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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第五十四話

 山頂で小十郎と合流した辺りでこの様子を見ていた軍神が、本腰を入れて攻撃を仕掛けてきた。
今まで襲ってきてた連中とは比べ物にならないほどの数に圧倒されたけど、どうにか私と小十郎二人でこれを凌いでいる。

 でも、こちらの兵は負傷している上に少数、数で押されて一人、また一人と倒れていく。

 ……こちらは全滅を覚悟した方が良いかもしれない。

 「慶次は何処へ行った! あの役立たずめ!!」

 戦場に響く女性の癇癪、それに私は思わず空を見上げた。

 ばっくりと腹まで生肌が見える大胆なボディスーツに身を包むのは、美しき剣こと上杉の忍かすが。
生かすがに興奮したのと見えそうで見えないあの胸の構造に、思わず小十郎の肩を強く叩いてしまった。

 「小十郎、アレはどうなってると思う!?」

 急に肩を叩かれて痛そうな顔をしていたけれど、かすがを指差す私に小十郎が訝しがって目を向けている。

 「あれ、と申しますと……?」

 「引っ掛けてるのか貼ってるのか、どっちだと思うって聞いてるのよ!」

 一応かすががいたことには気付いていた小十郎が、何を言っているのか分からないと首を傾げている。
仕方が無いので自分の胸に両手を当ててみれば、やっと私が何を言ってるのか理解が出来たのか
今度は顔を赤くして動揺しているから面白い。

 「な、何を言っておられるのですか! そ、そそそのようなこと、こ、この小十郎に分かるわけがないでしょうが!!」

 「だからどっちだと思うって聞いてんの。私は引っ掛けてる方が夢があっていいかなぁって」

 「し、知りません!! そんなこと!!」

 もー、真面目なんだから~。そんなに耳まで赤くして動揺しなくてもいいじゃん。
アンタだって三十過ぎのおっさんなんだからさぁ。今更純情ぶらなくても大丈夫だって。

 そんな感じで敵を切り倒しながらかすがと遭遇したもんだから、小十郎がまともにかすがを見れなくて困っている。
どうして怪我人を連れて迷い込んだ、とか、町で治療するとかあっただろう、とかいろいろ言われてるけれど、
小十郎は視線を泳がせて戦いにも問答にも防戦一方になっていて、これにはかすがも訝しがっている。
まぁ、こっちの兵達も訝しがってるけど。

 「何か小十郎様様子がおかしくないっすか?」

 兵がそんなことを言うもんだから、私は笑って理由を話してやる。

 「あの服、引っ掛けてるのか貼ってるのか、どっちだと思うって聞いたわけ。
そしたら小十郎ったら意識しちゃってさぁ……本当、マジ可愛い」

 「ぶっ……! 小十郎様にそんなこと言ったんすか?
景継様も鬼っすねぇ~、小十郎様真面目だからそんなこと考えさせたら意識しちゃって戦えないっすよ!」

 なんて言って皆で大笑いするから余計に小十郎が戦えない。
軽く怒っているような素振りを見せるが、簡単に切り抜けて私達に怒鳴り込みに来れるほどかすがは弱くない。

 「あー!! 喧しい!!」

 小十郎が大きく刀を振るって強引なまでにかすがに間合いを取らせる。
そして、即座に自分の羽織を抜いでかすがに羽織らせている。
この思わぬ行動に目を丸くするのはかすがで、一体何をしているのか分からないって顔をしている。

 「女が堂々とそんな恰好するんじゃねぇ!……そういうのは、惚れた男の前でだけしてやれ」

 おおっ、小十郎の男が上がった! つか、後半のは絶対いらなかった!
それ、地味にむっつりですってアピールしてるようなもんだからさ。
てか、小十郎は夕ちゃんがああいう恰好をしたら喜ぶんだろうか。
よし、小十郎に第二衣装と一緒にアレもプレゼントしてみよう。

 「小十郎、後半は『惚れた男が悲しむだろ』の方がベター。まぁ、こっちからすれば眼福ではあるけどね」

 そう突っ込んでやれば、かすがが羽織でしっかりと胸をガードして私達から遠ざかっている。
あの羽織、構造的に前を閉められるようにはなってないんだけど、
小十郎のガタイならかすがの身体を隠すには十分過ぎるほどゆとりがある。

