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少女の黒歴史を乱すは人外(ブルーチェ)

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第二十四話:対決・紅の姫騎士(上)

 
前書き
物凄く長くなったので、上下に分けました。
 

 
 
 
 特訓の翌日―――――決戦当日、朝。


 日課のお陰か否か、俺はまたも早めに目を覚ます。
 夢すら見ることなく目覚めた俺の眼には、先日の突き刺す様な光ではなく、何故か不気味感じてしまうほど柔らかい日の光が入り込んできていた。
 朝から不快な気分にさせられる事もない、そう考えれば幾分行幸な天気だ。

 この調子で、作戦も上手くいくと良いんだがな……。

「……?」

 ――――が、そう落ち着いたのも束の間。俺は其処で違和感に気が付いた。

 先に言った通り陽光は厳しくないのだし、なので別段寝起きを刺激される様な事も無く、睡眠により疲れも新たか取れ切っている。
 ……だというのに、身体が酷く重い。
 思い返してみれば……この重みは昨夜から感じていた覚えがあった。
 まあ途中から寝苦いとは感じたが、その時は疲れているのだと放っておいた。

 されど、何故だかまだその倦怠感とはまた違う重みは続いており、しかも如何もそれの所為で早くに目覚めてしまった気がする。
 何せ、時刻は昨日と同じ、午前五時を少し過ぎた辺り。疲れている事を入れれば、もう少し遅くても不思議ではないんだが……。

 ……というかこの重みは、ハッキリ言って実に奇妙な感触だ。
 ただ重いだけなら体が動かし辛いで済むだろうが、動かしづらいというよりは何かに邪魔されているような感覚で、しかもそれに加えて地味に暑苦しさまで伝えて来る。
 起きてしまった原因の一つは、この熱からくる寝苦しさかもしれないか……。

 ……しかし、一番妙なのは熱でも、邪魔な何かでもない。
 この違和感を例えるなら―――まるで何かが()()()()()()()やがる様な……?

 ! まさか……!

「……スゥー……スゥー…………」


 ……予想、見事に大当たり。 全くもって嬉しくない。

 原因であろうその物体(・・)は、さも当然とばかりに座り寝ている俺の上に乗って、律義なまでに確りと抱きつく様にして眠っている。
 その原因である物体……否、人物―――――俺の身体の上に圧し掛かっていた、“マリス” を睨んだ。

「こいつ……」

 昨日の時点では、俺とは反対側の壁に居ただろうが。
 何時の間に移動しやがったのか。
 楓子でさえ最初の場所からほぼ動かずに、大の字になって腹を出したままグースカ寝ていやがるというのに。

 兎に角起きるにも邪魔なので一先ず上から退かそうと、肩と腰へ手をやって持ち上げようとする。
 ……が、上手くいかない。
 体勢の所為で力が入り辛いというのもあるが、何よりマリスが何寝たまま意固地になっているのか、がっちり抱きついて離れようとしないのだ。
 只管に熱い。
 暑苦しくてウザい。
 良い事が何一つない……そもそも何で俺に抱きついて寝てやがるんだ、こいつは。

 流石に殴る訳にも行かず、押し戻そうとしたり引き上げようとしたり、様々な手段を一所懸命講じてみるのだが、いっそ嫌がらせか何かとばかりにテコでも動こうとしない。
 ……つーか気持ち良さそうに寝てんじゃねぇ、いい加減起きろ。
 てか上から退きやがれ。


 そう内心で毒づきながらも、あれこれ試して悪戦苦闘しながら、遂に引き剥がせる一歩手前まで到達できた。
 よし、頑張りが実ったか。
 これで後は一旦抱き上げて、隣に放り出しておけば無問題――――


「朝から盛んねぇ、麟斗」
「……!?」

 ―――聞き慣れた声がいきなり聞こえた事に俺は目を見開いて驚き、ゆっくりを顔を向ける。
 今の出入り口である、襖の方へ《嫌な予感》が当たらない様なが居つつも、息を吐き出して目線を傾けて……今この時の居て、一番居て欲しくない人物である、俺の御袋・吉岡優子が其処に佇んでいた。

 お……お袋、だとっ……!?
 い、何時の間に返ってきやがった……!? そもそも何時から見ていた……!?
 嫌な予感が、外れくれなかった―――何時も何時も何故なんだ、クソッたれ……!

