衛宮士郎の新たなる道
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第12話 武神VS冬木の虎
前書き
大河「問題、衛宮士郎の新たなる道のメインヒロインは誰でしょう?」
1.藤村大河以外考えられん!
2.藤村大河以外にそもそもヒロインが居るの?
3.誰でしょうなどと問うなど論外、藤村大河一択だろう!?
4.藤村大河は俺の嫁!!
5.寝言は寝て言えなんてちゃちな事は言う気は無いが、聞いてて空しくないの?それで良いなら言ってあげましょう。ワーーー!フジムラタイガサン、アナタコソメインヒロインで――――やっぱり無理!そしてちゃちでもいいから言う、寝言は寝て言え藤村大河!!?
翌日。
士郎は、百代を土日祝日祭日まで縛る気は無いので、今朝は百代は掃除に来ていない。
なので、今朝は何時も通り鍛錬に精を出し何時も通り全てを士郎1人で掃除して朝食を作ると言う、今迄通りに過ごしていた。
そして気分屋な所があるスカサハは、今朝も何時も通り朝食の場には居なかった。
結果、これまた何時も通り大河と士郎の2人きりで朝食を取っていた。
「士郎、今日は予定通りずっと籠ってるの?」
大河は、ウインナーをつまみながら士郎に聞く。
「そうだけど・・・人を引きこもりのように言うのはやめてくれ」
士郎は、大河の言い方に苦虫を噛み潰したような嫌そうな顔で答える。
「もぐもぐ、ん、表現としては違うかもだけど、籠ってるのは事実でしょ?」
「事実とは言え、言い方ってものがあるだろう?大体、いい年して彼氏も居ないからって年がら年中引きこもるか、音子さん(←実際はおとこ、と読む)の店に居座るだけの寂しい藤姉に言われたくないな」
「んな!?・・・・・・ふふん!残念だったわね?士郎!私はお昼にある人に、お呼ばれされてるのよ?」
士郎の言葉に一瞬だけ怒りと悲しみに詰まった大河だが、取り繕いながらも胸を張って自慢するように士郎に言う。
しかし上手なのは士郎の方だった。
「招待してくれてるのは男じゃなくて女性だろ?しかも川神百代」
「なっ!?――――ど、如何して士郎がそれを知ってるの?昨日の朝、百代ちゃんが衛宮邸から出て行ってから話した内容なのに!」
大河は虚勢がばれた事に、目尻に涙をためながら悔しそうに士郎に聞いた。
そんな大河に溜息をついてから士郎は答える。
「藤姉・・・・・・藤村組本部の藤村邸の私室どころか、昨夜俺が帰ってきた時には居間でテレビ点けっぱなしで此処で寝落ちしてたんだよ。それで勿論俺が藤姉を運んだんだけど・・・覚えてないのか?」
「え!?で、でも、私何時もの寝巻になって布団の中で起きたわよ・・・って!まさか士郎!?アンタ私を着替えさせたの!親しき仲にもれ――――」
「その辺はちゃんと、給仕である晴香さんに頼んだぞ。だから糾弾される覚えはないな」
士郎の言葉に歯噛みする大河は、一層悔しそうにする。
しかしそこで我に返る。
「ちょっと待ちなさい!如何して私と百代ちゃんの話を知ってたのか、まだ聞いてないわよ!」
「別に言う気が無かった訳じゃ無い。―――言うなら藤姉の運搬時に、寝言で聞いただけだ」
「ちょっと!何人の寝言を勝手に聞いてるのよ!!」
「寝言を聞かれたくないなら、衛宮邸で寝落ちしないように今後努めればいいだろ?つまり寝落ちした藤姉が悪いんだ。それとも気持ちよさそうにしてる所を無理矢理起こせと?」
怒りの糾弾に全て正論で返して来る士郎に、大河は何時もの様に決壊した。
「ムシャムシャムシャムシャムシャ!!」
何時もの様に泣きながら自分の分の朝食を平らげる。
「うわぁあああああん!!!」
そして泣きながら衛宮邸を後にした。
「・・・・・・・・・」
