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恐ろしい指揮者

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2部分:第二章


第二章

 開始時間ぎりぎりにだ。やたらと背が高くしかも身体は細い男が来た。その顔は厳しくハリウッド映画に出て来るあの人造人間、小説から映画になったあのモンスターを思わせるものがある。
 その男がだ。稽古場にやって来たのである。
 彼の姿を見てだ。オーケストラの面々は一気に身を引き締めた。
「来られたか」
「風邪じゃなかったんだな」
「それならな」
「ああ、練習だな」
 彼等はその長身の男を見て言った。
 その指揮者こそハンス=クナッパーツブッシュ、名指揮者として知られている人物である。その指揮者の姿を見てだ。彼等は練習が行われると思った。
 クナッパーツブッシュは指揮者の場に立った。そしてこう彼等に告げるのだった。
「この曲については私はよく知っている」
 まずはだ。こう言ったのである。
 そしてだ。こうも言ったのであった。
「皆もよく知っている。それならだ」
 こうだ。何でもない、挨拶どころか本を朗読、学校の授業でそれをする様に言ってだ。そして。
「練習の必要はない。さようなら」
 最後にこう言ってだ。指揮者の場から降りてだ。そのまま稽古場を後にしてしまった。
 これにはオーケストラの面々も唖然だった。だが指揮者が帰ってしまっては練習のしようがない。彼等も呆気に取られながらも練習をせずにそれぞれ帰ってしまったのである。
 これはハンス=クナッパーツブッシュの逸話の一つである。彼は非常に練習嫌いの人物であった。とにかく練習をせずに本番でいきなりする主義の人物だった。それで練習したからかえって調子が悪いとまで言う人物であった。クラシック界にはかつてはこういう人物もいた。これでワーグナー、あの難解なことで知られている音楽において高い評価を得て数々の名盤、名演奏を残している。これも才能であろうか。少なくとも常人には真似のできないことであり彼もまた常人でないことは事実であろう。奇人と言うべきかある種の天才と言うべきかはそれぞれの人の主観であろうが。


恐ろしい指揮者   完


                 2011・3・26
 
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