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鎮守府の床屋

作者:おかぴ1129
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前編
  2.最初の客

 中々に激しいお出迎えを受けた俺は、そのまま意識を失ったらしい。気がついた時、俺は鎮守府施設内の医務室で寝かされていた。意識が戻った俺はそのまま執務室に連れて行かれ、この鎮守府の最高責任者である提督にまずは頭をこれでもかと下げられた。ファーストインプレッションこそ非常識極まりないものだったが、責任者は極めて常識的なようでなによりだ。

「すまん! この鎮守府に来てくれただけでも大感謝すべきことなのに……まさかこんなことを球磨がやらかしてしまうとは……!」

 俺の中のイメージだと、前線基地の司令官っていえば某鉄血宰相みたいなヒゲを蓄えたジジイが、上等な椅子に座って偉そうにふんぞり返ってるイメージがあったのだが……

「いや、別に怒ってないからいいっすよ。それよりも提督さん、随分若いっすね」
「いやホンっトすまん!! 球磨には俺からもキツく言っとくから!」

 ここの提督さんは、そう言って俺に深々と頭を下げていた。見た目も俺とそんなに変わらない年齢みたいで、どうやらいい友人になれそうな雰囲気の漂う人だった。

「提督さん、部下思いのイイ人ですね」
「いやいやいや。まぁ、とりあえずソファに座ってくれ」
「はい」

 提督さんに促され、そばにあるソファに腰掛けた。色落ちしている革製の生地の汚れ具合から、このソファが相当な年代物であることが見て取れる。でも物自体はとてもいいもののようで、腰掛けると俺の身体をふわっと包み込むように支えてくれて、座り心地がとても良い。

「ところで吉田くん。司令部からこの鎮守府のことは聞いてるか?」
「詳しいことは何も。ただ深海棲艦と戦ってる基地だとしか」
「その通りだ。もう長い間続いてるが、ここは前線基地の一つだ。さっき吉田くん……んー座りが悪いな」
「ハルでいいですよ。みんなそう呼んでるし」
「了解だ。さっきハルに粗相を働いた子……球磨って言うんだが、あの子をはじめとした艦娘たちが、深海棲艦と戦ってくれている」

 あの子が艦娘だったのか……深海棲艦がどんな奴か知らないけれど、化け物と戦う女の子だと聞いていたから、俺はもっとコマンドーみたいな女を想像してた……この鎮守府に来てから驚くことばっかりだ……。

「まぁあれだ。俺も実際に提督として働く前はハルと同じ勘違いしてたしな。確かにあの子たちは兵器みたいなものだけど、付き合ってみたら普通の女の子と変わらん」
「普通の女の子は俺の腹にえぐり込むようにパンチしてこないけど……」
「確かにそうだ……」

 さっきの惨劇を思い出し、俺と提督は苦笑いを浮かべた。

 その後、提督は司令部のお偉いさんとは違って、この鎮守府が置かれた状況を詳しく、そしてわかりやすく教えてくれた。やはりこの鎮守府は、激戦区の鎮守府の一つらしい。その割に拠点の重要度はあまり高くないため、司令部からの支援はあまりアテにならないそうだ。

 おかげでこの鎮守府は常に資源が枯渇状態。だから施設の整備をする余裕も人員もなく、こうして施設内はズタボロの様相を呈しているとのことだった。まぁ最近は深海棲艦のせいで資源も貴重になっているし、あまり重要でない土地なら、取られても痛手はない。そういう腹づもりなのだろう……と提督は少し悔しそうに語っていたのが印象的だった。

「で、せめてここで頑張る子たちのために、少しでも慰安施設を充実させたいと思ってな。艦娘たちからの要望も大きかった美容院を作りたかったんだが……」
「来たのは床屋の俺ってことかー……」
「ああ。まぁ髪を切ることに変わりはないし、ハルの経歴なら別にいいかなと思って」