「ウフフフ」

 ヤバい。
 コレは猛烈にヤバい。
 ラブコメ一色の脳を持つ御袋の事だ、次に出てくる言葉は絶対に、絶対にアレしかない……!

「アンタの事見なおしたわ、麟斗……それじゃあ、後は若者だけで―――ごゆっくり♡」
「違う」

 ほらな、またも当たった。嬉しくねぇ。

 放っておけば親父に近所に拡散し続け、碌でもない結果になることは目に見えている。そんな事は御免こうむりたい。
 だから何とか誤解を解こうと、マリスを力技で強引に跳ねのけて(最初からこうすれば良かった)御袋に置いすがり、焦りを殺しながら弁解すべく口を開く。

「俺は何もやってねぇんだ、御袋」
「大丈夫よ? お母さん理解あるんだから、その辺は心配しないで」
「いや肝心な部分を理解していない!」
「もう、赤ちゃんが出来たとか聞いてないでしょ? アンタのラブコメ脳信じてるんだから……最終回まで引き延ばすのが一番よね」
「信用して欲しいのは其処じゃない……!」
「あらあらしまったわ、御赤飯炊いてないわー」
「それは微妙に違うだろうが……」

 キャッチボールの成り立たない会話にウンザリする頃には、もう既に台所まで着いてしまっている。
 もう反論する気力もうせてしまい、怒鳴り声も段々と失速し、俺は朝一番なのに既にどっと疲れて閉口した。

「……御赤飯は、おいしい?」
「う~ん、余り美味しいとは言えないかもねぇ。あくまで御祝い事の際に炊くモノのだから。代わりに朝ご飯にはウンと腕によりをかけるから、期待してね?」
「……楽しみ」

 何時の間にやら後ろからついて来ていたマリスの質問に答えながら、弾む調子を押さえようともせずに、着々と食事の準備に取り掛かり始める。

「それにしても、マリスちゃんて本当に食べるのが好きなのねぇ」
「……大好き」
「そうだ! 今度一緒にお料理してみない? きっと良い嫁姑になれそうだから」
「いい加減に話を聞け!」

 何とかなけなしの元気を絞り出して、お袋へと声を叩きつけた。

「なによ麟斗。男ならちゃんと責任をとりなさいよ?」
「その話はもういい……! 自分がお泊りデートしてきたからって俺の方までそんな目で見るな!」

 よくよく見れば、御袋の眼の下には“隈”が出来ていた。
 ……一体徹夜するまでの時間を掛けて、何をして如何いった事をしてきたというんだ……。
 全くもって聞きたくねえが。

 何とか誤解を解こうとするも無理だと判断した俺は……もうこの話を終わりにすべく、別の話題を持ち出す。
 今日行われる、一番大事な事柄を。

「御袋。ロザリンドとの決闘の件は、楓子から聞いているな?」
「ええ、勿論。頑張りなさいよ」
「……有難う優子。精一杯やる」

 軽い……応援がコレでもかと言うぐらいに軽い……。
 楓子が浚われるかもしれない上に、マリスに至っては命までかかっているというに……この気の抜けた応援は如何なものなのか。
 
 ん? 待てよ、そういやぁ……

「なあ御袋。親父は何処行った?」
「京平さんならちょっと出かけているわよ」

 こんな朝っぱらから一体どこに……?

「何か用事でも?」
「いや、考えた作戦の事前準備がまだ終わってなくてな。早めに仕込み終えようと思って、親父に車を出して欲しかったんだが……」
「車ぐらい私が運転するわ、免許持っているの知ってるでしょ?」
「……一応、準備を手伝ってもらう算段も……」
「あら、京平さんの腰はまだ完治してないのよ? それに貴方達の決闘でしょ? 自分の力でやりなさい」

 腰が完治していない癖に此方を慮らず外泊デートしてきて、その上口にするのは着き放すと同義な言葉……コレが息子へと母が掛ける言葉なのだろうか。
 少なくとも、もう少し絆を感じるセリフがあったと思うんだが……?

