恋姫†袁紹♂伝
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第35話
前書き
~前回までのあらすじ~
華雄「お姉さんはねぇ、敵軍の苦しむ顔が大好きなんだよ!」
関羽「ライダー助けて!」
☆
華雄「退いちゃうの? 一騎打ちしてよ」
関羽「調子に乗ってんじゃねーぞこの女郎、真名ないくせによー(棒」
☆
華雄「謝罪はしといてやるよぉ」
関羽「許すん」
どっちだよ
連合と董卓軍の衝突から、早くも初日が過ぎようとしていた。
「……」
謁見の間にて相国である董卓、そして軍師の賈駆が陣営の文官達と共に沈黙を保ち報告を待っている。
絶望的な状況にあって、初日の戦況は今後の勝敗を大きく左右する重要な要素だ。
「ほ、報告! 汜水関の防衛に成功、初日は我等の勝利に御座います!!」
『オオッ!』
「詠ちゃん!」
「詳細を教えて」
安堵の空気が流れる中、賈駆は報告を急かす。
戦はまだ始まったばかりなのだ。前線で奮闘する将兵達のためにも、時間を無駄には出来ない。
「連合の先鋒は劉備軍。その将である関羽が華雄様に一騎打ちを申し込んだものの、華雄様はこれを無視して出陣。関羽を孤立させ敵軍を誘き出し、相手に大きな被害を与えました!」
『オオッ!』
「さすが華雄様だ」
「しかし劉備軍が先鋒とは、寡兵を当てるなど舐めたマネを……」
「いや、これは好機でもある。相手が余裕を見せている内は防衛しやすい」
「その通りだ、生半可な攻めでは華雄様を退けまい」
「なんで華雄さん出陣したのかな?」
「ボクの指示よ」
「詠ちゃんの?」
「華雄は圧倒的に攻めの将だもの、あいつの持ち味は攻勢に出ることで発揮されるわ。
だから此処を発つ前に伝えたの、『機があれば出陣しなさい』って。正直、ここまでうまくいくとは思っていなかったわ」
「普段はケンカばかりしてるけど、やっぱり詠ちゃんは華雄さんの事も良く見てるんだね」
「な、ぼ、ボクは軍師としての責務を全うしているだけよ!」
董卓の言う通り、華雄と賈駆の二人は普段から口論が絶えない。
攻め主体の華雄、慎重に事を進める賈駆は何かと意見が衝突しがちだ。
しかし、喧嘩するほど仲が良いという言葉があるように、この二人も互いを認め合っていた。
「そんなことより報告の続きよ!」
「ハッ、劉備軍とそれを援護に来た趙雲に痛手を与えた後、華雄様は汜水関に撤退。
下がった劉備軍に変わり、他の軍勢が汜水関を攻め立てましたが被害は軽微。
日没と共に連合は退却いたしました!」
「上出来ね。……張遼の方は?」
「賈駆様の予想通り、迂回路に敵が現れその軍と交戦。
軍旗は無いものの兵の特徴から、孫策軍と思われます」
「霞さん……」
「大丈夫よ月、霞にはボクから必勝の策を授けてあるわ」
開戦から二日目の朝。迂回路を攻略する孫策軍は思うように進軍出来ず、未だ入り口付近に待機していた。
「どうにもやりにくい相手ですね~、張遼将軍は」
「いや、張遼ではない。この策は別の者の臭いを感じる、恐らく賈駆だろう」
「それを実践できる張遼将軍の能力は高いですぅ」
初日の攻防戦。孫策軍の三軍師が伏兵や罠の場所を予測、優秀な斥候を使い特定。
回避、或いは返り討ちにすることで進軍しようと目論んだ。
それに対し張遼は――孫策軍の動きに合わせ伏兵の位置を変えることで霍乱。
結果、幾度となく孫策軍に奇襲を仕掛け損害を与えた。
「解った事が一つあるな」
「あら、それも太平妖術の書のおかげかしら?」
「むくれるな雪蓮。それを置いてきた事はお前も知っているだろう?」
「フンッ!」
そっぽを向く孫策に周瑜は苦笑する。
太平妖術の書に頼り、それに友が魅入られること警戒していた孫策。
長い付き合いからそれを察した周瑜は、彼女の憂いを解消すべく置いて来たのだ。
