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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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外伝 漆黒の修羅 後編(1)

 
前書き
後編を纏めきれなかったので、残りは後日投稿いたします。 

 
 逢魔が時、昼間よりも眩しい黄昏の明かりが世界を赤く焼く。その中で中重苦しい重低音が響きを徐々に大きくしてゆく。
 整備車両や整備員が急いで離れてゆく中、地面に脚立する巨人たちの全身に駆動の明かりが灯されゆく。

『大隊長、各機準備完了しました……お下知を。』

 山吹色の塗装を纏った重厚な機体とその背後に立つ白き鋼鉄の巨人たち。
 F-4J改・瑞鶴の部隊だ。
 その中に生える黒鉄の巨人たちが墨で塗りつぶしたように一角を占めていた。


『各員、我らは之より鉄源ハイヴに向け進軍する。この作戦の主目的は敵の間引きによるBETAの進行遅延と同時に、高速トンネルの封鎖作業だ。』

 穀倉地帯であった鉄原群には物資輸送用に幾つかの高速トンネルが整備されていた、それは対BETA戦の後方支援として機能する重要な補給線であった。
 しかし、BETAの圧倒的な物量・大寒波と大雪により劣勢を強いられた連合軍は後退に後退を続け、ついにBETAの前線拠点であるハイヴ建造をゆるしてしまった。

 このハイヴが成長し、内包するBETA数が増大してゆけば遠くない未来、日本が奴らの脅威に晒される。
 日本は、もう真後ろにまで迫っている。

 ――――もう、負けは許されない。


『我らはこれ以上退けぬ、何故なら我らの後ろには日本が在るからだ。-――これは日本を守るための戦いだ。
 だが、忘れては成らぬぞ。人類の守り手たる貴様ら鬼籍に入るなど……閻魔が許しはしても殿下は許されはしない。私も許さぬ。
 鬼籍に入るぐらいならば、鬼をも食い殺す羅刹となれ!!!』


 ―――視界を動かす、展開された空間ウィンドウには部隊員の顔が表示されていた。
 視線をその中の左上に表記されたゆいに移す。
 ………何としても、この戦いで此奴を生き残らせ日本に帰してやらねばならない。


「…………」
『…………』

 そう決意を新たにしたところで、不意に目が合った。そして彼女がほほ笑む。
 この微笑みを守らねばならない、失ってはならない。
 それが己の責務、通さねばならぬ筋――――己の伴侶を己の手で守る、それが間違いなく正義だ。

 人類史上最古であり最も普遍的な正義の一つ。
 貫くことに何の問題が在ろうか。

 否、在りはしないのだ、そんな理屈。
 その為ならば………己は鬼でも悪鬼にでもなってやろう。


『――――全機、出陣っ!!!』


 山吹の瑞鶴に続き、鋼鉄の巨人たちが一斉に踏み出した。





 ごぉぉぉぉおおおっとジェットエンジンとロケットモーターの同時点火。
 鋼の大質量の機体が宙を舞う。
 降り落ちる銃弾の嵐、それは地面を埋め尽くす赤い蜘蛛のような異形、戦車級BETAの群れに突き刺さり山の斜面を汚してゆく。

 大量の肉片と体液をぶちまけられたレッド―カペット、其処に黒鉄の巨人が着地する。
 無数の火花を散らしながら地表を滑る黒鉄の巨人の前に居るのは苦悶に染まった人面のような尾をもつ肉のサソリ、要撃級BETAだ。
 見かけによらない俊敏さ、4本の足を高速に動かし肉のサソリが距離が一気に縮めてくる。

『はぁッ!』

 短い吐気、戦術機を一撃で叩き潰す肉のサソリの甲殻に覆われた腕が振りかぶられたのだ。
 しかし、それが振り下ろされることはない。

 そのダイヤモンドを圧倒する硬度を誇る(かいな)。しかし、その胴体との付けねには短刀が突き立てられ、今まさに振り下ろされんとしている腕を止めていたのだ。


『ここまで懐に潜り込まれれば……!』手出しは出来まい。

 如何に戦術機を軽く叩き潰すほどの膂力を持とうが、その大振りに成らざる得ない構造上、振り上げた瞬間で止められれば何ら恐ろしくはない。ジャムった拳銃と同じだ。
 戦術機を叩き潰す要撃級の顔面に肉薄した黒き瑞鶴が銃口を突きつける。
 そして連続したマズルフラッシュと銃声、36mm劣化ウラン弾が連射され要撃級の顔面をズタズタに引き裂く。

