない。
全員が吹き飛んでしまったのだから。
がしゃぁぁんっ! と言う何かが割れる音が、木霊する。
勿論、凍結させられた上に割られたから、身体がバラバラになる……、なんて ショック映像は無いが、それでも その強烈な一撃で吹き飛ばされ、壁や地面、或いはこの広い部屋の空高くに吹き飛ばされた者もいた。
みるみる内に、緑ゲージだった全員のHPが消失していき、黄色、赤色へと変わっていく。
「ぐ、……く……っ」
武器防御の構えで凍結させられたのがよかったのだろうか、殆ど全員が己の武器で防御体勢を取れていた様だ。
「シリカ……、だいじょうぶ、か?」
一番の軽装備である彼女に声を掛けるキリト。
ゲージを確認するが、シリカのHPは全て削り取られた訳ではない。数ドットではあるが、確実に残っており、ゆっくりと身体を挙げた。
「は、はい……。だいじょうぶ、です。ピナも……」
シリカは、ピナを身体に抱き抱えたままだった。
その腕の中のピナは間違いなくここに存在している。
「ピナ……よかった。ガードスキル、間に合ったね……」
「きゅるる……」
ピナは、自分を守ってくれた。本来であれば、守るべき大好きなシリカだったのに、守ってくれた事への感謝なのだろうか、小さく低く啼きながら、シリカの頬を舐めていた。
その時だった。
突如、全員の身体が光出したのだ。
「……おっ?」
「これは……」
暖かい光と共に、身体が動かせる様になるのを感じる。
そう、全体回復魔法、そして全体回復アイテムの光だ。
「……ナイス、だ。あの一瞬で、……流石」
「リュウキ、くん! しっかり!!」
「待ってて、追加で、更に回復魔法使うから!」
スリュムの衝撃波は、後衛に位置していたリュウキの場所にまで届き得た。いや、寧ろスリュムは、リュウキを狙っていたのではないか? と思える程の攻撃範囲だったのだ。
直線上にいた為、レイナ、アスナ、シノンの3人は比較的無傷。だが、リュウキはそうはいかなかった。魔法を使った事で、MPは切れ、更にHPも庇った事もあり、前衛部隊と遜色ない程、減少している。
「っ……!!!」
だが、レイナとアスナ、そして シノンの3人の中でいち早く動いたのはシノンだった。
シノンは、腰に備え付けていたポーチの中にあるポーションを1つ引っこ抜くと、親指で栓を開け、まるで矢の様に……いや、銃弾の様に 弾かれるが如く速度で、リュウキにまで接近して、その口にポーションを捩じ込んだ。
「……っんぐっっ!? しの、むぐぅっ!!」
シノンに口の中に突っ込まれたリュウキ。
勿論、リュウキはこればかりは予見できなかった様だった。
予見は出来ないものの、何処か既視感を感じていた。自分自身は体験していない。『……確か、キリトが、アスナに……』 と、一瞬考えてしまったが、直ぐに冷静に戻る。
「私が、あのデカいの引きつけておくから。全体の支援宜しく」
そう言って、駆け出していくシノン。山猫を思わせるその素早さは、あっという間に前衛達に追いついた。
そして、スリュムは先程の一撃で全滅していない事を確認すると、更に不快感を増した。
「むぬうゥん!! 猪口才な、小虫共が!! 今度こそ、その羽全てもぎ取って、磔てやるぞぉぉ!!!」
解放された両の手が伸びる。
その大きな手、長い腕は 少し動くだけで この場の全員に攻撃範囲が及ぶのだろう事は直ぐに判った。
そして、誰を狙っているのかも……。
「トドメを刺し……ッ!?」
最後の一言を発する前に、炎を纏った何かが、その髭面に直撃。ボ、ボォンッ!! と言う爆裂音と共に、完全に声をキャンセルした。
「し、シノンっ……!?」
すり抜けていく、シノンを見て、キリトは思わず声をかけたが、シノンは止まる事なく突き進む。
それは、スリュムの完全に間合い。
「ぐ、ぬ……!!!」
髭に炎が燃え移るのを見たスリュムは、青筋をたて、その冷気の拳で 炎を消失させると。
「ヌゥぅぅぅんっ!!!!」
シノンの数倍はあろう手で、シノンめがけて叩きつけた。
先程の踏み付けから発生させた衝撃波、《ナミング・インパクト》スキルと言う訳では無い様で、追加攻撃は発生しなかった。
シノンは、それを余裕を持って躱すと、その叩きつけた手の甲に乗った。
「……一体、誰を、狙ってんのよ……!!」
それは、氷の狙撃手でもある彼女に火をつける結果だった。
この世界とは違う、別の戦場で背中を預けた戦友に、刃を向けられた。護ってもらった身体に刃を向けられた。 シノンのその凍える闘志が、スリュムの 霜の巨人族にも負けない冷徹な怒りが矢に宿る。
「この……! 無礼者がぁ!!!」
手に乗ったシノンを振り落とそうと、その手を挙げ、もう一方の手でなぎ払う。
だが、それも余裕でシノンは躱した。怒りはあっても、頭の中は冷静そのもの。……だからこそ、凍える闘志なのだ。
「(攻撃は予想以上に早い。……でも、あの時のリュウキ程じゃない……! 回避しまくって、何発でも入れてやるわ……!)」
シノンは、矢と弓を握る力も上がっていた。
「シノン! 30秒、頼む!!」
そんな中で、キリトの声も聞こえて来た。
――その程度じゃ、全然足りないんだけど……ね!