 いや、如何にもならないことを愚痴る暇はねぇな。

「まあいい……じゃあ、スコップ取り出す次いでに、境内を掃除してくるわ」
「ちょっと待ちなさい」

 何故か御袋に行き成り首根っこを掴まれ、椅子に押し戻そうと力を込めてきた。
 ……力が足りない所為で実行できてはいないが、俺は動きを止めてしまう。

「今日の日課はやらなくていいわ。京平さんだって、いい事あった次の日ぐらいは優しいしね?」
「良い事ってなんだ……?」
「あら、そんなに私たちの夜の営みの事、聞きたいの? このお・ま・せ・さん♡」
「……聞きたくねぇわ」

 良い事ってそれかよ。
 ……つーかさっきほのめかす事言ってたな、失念していた。
 いい加減真面目な話をしたいのに、楓子の母と言うだけあってか、延々真面目な方向に取り付けさせてくれない。
 もう少しシリアスでいてくれ、頼むから。

 と……マリスが立ち上がり、俺達の傍まで近寄ってくる。

「……優子。……麟斗はそう言う事への関心、及び興味が欠如していると思われる」
「お前まで何が言いたい?」
「……上に乗りかかって寝ていたのに、ついぞ邪魔だからと退かそうとするだけで、他には何もされなかった」
「当たり前だろうが阿呆、俺は狼か何かか?」
「マ、リスちゃん……!? そ、それは、それは本当……なの……!?」
「待てコラ……何、悲劇ぶった顔をしてやがる」
「だって息子の位置大事なのよ!? 性への関心がこんなに無いなんて……ああ、いい病院探さなきゃ……」
「もっと心配すべき事が他にあるだろうが……!」

 最近怒声を吐かされてばかりでウンザリだ。
 以前の静かな暮らしを返しやがれ。
 ……そも、御袋と真面目に話そうとした俺が馬鹿だったんだ。

 俺は強引に立ち上がり、ダイニングキッチンから出て行こうとして―――今度は御袋に身体を張って止められた。

「何なんだ? 本当に」
「もう隠さずに言うわ……京平さんはね、本当は神社の方に居るのよ」
「……画す必要ないじゃあねぇか……何してんだ?」

 こんな早くから神社に行く理由が思い当たらず、俺は眉根をひそめながら御袋へ問いかける。

 だがしかし―――――次の言葉で、目を見開く事になった。


「ご祈願よ」
「!」

 良く勘違いされるが、ウチの神社が祀っている神様は縁結びではなく『戦』の神。
 その神社で祈願しているという事は、そしてそういった依頼にとんと覚えがない事から、即ち“戦勝祈願”している事に他ならない。

 それは見知らぬ誰かの為ではなく―――これから戦いに赴く、俺達の為に。

 同時に隠そうとしていた理由と……目の下の隈の理由も悟った。

「本当はもっと早くに帰って来ていたんだな? 楓子の話を聞いてから、出来るだけ早くに……」
「京平さんはアンタと違って、照れ屋だからね。子供を心配している所を見られたくないのよ」

 ……その目の下の隈は、やましい理由で着いていた訳じゃあ無かった。
 恐らく……いや確実に御袋も、一緒になって祈願してくれていたからだったのだ……。

 軽く送りだそうとしていたのも、多分おふくろだって少し恥ずかしいからか。
 もしくは、心配させまいといつも通りの軽さを演じていたのか。
 ……何れにせよ、彼等は俺達の事を本気で心配しているからこそ、そういった行動をとったのだろう。

「流石に連絡もしていたし、バレるかもしれないからって朝にはあたしだけ戻って来たけどね?」
「……親父は、不眠不休で続ける気なのか?」
「ええ。しかもアンタ達が帰ってくるまで、ずーっと続ける気でしょうね……あの人の事だから、倒れるまで祈り続けるわよ」
「……」
「必ず勝って、みんなで帰ってきてね麟斗。じゃなきゃお母さん、許さないから」
「…………ああ、勿論だ」