士郎としては本当に何時もの事なので、特に気にした様子も無く、普段通りに1人残されても自分のペースで食事を進めるのだった。
-Interlude-
泣いて落ち込むのが早ければ、直に復帰して気分を変えるのが大河の特徴の一つだ。
時間になったので、大河は道着を入れたバッグと愛用の木刀を入れたのを片手に藤村邸を出る。
彼女は元武道四天王の1人であり、本気を出して走ることを前提とすればまだまだ出かけなくてもいい時間なのだが、川神院に行く前に寄る所もあるし何より、大河は休日に自分の住む街を歩くのが好きだ。
士郎を引き取り、里親になった衛宮切嗣と共に歩いたこの街並みを、彼女は今も愛している。
大河にとってあの時は、今も一番の思い出だった。
何故なら大河にとって、衛宮切嗣は初恋の相手だったから。
されど勇気が出ずに何時までも言い出せなかった。
そして切嗣は、士郎を引き取った5年後に士郎の目の前で静かに息を引き取った。
切嗣の死因は未だ解明されていなかったが、そんな事は大河にとって些細な事だった。
自分の初恋の人が死んだ事実を最初は当然受け止めきれず、自分の部屋に引きこもり、学生だったので一時的に不登校にもなった。
その件については両親・藤村組の組員・組長の藤村雷画全員からそっとしておくと言う方針から、何も言われなかった。
そんな彼女が自分の部屋に引きこもってから幾日、彷徨いながらも縋る様に衛宮邸に訪れると、そこには何時もの様に過ごす士郎の姿を目にした。
本来なら自分以上に落ち込んでいても可笑しくないのに、自分を視界に入れた直後、丁度食事時だったのか自分を居間に連れて行き、食事を出されたのだ。
そうして士郎は1人黙々と食事をして行く。
そんな姿に大河は問わずにはいられなかった。
悲しくないのかと、如何して何時も通りに過ごせるのかと。すると――――。
『確かに悲しくはあるけど、俺にはまだ冬馬達もいるし、藤村組の皆もいる。何より、此処は藤姉にとって第2の家でもあるんだから、今こうして来たように、何時でも迎えられる様にしたかった』
――――と。
そうして士郎は何時もの様に食事をして行く。
そして食後に士郎が呼んだのか、冬馬達が遊びに来て自分達とも遊ぼうとせがむ。
親友の音子や友人の柳洞零観も呼んだのか聞きつけたのか今でも知らないが、駆けつけて来た。
まるで自分――――私を励まそうとしてくれるように。
そして藤村邸に戻ると、藤村組の組員、両親に御爺様と、皆が私を笑って迎えてくれた。
その時に気が付いたのだ。
私には士郎も含めて大切な人達がこんなにも残っていると。
切嗣さんが亡くなった事は確かに悲しいが、この気持ちを胸に思い出を大事に歩いて行こうと復帰したのだ。
今でこそ口喧嘩が絶えない(基本的には何時も大河が悪い)姉弟の様な間柄だが、今でもあの時の事に嬉しく思っているし感謝もしている。
正直、面と言えずに気恥ずかしいが。
そうして大河は何時もの様に、ご近所さんたちに挨拶しながら川神院に向かって行った。
そんな大河を気配感知で行った事を確認した士郎は、自身の魔術工房に居た。
士郎の魔術工房は衛宮邸の土蔵の中に入口があり、地下へと続いている。
士郎の魔術工房は複数の部屋に分かれており、一番最初の部屋は大河の様な一般人にも見せてもいい士郎の仕事部屋になっている。
士郎の仕事とは刀匠である。
此処で少し話がずれるが、士郎は自分が魔術師である事を、引き取られる時に話していた。
しかし雷画自身は魔術が実在する事も知っていたし、士郎を引きとった切嗣の事も魔術師である事を見抜いていた。
にも拘らず自分の眼力に自信のあった雷画は、士郎切嗣共に身を寄せてきたことを許容したのだ。
そして切嗣が亡くなってから1年も経過していないある時、雷画は士郎を驚かせようと衛宮邸に不法侵入して探したところで士郎の魔術工房に入ったのだ。