 テーブルに並べた俺の履歴書と職歴書をちらっと見たあと、提督はそう言いながら手に持ったコーヒーをすすった。自慢じゃないが俺は一応美容師としての免許も持っていて、実際に美容師として働いていたこともある。バーバーちょもらんまで働くのは俺一人だし、理容室としても美容室としても機能させることは可能だ。

「ところで提督さん、俺の店は?」
「ああ、すでにテナントは開けてある。申請されていた必要品目や荷物はすべて到着しているから、あとはハルの方で準備を進めてくれ」
「了解です。じゃあ早速テナントに行きますね」
「了解した。準備にはどれぐらいかかりそうだ?」
「俺一人ですから結構時間はかかると思いますよ。開店は明後日ぐらいを予定してください」

 注文した設備や商品、道具やら何やらから計算すると、今が午前中だということを差し引いても、恐らく店作りにはそれぐらいの時間がかかるだろう。さっきの女の子……球磨って言ったっけ。あの子のアホ毛も気になるし、提督の髪もかなり伸び放題の様相を呈している。ここのみんなにはもうしばらく待ってもらわなければ……などと考えていたら、提督の方から、まさに渡りに船な提案がされた。

「分かった。では球磨を手伝わせよう」
「え……いいんすか? でも戦いで忙しいんでしょ?」

 提督の提案は確かにありがたい。バーバーちょもらんまはこじんまりとした店舗ではあるけれど、さすがに一人で開店準備を進めていくのは大変だ。お手伝いさんがいると作業もはかどって開店を早めることも出来る。

 もちろん、今日明日と時間の開いている子がいれば、の話だが……

「構わんよ。今は戦闘も落ち着いてる。今日と明日ぐらいなら戦力が少なくなってもどうとでもなるだろう。実はすでに球磨に話は通している」
「そうですか」
「それに、あの子達も楽しみにしてたんだ。早く開店させてやって欲しいしな」

 そう語る提督の顔を見て、なんだか故郷のオヤジを思い出した。この人にとっては、艦娘とかいう女の子は、単に敵と戦うための仲間というわけではなく、娘や家族のような存在なのだろう。うちのオヤジにそっくりな眼差しが、雄弁にそれを語ってくれた。

『とんとん。提督、球磨だクマ。呼ばれたから来たクマよ』
「おつかれさん。入ってくれ」

 不意に執務室のドアをノックする音が聞こえ、ドアの向こうからは聞き覚えのある……つーかついさっき俺の腹に自慢の拳をねじ込んだ女の声が聞こえてきた。そいつは提督に促され入室し、俺と提督のところまでとことこと歩いてくると、やる気のない敬礼をしながらアホ毛をぐにぐに動かしていた。

「球磨、すでに知っているな? バーバーちょもらんまの店長、吉田ハルさんだ」
「最初っからそう言えばよかったクマッ」

 言おうとしたら一本背負いからのコークスクリューパンチで致命攻撃を繰り出してきたのは誰だっけ? というボヤキが俺の心の中で響いたのは秘密だ。

「……ともあれハルに一度謝れ」
「ゴメンナサイダクマ」

 ダメだ。こいつ自分が悪いとは微塵も思ってない。

「仲直りに握手でもしたらどうだ?」
「よろしくだクマ。キリッ」
「お、おう……」
「仲良くやるクマ。キリッ」
「よ、よろしく……」

 このアホ毛女……球磨は、相変わらずアホ毛をぐにぐに動かしながらキリリとした顔で、俺に右手を差し出して握手を求めてきた。ちなみに『キリッ』てのは、ちゃんといちいち口に出してやがった。ムカつくのは、こんなヤツでも握手する手は女の子らしい柔らかくて温かい、小さい手をしてやがることだ。こんな小さい手でさっきは俺に致命傷を与えたのか……。

「そんなわけでハル、この球磨をこき使ってくれて構わん」
「球磨はこき使われるのはゴメンだクマ」
「黙れ球磨。それじゃあ頼むぞハル」
「ういっす」
「球磨はこき使われるのはイヤだクマ」