この迂回路発見は紛れもなく孫策軍の力によるものである。
孫策が拗ねているのは戦況に満足できないからだろう。基本的に正面からの戦いを好む彼女にとって、一進一退の攻防は退屈で仕方なかった。
「話しを戻そう。解ったことは敵の本陣が近くにあるということだ」
張遼軍は孫策達の動きに応じて伏兵の位置を操作している。見通しの悪いこの地形で成すのは至難の業だ。
「奴は我等を監視している」
隠密に長ける偵察兵を使い此方の動きを察知している。注目すべきは情報伝達の精度だ。
本陣が離れていればいるほど伝達するのは難しい。狼煙や銅鑼の音響を使ったものが効果的だが、その二つはおろか合図を送った痕跡が見られない。
そこから導き出される答えは、長距離で情報伝達する必要が無いという事。
「問題は何処に本陣があるかだが……」
「あっ」
「どうした隠、気が付いた事があれば遠慮なく言ってくれ」
「伏兵の動き……左右で偏りを感じませんか?」
『!?』
地形図で初日の戦況を振り返っていた陸遜。彼女の言葉に周瑜と呂蒙も、地形図上に配置されている兵馬駒に視線を移す。
自分達から見て右側に位置する伏兵が、もっとも効果的なタイミングで奇襲している。
それに対して左側の動きが僅かに遅い。特定した場所からの移動はできているが、奇襲を仕掛ける最適のタイミングを失っていた。
「張遼は我等の動きを見透かすように伏兵を動かす」
「必要とされるのは、優秀な偵察兵の目と正確かつ機密性のある情報伝達」
「その二つを両立させるのは至難の業ですね~。
精度が高ければ高いほど本陣も近くにあるでしょう」
「その条件の下。右にいる伏兵の動きが正確なのに対し、左に生じる僅かな遅れ。
これは……情報伝達の速度を意味する」
そこから導き出される答えは一つ。
『敵本陣は右にある!』
「報告! 孫策軍がこの本陣に向かって進軍を開始しました!!」
「馬鹿な!? この場所がばれたというのか!」
「もしや偵察兵が捕まって……」
「彼等は選りすぐりの精鋭達だ。たとえ捕まったとしても吐かぬ」
「では我等の策を見破ったと……まだ二日目だぞ?」
「ええぃ、そんなことより迎撃の準備だ!」
「流石やな――
本陣で伏兵を操作していた張遼達は、やってきた報告と共に慌しく動き出した。
そんな中、地形図を見ていた張遼が静かに賛辞を口にする。しかしそれは――
――うちらの軍師様は」
敵に対する言葉では無かった。
時を遡り連合が集結していなかった頃、張遼は軍師である賈駆と口論になっていた。
「なんでや賈駆っち……なんでうちが虎牢関やねん!!」
「ボクの決定になにか異論でもあるの?」
「当たり前や!」
普段は飄々としている張遼も、このときばかりは語尾を荒げた。
無理も無い。この戦の勝敗は主、部下、そして戦友の命が掛かっている。
「汜水関と虎牢関を抜かれ洛陽が落ちればうちらの負けや。双方に軍を置くこと自体は理解できる。でもそれは通常の戦である場合や!」
戦では大小の差こそあれ、戦力が同等の軍同士での戦いは少ない。
しかしそれを踏まえて尚、連合と董卓軍の戦力差は常軌を逸していた。
それこそ、無条件降伏を視野に入れるほどに――
「虎牢関でうちが連合を迎撃するっちゅうことは、汜水関が落ちたことを意味する。
すなわち、華雄とその軍が敗れたっちゅうことや! 唯でさえ戦力差のあるうちらが華雄達を失って戦えるわけない。汜水関を突破して士気が最高潮の連合に蹂躙されるのがオチやろ!!」
「……」
「うちが守るべき場所はな……」
そう言うと張遼は、地形図上にあった自軍を模した駒を手に取り――
「ここや!!」
叩きつけるように汜水関、華雄軍の横に置いた。
「一軍でも欠けたら敗北が決定する。なら最初から全軍で汜水関の防衛にあたるべきや!