その魔術工房棚などには、大小長短の違いあれど全てが刀剣類が置かれていた。
眼力に自信のある雷画から見てどれもこれもが業物並みの品質と見抜いたが、それ相応に長く生きてきたにも拘らず、全て初めて見るモノばかりだった。
中には凝った装飾品が付けられた西洋剣などもあり、美術的価値があるのではないかと思えるほどのモノもあった。
そんな風に年甲斐も無く、驚愕と興奮に包まれている所に士郎に見つかったのが最初であった。
これについて訳を聞くと、自分の魔術特性としての結果が周りにある刀剣類だと言うのだ。
魔術師の研究成果とは言え、これほどの品を埋もれさせるなど勿体無いと感じた雷画は、士郎に何度も説得を試みて、商売の一つとして始めたのが切っ掛けだった。
その日を境に士郎は、刀匠EMIYAと言う知る人ぞ知る刀剣類専門の鍛冶師として世に出るようになったのだ。
あれから今日まで約4年半。
士郎の打つ刀剣類は高いモノであれば相当な額と評価され、今では十数億ほど稼いでいる。
まぁ、関東圏内を治めている藤村組は勿論、世界一の大企業と言っても過言では無い九鬼財閥からすれば、大した事のない額でしかないが。
しかしそれは結果でしかなく、士郎は只説得されお客を見て、求められるモノを提供したに過ぎない。
故に、そうして士郎は今日も鉄を鍛ち続ける。
-Interlude-
大河は約束の時間10分前に川神院に辿り着いた。
門前には今すぐにでも始めたいとワクワクしている百代に軽く緊張している一子、それに何時も通り笑顔を忘れない師範代のルーに、頭部の骨格が年々ぬらりひょんに近づいて来ている総代の鉄心が揃って待っていた。
「お久し振りです。鉄心総代、ルー師範代」
「うむ、お主も息災そうで何よりじゃ」
「久しぶりだネ!大河ちゃん!」
「それに貴女が川神一子ちゃんよね?意外とこれまでちゃんと話した事が無かったから、事実上初めましてかしら?」
「は、はい!川神一子です!今日はお姉様との稽古の見学に同席させて頂き――――」
一子は緊張のあまり最後まで言い切れずに噛んだ。
「そんなに緊張する事ないのよ?百代ちゃんと違って、私なんて元武道四天王と言うだけで、今じゃ穂群原高校の一介の英語教師ってだけなんだから」
「は、はい!」
しかしそれでもなお緊張の色を消えない一子に、微笑ましく思う大河だった。
「大河さん、今日はよろしくお願いします!」
「ええ。でも稽古以上真剣勝負未満の微妙な線とはいえ、今じゃ最低限の鍛錬しか続けてないからお手柔らかにね」
「そんな、私こそ勉強させて頂きます」
謙虚な言葉を使っているにも拘らず、百代の顔は飢えた獅子の様に獰猛さが露骨だ。
そんな百代に苦笑しつつ、鉄心に粗品を渡す。
「鉄心先生。つまらないモノですが」
「雷画からか。すまんのう」
「あっ、いえ、その・・・」
鉄心の言葉に言いよどむ。
何故いい読むのか鉄心以外の3人は首を傾げたが、鉄心だけは短い沈黙の後に溜息を吐いた。
「年を考えぬセクハラ爺に、渡す土産がもったいないとでも言っておったか?」
「ア、アハハ・・・」
鉄心の言葉を受けた大河は苦笑いを浮かべる。
「自覚あったんですカ?総代」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さらには補佐のルーから何の含みも無い素の言葉を受けて、鉄心はぐうの音も出なくなる。
「ククク」
最後に百代の噛み殺したような笑いをトドメとして、鉄心だけ両肩を深く下げながら、中へ入っていくのだった。
-Interlude-
鉄心たちは大河を連れて、朝の鍛錬に使う庭に来ていた。
とは言っても大河は途中の百代の部屋を借りて、道着姿に着替えたわけだが。
そして持参した木刀袋から取り出したのは何と――――。
