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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百八十五話 広域捜査局第六課




帝国暦 490年 8月 5日    フェザーン  帝国軍総旗艦ロキ   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



それにしても残念だったな、ルビンスキー。俺の補佐官になって帝国で権力を握る夢は潰えた。最後の最後で何を思ったか……。
「ただ地球教、或いはフェザーン人が犯人だとするには疑問が有ります」
「……」
疑問? キスリングとボイムラーは苦い表情のままだ。
「犯行が奇麗過ぎるんだ」
「……ギュンター、現場は酷い惨状だったと聞いたが?」
俺が矛盾を指摘すると二人が益々表情を顰めた。

「確かに酷い惨状だった。だが犯人に繋がる物証、目撃証言は無い。現場に残っていた凶器、これはナイフだが大量に製造されたものだ。犯人の特定には繋がらない」
なるほど、荒っぽい割に粗雑さは無いという事か。それにしても切り刻んだのかよ、現場はスプラッタ映画並みの惨状だろうな。

「……つまり感情に任せた犯行じゃない。惨状は偽装だというわけだな?」
「その可能性がある、少なくとも俺とボイムラー准将はそう考えている。犯人は素人じゃないな、プロだ」
復讐では無く冷徹に計算された殺しか。トリューニヒトの顔が強張っている。うん、手荒い歓迎だな。一生記憶に残るだろう。

「不思議なのはルビンスキーの護衛がブラスターを使った形跡が無い事だ。不意を突いたにしても有り得ない事だ。おそらくはゼッフル粒子を撒いて火器を使えなくしたのではないかと考えている。……残されていた遺体の殆どに防御創が有った、手や指の無い人間も居た。一方的に斬られたのだろう」
「……」
「それに死体を発見出来たのは通報が有ったからだった、匿名のな。それ無しでは遺体の発見は不可能だった」
キスリングの表情は渋い。面白く無い感情が胸に渦巻いているようだ。まあ当然では有るな。獲物を横から掻っ攫われた、そう思っているのだろう。

犯行を隠すなら、ただ殺すのが目的なら通報の必要は無い。通報したのはルビンスキーの死体を発見させるため、そしてルビンスキーの死を公のものにする必要が有ったからだ。行方不明で死んだと思われるでは困るという事か。ルビンスキーの死で利益を得る者、一体誰だ? 沈黙が続く。嫌な沈黙だ、疑心暗鬼が部屋の中を飛び回っているような感じがした。

「もう一つ不思議な事が有ります。死体は死後約一カ月を経過していました」
「一カ月?」
「はい」
ボイムラーが口を閉じると部屋の中にまた沈黙が落ちた。如何いう事だ? 殺人者と通報者は別、無関係なのか? となると死体の発見は偶然? ……何かがおかしい、不自然だ。

「捜査の状況は?」
気が付けば声が低くなっていた。
「フェザーンの警察に任せて我々は手を引いた」
如何いう事だ? プロの殺し屋を放置するのか? 自分でも表情が厳しくなるのが分かった。
「心当たりが有るんだな?」
二人が頷いた。この二人が放置するのは危険が無いと判断したからだ。つまり味方だ。しかし一体誰だ? ヴァレリーも考えている。トリューニヒトだけが付いて行けずに困惑している。

「広域捜査局第六課が動いた、……と思っている」
「……」
「一年前の事だが密かに五十人ほどフェザーンに送り込んだらしい」
五十人? 第六課の責任者は俺だがそんな話は知らんぞ。

「アントンか?」
キスリングが首を振った。
「アンスバッハ准将?」
「違う、司法尚書ルーゲ伯だ」
思わず息を呑んだ。あの謹厳実直な爺様が殺人を命じた?