 その後提督から『床屋の開店はASAPで』と必要以上にカッコイイ横文字で煽られたこともあり、取り急ぎこのアホ毛女を引き連れて、バーバーちょもらんまの店舗に向かうことにした。

「球磨はアホ毛女じゃないクマ」
「だったらそのアホ毛なんとかしろよ……」
「床屋さんのハルがなんとかするクマ」
「んじゃ一刻も早くそのアホ毛を切るためにも、さっさと準備するかー」
「クマッ」

 アホ毛おん……球磨の案内で到着したテナントはこのおんぼろ鎮守府の中では比較的キレイな部類に入る建物の1階にあった。店に入るとすでにたくさんの荷物が搬入されていて、ダンボールが所狭しと並んでいる。ぶっちゃけ球磨がいてくれて助かった。この量の荷物を一人で片付けていくのはちょっと重労働過ぎる。

「ふっふっふ〜。球磨がいることに感謝するクマッ!」
「はいはい。とりあえずめぼしい箱をちょっと開けといてくれるか?」
「クマッ。ハルはどうするクマ?」
「おれは片付ける前に店の構造を把握する」
「了解だクマ〜」

 ダンボールの開封を球磨に任せ、店内を見て回ると、聞いてた話の通り、シャンプー台が設置されている。何でも一度、美容師の男が一人、けっこう前にここで店を開いてたんだとか。

「そいつはなんで辞めちゃったの?」
「仲よかった子が轟沈したんだクマ」
「? 轟沈?」
「わかりやすく言うと、戦死したクマ。それでやる気が無くなって、店仕舞いしたんだクマ」

 なるほどね。どうやら激戦区というのは間違いないらしい。今は比較的落ち着いているらしいけど、果たしてそれもいつまで持つかどうか……。つーか随分唐突にヘビーな話だな……。

「お手伝いに来たわよッ!!」

 唐突に入り口がドカンと開き、セーラー服を着たちっちゃくて元気な女の子と、同じくセーラー服で背の高い黒髪の女の子が立っていた。背の高い女の子は球磨よりも見た目やや年上で、やたらと生気の感じられない眠そうな顔が印象的だ。

「ぉお〜! 暁! 待ってたクマぁ!」
「司令官に言われてお手伝いに来たわよ! だって暁は一人前のレディーだから!」

 そう言って、えっへんと口に出しながら誇らしげに胸を張るこの子の名前は暁。白い帽子をかぶっていて、口を開けば『一人前のレディー!!』と言ってるそうな。こんなちっちゃな子でも艦娘ってことは、この子も戦うんだよな……。

「暁に〜……言われてぇ〜……手伝いにき……クカー……」

 信じられないことに立ったまま眠り始めたこの美人のねぼすけさんの名前は加古。常時睡眠不足で、気がつくと夢の中に堕ちてしまっているらしい。この子も艦娘ってことは、やっぱり戦うんだよな。

 ……大丈夫なのココ? 前線基地なんだよねぇ? こんな子たちが戦ってるの?

「そ、それはそうと手伝ってくれるのはうれしいよ。ありがとう。おれは吉田ハルです。よろしく」
「あなたが新しい床屋さんね? 暁は一人前のレディーよ!」

 俺が挨拶をすると、暁ちゃんは元気よくそう答え、おれと握手をしてくれた。ドコぞのアホ毛女と違って素直でいい子だ。

「クマッ!」

 俺の心を読まれたのだろうか……その直後おれは球磨に思いっきり横方向に張り倒された。バーバーちょもらんまの店内に、爆発音に似た『バゴォォオオン』という音が鳴り響いた。