 ……何時もなら、不信と不快しか感じない事が多い親だ。
 だが……たまに魅せる本気の愛が、以前より平坦な時流れる冷たい家庭に居た俺にとっては、何よりも暖かく心地よい物なのもまた事実。

 コレがあるから……この“普通”でありながら“普通ではない”優しさがあるから……例えどれだけぞんざいに理不尽を着せられようとも、まだ心の片隅では最後の最後まで彼等を嫌いになり切れないのだろうか。

 それでも彼らの過去の所業や普段の行いを無き物にはできない。何せ、与えられた心労はその実、俺の髪の毛が灰色になる程のものだったからな。
 ……しかし同時にそれを引きずり、唐突に煩わしさを思い出すあたり―――空気の読めない奴かもしれないがな、俺は。

「……優子。ロザリンドには《婚約者(パートナー)》が居ないけれど、私には居る……麟斗がいる。……だから大丈夫。勝って戻ってくる」
「責任重大ね、麟斗? じゃあ私も……勝利して帰ってくる事を信じて、夜は御馳走を用意しておくわね」
「寿司でも頼む気か?」
「鍋よ。みんなでつつくならソレが良いでしょ」
「……このクソ熱い中で鍋か……?」
「……私は、何でも構わない。……美味しいなら、もっといい」

 いつも通りの食いしん坊ぶりを発揮した後、マリスは唐突に俯いてされどすぐに顔を上げ、無表情なれど何処か《決意》の籠った顔で言葉を発した。


「……約束する。今夜は皆で、鍋をつつく。私も、楓子も、京平も、優子も―――麟斗も一緒に」


 ふと俺の脳裏に、とある光景が伝来した。

 楓子がまた五月蠅く大はしゃぎし、親父がそれを窘めお袋はフォローに入り、俺はひと時の団欒を崩さぬように本音は言わずに黙々と食べ、マリスがまた食べ過ぎてみんなに苦笑される。
 各人それぞれ主張や性格がハッキリしているからこそ、(まぶた)の裏にその光景はアリアリと浮かぶ。

 やっぱり奇妙としか思えないし、結局どれだけ温かであろうとも俺の味覚は何も変わりゃあしないが……それはそれで有りかもしれないとは思う。
 何よりそれ事態を抜き出すなら、アイデアとしてかなり優秀なものだろう。


 ―――暖かさと、食事を好むマリスにとっては、この上ない位に。

「そうだな」
「! ……麟斗……」

 ポン、とマリスの肩を軽く叩いて、俺なりに適度な緊張を持てるよう促してやる。
 彼女は振り向き、数秒間見つめた後やがて、確かな想いをこめ頷いた。

 俺は、自分ですら久しぶりにも程がある……と感じている笑顔を小さく浮かべ、御袋をの方へ顔を向けて腕を下げたまま拳を握った。
 俺もまた―――決意を強く、胸に抱いて。

「約束だ、必ず勝って帰る。だから御袋、言わずもがなだろうが今夜の鍋よろ―――」



「ダーメーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 ……その握り締めた決意の拳を思い切り振り上げて、タックルをぶちかましてきやがった楓子を跳ね上げる。

「おげっ!?」
「スゥー……セァアアッ!!」

 更にそこから横へ大きく反って、上・中段へ両拳を思い切り突き刺す【山突き】で思い切りぶっ飛ばす。

「おごぶげェええぇぇぇええええぇぇっ!! ……っておぼぼおおぉぉぉおぉぉ!?」
「……楓子へ、クリーンヒット」

 最後は落下しざまに座卓の角ですねを、身を(よじ)った途端今度は後頭部を打って、楓子(デコ助)は計五か所の痛みに悶え転げ回っていた。
 マリスは一昨日のゲームでも思いだしたか、ぼそり呟いていた。 

 まあ今はそんな事、大して重要じゃあ無い。

「おい阿呆、一体何のつもりだ?」
「に、兄ちゃん酷ひ……」

 問題はコイツが何故タックルぶちかましてきやがったのか、と言う所だからな。
 耳煩い喚き声のオマケ付きで。
 それに酷いだと? ……酷い気分になったのはこっちの方だ、ド阿呆が。

