ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
ALL for ALL
「でき……た」
烈風と岩石と光芒が飛び交う人外の戦場のただ中。
その結果の鍵を一手に握る少女が轟音に掻き消され、誰に聞こえることもない呟きを放った。
その手元。
幾つも浮かび上がった製作作業中ウインドウに映るパーセンテージバーの全てが百パーセントを示していた。
それらのウインドウが取り囲む中央に鎮座するのは、鋼鉄の弾丸。
大まかなシルエットだけで言えば通常のライフル弾に見えなくもない。ただ違いは、それがロケットランチャー専用であるため当然のようにサイズが違いすぎるということと、その先端部に突き出した棒状の中途にも同じような弾丸状の膨らみがあるということだろうか。
タンデム弾頭。
通常は一回の爆発を起こすだけで終わる対戦車榴弾だが、タンデム弾頭はメインの大型弾頭の直前に取り付けられたサブ弾頭が起爆することにより、より装甲を貫通する確率が上がるのだ。
「……ま、本来は戦車の爆発反応装甲を攻略するための弾なんだけどね」
「なに?できたの?」
こぼれた呟きに反応したシノンが振り返った。
「できた!」
それに親指を立てて返しながら、リラは素早く装填に入った。円筒状になっている《吸血鬼》の後部から弾頭を滑るように挿入し、カウンターマスが直撃しないように退避する。
「いい!?タマはそれ一個だからね!外すんじゃないわよ!!」
「了解」
シノンが小さく呟き、スコープに視線を集中させる。
それだけでピン、と空気が張り詰め、痛いものに変わったことを少女は悟る。
狙撃手の銘とも言っていい。
今この空間を支配しているのは、紛れもなくシノンだった。
―――ちっくしょ。カッコいいじゃない……。
しかしそんなことは口が裂けても言いたくないのもまた事実。
照れ隠しのように鼻をこすり、リラは持ち前のよく通る声を腹から一杯に眼前の戦場へと吐き出した。
「退避いいいいぃぃぃ――――ッッ!!!」
咆哮。
怒声でも絶叫でもない。
壁職がMobのタゲを取る一般的なスキルの一つに《雄叫び》というものがあるが、ちっぽけな少女から迸った声量はその本職達すらも霞ませるほどだった。
暴走したマークⅡさえも僅かに巨体を硬直させるほどの声を発揮した少女は、見降ろす巨人を見上げて不敵に笑った。
「Dodge this,son of a bitch……!」
拳銃の形にされた手のひらは、戦場の巨人をただ狙う。
その咆哮は、当然少年の耳にも入った。
夜気を引き裂きながら振るわれる剛腕が生じる桁違いの衝撃をを身体全体を回転させるようにして受け流しながら、キリトは背中合わせになった小さな背に咳き込むように言う。
「レン!退くぞ!」
「ユウキねーちゃん達と先に行って!少しでも釘付けにしとかないといけないでしょ!」
「だけど……ッ!」
こちらをチラ、と見た少年はニヤリと不敵に笑った。
「優勝はキリトにーちゃんにあげるよ。ま、ユウキねーちゃんを倒せたらー、だけどね」
「……はっ、お前も倒してやるよ」
「言うねー。にーちゃんはコンボ狙いすぎてて動き読みやすいから気をつけてね」
「余計なお世話だ!」
ゴッッッンン!!!
軽口を叩く二人を両断するように拳が振り下ろされる。
地殻を揺さぶる拳撃から発生する衝撃波と岩弾をしのぎ切り、キリトが辺りを見回すと、もうレンの姿は見えなくなっていた。
その代わりのように、耳をつんざくような不快な金属音が響き渡り、マークⅡの巨体のあちこちにチカチカと閃光が走る。
―――ッ!頼んだぞ!
