されど世界を幸せに踊りたい
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第一話
前書き
もうちょっとガユスの生活をベリーハードからハード程度にはしたい。
崩落した家々。道端には欠損した死体。その中には目や鼻などから体液を流し、喉を掻き毟った苦しそうな表情のまま、死体となった若い女や少年がいた。
壊滅した村の中を二人の男が歩いている。
一人は赤い髪をさらす眼鏡の男。短剣と金属質の鞘を装備している。
もう一人は、黒い髪を短く刈りそろえ、猫のように細い目をした優男。腰には短刀と漆塗りの鞘。
二人の手にはむき出しの刀剣が光っていた。
「ヤザワは、生きている責任を取って切腹すべきだ」
「いきなり人の死を願わないでもらいたいものです。ガユス」
「この程度、ウコウト大陸では挨拶代わりのようなものだろう」
「あまり馴染めませんねぇ」
「ヤザワはヒナギ出身だからな」
軽口を叩きつつも、警戒するように刀剣を構え続ける。周りにも視線を巡らせていた。
二人の嗅覚に、かすかなカルキ臭が臭った。
横にあった形を保っていた家の一つが突然倒壊し粉塵をまき散らす。迅速にガユスとヤザワがそちらに体を向ける。黒い髪のヤザワが一歩前に出た。
轟ッ!
轟く咆哮によって大気がきしみ、粉塵を散らした。
家の残骸の上に、緑色の鱗でおおわれた四足の胴体が乗っかっている。そこから長い首が生え、上には鰐のように伸びた顔。巨大な口からは生えそろえた牙。全身で二十一メルトルはある。
人類を脅かす〈異貌のものども〉の王。竜がそこにはいた。
ガユスの知覚眼鏡(クルークブリレ)が対象を計測。
「報告と一致。討伐依頼の対象だ」
「つまり、この村を全滅せしめた張本人というわけですか」
竜とヤザワ達は五メルトル程の間を取って対峙する。
敵意に満ちた緋色の目がガユスとヤザワを捕捉。長い首をたわめて、長い口を向けた。口先で青白い光が咒印組成式を描く。
科学的に解明された魔法であり、プランク定数に干渉して望む現象を起こす咒式が発動する。
化学錬成系第一階位塩莫(シエル)は窒息性ガスである塩素を発生させた。黄緑色の塩素ガスは、僅か0.25グラムルを吸うと三十分から一時間で人は死んでしまう毒ガスである。
塩素ガスはそのままヤザワ達に高速で接近していく。ヤザワは左の肩を引き右足を前に向けた平青眼の構えで迎え撃つ。
接触する前にヤザワが咒印組成式が描かれた刀で、黄緑色のガスを切り払う。瞬間、塩素ガスがすべて青い光となって消えていった。
ヤザワの重力力場系第五階位骨䯊怨啼力(ガッシャドロクー)は刀の周りに重力子を発生させ、切り払うもしくは接触した位相空間を崩壊させる。これにより、咒式の発生自体が崩壊し自滅する。
「抵抗確認。斬りますね」
竜の咒式を消したのにもかかわらず、彼は澄ました顔で刀を構えなおした。
竜は自身の咒式が消されたのに苛立ち、前脚を地面に叩き付けた。再度同じ咒印組成式を組む。竜の 咒式が起きる前に、ヤザワの後ろに控えていたガユスの咒式が発動。咒式の発動機である魔杖剣〈断罪者ヨルガ〉が竜に向けられた。
化学錬成系第四階位曝轟蹂躪舞(アミ・イー)が、緑竜を襲う。顔全体を傷つけられた竜が苦痛に顔を振る。爆風と粉じんにより、竜の視覚が一時的に喪失。その間にヤザワは片手を腰につけた魔杖短刀を抜いた。そのまま右手の刀を肩に担ぐように振りかざし、左手の短刀を眼前に突き出す。
彼の魔杖刀〈一期一振〉から薬莢が排出。刀から青白い組成式が、ヤザワを覆う。
次の瞬間、ヤザワは竜の足元に出現した。重力力場系第六階位瞬速転移(シュン・ポー)で重力量子を纏い、周囲の重力やプランク定数に万有引力定数を変換し、自身の都合のいい空間を作り上げた。これにより、周りの空間事光の速度の約80%まで近づいた速度で移動したので、瞬間的に表れたようにしか見えなかったのだ。
だが、不運にもヤザワに暴れた竜の前足が振り下ろされていく。
「お前も大概運がないな!」
高速展開されたガユスの化学鋼成系第四階位鍛澱鎗弾槍(ウアープ)による、直径一二〇ミリメルトルのタングステンカーバイド製の砲弾が、ヤザワを踏みつぶそうとする前足を吹き飛ばした。
「ガユスほどではありませんね」
ヤザワは言い返しながら、魔杖短刀〈骨喰藤四郎〉の引き金を引く。
近くに何かいることを察したのだろう。竜は足元に咒式を素早く展開。ヤザワの周囲でTNT(トリニトロトルエン)爆薬を炸裂させる第三階位爆炸吼(アイニ)が発動。秒速6900メルトルの爆風と鋼の刃が彼を襲う。
それを見ても、ガユスは特に慌てることなく、牽制の咒式を準備。特に心配していないようだった。
それもそのはずだ。爆炸吼(アイニ)の煙が晴れたとき、そこから無傷のヤザワが現れた。
彼の姿を確認したガユスが、独り言を零した。
「相変わらず便利だな。数法量子系第五階位|神出鬼没妖王は」
仮に人体が100個の細胞で出来ているとして、その存在確率が1%だとする。その時に1回だけ攻撃を受けたとすると、100個のうち1個の細胞にだけ攻撃が当たる事となり、残りの99個の細胞は全くの無傷で済む。100個の細胞全てに攻撃が当たる確率は、100の100乗分の1である。