 雑言を叩きつけてから少しの間楓子は蹲っていたものの、すぐに電光石火で立ち上がった。

「そんな約束しちゃだめだよ兄ちゃん! 鍋をつつくとか約束しちゃ絶対ダメ!!」
「……はぁ?」
「まさか兄ちゃん知らないの? 知らないからそんな平和ボケした事言えるの?」

 平和ボケも何も前の世界と言いこの世界と言い、生まれた時代が平和そのものだったから、第一ボケるも何もねぇんだが……。

 そして言い回しが地味にムカつくのは何故だ。

「俺、この戦いが終わったら鍋をつつくんだ…………とか、それは死亡フラグって言う一番立てちゃいけない物なんだよ……!?」
「知るか。現実とフィクションを混同は飽き飽きだ」
「死亡フラグを舐めているとあなた、死にますよ?」
「黙れインチキ宣教師“モドキ”」
「……死亡フラグ……恐ろしい……」
「お前までボケかますんじゃあねぇ、マリス」

 もう埒が明かない。
 それはもう、まだ理由に説明が付きそうだった御袋の時よりも、ざっと八割増で。

 付き合ってられないと御袋に目を向ければ、苦笑いしながら頷き、エプロンを結び終える。

「ほら、ハムエッグ作っちゃうから食卓に座って? 手と顔も洗って来なさい」
「ほいほーい、了解ママ」
「……ハムエッグ、楽しみ」
「まて」

 洗面台へ向かおうとする二人……厳密にはマリスへ向け、俺は注意を投げかけるべく口を開く。

「今日も大食いは禁止だ、ぶっ倒れるまで食うなよマリス」
「……麟斗の意地悪……陰険」
「ねー、ホント兄ちゃんて超々陰険白髪不良だよねー」
「なら腹一杯食って無様に殺されて来い……とでも言いながら許可されたいか?」
「……反論できない」

 あと楓子。
 白髪言うのは止めろっつってんだろうが……自分でも気にしていると何かい言えばいい。
 自分とてデコがどうだの胸がどうだのと指摘されればムカつく癖に、つくづくおかしな奴だ。
 ……無論、ユーモアではなく頭の方でな。

 今日も今日とて決闘やシリアスな空気の自覚がないこの二人に、俺は目を細め内心で頭を抱えた。
 一体俺は今後何度、頭を抱えればいいのだろうか。


 そも、自分の保身を第一に考えていた筈なのに、此処までの決闘に巻き込まれている事を思い出し、俺は言いだした傍から頭を抱えるのだった。

















 天王山、ハイキング場。


 名前の仰々しさとは裏腹に、山の標高はそこそこの位置に収まり、だだっ広いという事を除けば普通の原っぱでしかない。
 無論整備などされていないため草は伸び放題で、広場の中央近くにすら木々が疎らに乱立している。

 遊具などは勿論なく、上気通り手入れが行き届いていないため、正直ハイキング場としても好条件な場所だとは言い難い。


 そんな辺鄙にも程がある場所で、ロザリンドは静かに瞑目し佇み、時を待っていた。
 ()()()()()にはまだ彼女一人しか居らず、その一人も閑散としたこの場の空気に身を任せているかのように、何も言わず立ち続けている。

 
「……」


 炎―――――否、鮮血を思わせる赤い髪が風に靡き、木の葉の揺れる音だけが辺りに響く。
 頑として喋らず、それどころか動こうとする気配もない。
 
 何故なのか……()()()()()()()誰の目が向けられている訳でもないというに、仁王立ちして背筋を伸ばした姿勢を頑として崩さない。
 待つ意外とんとに目的の無いだろうこのハイキング場で、演劇部だったからか異様なまでに様になった姿をただ晒し続けている。

 己の状況と様に酔うナルシストなのか、それともこれから始まる決闘に対して、最弱相手だろうともかなり真剣になっているのかは分からない。
 ……恐らく前者なのだろう、とは思うが。