「え?」
「虎・・・柄・・・・?」
大河が取りだした木刀は、柄から切っ先の全てに至るまで虎柄だった。
この珍妙な木刀を見た事があるのは鉄心とルーを始めとする40歳前後の修行僧だけで、百代や一子を含めた若い世代は今日初めて見る代物だった。
初めて見る者達は、冬木の虎の異名を持つ元武道四天王の藤村大河の武勇伝だけは聞いた事は何度もあるが、彼女の得物が虎柄の木刀であるかは初耳だったのだ。
色んな意味で奇妙な空気が漂う中で、大河は気合の一斉と共に身を引き締めた。
「さて、やりましょうか!」
そして何故か満面の笑顔だった。
そんな大河に周りの空気も相まってか、百代も言いよどむ。
「えっと、大河さん」
「ん?」
「いえ、えっと、その・・・」
「何かしら百代ちゃん?」
百代としては初見の虎柄の木刀が気になるが、大河からすれば何を言い淀んでいるのか全く気付いていなかった。
しかしそれ以上に早く始めたいのは百代も一緒なので、置いておく事にした。
「いえ・・・・・・お願いします」
「こちらこそよろしく!」
未だに虎柄の木刀が気になっている者達がいる中、鉄心が審判を務める様に前へ出た。
「互いに準備はよいな?」
「ああ」
「はい」
「今回は正式な真剣勝負では無いからの、形式は省略するぞい。――――では、始めい!」
鉄心の合図に間髪入れずに突っ込む百代。
「まずは川神流無双正拳突!?」
しかし、いつの間にか百代よりも早く大河は接近していたのか、既に眼前にまで居る上に、木刀を百代目掛けて振り下ろそうとしていた。
「――――きーーー!!」
ならば尚更にと、百代は先ほどよりも早い動きで大河の木刀目掛けて正拳を打つ。
しかしそれは結果として空を切る。
「残像ッ!?ぐあっ!」
百代が打つと、振り下ろしていた大河もろとも霧散した。
如何やら闘気を込めた残像を、いち早く百代目掛けてぶつけただけの様だ。
しかも百代にも瞬時には察知不可能な程の存在感のある残像をだ。
そんな百代が一瞬驚いている隙をついて、いつの間にかに真横に来ていた大河の横薙ぎをもろに喰らった。
大河は始める前から今の方針でやると決めていた。
大河の戦法は基本的に相手の隙をついて戦うテクニカルタイプだ。
その戦法を好むのは大概パワー面に劣る者が好む傾向だが、実は大河はパワータイプだ。
しかし真正面からのぶつかり合い等猪でも出来る、真に極められたテクニックタイプにそのままではいずれ敗れ去るだろうと昔指摘された事があるので、相応の年月の末相手をかく乱してその隙を突いた上でのパワータイプに許された渾身の一撃を叩きこむのスタイルに落ち着いたのだ。
大概の相手はこれで沈むのだが百代は違う。
「クッ、フフ」
大河の胴を喰らい軽く吹き飛んだ百代は、見事に着地する。
あれだけの一撃を受けても直、まるで効かなかったように立っていられるのは百代が修得した『瞬間回復』のおかげだ。
一定以上の耐久を越えるダメージを受けた時、かなりの気を使って負傷した部位を瞬間的に回復させる技だ。
ただ相当な気を使うので、百代並みに莫大な気をその身に持ちえていなければ、実戦中には薦められない燃費の悪い技でもある。
武神と謳われている彼女をもってしても、最高28回しか使えないらしい。逆を言えば28回も使えるわけだが。
その内の1回だけを使って無事立っている訳だ。
「それが噂の瞬間回復、すごいわね」
「凄いのは貴女じゃないですか、大河さん。今では最低限の鍛錬しかしていないって言うのに、あの力強さ。瞬間回復を使ったのなんて、揚羽さんとの決闘以来ですよ!」
瞬間回復を使わなければならなかった強者との戦いに、百代は意気高揚としていた。
そんな嬉しそうに不敵な笑みを浮かべる百代とは対照的に、大河はいたって冷静沈着だ。
