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とある科学の傀儡師(エクスマキナ)

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第7話 嘘

ドリンクバーでの騒動のあと黒い炭酸水を半分まで注いだ飲み物をサソリは自分の席に戻っては警戒心たっぷりといった感じで威嚇していた。

あの時の子供の様子を時折、遠くから見つめているがこれといった異変は起きていない。
現状では安全な飲み物みたいだな。
いや、これは恐怖の序章に過ぎず
漆黒の飲み物を口に入れた者はジワジワと精神が錯乱して最後には発狂してしまう。
ここの喫茶店から始まり、世界を侵食していくことだろう。
そのときこそ奴らの思うツボである……
「変なナレーション入れてないで早く飲みなさいよ」
「……飲んでみるか」
諦めたようにサソリはストローから黒い炭酸水を少し吸い上げた。
「つぅー」
なんともいえぬ刺激に顔をしかめっ面にした。
そしてあふれ出す甘い味。
「変な飲み物だ」
サソリは遠くへと黒い液体を遠ざけると。
「ダメだな。好き嫌いは良くない」
と目の前の木山がサソリの前へと戻して、自分は優雅にアイスコーヒーを飲んでいる。
「……」
サソリはテーブルに頭を突っ伏しながら木山を上目遣いで睨む。
目の前に黒い液体、木山が飲んでいるのも黒い液体。
「どうしたのサソリ?」
「お前らさ」
「はい?」
「黒いものを好んで食うのか?」

サソリのお見舞いの品→チョコレート菓子→黒
ドリンクバー→炭酸水→黒
木山が飲んでいる液体→黒

「悪いが黒いものを食うのは付いていけないな」
「べ、別にそういう訳じゃないんだけど」
「確かに考えてみると私たちの身近に結構あるものですわね」
白井は妙に納得した。
「さて本題に移って良いだろうか?」
木山が待ちくたびれたように言う。ストローでアイスコーヒーの中にある氷をクルクルと回す。
「意識不明と噂のレベルアッパーの関係性だったね」
「そ、そうでしたわね!すっかり忘れてましたわ」
「何してんだか」
サソリがストローでガチャガチャと炭酸水の中にある氷をガリガリ削っている。
「「八割方アンタのせいよ(ですわ)」」
キッと二人は声を出すがサソリは意を介さないように黙っていた。
「えっと、今回意識不明となっている者の中にこのレベルアッパーに何らかの形で接触した可能性がありますの」
「その根拠は?」
「この前に起きた洋服店の爆破事件の奴をボコったんだけど。その相手が店ごと爆発させるほどの能力を持ってなかったみたいなのよ」
「その人の登録データではレベル2判定となっていますが、爆発の規模から推定するとレベル4くらいの能力でしたの」
「なるほど、いきなり二段階を短期間でアップさせるのは難しいな」
「そうですよね」
「だが、もしかしたらその短期間に自分で上げた可能性も無視できない」
「そうですけど……それにしても数が多いのですわ」
「そこでレベルアッパーが出てくると」
木山は左頬を少し歪ませながらアイスコーヒーを口に含んだ。
サソリは木山の挙動を観察していく。
まただ、これは嘘をついている時の反応だ。
病室で感じた違和感、レベルアッパーという単語に呼応する人体の反応。
サソリの中で確信したのは、目の前の女性の「レベルアッパーを知らないことが嘘」だということだ。
だが、知っているものを知らないと嘘をつくこと。
それは日常的には当たり前の動作。
日常会話や生活を円滑にするためには『知っているよ』というよりは『知らない』から教えてと言った方が会話の幅が広がる。
至極当たり前。
「ところでさ、さっき病室にいた時にサソリが言ってたのがあったわね」
「あ?」
「ほら、意識不明の人に対して『一つだけな』って心当たりがあるような感じで」
「言ったか?」
「言いましたわよ。記憶もおぼろですの?」
「ああ、あれかその女の話を聞いて一つだけ気になることがあるってところだな」
「私の話にか?」
「そうだ」
御坂と白井は互いに顔を見合わせて、首を傾げた。
サソリが「一つだけ」と言ったのは木山が入ってくる前だったような気がする。
そこで「いや、違う違う。木山さんが入って来るま!痛っ!!」
サソリが御坂の脇腹に肘鉄をかます。
このやろう!女の子の十八番の肘鉄を……
「何すん!?」
サソリは鋭い眼光で御坂を睨み付けた。「少し黙ってろ」とかなり怒っているような小声で言う。
あまりの剣幕に御坂は自主的に黙った。
「……えっと、あんたレベルアッパーっていうの知ってるだろ?」
「ん?どういうことかな」
「表情が少しだけ変わったからだ、あとその単語を聴いた時に表情が左右対称じゃなかった」
「ほう」
少しほくそ笑むとサソリを見る。
「心理学を専攻しているのかな……随分と詳しいな」
「まあ、いろいろだ」
「これでも科学者だからね。未知なるものへの探求は欠かさないものだよ。そのレベルアッパーも噂くらいなら手に入れていた」
「じゃあ、レベルアッパーを知っていたのに嘘をついたと?」
「別に嘘をついたわけではない。確証がないものは信じないようにしていてね。これで満足かな赤髪君は?」
「まあ、そうだろうな」
予想していた反応は得られたのかサソリは同意した。
サソリは中指でテーブルを叩く。これから発言することを頭の中で咀嚼しているようだった。
「……」
この御坂(バカ)のおかげで、余計なことを言いやがって。
なんとか辻褄を合わせたが……
嘘をつく奴にこちらの持っている情報を簡単に渡すわけにはいかない。
忍の世界でも情報というのは非常に重要な戦術となる。
情報があるのとないのとでは、戦況もいくらか変わってくる。
サソリは組織にいたときから、情報操作の重要性を知っていた。
たとえ力を持っていなくとも、情報を操ってしまえば相手が持っている強大な力で自滅に追い込むこともできる。。
逆もしかり、こちらを混乱に落とすような情報操作を行えば簡単に組織は壊滅するだろう。
「もしもだが、お前がレベルアッパーで能力を手に入れたらどうする?」
サソリは木山に聞いてみた。
「それは使えば能力が付与、向上すると仮定しての話かな?」
「そうだ」
「んーそうだな……自分の能力の限界を測ってみるかな」
アイスコーヒーの氷をカチャカチャとかき混ぜる。
サソリは座り直して、目の前にいる木山という女を見据えた。
「ほう、能力を使ってみると」
「ああ、臆するよりも使ってみないことにはね」
サソリと木山は互いに視線を絡ませた。サソリは視線を外し、「そうか」とだけ呟いた。
木山は科学者として多くの人物と謁見してきた経験があり、相手の挙動や言葉使いで割と相手の心理は読める方だが、サソリの反応を踏まえてここまで何を考えているのかわからない相手は久しぶりという感覚を持った。
何か策略を練っているのではなく、子供のような突飛な質問に懐かしい気持ちになる。
しばしの無言。
そのあとに、木山は
「そうだな。危険の可能性があるなら規制した方がいいかもしれない」
と付け加える。
「…………」
サソリは黙ったまま、少し考えていた。
こいつから分かるのはここまでか。
確かにこの女は「嘘」をついていた。
しかし、だからといってそれが相手の弱みになるということではない。
知っていたが、信用していなかった。
そう言ってしまえば片が付く。
大方サソリの予想通りの話の展開になっていたが、一つだけある確信を得た。
この女レベルアッパーについて何かを隠している!
それは使用者としてか、犯人としてか。
そこを攻めるべき、やめるべきか……
「ところで、この者たちは知りあいかね?」
木山の言葉に連なって窓を見ると、佐天がべったりとくっついてにっこり笑っていた。