30秒で、借りの全てを返せられない、と思っていたのだが、キリトの声を訊いた事で、少し色んな意味で冷静になれた様だ。
シノンは いつもは間違いなく、本当に冷静。……山猫の様に気高く、群れる様な事は無い、と言える。
なのだが、やはり 特定の人物関係ででは、頭の中は冷静なのだが……、闘志が沸く。熱くなってしまうのだ。
そして、もう1つ切欠があった。
「シノンさんっ!」
「っ、ユイ、ちゃん!?」
それは、シノンの肩の上に乗ったユイの存在だった。
シノンが時間を稼いでくれている間に、皆は直ぐに体勢を立て直す。其々が持っているポーションを使い、HPを全快にまで回復させようとしたのだ。時間はキリトが言う様に30秒程掛かってしまうのが、ネックだが、シノンは十分すぎる程時間を稼いでくれている。
「回復は、驚いたけどな……。えほっ……」
「シノンさんの頑張り、無駄に出来ないよ! リュウキくんっ」
少し、噎せてしまっているリュウキを見て、レイナには、シノンの気持ちもよく判った。
歌による遅延がなければ、あそこまで強引には出来ないかもしれないが、何よりも優先させて、回復をさせていた筈だから。……ゲームと言っても、やっぱりちょっと妬けてしまうけど。
リュウキはただただ、シノンに譲り受けた? 回復ポーションを見たとおり噛み締め、只管体力回復に努めた。
「多分、もうあの魔法を使わしてはくれないだろう。……恐らくロックされた。レイナ、次からはオレも前衛に出る」
「うんっ。私もちゃんと見極めてから、前に出るよ。……きっと、お姉ちゃんと同時だと思う」
「うん! ……でも、その前に もう一度、全体回復を……!」
リュウキの言葉に、レイナとアスナは頷いた。
そして、アスナはもう一度全体回復魔法を行う。
全員が回復する時間。30秒もあれば、魔法を使わずとも、全快する事が出来るだろう。……だが、これは無駄では決してない。アイテムと魔法と併用させる事で、更に短縮が可能なのだから。
今のシノンの回避技術は目を奪われるものがあるが、やはり万全を期す為にも、可能な限り早くHPを回復させるのが一番だろう、と判断した様だ。
キリト達も、魔法の事は判っていた様で、何も言わず ただ頷いて其々の回復に努めていた。
シリカは、『ペット用の回復アイテムもあれば良いのに……』と、ピナにだけ、回復をさせてあげられない事にやや不満を持ちつつも、自分が万全になるために、ポーションを飲み込む。
リーファは、魔法で相殺する事が出来なかった事は悔やまれるが、今は回復に努める事が何よりも重要だと判断。メダリオンを見て、大体の残り時間を割り出しつつ、いつもよりも遥かに長く感じる回復時間を、耐えていた。
リズも、『受けたダメージは数倍にして返してやろう』と言わんばかり気合を、右手のメイスに宿しつつ、もう片方の手にはポーションを握り締めていた。
クラインはとにもかくにも、フレイヤ第一。
彼女の立ち位置は、どうやら範囲外だったのか、或いは逃げ切る事が出来たのか、ダメージも然程無く無事だった事を確認して、安堵の表情を浮かべていた。
キリトは、シノンの戦況をしっかりと見定めていた。
もしもの時は直ぐに援護に行ける様に。
この9人パーティの中で今唯一戦っているシノンは更に集中させた。
肩に飛んできた、ユイの言葉に耳を傾けつつも、目の前の怒れる霜の巨人の王にも決して注意を怠らない。
「パパたちは、回復中ですから、私がしっかりとシノンさんをサポートしますっ!」
「ん……。了解。お願いね」
シノンは、ユイの提案を受け入れた。
彼女の眼は、リュウキにも通じる所がある。だからこそ、連携が間違いなく取れる、と思った。
「はい! さっそく来ます! 拳、3連発です!」
ユイがそう叫んだ途端だった。
「ぬおおおおっっ!!!」
巨人から、怒濤とも言える三連激の拳がシノンに降り注いだ。