胸中でそれだけを呟き、黒衣の少年はユウキとミナを見つけて一緒に戦線を離脱すべく、髪を翻す。
「ディルアアアアアアアアアアァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」
暴走し、歯止めがなくなった巨人の咆哮がびりびりと大気を叩く。
だが。
―――何でだろう……。
レンには、その雄叫びがどこか虚しく響いているように感じられた。
直近から見れば白い壁にしか見えない足回りをウロチョロしながら巨人の注意を引く。
すれ違いざまにその真っ白な装甲版に必ず一発くれてやっているのだが、傷は付けど効いている気配が一向にない。
靭帯とか腱とか切れてくれて、ついでにブッ倒れてくれれば御の字だと思っていたが、そもそもコレにまともな身体構造が詰められているかも謎だ。硬いのは外縁だけで、中身はすっからかんのがらんどうだったとしても驚かない。
得物のない状態というのは、GGOにログインした時と同じとはいえ、明確に失ったと確信した今とは大違いな気がする。
じりじりとした焦燥感のようなものが神経を炙り、少年の心を希硫酸でゆっくりと溶かすように舐めとっていく。
だが、それを振り払うように足の裏で赤茶けた岩盤を蹴り飛ばしながら、レンは漠然とした諦観のような気持ちになった。
「……そっか」
ゾン!!と。
大気を引き裂く恐るべき音とともに振り下ろされる拳を避けるのではなく、あろうことか飛び乗り、そのまま腕を伝って少年は軽やかに天を駆ける。
血のように真っ赤な単眼レンズがこちらを射抜き、振り落さんと自由な左手を振りかぶる。
だが、それを目の端で捉えながらも、《冥王》と呼ばれた少年の脚は止まらない。
どころか一層の加速を持ってその行動に応えた。
一瞬でレンズと肉薄するまで接近したレンは、その紅玉のような単眼に勢いよく拳を突き刺した。
「ォッ……ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――!!!!!!!」
蜘蛛の巣のようなクラックが艶やかな鏡面に縦横無尽に走り、マークⅡは雄叫びでも方向でも嗤い声でもない。初めて、明確に悲鳴と理解できる声を上げた。
だが。
それと同時。
『……ナンデ?』
「――――ッッッ!!」
埋没した腕。
そこから溢れ出るように、《何か》が湧出した。
『ナンデ』『ドウシテ』
『イタイ』
『クルシイ』
『ワタシガ』
『ボクガ』
『オレガ』
『ナニヲシタンダ』
『タダ』
『ウマレテキタ』『ダケナノニ』
『ママ』『ママハ』
『ドコ』
『ドコニイルノ』
『クルシイ』
『イタイ』
『タスケテヨ』
『オヤ』『ダロウガ』
『タスケテ』『タスケテ』
『タスケロヨ』
メキミキバキィッ!
砕けた紅のレンズ。その割れ目の鋭利な先端が、少年の腕に噛みつくように突き刺さっていく。
―――これ…は。
だがその様は、まるで。
―――フェイバル……じゃない!初代《災禍の鎧》の中に生まれた《獣》と同じようなモノ、なのか!?
親とはぐれて縋りつく子供の手のように見えた。
レンは背筋に水をブッかけられたような悪寒に見舞われる。
もし。
もし、だ。
腕に噛みつくこの《手》を取って、クラックの奥に見える真っ暗闇の中へ足を踏み入れたら、どうなるか。
頭に響く大小さまざまな無数の声。喜怒哀楽以上の生々しい感情の嵐吹き荒れるそれらについていったら、どうなるか。
気付いたのだ。
この暗闇の奥に、何があるのかが。
おぼろげながらも。漠然としながらも。
本能で、感じた。
と同時に。
「ッここだ!ここを狙って!!」
疲労困憊で、リラのようなバカでかい声は出せない。
それでも、今狙いを定めている地上のシノン達に聞こえるように精一杯の声を上げた。
次いで、なおもブツブツと追いすがる無数の声を振り切るかのように埋没した腕を引き抜く。赤いガラス片がいくつか刺さったままだが、今はいちいち抜いているヒマはない。
吐息が熱い。ノドが正常な動きをしていない。ギシギシと限界以上に酷使された関節が悲鳴を上げる。
だがそれでも、少年は動いた。
直後。
ボン!と。
いっそあっけなくも聞こえるくぐもった音とともに、希望が発射された。
全てが、スローモーションに見えた。
空気を切り裂く一発の弾丸は、飛行機雲のように宙空に白いラインを残しながら真っ直ぐに進んでいく。
白い装甲版は攻撃するには確実性が低いと考えたのだろう。