「へえ、脳の学者さんですか」
初春が感心したように言った。
「サソリは退院したの?あたしプリンパフェで」
「まだだ、外出が許可されたくらいだ」
佐天と初春は木山の隣へと座り、サソリたちとは向かい合うようになっている。
佐天は呼んだ店員にデザートを注文した。
「いやー、いい事って続くもんだねえ。サソリは外出できるまでになって、あたし欲しいものが手に入ったし」
佐天はニコニコとメニューを眺めた。
普段は何とも思わないステーキの断面図でさえ自分を祝っているような気分の良さだ。
「佐天さんはいつも元気よねえ」
御坂がドリンクバーから持ってきたジュースをストローで吸う。
「はい、元気が一番です」
と敬礼をしている。
「さてと、あなたは良いんですの?」
白井がサソリの方に視線を向ける。
「聞きたいことは終わった。あとは適当にまとめてくれ」
「勝手ですわね。ではひとまずレベルアッパーについての現時点での見解を述べておきますわ」
レベルアッパー!?
佐天の体がピクンと反応した。
「あ、それなら」
やってきたプリンパフェを少しほおばりながら佐天がポケットに手を入れる。
音楽プレイヤーをテーブルの前に出したが。
「レベルアッパーの危険性は未だにわかりませんが、持っている人の捜索及び保護を前提にし、レベルアッパーなるものが見つかった場合には」
え!!?
佐天は動きを止めた。出した手を引っ込めることもせずに……
「私が調査をする。ということでいいかな?」
「はい、お願いします」
「話を聞いていたら興味が出てね」
「ありがとうございます」
白井は木山に一礼をしてお礼する。
「何かあったんですか?」
初春が疑問に思って投げかけた。
「まだ調査中でなんとも言えませんが、レベルアッパーの使用者に副作用が出る危険性があること。そして急激に力をつけた学生が犯罪に走ったと思われる事件が数件発生しているみたいですの」
佐天はポケットから出した音楽プレイヤーを前に突き出しながら会話に耳を傾けていた。
「どうしました佐天さん?」
「あ、いや」
と慌てて手を引っ込めるようにテーブルの下へと滑り込ませるが、不意に木山が飲んでいたアイスコーヒーにぶつかってしまい中身が木山の膝上へと零れてしまった。
「わあああああ、す、スミマセン」
「いや、気にしなくて良い。かかったのはストッキングだけだから脱いでしまえば……」
と木山は平然としながらまるで自室にいるかの如く身に着けていたスカートを外してストッキングを脱ぎだしていく。
確認であるが、ここは公衆の面前の喫茶店であり、不特定多数の周囲の目があるところだ。
きゃああああああああああ
と木山が言うべきセリフを女子学生が奪うという形で顔を真っ赤にして各々理性に基づく反応を示す。
御坂は隣に座っているイタイケな少年の眼(←?)を両手で強く塞ぎ、白井と佐天は大声で木山の行いを攻めた。
「なに人前で脱いでいるんですの!」
「女の人が公の場でパンツが見えるような事しちゃだめです!」
「しかし起伏に乏しい私の体を見て劣情を催す男性が」
「趣味思考は人それぞれですわ!」
初春は顔を真っ赤にして俯いているが、ふと前の席にいる御坂とサソリに注意を向けると
「いきなりやるなよ!目の中に入っただろうが」
「子供は見なくていいの!」
「お前もガキだろうが!外せこの!!」
と御坂の手を引きはがそうとしている。リハビリの成果があったからなのか腕力では御坂を少し超える力を取り戻していたサソリはジワジワと目から御坂の手を引きはがしていく。
「ちょっ!やめな、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ」
御坂は帯電していた電気を開放して自分の腕を通してサソリへと容赦なく流し込んだ。
「うぐぐぐぐぐ」
最初は抵抗していたが、蒼い閃光がサソリの体をバチバチと照らし出していき、サソリはそのまま力尽きるようにぐったりと大人しくなった。
「はあはあ」
「お姉様……何も仕留めなくても」
「ご、ごめんつい」