清廉潔白、謹厳実直で名高いルーゲ伯が暗殺指示を出した? 信じられん。ヴァレリーも目が点だ。トリューニヒトも驚いている。そりゃ驚くだろう、政府閣僚が暗殺に絡んだのだから。
「ルビンスキーの死体が発見された後、アントンとアンスバッハ准将から良くやったと冷やかされたんだ。憲兵隊は無関係だと言ったら……」
「五十人の事を教えてくれたか」
「ああ、二人とも顔を強張らせていたよ」
「……信じられないな」
俺の言葉にキスリングが“俺も信じられん”と頷いた。

「しかしな、そう考えると辻褄が合う。ルビンスキーが殺されたのはハイネセンで批准が終了した後だ。もしそれ以前に暗殺を実行した場合、ルビンスキーの殺害が発覚すると批准に悪影響を及ぼす可能性が有った。そして通報が有ったのが一週間前、卿の到着を前に不安を取り除いたわけだ」
「……言っている事は分かるが……」
もし批准前にルビンスキーが殺されたとなれば大騒ぎになった事は間違いない。ハイネセンのマスコミは帝国への不信感を煽っただろう。

「その五十人だが当初はあくまで念のため、憲兵隊へのバックアップのためとしてフェザーンに送られたらしい」
「……」
「だが現実にはアンスバッハ准将もアントンもその行動を把握していない。ルーゲ伯が直接命令を出していたそうだ。一年前からね」
つまり去年の夏からルビンスキーの捜索を行っていたという事か。広域捜査局は憲兵隊に比べれば軽視されがちだ、ルビンスキーも油断したのかもしれん。フェルナーもアンスバッハも驚いただろう。広域捜査局第六課がルビンスキー暗殺の実行犯だと思い至った時は。

あの爺さん、俺の両親の惨殺事件の所為で妙に俺に負い目を持っているらしい。今回の一件はそれが引き金だな。俺にこれ以上負担をかけまいとした。困ったものだ。爺さんに似合う仕事じゃないぞ。鮮やかに決めたのには驚いたがな。オーディンで会った時は何て言おうか? お手数をおかけしました? 有難うございました? どうもしっくりこないな。

「まあ良い。大事なのはルビンスキーが死んだ事であって誰が殺したかじゃない。公式発表では犯人の特定は出来ずという事で未解決事件だな。最有力容疑者は地球教という事になるだろうが異論も出るだろう。後世の歴史家、推理作家に娯楽を与えたと思えば良いさ。精々楽しんでくれるよ」
キスリングが“俺も疑われるんだろうな”とぼやいた。気にするな、最大の黒幕は俺かリヒテンラーデ侯になる筈だ。その事を言うとキスリングが辛そうな顔をした。気にするなよ、キスリング。悪いのは恨みを買い過ぎたルビンスキーだ。

「ルビンスキーは野心が強過ぎるし小細工もし過ぎる、扱いが難しい。それにフェザーン人の恨みを買い過ぎている。フェザーン遷都を考えれば彼を受け入れるのはメリットよりもデメリットの方が多い」
キスリング、ボイムラー、ヴァレリーが頷いた。トリューニヒトは困惑の表情だ。まさか帝国に身を投じたのを後悔してるんじゃないだろうな、がっかりさせるなよ。

「元帥閣下?」
「何です、ヘル・トリューニヒト」
「閣下の御仕事は一体……、如何いう御仕事をなさっているのです?」
なるほど、疑問に思ったか。そうだよな、自分でも奇妙な存在だと思うよ。同盟じゃ俺みたいな人間はいないだろう。

「色々ですよ。帝国軍宇宙艦隊司令長官、辺境星域開発の責任者、帝国領内の治安維持、国政改革にも絡んでいます。要するに何でも屋ですね、年が若いから使い易いらしい」
「はあ」
「どの分野で協力が出来るのか、よく考えておいてください。どの分野で協力していただいても結構ですよ」
トリューニヒトが“分かりました”と頷いた。顔色が良くないな、少し疲れたのかな。

「ところで来年には遷都を行うつもりなんだがフェザーンの治安は維持されていると見て良いのかな?」
俺が問い掛けるとキスリングとボイムラーが顔を見合わせて頷いた。
「問題は有りません。拘束した長老委員会のメンバーから地球教の残党の情報を得ました。かなり潰したと思います。もはや大規模なテロは不可能でしょう。フェザーン人達からも連中の所為でフェザーンは滅んだと嫌われています」
つまり民間の協力者は得難くなっているという事か。

「俺とボイムラー准将はこのままフェザーンで地球教対策に従事する。心配はいらない。それに広域捜査局の五十人もいる」
キスリングが皮肉な笑みを浮かべた。
「未だフェザーンに居るのか?」
「そうらしいな、アントンからはそう聞いている」
憲兵隊が動く、その陰で広域捜査局第六課が地球教に忍び寄る……。怖い話だ。