 「そ、そういう目で私を見るな!!」

 「いや、だって無理っしょ。あんなに見てくれって感じにばっくり開いてたら、
見るしかねぇよなぁ? でしょ? 景継様」

 「その通り! 皆、当分あんなの見れないからしっかり見ておきなよ!」

 「はい!」

 こんな時ばっかり喜んで皆声を合わせてくれるから困ったもんだ。
皆、遠慮なく嘗め回すようにかすがを見てるもんだから、かすがは涙目になってる。

 「くっ……! ひ、退いてやることを感謝するんだな!!」

 半分泣きながらいなくなってしまったかすがを見送り、私はにやりと笑った。
小十郎も私の表情を見て、何かに気付いたようで呆れたように溜息を吐く。

 「……端からこれを狙っておりましたか」

 「うん、半分くらいは。いやぁ~、でも小十郎がきっかけ作ってくれるとは思ってもみなかったわ。
アンタ、私がいない間に男上げたわねぇ。流石、恋する男は違うわ」

 なんて言ったら小十郎に結構な勢いで怒られました。
でも、赤い顔して怒られても、ぶっちゃけねぇ……怖くないというか迫力がないというか。
兵達だってあんまり怖がってないしさぁ。

 とりあえず適当に小十郎を宥めて、おそらく山頂に出現したと思われる軍神戦に持ち込む事にした。




 宝塚張りに登場した軍神の相手を小十郎に任せ、周りのモブを倒しておく。
いつ勝敗がついてもいいように、飛び込めるだけの準備はしているけれどもね。

 将として開花し始めている、そう軍神に評価される小十郎は、やはり今まで武人の気質が高かったことを遠巻きに言われている。
確かにポジションは軍師だったけれども、そっちの方の気質は高かった。あの子自信、腹に厄介なもんを抱えてるしね。
ここがターニングポイントであるのは確かかもしれない。

 武人の気質はともかくとしても……やっぱり小十郎の動きが鈍い。そろそろ決着が着く頃合いかも。

 「モブ……じゃなかった、雑魚は任せた!」

 「はい!!」

 戦う二人に向けて駆け出したところで、小十郎の剣が大きく空振った。

 「しまっ……」

 「さらばです、りゅうのみぎめ!」

 ストーリーではここでかすがが“火急の知らせ”を持って現れるはずなんだけど……
そういや、さっきその知らせを持ってくる前に撤退させちゃったから、止めに入らないとヤバいかもしれない。

 小十郎に軍神の刃が届く前に割って入って、刃を身体で受け止めた。
小十郎を蹴り飛ばしてその場に倒したおかげで、ガードをする暇が無くて思いきり肩を貫かれてる。
刃が貫通して痛みよりも熱さに眩暈すら覚えている。

 「……っ!!」

 「姉上!!」

 軍神が私の身体から刀を抜く前に、素早く刀を構えた。
やられたのは左、聞き手じゃないから助かったよ。右手さえ使えてりゃまだ何とか出来る。

 見様見真似で放った穿月を、軍神は刀を放して飛び退いた。
それを見て、小十郎が素早く身体を起こし、私の肩を貫く軍神の刀に手を掛ける。

 「姉上、御辛抱を」

 「……勢いよくやっちゃって。ゆっくりやられると痛いから」

 小十郎が私の身体から刃を抜き、その痛みに膝を突きそうになる。
咄嗟に小十郎が身体を支えてくれたけど、怪我の度合いは私よりも小十郎の方が酷い。
この子の負担になるから支えてもらうわけにはいかない。
私は小十郎から離れて、自力で立った。腕を伝って血が滴っているが、気にしている余裕は無い。

 「……もうひとつのりゅうのみぎめ、こうしてまみえるのははじめてですね」

 「お初にお目にかかります、上杉殿。伊達軍片倉景継と申します」

 暢気に挨拶なんか交わしてる場合じゃないんだけどもさ、でも時間稼ぎはしたいところだ。
かすがが火急の知らせを持ってくるまでは。

 とりあえず刀は奪っているから、取りに来れない様に自分の近くに置いておく。
慣れない獲物で戦うのは今の状況だとちょっと辛い。

 「けいじをおくりだしてくれたこと、れいをいいますよ」

 「……あんな状態で戦場に立たせるなんてどういうつもりかと思ったけど、
踏ん切りをつけさせる為と解釈して良いのかしら」

 「そればかりではありませんが……すべてはびしゃもんてんのみちびきのままに」

 毘沙門天の導きのまま、か。
そういえば、毘沙門天の生まれ変わりだってマジで信じてるってのが上杉謙信じゃなかったっけ?
BASARAじゃマジだったみたいだけど、織田信長の第六天魔王は結構冗談だったってネットで見た覚えがあるなぁ。