そして時間も夕方へと傾き本日のレベルアッパーに関する意見はひとまず置いておくことにして本日は解散となった。
喫茶店から出ると白井は木山にお礼を言う。
「今日は忙しい中、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ色々迷惑をかけてすまない」
と木山が言ったところ端にいる赤い髪をした少年がビリリと閃光を放出しながらたむろっていた。
「赤髪君は大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ……まったく余計なことしやがって」
目をゴシゴシと擦る。さきほど御坂にやられた目が痛むらしい
木山はサソリのこういった強がりにも似た発言を少し懐かしく思い目を細めた。
「教鞭をふるっていた頃を思い出して楽しかったよ」
「教師をなさってたんですか?」
「昔……ね」
と何処か遠くを見つめるように言うと木山は踵を返すようにして帰路へと向かった。
サソリはさきほどの電撃攻めからかなり機嫌を損ねたらしく喫茶店の植木場で腰を下ろして舌打ちをかます。
「ごめん、ちょっとやり過ぎたわ」
「お前さ……オレが土遁使いだって解ってやったか?」
「え?どとん?」
「岩や砂を使う忍術だ。土遁は雷遁に弱えんだよ」
サソリは未だに電撃の余韻が残る身体から感覚を取り戻すように手と首を回している。
忍術の属性にはジャンケンのように相性があり、雷は落雷で地面を吹き飛ばせるので土遁にとっては雷遁に弱いことになる(所説あり)
「あれ?砂とか岩って電気に強いイメージがありますけど」
「そうですわね。電気ネズミの理論から云えばそうなりますわね」
注 某国民的モンスター育成ゲームのことです。
「どこの常識だよ。お前の雷がオレの術を無効化するんだよ。ああー、目も痛えし、踏んだり蹴ったりだ」

「そういえば佐天さん見せたい物って」
「あ!?えーと」
先ほどの話の一件からこの場でレベルアッパーを実は自分が持っているなんて話出せるはずがなく、佐天はその場をごまかすように
「ゴメーン!私用事あったんだ。また今度ね!!」
「はあ」
とその後ろで好敵手の気配を察知した御坂は全員に知らせることなく獲物を狩る獅子の如く前のめりに後ろ方向へと走り去っていった。
「あれ?御坂さんがいませんよ」
「おねーさまー」
「なんか攻撃体勢で後ろに行ったぞ」
サソリは立ち上がって外套についた埃を払うと
「じゃ、解散だな」
「ええ、少しは常識を身に着けてくださいよ」
「へいへい」
「さようなら、サソリさん!また」
と興味なさげに二度返事を返すとサソリは学園都市の街の中へと歩みだす。
幻想御手(レベルアッパー)の魔の手が身近に迫っているとはこの時は誰も気づいていない。
佐天は焦りと戸惑いで大通りではなく路地裏を走りぬいていく。
レベルアッパーを規制?
やだ……やっと見つけたのに。
手放したくない。
手放したくないよ。
やっと見つけた私だけの能力。 
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