 断末魔の悶えと共に要撃級の体が地面に落ちる。


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
『――――!!』


 側面から警報、動体反応を検知したセンサーが機体に迫る脅威を感知していた。
 機体側面に回り込んでいたもう一体の要撃級がその破壊の一撃を放とうとしていた。
 ……回避は間に合わない。


『ならばッ!!!』

 フットペダルを思いっきり踏み込む。跳躍ユニットのロケットモーターが噴射、瑞鶴の機体が地面を蹴り飛ばし敵に向かい跳ぶ。


『―――――ッ!!!』


 要撃級との相対距離が0になる、その瞬間要撃級の体がひっくり返った。
 ロケットモーターの数十トンの機体を飛翔させる推力を乗せた跳び蹴りが要撃級の顔面に炸裂したのだ。

 それは純粋な質量兵器、如何に頑強な肉体を持とうが到底耐えられる衝撃ではない。
 ひっくり返ったまま、虫のように足をバタつかせる要撃級、顔面を砕かれて生きているあたりその生命力は尋常ではない。
 空かさず、その幼虫の肉のように半透明の無数の血管らしきものが透けて見える腹に突撃砲の斉射を見舞う。
 だが、数十万。あるいは数百万の内のたった数十匹程度を始末した程度では焼け石に水だ。


『そっちはどう?大分前に出ているみたいだけど……君は単機なんだから無茶しないで。』
「軌道爆撃が利いているようだ、山を越えてくる奴は対処できる範囲内だ。そっちはどうだ?」
『トンネル入り口の陣地確保は成功、でもトンネルは大きく拡張されている……さっき国連軍の部隊が突入したところ。』


 飛び込んできた通信に答える。
 このトンネル封鎖作業はいくつかの段階に分かれている。まずは軌道爆撃によるトンネル反対側のBETA殲滅、その後支援砲撃を継続しての間引き作戦。
 それと斯衛軍の部隊が突入してのトンネルの入り口周辺を確保。入り口に指向性を設定できるS-11を用いトンネル内で爆風を走らせ、ある程度のBETAを間引く。
 そこへ軌道降下部隊オービットダイバーズが到着しトンネル内に突入、内部BETAを掃討しつつ機械化歩兵の安全を確保する。
 その後、トンネル内の状況に応じ充填封鎖かS-11による崩落かが選定される。


「…………」
『そんな顔しないで、大丈夫だよ。』


 己の表情の奥を読み取ったゆいが子供を安心させるような笑顔で言う。
 ダイバーズが突入し、彼らが失敗、もしくは壊滅的な被害を受ければ彼女たちが突入しなくてはならない。
 ……瑞鶴では事実上ハイヴ内戦闘であるトンネル内での密集格闘戦には対応できない。

 死に行くようなものだ。それを考えるとどうしようもない我が身の矮小さが憎らしくて堪らない。


「……無理な相談だ。己は他人を信用しても信頼はしない事にしている。―――いざという時、誰かのせいにするなど気色悪い。」
『……お父さんにその口の悪さだけでも矯正しておくように言っておくべきだったよ。』

「後の祭りだ。まぁ、先は長いんだ……お前がやればいいだろ。」
『まったく、もうほんと素直じゃないこのへそ曲がり!