「いって! 何するんだ球磨!!」
「なんか失礼なことを言われた気がしたクマっ!」
「気のせいだ気のせいッ!!」

 まったく……この暁ちゃんを見習って、お前も少しは一人前のレディーを目指し

「黙れクマッ!!」

 再度俺の頭を球磨が張り倒し、『ドボッフ!!』というどう考えても破裂音にしか聞こえない音が、再度店内に鳴り響いた。

「いでぇえ!! だから人のことをやすやすと張り倒すのはやめろッ!!」
「なんか失礼なことを言われた気がしたクマッ!!」
「いいからダンボールを開けろよダンボールを!!」

 半ギレの俺に促され、球磨は俺に背中を向けてダンボールを開け始めた。こちらに背中を向けていて表情は見えないが、球磨が怒りを押し殺しているのが手に取るように分かる。

「クマァ〜……!!」

 だって背中から湯気出てるんだもん……こええよ……あとで何されるんだよこええよ母ちゃん……。

「そ、それはそうと……」

 とりあえず噴火寸前の桜島のように全身から憤怒の煙を上げている球磨は放っておき、俺は加古に挨拶をするべく加古の方を見たのだが……

「くかー……」

 だめだこりゃ。立ったままで熟睡してる……。

「んー……暁ちゃん、一つ頼まれてくれる?」
「いいわよ! なんせ暁は一人前のレディーなんだから!」

 暁ちゃんという存在のありがたみが、傷だらけの俺のメンタルに染みこんでいく……一人はやたらとおれに暴力を振るう妖怪アホ毛女……もう一人は立ったまま眠る妖怪ねぼすけ女……暁ちゃんしかまともな子はいないのかこの鎮守府は。

「えーと……とりあえずこの加古ちゃんを、あっちの散髪台に連れて行って寝かせてあげて」
「ぇえ〜? でも加古も手伝いに来たのよ?」
「手伝ってもらいたいのは山々だけど……」

 俺は自然と加古の方に目線をやり、暁ちゃんもつられて加古の方を見た。加古は今、鼻から巨大な鼻提灯を出したり引っ込めたりしながら、直立の姿勢で眠っている。

「これじゃ仕事は無理だろう……」
「そ、そうね……じゃあ暁が加古の分まで働くわ! だって一人前のレディーなんだから!!」

 ありがとう、ありがとう。暁ちゃんの優しさが今の俺には何よりも貴重だ。背後には今まさに溶岩をたれ流さんばかりに怒り狂った妖怪アホ毛女が……

「……球磨のアホ毛が反応したクマッ?!」

 やっべ。あいつは的確にツッコミを入れてくるからな……用心用心っと……。

 その後、夢の世界との間を漂う加古以外の俺達3人は、あまり作業効率は一人の時と変わらなかったものの、和気あいあいとした雰囲気の中で店舗の準備を進めていった。

「暁ちゃん、あっちにあるシャンプー取ってきてくれる?」
「分かったわ! 一人前のレディーに任せておいて!!」

 暁ちゃんはフットワークも軽く、本当によく動いてくれる。出来るかどうかは置いておいて、暁ちゃんに頼めばがんばってくれるという安心感がたまらない。

「ハル、コンディショナーを見つけたけどどうするクマ?」
「とりあえずそこ置いとけよ」
「……なぜ球磨に対してそんなに冷たいのか理解に苦しむクマ」

 そもそも必要以上に暴力を振るってくるお前と、よく動いてくれる暁ちゃんを比べる方が無理ってもんだ。

「……よく動いてくれる暁ちゃんと同じ待遇を受けるつもりだったお前が理解に苦しむわ」
「了解だクマ。とりあえずあっちで見つけたハルのシザーバッグの中に入ってたハサミを、一本一本丁寧にひん曲げておけばいいクマ?」

 球磨がそう言いながら、俺の商売道具のキャンバス生地のシザーバッグをぶらぶらさせながらニヤニヤしてやがる。こいつを破壊されてしまうと俺はこの地で商売が出来なくなってしまう。ちくしょう人質なんて卑怯だぞ。