巨体で連打の攻撃をしてくる事に、多少なりとも驚きはあったが、十分すぎる程集中していた為、反応は出来た。
そんな中でも、ユイの説明はしっかりと頭に入れる。
「恐らく、自分より小型の相手に登られた場合の対処行動です! 狙いは凄く荒いですが、連打なので、攻撃の予測猶予は1秒以下です!」
シノンは、それらの攻撃を見て、そしてユイの解説も訊く。
全てを考慮し、そして 笑ったのだ。
「1秒……、ま 銃弾程じゃないわね。……跳弾とか、織り交ぜられた弾丸に比べたら、イージー、ってものよ」
ユイの解説、『2時方向、右パンチ5発です! 10m間隔で!』や『左です! 2発です!!』を訊く。訊いてからの行動では、殆ど間に合わないと思える程の攻撃速度だったのだが、声とまるで身体がリンクしているかの様に、シノンは躱し続けた。
「凄いです、まるで……、お兄さんのようです……っ」
敵の怒濤の攻撃を視て、そして 確実に回避をしているシノンの姿を見て、ユイは そう連想させた様だ。ユイにとってのお兄さん。……リュウキに。
「――……お兄さん、ね」
ユイの言葉を訊いて、シノンは少し思う所があったが 直ぐに考えるのをやめた。
雑念は現状に置いて、マイナスにしかならないだ。一瞬のミスが命取りになるから。
回避を続けているものの、それ程までの攻撃、拳と掌の弾幕だから。
ユイも、連想をさせたものの、直ぐに頭を振って 再び相手を見た。
「シノンさん! 次は!」
解説をしようとしたが、シノンは首を振った。
彼女も、嵐の様な高激を受け続け、そして それ以上のものを見続けてきたからこそ、スリュムの攻撃の軌道が、読めてきたのだ。
スリュムの左掌打が、シノンの身体を捉えようとした時。
「当てよっか? この弾道なら……」
「えっ?」
「中指と薬指の間をすり抜けて、あいつの顔の前に抜ける」
「で、でも、顔の前は、あのブレスが来る可能性が―――!」
「いいのよ」
掌打をシノンの宣言通り、器用に身体を捻らせ、指と指の隙間、人間1人位余裕で通り抜けられる隙間を縫って、スリュムの眼前に出た。
「面向かって、もう一撃入れないと……、気がすまないのよ。きっと…… あの子も同じ気分だと思うしね!」
「え……?」
シノンは、ユイが疑問に思っているのを感じたが、それには答えず、スリュムの目の前。丁度額の位置に、矢を放った。
殆ど密着だった故に、最大威力の火矢が直撃する。どごぉぉっ! と言う轟音と共に、髭だけが燃えていた先程とは違い、頭全体が燃え上がっていた。
「……もう1発、って所だけど、そろそろ30秒。戻りましょう」
その、一撃の威力、爆風を利用し、後方へと宙返り。
そのまま、地上へと降りた。
「すごーーいっ!!」
「格好いいですっ!」
「シノンさん、かっけーっ! すげーーっ!!」
「さすが、名スナイパーっ♪」
着地したシノンに声援が飛ぶ。
ここまで面向かっていわれてしまうと、流石のクールスナイパー・シノンであっても、やはり照れてしまうのだろう。頬を赤くさせていた。
「シノンさんっ! グッジョブですっ!!」
「ユイちゃんもね? ナイスアシスト」
ユイの小さな掌と、シノンの指先が交差し、健闘をたたえ合うのだった。
「見事、だな。……流石」
「……ええ」
前衛にシフトチェンジしたリュウキも、賞賛した。笑顔をシノンは向けた。
「さっきは回復をどーも。ただ、次からは 普通に頼みたいがな?」
リュウキはそう言って、空になったポーションの瓶をシノンへと放り投げた。
「あ、咄嗟、だったし。あいつの追撃もありそうだったし……」
少し照れくさいのだろうか、少々シノンは声が小さかった。
そして、これは後に思い出す事なのだが……、この瓶はリュウキが使った物。
つまり、これを携帯して、専用ポーション容器にしたら……? と思わず 考えてしまって顔を更に赤くさせるのだった。
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