「性分だからな、苔の一念。舐めてもらっては困る。」
『それってこういう時に使う言葉じゃないよ……』


 ガックシ、と肩を落とすゆいを目に喉を鳴らして笑う。
 このぐらい微妙に脱力しているぐらいが戦場では死ににくいだろう。必要以上に死を意識していれば返って死に飲まれてしまう。
 戦と言うものは必至と心得て、冷めた見方をしていたほうが存外に生き残るものだ、

 だが戦場で平常心を保つのは並大抵ではない。武道の極致たる明鏡止水の境地にでも至らなければならない。


「―――もう少し刈る、勝手に死んだら一生許さんぞ。」
『うん、分かってる。』


 新たな敵反応、それを瑞鶴のレーダーが捉えた。黒鉄の巨人が跳躍ユニットを噴射させ跳ぶ。
 そして人工の眼光が新たな要撃級と戦車級を補足する。

 突撃砲による120mmキャニスター弾を時限信管に設定、二連射すると同時に要撃級に向け36mmチェーンマシンガンを放つ。

 起爆時間の調節により一発目と二発目のキャニスター弾が同時に空中で炸裂し榴弾の雨を降らす。
 榴弾のシャワーに打たれながら要撃級に36mm劣化ウラン弾の射線が突き刺さった。


「ぉおおおおおおおっ!!!!!」


 舞い上がる爆煙、左腕のブレードマウントが稼働、長刀柄を左腕マニュピレータ―が掴みその暗幕へと黒き鋼鉄が飛び込む。
 爆煙の暗幕の奥で、幾度かの銃声とヒュッ!と大質量の刃が振るわれる音と何かが倒れる音がした。


「薄汚い細胞めらが……」


 突風が吹く、舞い上げられた粉塵が風に浚われてゆく――――風の尾が絡みつく黒い瑞鶴だけがその場に立っていた。
 まるで、ギロチンによる断頭。そこはさながら処刑場。
 感覚器官である苦悶に染まった人頭のような尾を切り落とされた肉のサソリが数匹、致命の損傷を受けて地面に伏していた。
 その中で悠然と佇むギロチンを腕に縫い付けた黒鉄の武士―――。


「此処から先には往かせん、日本は―――アイツは絶対に渡さないッ!!!」


 瑞鶴の黄色い眼光が更なる敵を睨み付けた。
 目先には山を越えてきた要塞級が数体と要撃級・突撃級が合わせて二十体以上、戦車級などの小型種は計測不能。
 そして、要塞級はその尾の甲殻を開きドロドロとした粘液を垂らす……まるで昆虫の産卵、奴らは分解して輸送してきた小型種を今組み立てているのだ。
 それに対し、黒鉄の瑞鶴が腰を落とし、ブレードマウントとマニュピレータに固定された長刀と右腕に保持された突撃砲を構えジェットエンジンの回転数を上げてゆく。


「さぁ、来いよ有象無象!!―――生きることも死ぬことも知らぬ魍魎風情が、押し通れると思うなぁっ!!」

 再び時限信管をセット、120mm砲に装填されたキャニスター弾を一気に撃ち尽くす。
 そして、空の弾倉をパージ。即座に大腿に収納された予備弾倉を装填させる。

 漆黒の瑞鶴が駈ける、その鎧に誇りを、刃に矜持を宿して疾走し駆け抜ける。
 雷鳴のごとくに、疾風のごとくに
 その彼を駆動させる原動力は、大切な存在の未来を切り引きたい―――守護と排他の渇望に他ならない。

 飛翔する4発のロケット弾が一斉に空中で炸裂、榴弾のシャワーを降らす。
 大型種には致命傷とならずとも小型種には十分な致命傷となる威力だ。

「狙い撃つッ!!」

 そして36mmチェーンマシンガンを先行する突撃級の脚部を狙い放つ。
 前足を破壊された突撃級が転倒しそのまま斜面の地表を削りながら滑ってゆく――――その上に瑞鶴の巨体が着地した。

 空かさず、飛び乗った瑞鶴はそのまま踏み台に大きく跳ぶ。

「おおおおっ!!」

 空中で瑞鶴の機体が大きく身をひねり前後が逆転する――――そして36mmチェーンマシンガンが放たれ、突撃級の後方の甲殻に覆われてない急所へと劣化ウラン弾が突き刺さり組織をズタズタに破壊する。