 「こんなところで、私達相手にもたついていて良いのかしら。
甲斐を攻めるんでしょう? 信玄公相手にここで兵を失うのは得策とは言えないんじゃないかしら」

 「しんぱいにはおよびません、りゅうのみぎめよ。
かいのとらとしゆうをけっするそのまえに、ほそりしりゅうにいんどうをわたすほうが、よほどおおきなこと。
それに、ふたつのりゅうのみぎめをうつことも、まただいじ」

 まぁ、それはそうだろうね。私も同じ状況だったら同じように動くわけだし。

 モブの一人から刀を受け取って、再び動き出しそうな気配の軍神を見て、私達は揃って刀を構える。
ちなみに軍神の刀はこっちの近くにあるわけだけど……。

 かすがの登場は見込めないのか……。

 「いざ!」

 素早く軍神が突っ込んできたところで、毛皮のロングコートをしっかりと着たかすがが現れた。

 「謙信様!! 甲斐の虎、武田信玄が敗れましてございます!!」

 その動きにぴたりと軍神の動きが止まる。

 ……良かった、間一髪ってところかな。

 信玄公が徳川に敗れたこと、病で倒れたことを簡素に伝えられて、
軍神は途端に興味を失ったように背を向けて立ち去ってしまった。

 「……どうにか、命は取り留めた……かな?」

 モブ達もいつの間にかいなくなったし、とりあえず助かったと見ても良さそうだ。

 「……おい」

 かすがが小十郎に羽織を差し出している。
不愉快そうではあるけどやはり女の子なのか、きちんと畳んであるのがいじらしい。
っていうか、その毛皮のロングコートって指摘されたから着てきたわけ?

 「……一応借りていたからな。……礼を言う」

 「……ああ」

 小十郎が受け取ったところでかすがが姿を消した。

 あの形のいい乳を見れなかったのは残念だけど、つかあの出るとこしっかり出た引き締まった身体を見れないこと自体が残念だけども……
まぁ、あんだけセクハラしたんだから仕方が無いかぁ。
っていうか、私は基本的にフェミニストだから、普段はあんなことしないからねっ!
ええ乳してんなぁ、とか心の中では思ってるけど!

 「……あ」

 小十郎が羽織を開いて小さく声を上げたのを聞き、一体何かと見てみれば、
羽織のほつれがきちんと直されており、新品同様に綺麗になっていた。

 もしかして、それで登場が遅れた? っていうか、女の子扱いされて実はちょっと嬉しかった?
うーん、かすがはツンデレ属性か?

 「良かったねぇ、小十郎。あんな若い子に羽織綺麗にしてもらえて」

 ニヤニヤ笑ってそんなことを言ったら、小十郎にしっかり怒られました。

 これでも肩が痛いんだから少しは加減してよ。そう思ったけど、まぁ……この子も説教始まると長いから。姉に似て。

 とりあえず話半分に聞いて、夕ちゃんに後で小十郎が若い女の子の胸見て喜んでたってチクッてやると脅し、
慌てる小十郎を放っておいてとっとと撤収することにした。




 信玄公と戦えないことで興味を失ったのか、軍神が兵を引き上げさせたことでどうにか越後を通過することが出来た。
ここで更に死傷者を増やしてしまったけれど、これも予想の範囲内だ。
……全滅でなかっただけいい、そう思うことにする。

 越後を抜けてようやく奥州へと入ることが出来、小田原攻めの前に拠点を移したという青葉城、通称伊達屋敷へと急ぐ。

 どうにか奥州に戻って来られた。
……これからどうなるのか展開は分かってるけど、小十郎のストーリーが終わるまでは伊達から離れた方が良いかもしれない。

 差し当たって今後どうするか。……伊達屋敷に着くまでに考えておかなくちゃ。 
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