「……!」


 そうして目を伏せ続ける事、数分。

 唐突に、ロザリンドの身体が僅かばかり震える。


「来たか、殺戮の天使マリシエル」
「……約束だから」


 ゆっくりと目を開きながら見据えた先……日の落ち掛け片側が赤く、もう片側が青く染まる上空に、マリスは堕天使の翼をいっぱいに広げ、脚場でもあるかのように制止し滞空していた。

 裸Yシャツだのといったお馬鹿な格好でもなければ、先日買った服でもなく……今は上下とも初対面の際に着ていた、ジャラジャラした黒い服装―――楓子曰く戦闘態勢(バトルフォーム)
 自動修復機能でもあるのか、焦げ跡や破損部分は既にない。

 手には大鎌を携えて、既に黒い光の結晶を……【天使の羽衣(エンジェリック オーラ)】も顕現済みだ。
 ……尤も鎌はフェイクと言うか、衣服に付いてきたオマケだと言わざるを得ない。
 実際、強力すぎて使えないらしいからな。

 前から―――厳密に言えば初日からから常々思っていたんだが……一番弱い奴に、“世界を刈り取る” 馬鹿でかい力を持たせてどうするんだ? デコ助が……。
 本当に設定を纏めて話へと昇華させる能力だけは、全くもってないと言わざるを得ない。
 作品内のパワーバランスが一際、整合性も調整もクソもねえから。


「……でも、待たせた」
「フ……いいさ。宮本武蔵を気取り、態とそうした訳じゃあ無いのだろう」
「……」
「まあボクとしては、別に佐々木小次郎役をもらっても構わないがね? 卑怯者と誹られるのはあまり好きじゃあ無い。ボクは他の誰よりも、特にね……」


 余計な事を考えている間にも、二人の会話―――否、ロザリンドによる一方的なやり取りは続いて行く。
 ……マリスはまだ、『待たせた』以外の何も言っていないというのに、ロザリンドは芝居じみた動作と声音で紡ぎ続ける。

 ふっ切れてはいれども、微妙に痛い奴だとでも称賛(皮肉)すればよいのだろうか? それとも楓子の電波垂れ流しと同様、放置が確定か?
 ―――どちらでも良いが。

 しかし、彼女の小さな奇行へ呆れていられる時は、やはりと言うべきかそう長くなかった。
 

「尤も……例えこの場に置けるボクの立場が、佐々木小次郎と同義に値するモノだったのだとしても……勝敗の結末自体は代えさせてもらおうか!」


 その一人芝居が途切れ、無言のまま(一人)最強超に達し―――マリスの戦意へ呼応するように、ロザリンドもまた真紅の結晶を纏い、降り注がせる【天使の羽衣】を展開させた。

 (実質役に立たない)大鎌へ抱きつくようにしていたマリスも目を若干ながら細め、大鎌を一瞬の内に消し去って腰を落とし、【鋼糸鏖陣(スティールゴルゴン)】を蛇の如くうねらせる。

 時折地に叩きつけ威嚇するかのように音を立てるマリスと、静かに剣の柄へ手をやるロザリンドの、互いの視線がぶつかり合ったまま、過ぎる事数秒間。

 ……場は唐突に動いた。


「では、いざ行かん!!」


 どうも一人芝居の熱気が残っていたらしく、マリスとは対照的に物凄くノリノリで格好付けて剣を抜き、細いサーベルから巨大な両手剣へと変貌させる。

 両手剣と称するには余りにもでかく、利便性や現実味をコレでもかと無視した、最早化物クラスの大剣。
 だが……ロザリンドはムトゥーヨガー堂の、駐車場の時と何ら変わらぬ余裕さを持って、片手でそれを上段まで緩慢に持っていく。


 そのまま縦一直線に構え、再び瞑目した直後―――カッ! と効果音でも付きそうなぐらい、目をコレでもかと見開いた。
 剣も腹を見せていた状態から、刃の面を向ける状態に捻られる。


 直後……一瞬の静寂を挟み―――


「はあああぁぁああぁぁっ!!」


 決して譲れぬ戦いの火ぶたが、裂帛の声と共に斬られた。

 
 

 
後書き
後篇に続きます。 
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