賈駆っち……あんた程の軍師がこの答えに辿り着けなかったとは言わせへんで!!」
「霞の言いたいことはわかる。ボクも同意見よ」
「――だったら!」
さらに捲くし立てようとする張遼を手で制する。
「理由を説明する前に確認なんだけど、ボク達にとって最悪の事態はなんだと思う?」
「そんなの……関を抜かれて洛陽に攻め込まれることやんか」
「そう、洛陽が攻め込まれることよ。そしてそこに通じる道は一つじゃないわ」
「迂回路の事を言うとるんか? 洛陽に来たうちらが最近知った場所を、連合が知るはずないやん。たとえ見つけたとしても、あんな悪条件だらけの所を誰が使うねん」
「甘いわ霞。ボク達は文字通り後が無いの、石橋を叩いて渡る位じゃないと駄目よ」
「つまりウチに、虎牢関では無く迂回路の指揮を取れってことか」
「迂回路を使う軍がいるとしたら、どのような軍だと思う?」
「そら功名心に駆られた猪突猛進の馬鹿か、自軍に自信のある少数精鋭やろな」
「恐らく後者ね。ボクの見立てでは孫策軍が来るはずよ」
連合の情報に力を入れた賈駆は、軍の構成、有力な将、これまでの実績など等、全てを網羅していた。
その中で目をつけたのは孫策軍。黄巾との戦いにおいて他諸侯を出し抜いて門を開き、張角の頸を挙げて見せた。
この実績からかの軍は諜報力に優れ、その能力を十全に発揮できる軍師がいることがわかる。
「貴女にはあえて敵軍の近く、この位置で陣を張って貰いたいの。
孫策軍は優秀な斥候と軍師を保有しているわ、配置させる伏兵と罠の位置は看破される。
彼女達は一気に突破すべく避けるはずよ、そこで――貴女には敵軍の動きに応じて伏兵を動かして欲しいの」
「情報伝達の為に敵軍の近くに本陣を置いて……か」
「流石ね、理解が早くて助かるわ」
地形図上の迂回路に駒を持って行こうとした賈駆。その腕を張遼が掴んで止めた。
「まだや賈駆っち……まだ半分や」
「半分?」
「迂回路を突破されることが最悪の事態の『一つ』である事はわかった。
少数精鋭で知られる孫策軍がそこを狙う危険性もな。でもな賈駆っち、ウチが迂回路で敵を迎撃するとして正面はどないすんねん! いくら華雄が強いといっても限度があるで!!」
「あら、いつボクが迂回路の敵を迎撃するといったのかしら?」
「……へ?」
「ボクの策はこうよ、迂回路に陣を張り敵が来たらそれを速やかに『撃退』
汜水関にいる華雄に合流し二軍で防衛する。
霞――貴女には迂回路で攻勢に出てもらうわ」
「攻勢……って」
張遼は地形図上――迂回路に配置された駒に目を向け、賈駆の策と言葉の両方を頭の中で反復させた。
伏兵を察知する敵軍に対して、臨機応変に伏兵を動かし奇襲する。
見事な『迎撃』の策だ。この策をもってすれば敵軍の動きは封じられ、迂回路の突破は困難を極めるだろう。
「フフフ、わけがわからないって顔ね。今から説明するわ――」
そこから聞かされたのは紛れも無い『攻勢』の策。先程聞いた『迎撃』の策が見事に昇華したもの。
「詠っちアンタ……伏兵、罠、そして本陣でさえも囮にするんか!?」
艶かしく笑みを浮かべる軍師の姿に、張遼は戦慄すると共に安堵する。
彼女が味方で良かった――と。
「物見より報告! 前方に敵本陣と思しき場所有り、迎撃の姿勢を見せております!!」
「ふふふ。初日に感じた鬱憤――大いに晴らさせてもらうわ!」
張遼軍の本陣を見つけた孫策達は疾走した。