「くぅっ!!!!」

 そして空中で一転、瑞鶴の機体が真下へと向きを変え天に向け跳躍ユニットを吹かす。
 重力の助けもあり高速落下する瑞鶴、その先には先ほどのキャニスター弾連射により傷を負った要撃級。
 正に墜落と形容すべき速度で落下する瑞鶴の機体……が直前で翻ると要撃級を踏みつけに着地する。
 大きく撓る鋼鉄の脚。その数十トンの重量に加え十分すぎる加速度を与えられた要撃級が押しつぶされる。

「―――――ッ!!!」

 着地の強烈すぎるGに歯を砕けんばかりに噛みしめ耐えながら忠亮は機体を操る。
 瑞鶴の機体に向きなおろうとする要撃級に背の兵装単価に懸架された突撃砲をも使い周囲に一斉射を放つ。
 まるで花火が散るように銃線が四方に放たれる。
 それと同時に周囲の要撃級が倒れる。

「くっ……かはっ!!!」

 呼吸を忘れていた体内器官が活動を再開する。肺にとどまっていた空気が吐き出される。


「まだまだぁッ!!!」

 まだ息があったのか、自身を踏みつける瑞鶴の黒鉄の脚を粉砕しようとしていた要塞級のド頭に左腕の長刀を突き刺して忠亮が吼える。

 …………まだ遠いッ!

 要塞級を倒すには可能限り接近して120mmをぶち込むしかない。数が多ければ120mmを数発撃ち込めば済むのだが可能限りそれは節約しなくてはならない。

「――――ッ!!!」

 跳躍ユニットのロケットモーターを点火させる。
 瑞鶴の機体が大推力に押され一気に加速する。コックピットに押し付けられるGがその凄まじさを直に教えてくる。
 同時に、瑞鶴の機体が悲鳴を上げているのが伝わってくる。一連の無茶な挙動は瑞鶴の寿命をすさまじい勢いで削り取っている。


「瑞鶴、お前も同じだろ。」


 人間以上の関節可動域であることを利用し、左腕そのものを鞭のように撓らせて要塞級に長刀を叩き付け、切り裂きながら愛機に語り掛ける。
 ―――要塞級と、その足元の光線級まであと少しだ。


「お前は誰かを守るために作られた、己は誰かを守るために生きてきた―――――だから、己に力を貸せ……俺の劔ッ!!」

 跳躍、突撃砲から劣化ウラン弾をばら撒き、着地と同時に鎖鎌のように左腕を振り回し敵を切り裂く。
 ロケット噴射を一時停止し、地面を滑削しながら着地する瑞鶴。
 その曲がった足腰には尋常ではない弾性力が蓄積されていた。

「だからいけぇぇいッ!!!!」

 最後の大ジャンプ。地面を瑞鶴の両足が蹴る、同時にロケットエンジンが再び咆哮する。
 要塞級の鞭が瑞鶴に向け振るわれる。
 ――――――目には目を、歯に歯を、鞭には鞭を。
 瑞鶴の機体が身を撓らせて左腕を繰り出す、石火が散る。瑞鶴の左腕に固定された黒刃は要塞級の尾節から伸びる鞭を叩き落していた。

その瞬間を逃す理由はない――――空を切る瑞鶴の機体が要塞級の腹の下に潜り込んだ。


「死ねッ!!!」

 要塞級の腹の真下に滑り込んだ瑞鶴が真上に向け120mm砲を射ち放つ。
 その重量故に、逃げることのない衝撃。大量のロケット燃料が引火爆発して120mm砲の威力を底上げする。
 滝のように降ってくる要塞級の贓物と体液を浴びる黒鉄の機体。

 そして、今生まれたての小鹿のように立ち上がろうとしている光線級に鋼鉄の刃を見まい、薙ぎ払う。
 それは大質量の暴力、一瞬で航空機・戦術機の天敵である光線級が肉片へと変じる。

「次ッ!!」

 致命傷を負った要塞級が倒れはじめるより早く、漆黒の瑞鶴が次の要塞級に向け跳ぶ。
 ただ、必死に、我武者羅に。
 その、宿命を果たさんと………己の心臓以外の音が何も聞こえない世界で刃を振り、引き金を絞り―――戦い続けたのだった。
 
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