現状では治安に問題は無いようだ。遷都への第一関門は突破したと判断して良いだろう。ではレムシャイド伯に会いに行くか。行政面で問題が無ければオーディンに戻って遷都だな。



帝国暦 490年 8月 10日    フェザーン 銀河帝国高等弁務官府   ギルベルト・ファルマー



「意外に気付かぬものだな」
「何がです?」
「いや、ここまで来るのに誰も私に気付かなかった」
私の言葉にヴァレンシュタインがおかしそうにクスクス笑い出した。釣られて私も笑ってしまった。妙なものだ、銀河帝国高等弁務官府の応接室で私達が向かい合って笑い合うとは……。

「全然違いますよ。髪型もですが人相が違います。昔は眉間に皺が有っていつも不愉快そうにしていました。今の穏やかな表情からは考えられませんね」
「失礼な。……威厳を保とうと必死だったのだ。今考えればかなり無理をしていたのだろうな」
「肩が凝ったのではありませんか?」
「言われてみればそんな記憶が有るようだ」
ヴァレンシュタインがまた笑い出した。今度は声を上げて。本当に失礼な男だ。

「しかし本当に統一したとは……、フェザーンに遷都すると聞いたが」
「御存じでしたか」
「フェザーン人の間では結構話題になっている」
私が答えるとヴァレンシュタインが目を瞠ってそして笑い出した。フェザーン人の耳の速さに感心したらしい。

「来年にはその予定です。フェザーン人達はこの事を如何思っているのでしょう?」
「そうだな。……絶対反対だと言っている人間は少ないな。どちらかと言えば歓迎している人間が多いと思う。帝国が宇宙を統一した、フェザーンがその首都になれば今以上に繁栄すると思っている」
ヴァレンシュタインが納得しかねるといった表情をしている。国が滅ぶのだから反発は大きいと思っているのだろう。

「分からないかな、フェザーン人の気持ちが。……フェザーン人の少なからぬ人間が地球教の事を無かった事にしたいと思っている。皆この国がおぞましい陰謀によって創られたとは思いたくないのだ。自分達が知らぬ間にそれに協力させられていたとはな」
「なるほど、そういう事ですか」
ヴァレンシュタインが頷いた。納得したようだ。

多くのフェザーン人にとって地球教の陰謀は悪夢でしかなかった。その悪夢を振り払うために新たな帝国の首都になる事を受け入れようとしている。帝国が輝けば輝くほど帝都フェザーンも輝く。過去の汚点等誰も思い出さなくなるだろう。フェザーン人はそうなる事を願っている。地球教の悪夢を新帝国の栄光で打ち消したいのだ。

ルビンスキーの死でさえ誰も触れたがらない。ルビンスキーが地球教に繋がっていた事、そして裏切って帝国に付いた事は分かっている。殺したのはおそらくは帝国である事にも気付いている。しかし大声で騒ぐ事で醜い真実が露わになる事を懼れているのだ。誰もルビンスキーの死体が腐臭を撒き散らす事を望んでいない。むしろルビンスキーが永遠に消えた事を心の何処かで歓迎している。

「だとするとフェザーン人は新帝国の建設に協力してくれそうですね」
「そうだな」
「貴方も如何です?」
「私? それは無理だろう。私の正体に気付く人間も出る筈だ、大騒ぎになる。というわけで私はフェザーン商人らしく精々稼がせてもらうつもりだ」
私が笑うとヴァレンシュタインも笑った。

「陛下に謁見されては如何です、ギルベルト・ファルマーとして」
「陛下に?」
「ええ、陛下が貴方をギルベルト・ファルマーと認めれば誰も何も言えません」
「なるほど」
「アマーリエ様、エリザベート様も貴方の事を心配されていると思います」
「……そうだな」
伯母上とエリザベートか、陛下の下で保護されていると聞いているが……。会ってみるか。



帝国暦 490年 8月 25日      帝国軍総旗艦ロキ   ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



フェザーンを出てもう十日が過ぎた。後一カ月ほどでヴァルハラ星域に到達する。航行は順調過ぎるほど順調で問題は何も生じていない。でも艦橋の雰囲気は必ずしも良くない。理由はヴァレンシュタイン元帥が体調不良で寝込んだから。その事で将兵達は不安を感じている。もっとも一カ月に一度はこれが有るから驚く事ではない。余り嬉しい事では無いけれど……。