「すいませんやめてくださいおねがいします」
「分かればいいクマ。球磨は優しいから勘弁してやるクマ」

 ちくしょう。そのうち絶対こいつに一泡吹かせてやる……俺が球磨への復讐を心に固く誓った時、シャンプーを取りに行っていた暁ちゃんの悲鳴のような声が聞こえた。

「ハル〜! シャンプー重くて持ってこれない〜!!」
「愛しの暁が呼んでるクマ」
「行って助けてこいよ妖怪アホ毛女」
「でもそれを運んでこそ一人前のレディィイイ!!」

 終始こんな感じでのどかに作業は進んでいく。途中、散髪台で惰眠を貪っていた加古が……

「おぁああ……目が冴えてきたぁああ」

 と何の前触れもなく覚醒し、

「よぉおおし! 私も手伝うよぉおお!!」

 と急にやる気を出してシャカシャカと動き出してくれたのはよかったのだが……その最中に俺の顔をまっすぐ見据えながら、

「ところでさ、あんた誰?」

 と質問してきたのは正直力が抜けた。加古、お前何しに来たんだよ……妖怪アホ毛女は片付けに飽きたのか、勝手に霧吹きに水を入れて、それを俺の頭に吹きかけている始末。

「……ハル〜……飽きたクマ〜……」
「分かったからまずその無駄な霧吹きをやめろ。外は晴天なのに俺のとこだけどしゃぶりの雨じゃねーか……」
「クーマー……」

 やべえ。こいつマジで片付けの戦力にならねえ……

「暁は一人前のレディーだからまだがんばれるわよ!」
「暁ちゃんだけだよ真面目に片付けてくれるの……」
「それは聞き捨てならんクマッ」
「お前はいちいち噛み付いてこなくていいんだよ」
「よぉおおし! この片付け終わったら寝るぞぉぉおお!!」

 とは言いながらも少しずつ店舗は出来上がり、やがていっちょまえの床屋さん“バーバーちょもらんま”は完成した。明後日完成予定だったこの店が今日中に仕上がったのは、なんだかんだでこいつらの手伝いのおかげだ。加古が起きて手伝ってくれたおかげで、作業効率が劇的に上がったしな。

「出来た……ここが俺の城、バーバーちょもらんま……!」
「長かったクマ……数々の苦難を乗り越え球磨たちが死力を尽くして血と汗を流し涙をこらえてがんばったおかげで……やっと完成したクマッ……!」
「お前はただ俺の頭に霧吹きしてただけだろうが……」

 俺の横で誇らしげなドヤ顔をしている妖怪霧吹き女はとりあえず置いておいて……

「ところでさ。片付けを手伝ってくれたしさ」
「ん? ハルどうしたの?」

 暁ちゃんがきょとんとした顔で俺を見る。球磨や加古に比べると、暁ちゃんは天使だなぁ……重くて持てなかったシャンプーのボトルを7回ぶちまけた事実はとりあえず無視するとして。

「みんなにはこの店のお客さん第一号になってもらいたい」
「え? いいの?!」
「ホントクマ?!」
「うう……寝かせ……おおぅ……」
「ホコリを落とす意味でも、シャンプーをサービスさせてくれ」

 球磨はとりあえず置いておいて、実は暁ちゃんと加古が手伝いに来てくれた時から、この子たちに感謝の意味を込めて、このみんなで作り上げた俺のバーバーちょもらんまの最初のお客になってほしいと思っていた。これは長い時間忙しく動きまわってくれたみんなへの、俺が出来る精一杯のお礼だ。

 この提案をした瞬間、球磨と暁ちゃんの目がキラキラと輝いた。二人のこの好奇心旺盛な反応を見る限り、シャンプーのサービスは受けがいいようで一安心だ。

「んじゃー誰が最初だ?」
「ハイハイ! 球磨が一番だクマ!!」
「暁は最後でいいわよ! なんせ一人前のレディーなんだからッ!!」
「じゃあ私は2番目で……順番来たら起こし……クカー」