険しく行軍には適さないその場所を、何事も無いように馬を走らせていく。
孫策軍が少数精鋭だからこそ成せる業だ。
「……」
自軍が血気盛んに進軍していく中、軍列の中央付近に居た周瑜は違和感を感じていた。
――うまく事が運びすぎている
迂回路全体に伏兵を散らばしている張遼軍。本陣の戦力は多くない、精々自分達と同程度の筈。
伏兵策の為に精鋭を使っていれば、質で自軍が圧倒できる。
――にも関わらず、迎撃
妨害が無い事も気がかりだ。此処までの道程で、幾つも伏兵を配置できる場所を素通り出来た。
敵の策で最も重要なのは本陣の指揮系統。それが無くなれば伏兵は孤立し、全てが水の泡になる。
敵方には本陣を移動させるという手段もあった。伏兵や罠で孫策軍の動きを止め、把握している地形の中で付かず離れず敵を監視すれば良いのだ。
しかし、疑問に思うと同時に答えも湧いてくる。
本陣の守りを意識して伏兵を配置すれば、そこから本陣の場所を予測されるかもしれない。
あえて配置せず手薄にする事で、本陣の場所を分からないようにした。
此方の接近に気がついて迎撃の動きを見せるのは、地形的に退却が難しいから。
そう考えると辻褄が合う。
――だがこの感じ、あの時に似ている
誰かの掌の上に居る感覚、あの袁紹等から感じたものだ!
「どうしたのだ冥琳。敵本陣を見つけた自軍の軍師が青い顔すれば、皆の士気に関わるぞ?」
「祭殿……」
思い詰めた表情の周瑜に黄蓋が声を掛ける。彼女の言葉で意識を現実に戻した周瑜は、最悪の事態に備えるため口を開いた。
「祭殿、前方に居る雪蓮に言伝をお願いします」
「む、それは儂でないといけないのか?」
現在軍列の中央に居る。黄蓋は周瑜に声を掛けるために後続から出て来たのだ。
言伝の相手である孫策は軍の先陣を指揮している。中列からそこまで行くのは骨を折るし、何より伝令係の者達が居る。
「雪蓮は興奮で頭に血が上っているはず。兵の言葉には耳を貸さない恐れがあります」
「それで儂か……相分かった。言伝を引き受けよう」
「忝い。彼女には一言『気をつけるように』とお願いします」
「承知した。では膳を急ぐとするか」
感謝の意を伝えるため頭を下げる、それを見て黄蓋は苦笑いを浮かべた。
「相変わらず固い奴じゃ。そうさなぁ、儂から取り上げた酒で手を打とう」
「フッ、考えておきます」
「十分じゃ、ではな!」
周瑜の表情が和らいだのを確認し馬を急がせる。孫策には及ばないが周瑜の勘も鋭い。
直ぐに伝えねば――
「『気をつけるように』?」
「うむ」
「……」
それまでは獲物を前にした獣の如く興奮していたが。黄蓋と、その口から聞かされた周瑜の伝言で、孫策の目に理性が戻る。
――何かある?
そして類稀な勘の鋭さで何かを察知する。それは周瑜が感じていたものと同じ違和感。
周瑜とは違い理屈は伴っていないが、この先に何かあると強く感じた。
「あの冥琳が儂を遣わすほどじゃ、警戒しても損は無いと思うがの」
「ええ、でも敵本陣は目と鼻の先よ。迎撃の態勢を整えられたらまずいし、この速度を維持するべきだわ」
「それについては同感じゃ」
物見の報告から敵本陣は確認している。相手が何かを仕掛ける前に突撃してしまえば問題ない。
攻撃こそ最大の防御、孫策軍はそれを立証できる精強さを誇るのだ。
それから数里移動し、ある場所に行き着いた。
「ほう、敵本陣に到着する前にこのような広い所が――「全軍停止!」な、策殿!?」
「祭、今すぐ皆を停止させて!」