魔杖短刀で発動された数法量子系第五階位神出鬼没妖王は量子力学的制御により、この存在確立を操作し絶対回避を可能にする恐るべき咒式である。
だが、残念なことにヤザワにこの咒式はまだ難しく、瞬間的にしか発動できない。
驚いている竜にとどめを刺すため、構えた杖刀〈一期一振〉の先に青白い光が咒印組成式を描く。
刀の先から五メルトル程の景色を歪ませる何かが伸びた。
そのまま、伸びた刀身で竜の首を切るように降る。次の瞬間、竜の首がずれた。
重力力場系第三階位重力斬刀は、刀の先から双の反重力帯を単分子レベルまで縮めて放出し、内側のものを外側へと引きこんで切り裂くのだ。
切れる物無き咒式で首なし死体となった竜はそのまま倒れていった。
討伐依頼の報酬を得たガユス達は、ホテルの一室で顔を会わせていた。
赤髪のガユスは自身の携帯端末を見て、悲鳴をあげている。
「竜を倒しても、これっぽっちかよ!」
「二百才程度の赤子です。それなりの金子しかでませんよ」
黒髪のヤザワがルームサービスのメニューを見ながら、口を挟んだ。
そのまま電話を取り、幾つかの品を注文していく。ガユスも不満げながらも、ヤザワに自身の物も注文してもらう。
ため息をはきつつ、ガユスは目前の通貨素子をより分けていく。
「これは共同の資金として……之くらいか」
一度半分に分ける。残りをまた半分に分けて、互いの前方に移動させた。
自分の前にある通貨素子の塊を見たヤザワが、懐にいれる。
「もうすこしでエミネルドの著書が買えそうです」
「あいかわずの活字中毒だな。この書痴め」
「誉め言葉ですよ」
ガユスの嫌味を軽く流す。
「しかし、命を掛けるには、あまりにも割に合わない」
「拙者達もそれなりに有名になっていると思ったのですが」
ガユスの愚痴に、ヤザワも頷いた。
事実、彼等は互いに高位咒式士だ。ヤザワは十一階梯でガユスは十階梯である。小国の町程度には、ほぼいない存在とも言える。
「まあ、感謝はしてるさ。ヤザワの持っている希少本には、参考になる知識が山ほどあるからな」
「珍しい咒式が書かれているのも、ありますからね」
「入手先は聞かない方が良さそうだ」
ガユスの発言に、ヤザワはただ悪どい笑みを浮かべるだけだった。二人の間に気まずい沈黙が落ちる。
空気を変えようと、ガユスが言葉を重ねる。
「なんとか一攫千金みたいな事はないだろうか」
「あれは?」
ヤザワの提案に、ガユスは渋面を浮かべる。
「あれか。今時宝の地図なんて物は、信じるに値しない」
「まあ、ガユスが賭け事で手に入れたやつですからね」
ヤザワも同意するように頷いた。
「しかしですね。捨てるのも勿体ないですし、実際気になりませんか?」
彼自身地図の事が、かなり気になっているようである。
ガユスを説得しようと話を続けていく。
「確か書かれた場所は、此処からあまり遠くなかったはずですよ?」
「どうだったかな」
ガユスがバックから、二人の話題に上がっている地図を、取り出した。
それを懐から取り出した、携帯端末と共に机の上におく。
そのまま携帯端末を操作し、今いる場所の地図を立体映像として写し出した。
ヤザワは地図を持つと、宙に浮かぶ映像に合わせる。
「こことここがぴったり合います」
彼の言った通り、かすかにはずれてはいるものの、それは誤差といえる範囲内だった。ほぼ一致しているといえる。
「地図によれば……このデリラ山脈の中腹にあるはずの洞窟を指しています」
「おいおい。デリラ山脈は別名〈奈落の山脈〉と言って、現地人のウルムン人さえ近づかない場所だ」一度ため息をついてガユスの言葉は続く。「しかも、今ウルムンは、独裁者ドーチェッタによる圧政で治安がエリダナの裏路地より悪くなっている」
「だからこそ、宝がありそうじゃないですか。だれも入らないところなんていかにもですし」
何とかガユスを説得しようとヤザワは言葉を重ねていく。
「険しい山登りにもうってつけの物もありますし」
自身の後ろにあるバックを指さす。宝珠の回路と指示式が描かれた咒符がバックの口元の周りにびっしりと張られていた。
「数法量子系第三階位迷家取得鞄のバックか。それがあれば確かに楽だろうな」
ガユスの目線の先にある鞄は、見た目とは裏腹に内部が約七立方メルトルの広さがある。原理としては、塗料に入っている重元素粒子を咒符が制御して、鞄の内部に位相空間を作り上げ内部を拡張している。
「まだ容量に余裕がありますし、最悪は高速移動すればすぐに目的地に着きますよ」
ヤザワも何とかガユスを頷かせようと、説得を続けていく
そんな熱意にガユスも折れた。
「分かった。食料と咒弾、念のために医薬品を仕入れてから行こう」
「過酷と言われる山脈に登るのです。念入りな準備に手を抜いたりしませんよ」
彼の提案にヤザワは頷く。早速準備をし始めたのか、どこかへ電話を掛けるのだった。
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