 最初の予想では球磨と暁ちゃんの間で1番を取り合うという骨肉のバトルが繰り広げられると思っていたが、そこはさすが一人前のレディー。レディーの余裕のおかげで、晴れてバーバーちょもらんまの処女シャンプーは球磨となった。

「クマクマっ」

 晴れてお客様第一号になった球磨をシャンプー台に案内し、俺は球磨を仰向けに寝かせ、球磨の顔にタオルを乗せた。元々この店舗に備え付けだったのはうつ伏せ式のシャンプー台だったのだが、仰向け式シャンプー台にこだわりのある俺は、わざわざ仰向け式のシャンプー台用のソファを発注していたのだ。

「かゆいところがあったら言って下さいねお客様〜」
「了解だクマ〜」

 この奇っ怪なアホ毛も含めて球磨の髪をシャワーで濡らし、シャンプーを泡立てて髪の汚れを落としていく。これだけすさまじいアホ毛の持ち主なくせに、彼女の髪は柔らかくて触れていて心地いい、もふもふした肌触りの髪だ。

「お湯の温度はどうだ~?」
「ちょうどいいクマ~」
「そいつはよかった」
「ぉぁあああ〜……たまらんクマぁ〜……」

 なんだかおっさんのようなだみ声を上げる球磨。少女にあるまじきデスボイスは問題だが、満足してくれているようで何よりだ。俺は指の腹を使って丁寧に、丹念に球磨の髪と頭皮の汚れを洗い流していった。

「かゆいところはないですかお客様〜?」
「左足の裏の親指の付け根から5ミリほど下がったとこあたりが痒いクマ」
「自分でかけ」
「正直に言ったのにひどい仕打ちだクマ」
「どこに足の裏をかいてくれる床屋がいるんだよ」
「ハルは球磨の足の裏をかいてくれると信じているクマ。キリッ」
「たとえ世界中の床屋が足の裏をかいてくれても、俺だけはお前の足の裏を拒否し続けてやる」
「床屋の風上にも置けないヤツだクマ。提督に言いつけてやるクマ」
「言ってろ」

 一回目は髪の汚れを落とし、二回目は頭皮の汚れを落とす。コンディショナーで髪質を整えたら無事終了だ。球磨、お疲れさまでした〜。

「うむ。くるしゅうない。存分に堪能したクマっ」
「ちゃんと頭にバスタオル巻いとけよ〜」
「クマクマっ」

 シャンプーを存分に堪能した球磨は、ほくほく顔で頭にタオルを巻いていた。……あと信じがたいことだが、この段階ですでに球磨のアホ毛はびよんと立ち上がっていた。なんだそのアホ毛は。別の生命体なのか?

「クマクマっ」
「球磨。とりあえず次の順番の加古を呼んできてくれ」
「髪の毛はまだ濡れてるクマ。ハルは乾かしてくれないクマ?」
「おれは加古の頭をシャンプーするんだ。すまんがドライヤーはあっちにあるから自分で乾かしてくれ」
「了解だクマ〜」

 アホ毛をぴょこぴょこ動かしながら、球磨は一度シャンプー台から移動した。シャンプー台で待機している俺からは球磨と加古の姿は見えないが、二人の会話はよく聞こえる。

「加古ー。順番が回ってきたクマ」
「あぁ……りょうか……行く……」
「仕方ないクマ。球磨が肩を貸すクマ」

 しばらくごそごそという音が聞こえ、その後球磨に肩を借りた状態でかろうじてこちらの世界で意識を保っている加古がやってきた。加古、この短時間の間にうとうとしはじめたんかい……

「ハル。連れてきたクマよ」
「次はー……私のぉ……番……クカー」
「さんきゅー球磨。そのままシャンプー台に寝かせてくれ」
「球磨がこき使われてるクマっ!」
「ここまで連れてきたんだから最後まで責任もてよ……」