「正気か策殿、この速度でいきなり止めては――「早く!」ッ~~全軍停止!!」
孫策の必死な言葉を受け、黄蓋は疾走する自軍に停止を呼びかけた。
その結果彼女の懸念した通り、兵達は前後でぶつかり合い多くの者達が落馬。
大小の差はあれ怪我人が続出した。
「く……策殿、いったいどうしたのだ!」
「わからないわ、でも……この地形に危機感を感じるの」
「この地形? ただ少し開けた――」
そこで黄蓋の言葉が詰まる。馬を走らせていた時には気にならなかった地形。
出入り口が先細りになっているこれには見覚えがある。
「ッ、皆の者退け! これは――これは囲地じゃ!!」
黄蓋は反射的に弓を手に取った。
孫氏曰く『囲地』とは。
入り口が険路で中は断崖に囲まれ、出口が先細りしている。
敵を討つのに絶好の地形である。
攻める側は断崖の高所より矢を撃ち込み、機を見て駆け下り敵を討てる。
受ける側は逃げ道を断崖と自軍の兵に阻まれ、唯一の出口には兵が殺到し先頭から行き詰る。
後ろも容易に敵に割って入られ道を塞がれる。
つまり『囲地』にうまく敵を誘い込めれば――
倍の数の敵でも容易に討てるのである。
「敵軍、入り口で停止しました!」
「な、もう囲地に気がついたんかいな!?」
「いくら何でもこんなに早く気が付かれるはずが……張遼様、一旦様子を窺いましょう」
「あかん! 落馬してでも全軍を停止させたんや、気が付いてると見るべきやで!」
既に囲地の崖には、張遼軍による大量の弓兵が控えている。
孫策達が囲地の奥――否、中央まで進軍していれば壊滅的な被害を受けていただろう。
しかしそれも、孫策軍が入り口付近で停止した事により事態は一変した。
孫策の勘が常人の遥か上である事は報告に受けている。だからこそ伏兵を悟られぬよう弓兵達は出口側、本陣に近いほうに配置したのだ。
本来なら入り口を封鎖したのち、弓兵達を広げ一斉掃射を浴びせる算段だった。
そして満身創痍になりながら混乱する敵軍に向かって、本陣の騎馬隊が止めを刺すはずだったのだ。
「―――入り口封鎖や、合図を!」
「ハッ」
予定は大きく狂ったが張遼はすぐさま行動に出た。敵軍は少なからず入り口に入っている。
先頭に居る者の風貌は伝え聞いた孫策本人だろう。一緒に居る妙齢の女性からもただならない気配を感じる。恐らく名のある武人だ。
ならば話は早い、入り口を封鎖し孤立させ討ち取れば良いのだ。
支柱を失った軍ほど脆いものは無い、士気の落ちた残党兵など張遼軍にとって恰好の餌食だろう。
張遼は後方に控える騎馬隊に知らせを送る。
『入り口封鎖と共に突撃せよ』
しかし彼女の予想を裏切り、入り口の仕掛けが作動する事は無かった。
兵により合図の旗が振られ続ける。
入り口を封鎖するはずだった兵士達は――既に事切れていた。
賈駆と張遼による、囲地を用いた撃退策。
これが失敗に終わった要因は実に些細なものだった。
始まりは周瑜を心配した黄蓋からだ、言伝を頼まれた彼女は孫策にそれを伝え、敵陣が近いと見るやそのまま先頭に加わった。
そして理性と勘を取り戻した孫策が強引に進軍を停め、黄蓋が長年培った経験から囲地を看破した。
黄蓋は退却を口にすると同時に弓を手に取る、その動きは反射的なものだ。
彼女ほどの武将は当然『囲地』を知っている、その効果と有能性も。
だが幸いな事に自軍は入り口付近で停止出来た。最悪の展開は免れたはずだ。
――否、まだ恐れる展開がある!