凶悪という言葉でも言い表せない、GGO世界の中でも極大の破壊力を持った物質が内部に組み込まれた弾頭は、マークⅡの身体の中で最も露出している最大の部位へと向かっていた。
その頭部にある、巨大な単眼レンズ。
蜘蛛の巣のように縦横無尽に亀裂の入った、血色のガラス玉。
そこに弾頭が突っ込みさえすれば、かつてイベントマップを丸ごと消し飛ばしたという恐るべき破壊力を持った反物質がマークⅡを跡形もなく滅殺するはずだ。
残像を引いてのろのろと進む全身を他人事のように眺めながら、レンは確信していた。
だが。
白い巨人は、最後の抵抗のように首を徐々にねじり始めたのだ。
顔が動けば当然目の位置も変わる。装甲を避けて撃った思惑が外れてしまう。
「くッ……ぁッッ!」
具体的な案なんて浮かんでいなかった。
ただ何かをしなければならない、という脅迫めいた思いに突き動かされ、レンは必死に手を伸ばす。しかし、今は空中だ。ALOと違い、天空を自由に飛び回れる羽がない今、足場がない限り少年にはどうすることもできない。
非常にゆっくりと、いっそ停滞したといってもいい世界の中で。
もがく少年を嘲笑うかのように、巨人の首だけは正確無比に回っていく。
じりじり、と精神が炙られる苦痛に耐えきれず、レンは顔を歪ませた。
そして、思った。
否、思ってしまった。
みっともなくて、惨めでも構わない。
それを情けないと言われるかもしれない。
非力だと罵る人もいるかもしれない。
でも。
だけど。
―――届かないッ!足場も……ないッ!何か……誰でもいい、この状況を打破できる何かッ!!
それは。
かつて、己の足りない力に絶望し、そして掴んだ少年から発せられた言葉とは、にわかには信じがたいものだった。
なかったものを手にした者がそれでも発した、助けの声。
だから。
それは確かに届いたのだろう。
次の瞬間、ただただ重力の法則の中で何もできずに落下していくレンは、確かに見た。
マークⅡの首に開いた、幾つかのスリット。
真っ白な過剰光を蒸気のように排出していたそこから、今は何か違うモヤのようなものが噴出していた。
最初は、これまでと同じようにマークⅡのものかと思った。
だが違う。
それは、黒だった。
穴の奥にわだかまる闇ではなく、夜空のような黒だった。
装甲の割れ目から出た黒い霧は、スローの世界とは独立しているかのように迅速にその形を整えていく。
骨に、肉に、皮に、掌に、指に、爪に。
それらは好き勝手にディティールを整え、くっついていく。
構成されたのは二つの腕。
決して逞しくも見えない、いっそ華奢にすら見える二振りは、回っていく首に組み付いた。
それは、小さな抵抗だったかもしれない。
意味などなかったのかもしれない。
だが、停滞している世界の中で、その抵抗は確かな意味があった。
気のせいと言われても仕方がないような、誤差の範囲内のような規模で、単眼の旋回運動が鈍った。
そして、それが致命的だった。
ギリギリ。
巨大な単眼レンズの端の端。外縁部を掠めて、シノンの放った弾頭はマークⅡの頭部の中に飛び込んだ。
一瞬の静寂。
信じられないような光景に眼を見張る少年の前で――――
景色が、はじけ飛んだ。
真っ白に染まる視界の中、レンは小さな女の子を背負ったまま遠ざかっていく男の子の姿を見る。
その背に何かを言ったような気もするが、それが何なのか判然としないまま意識は消し飛ばされた。
後書き
なべさん「はい始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「これで終わり?」
なべさん「はいな、細かい後日談はあるけど、GGO本編は一応これで終わりですな。しっちゃかめっちゃかだったけど、なんだかんだいい感じに着地できた気がしないでもないよ」
レン「どっちだよ」
なべさん「いやー、最終決戦だから長くしなけりゃいけないのと、けど引き伸ばしでダルくなったら本末転倒だよなー、は哲学の域だと思うの」
レン「知らねぇよ。んじゃあ、次話は何するの?」
なべさん「おいおい、忘れちゃ困るぜい。GGO編の起点は、とある老人のお願いから始まったという事を!」
レン「そのお願い、もう中盤には果たしていたような……」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいねー」
――To be continued――
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