 球磨はジト目でこちらを見つめながら、半分寝ている加古をシャンプー台に仰向けに寝かせ、その顔にタオルをかけた。鼻提灯のせいなのか、不自然にタオルが盛り上がり、生き物のように脈動していた。

「……タオル、キモいな」
「……キモいクマ」

 初めて球磨と意見の統一が出来たことに驚きながら、俺は加古の髪をお湯で濡らし、丹念にシャンプーし始める。球磨はそんな俺の隣で加古の髪がシャンプーされている様をジッと見ていた。なんでお前ここにいるんだよ。

「さっさと髪を乾かさないと風邪引くぞ」
「余計なお世話だクマ」
「はいはい……かゆいところはないか加古〜?」
「右足のぉ〜……小指の付け根の……クカー……」
「……おやすみ」

 ついに完全に夢の世界にダイブしてしまった加古の髪を丹念に洗った後、もはや生ける屍と化した加古を球磨に任せ、次は暁ちゃんの番だ。

「暁ちゃんお待たせ〜」
「待ちかねたわ! いくら暁が一人前のレディーでも待たせすぎよ! ぷんすか!!」
「ごめんね〜。おい球磨」
「クマ?」
「加古の髪の毛乾かしとけよ。風邪ひくから」
「なんで球磨がハルの助手みたいな扱いになってるクマッ!!」
「いいから自分の髪も一緒に乾かしてこいよ……」

 怒りでアホ毛をグニグニ動かしながら加古の髪をドライヤーで乾かす球磨を尻目に、俺は暁ちゃんの髪をシャンプーしていく。球磨や加古に比べると髪が柔らかいのは、やっぱりおこちゃまだからか?

「かゆいところはないですかお客様〜?」
「右足の裏のかかとから3センチぐらい上のところがかゆいわ!!」

 ……艦娘ってさ。床屋にかゆいところを聞かれたら足の裏を答えなきゃいけない決まりでもあるの?

「そういうところは自分でかいてね〜?」
「わかったわ! だって暁は一人前のレディー!!」
「そうだね〜。さすがは一人前のレディーだ」
「えっへん!」

 一人前のレディーが果たして足の裏をボリボリとかくのだろうかという俺の疑問は付きないが、ともあれ暁ちゃんはさすがは一人前のレディー。どこかの妖怪霧吹き女とはえらい違いだ。

「湯加減はどうですかお客様〜?」
「一人前のレディーには丁度いい温度よ?」
「よかったです〜」
「ん〜〜! 気持ちいい〜!!」

 他の二人に比べてやや指の力を抜いて暁ちゃんのシャンプーをやりとげた俺は、彼女の頭にバスタオルを巻いてあげ、シャンプー台から暁ちゃんをエスコートして散髪台まで連れてきてあげた。散髪台ブースの方では、球磨が居眠り中の加古をシートに座らせて、ドライヤーで熱風を当てて彼女の髪を乾かしている。意外と手慣れた手つきでちょっと驚いた。

「球磨にかかればこんなもんだクマ」
「んじゃ暁ちゃんは一人前のレディーだから俺が乾かしてあげよう」
「やった! やっぱり暁は一人前のレディーなのね!」
「そうだよ〜」
「暁と球磨の扱いの差に、球磨は無念の涙を禁じ得ないクマ」
「いいからお前は早く加古の髪を乾かしてやれよ」
「クーマー……」

 こうして俺と球磨の手によって、暁ちゃんと加古の髪が乾かされていく。二人の髪が乾ききったのはほぼ同時だった。

「はい。暁ちゃんお疲れさまでした!」
「んー気持ちよかったぁあ〜!! 髪もキレイになって、これで一人前のレディー!」
「加古〜。終わったクマ〜」
「……クカー」

 髪の汚れを落としてキレイになった暁ちゃんは、上機嫌で加古を引きずって帰っていった。しかし加古のねぼすけっぷりは筋金入りだな。暁ちゃんに引きずられても目覚めなかったぞ?