本能に基づき目線を入り口の崖に向ける。そして見つけた、落ちれば確実に入り口が封鎖される巨石を。
そして発見と同時に複数の兵士が姿を現す、約十数人。
彼等が巨石に近づく前に、黄蓋の弓から矢が放たれた。
もし、黄蓋が周瑜に声を掛けなければ。
もし、周瑜が黄蓋に言伝を頼まなければ。
もし、孫策の興奮が醒めていなければ。
もし、黄蓋が先頭にいなければ――
賈駆の策は成っただろう。総大将孫策は討ち死に、他の将兵達も壊滅的な被害を受け、撤退を余儀なくされたはずだ。
勝利の女神はこの時、孫策達に微笑んでいた。
「さっすが祭! 愛してる!!」
巨石と、その近くで倒れている敵兵を確認した孫策は、自分達が窮地に立たされていたことを理解すると共に、黄蓋によりそれを脱した事で歓喜の声を上げた。
「これ策殿、油断めされるな!」
「一時退却よ! 落馬した者に手を貸しなさい、殿は私が務めるわ!!」
「敵軍が退いて行きます!」
「敵軍は落馬した者による離脱者が多く、未だ隊列が整っていません!」
「張遼様、追撃を!」
「張遼様!!」
「―――ッ」
選択を迫られた張遼は、賈駆の言葉を思い出していた。
『ボクの策は十中八九決まるわ、でも――もしも失敗したら。
そこから先は霞の采配に任せるわ』
『それでいいのかって? 何を言うかと思えば』
『ボクは霞の力量を信じてる。何が起きても張文遠なら最善の行動が取れるってね!』
「張遼様!!」
「うち等も退却、本陣を移動させ策を練り直す」
「なッ、これではみすみす――「あかん」!?」
「こっちの策を寸前で看破できる軍や、無策で退却するはずない!
とっくに何らかの対策を立てられていると見るべきや!!」
張遼の言葉通り、既に孫策軍は迎撃の準備を終えていた。
軍列中央に居た周瑜は囲地の仔細を聞いた後、今まで通ってきた道の崖に兵を配備。
甘寧、周泰の両名を機能しなかった巨石に移動させていた。
仮に張遼が騎馬を率いて追撃に動いた場合。入り口を封鎖され張遼は敵地に孤立していただろう。
「堪忍な――華雄」
両軍が慌しく動く中、張遼は汜水関の方角に呟いた。
本来であれば今日の内に孫策軍を撃退し、汜水関に合流するはずったのだ。
策が成らなかった事で仕切り直しになる。大胆にも撃退に動いた此方に対し、敵は慎重になるだろう。
焦って多大な被害を出せば援軍として機能しなくなる。迂回路の攻防はもう少し長引きそうだ。
「どうやら追って来ないようじゃの」
「正直、助かります」
迎撃の準備を終え、敵軍を待ち構えていた周瑜は溜息をつく。
即興で用意したにしては効果的な迎撃の策、うまく機能すれば張遼を討てたかもしれない。
それを踏まえて尚、追撃が無かったことに安堵した。
急停止による落馬は予想以上に被害が大きい。特に先頭を走っていた精鋭、孫呉の主攻を担う者達の離脱が痛い。
彼ら無くして張遼は止められない。追撃していれば彼女の刃は孫策まで届いただろう。
無論、自分達の長の武を疑ってなどいない。しかし、退路を無くし背水の陣とかした張遼軍は
最悪、総大将同士の相討ちもありえた。
「ああもう! なんで追ってこないのよ!!」
そんな安堵の空気が流れる中、一人不満げに叫ぶ者が居た。
孫策だ。彼女からしてみれば今回の件も初日と同様一進一退の展開であり、刃を交えさせることのないそれは、消化不良もいいところだ。
「……はぁ」
孫策の様子に、先程とは違う種類の溜息を周瑜は洩らした。
気分屋な孫策は盛り上がっているとき武力が向上する。
その逆も然り、不満が溜まっていれば腕が鈍るのだ。
初日は策を詰める為と断ったが。今夜あたり彼女の天幕で、その不満を解消させてやらねばなるまい。
「戦はまだ始まったばかり、武人で無いとは言え体力は温存したいのだが……な」
言って周瑜は天を仰ぐ、沈みかけた太陽の光が眩しく感じた。
後書き
もしものIF 袁紹軍迂回路ルート
「駄目です! 動きが速過ぎて伏兵も罠も間にあいません!!」
「何で出来てるねん、その御輿ってのは!?」
「急報! 文醜、顔良、趙雲、そして呂布の軍勢が本陣に向かって進軍中!!」
『…………』
?「武力&知力+αで容赦なく攻め立てる袁紹軍。
頑張って張遼、あんたが倒れたら董卓様は……!
次回『董卓軍死す』迎撃スタンバイ!」
感想欄大荒れ不回避
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