ヨブ・トリューニヒト前議長も椅子に座って暇を持て余し気味だ。ヴァレンシュタイン元帥が居れば何かと話し相手になってくれるのだけれど……。もっとも将兵達から彼が嫌われているという事は無い。一部からは一国を代表する政治家としてはちょっと重みが足りないという声も上がっているけど愛想の良い好感の持てる男、それが前議長に対する皆の評価だ。無益な戦いを止め将兵の命を守ったという部分でも評価されている。ただ何を話して良いのか分からない、そんな戸惑いは有ると思う。

視線が合った。前議長が笑みを浮かべると“少し良いかな”と声をかけてきた。
「フイッツシモンズ大佐、君がヴァレンシュタイン元帥の副官になるというのは珍しいのではないかな。帝国では女性兵は前線に出ない、いや出さないと聞いているが」
「そうですね、本来女性兵は前線に出ません。そういう意味では小官はイレギュラーな存在です」
“ふむ”と前議長が頷いた。視線がその先を知りたがっている。無視して変に詮索されるのも面白く無い。差し障りの無い範囲で答えておこう。

「小官が亡命者である事は御存じだと思いますが」
「ああ、そう聞いている。フイッツシモンズという性からもそれは分かる」
「同盟で士官教育を受けていたため能力的には何処に配属されても問題は有りませんでした。ですが亡命者というのは喜んで受け入れられる存在ではありません」
「そうだね、同盟にもローゼンリッターが有るからその事は分かる」
ワルターは如何しているだろう。同盟が保護国となった今、亡命者は苦労しているかもしれない。

「私が亡命した艦隊の参謀長がヴァレンシュタイン元帥閣下でした。今から五年前、当時閣下は未だ大佐で戦功により准将に昇進するだろうと思われていました」
「五年前か」
前議長が感慨深そうに言葉を出した。帝国軍の実力者、宇宙統一の立役者が五年前には大佐だった。確かに不思議な感じがする。五年前、出会った時にはこんな日が来るとは想像も出来なかった。

「将官になれば副官を置く事が認められます。ですが閣下には副官を置く事が出来るかどうか、難しい状況でした」
「それは何故かな?」
「階級は准将、出自は平民、年齢は二十歳。副官として仕え辛いとは思いませんか?」
前議長が“なるほど”と頷いた。

今なら出自による差別は無い。だがあの当時は貴族達の全盛時だった。目端の利く人間なら貴族出身の将官の副官になる事を望んだだろう。それに比べれば平民出身の将官の副官は一段落ちると見られた。まして自分より若い上官など誰も望まない。

「つまり元帥閣下は副官のなり手が無く大佐は受け入れ先が無かった……」
「そういう事になります。それで小官が副官になりました」
「なるほど」
前議長が頻りに頷いている。予想外の答えだったのだろう。私だって不思議に思っているのだから無理も無い。

「大佐にとって元帥閣下は如何いう方なのかな?」
さり気ない口調の質問だった。不満の有無の調査? 私を取り込もうとでも考えている? 元同盟人だから同盟の現状を憂いているとでも? 甘く見ないで欲しいな。元帥閣下の副官になって五年、ほんの些細なミスが命取りになる事をこれまで嫌というほど私は見てきた。銀河帝国で生き延びるという事は決して容易ではないのよ、前議長。特に権力者の傍にいる人間は。ついでに言えばこの五年、民主共和政が懐かしいなんて思った事など一度も無い。そんな事を考えるほど暇じゃなかった。

「出来の良い弟みたいなものです」
「ほう、弟……」
「ええ、能力に優れ周囲からも信頼されている。自慢の弟ですね。私に出来る事など大した事ではありませんがそれでも何か御役に立ちたい、何かしてあげたいと考えています」
前議長が感心したように頷いている。

これは警告よ、トリューニヒト。私を利用しようなんて考えない事ね。それとあんたも少しでも元帥閣下の御役に立ちたい、そう考えなさい。……そうなれば分かるわ、本当は時々、いや頻繁に無茶をするから心配で目が離せないって事が……。








 
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