「まぁ、あれが加古だクマ」
「アイツっていつもあんな感じなの?」
「そうクマ。本格的に寝に入ったらそう簡単には起きないクマね」
「ほーん……艦娘って個性的だなぁ」
「ホントそうだクマ。ついてけないクマ」

 他人ごとのように球磨はこう答えるが、この場に100人の人間がいれば、その全員が『お前が一番個性的だ』と思うに違いない。

「ところでなんで球磨を残したクマ?」
「いや、だってお前、まだ髪乾かしてないだろ? 乾かしちゃるからシートに座りな」
「うむ。くるしゅうないクマ。球磨の髪を乾かすことが出来る権利をやるクマ」
「いいから黙ってさっさと座れよ」

 散髪台のソファに座った球磨の、頭に巻かれたバスタオルを解いてやる。バスタオルが多少水分を吸ってはいたが、球磨の髪はまだまだぬれそぼっているようだ。

「さっきまで“自分でやれ”って言ってたのにどういう風の吹き回しクマ?」
「だってお前、他の二人よりも長い時間手伝ってくれてたろ?」
「そうクマ?」
「加古の髪も乾かしてくれたし」

 こんなどうでもいい会話を繰り広げながら、ドライヤーの風を当てて球磨の髪を乾かしてやる。やっぱこいつの髪は他の二人に比べても、もふもふしてて手触りがいいな。

 乾かしている最中、その直立不動のアホ毛が気になった。これだけ激しく風を当てているのに、一向になびく気配のないアホ毛。一体どんな育ち方をしたらこんな強靭なアホ毛が育つんだよ。

「いつかキレイに整えてやる」
「楽しみに待ってるクマ」

 髪をキレイに乾かした後は、球磨の肩から首筋にかけてマッサージをしてやった。妖怪霧吹き女と化した時もあったが、一番長い時間手伝ってくれた球磨だけへの特別サービスだ。首筋をグリグリしたあとは、肩の筋肉のコリをほぐしてやる。

「一番がんばってくれたからな。特別サービスだ」
「ぉぉぁああ……たまらんクマ……」

 気持ちよさそうなのはいいんだが、なぜおっさん声なんだお前は。お前は仮にも女だろ。

「仮にもとは失礼な言い草だクマ……うぁぁぁぁああぁぁ」
「はいはい……」

 球磨の肩をほぐしていて気付いたが、やはり少し硬くなっている。この硬さは日々戦闘を重ねる軍人だからか、それとも肩がこるほどの激務に追われているからか……

「なぁ球磨」
「あおぅぅううぅ……クマ?」
「お前さ。毎日大変なの?」
「大変といえば大変クマね。出撃があったら深海棲艦と戦わなきゃいけないクマ」

 そうだよなぁ……死人が出てるって話だし、やっぱこいつも軍人なんだよなぁ。

「まぁ艦娘だから仕方ないクマ」

 マッサージも終わり、球磨の両肩をポンポンと叩いてやる。球磨、お疲れさま。

「ほい終了」
「おおぅ……もうおしまいクマ?」
「おう。気持ちよかったか?」
「気持ちよかったクマ。死力を尽くして倒れ伏すまで続けて欲しかったクマ」
「揉み起こしになるぞお前……」

 こうして球磨を一番最初の客として、この“バーバーちょもらんま”の輝かしい歴史は幕を開けた。明日からは、この鎮守府のやつらの髪を整えまくって洗いまくって、キレイにしまくってやる……!! そんな野望を胸に秘め、俺の気持ちはこの時、かつてなく高ぶっていた。

「揉み起こしなんかやらかした時は、元凶のハルを張り倒せば万事解決だクマ。キリッ」
「なんでもかんでもバイオレンスで解決しようとするのはよせ」

 そしていつの日か、このアホ毛女のアホ毛を成敗してやる。 
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