「楽しそうに笑うのは百代ちゃんの自由だけど、今は勝負中よ」
「なっ!」
対峙している百代は、自分の前で霞のように消えて行く大河を見て驚く。
そうして目の前から完全に消え去ってから、背後から大河が来る。
「ふっ」
それを裏拳を撃ち込んで霞へと消し去る。
(矢張り残像、そして―――)
そして間髪入れずに、全方位から大河の残像が百代に襲い掛かる。
百代はそれらを火の粉を払うように消し去っていく。
「何のつもりですか、大河さん。残像だけではダメージは来ません、よ!!」
気を込めた両腕と闘気を使って風を起こす様に回転させて、全方位から常に襲い掛かって来る残像をまとめて消し飛ばした。
当然その影響により、百代を中心にちょっとした砂嵐が起きた。
そのせいで、一子を含む見学者に被害――――は出ていない。
2人の戦いによる余波で周囲に被害を出さないために、10人ほどの修行僧たちにより、事前に結界を張っていたのだ。
まぁ、ちょっとした砂嵐程度に後れを取る程、川神院の修行僧達は柔くはないが。
そして当の本人たちの1人である百代は、自分が結果的に起こした砂嵐の中で目をつぶりながら気配察知の感覚を研ぎ澄ませていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
先程からの大河の戦法に対応するために、気配察知を高めた上で、残像でかく乱させないためにわざと砂嵐も晴らさないでいるのだった。
とは言え相手である大河自身も、自分に隙が出来ないと攻撃してこないだろうと考えていると、何と大胆にもこの砂嵐を突っ切り、自分目掛けて突進して来たのだ。
「先程とは違いある意味正面からなんて如何したん――――何!?」
気配察知を続けていたからこそ気付けたことだが、真逆からもう1人の大河遅れて迫って来た。
この事に、百代は新たに軽く驚いた。
闘気だけで作られた残像であれば砂嵐の壁を乗り越えられない。
つまり本人とは別の大河は、砂嵐の壁を突き破れる強度を持った実態ある残像と言う事に他ならないからだ。
(遅れて来たと言う事は最初が残像?)
緊急的にそう判断した百代は、遅く来た方の速度に警戒してか、最初の大河を無視した。
しかしそれが間違いだった。
『ガオぉおおおおーーーー!!!』
「なぐっ!!」
此処で一番最初に来た大河から、冬木の虎の大咆哮が百代の聴覚目掛けて炸裂した。
今週の早朝時に見せたあの時とは違う。これこそ真の『冬木の虎の大咆哮』である。
如何やら大河はある種の賭けとして、自分である本体が最初に百代目掛けて突っ込んで行った様だ。
そして勿論この機に畳掛ける。
精神状態と体の中の気の廻りを狂わされた百代を、宙へ向かって蹴り上げる。
「クッ」
「まだよ!藤村流夜叉落とし!」
自分で蹴り上げて自分でたたっ斬りながら突き落とすと言う、かなり乱暴かつ雑な技だ。
しかしそれもそのはず、藤村流と言うのは藤村雷画の全盛期時代に今では元武神と呼ばれている川神鉄心と互角の戦いを繰り広げた折に、当時は我流剣術・空手と呼ばれていた雷画の戦闘技術も鉄心に通じるのであれば流派を名乗っていいのではと言う声から後押しされて、今では藤村組の組員の戦法はほぼ全員藤村流である。
しかし雷画からすれば別に武を極めようとしたのではなく、あくまでも手段に過ぎないので今でも洗練されずに雑なままなのだ。
けれども、技は雑であるが威力効力が高いのも確かな事実なのである。
故に大河は、この場でこの技を使う事を選択した事に躊躇いは無い。
だからといってこの技が早々決まると限りはしない。
「川神・・流・・・大蠍撃ちぃ!」
百代は全身の気の廻りが不安定でありかつ、宙に浮いている足場も無い状態で、強引に体を動かして大河の技を迎撃した。
「む!」
「くぅっ!」
しかし強引である事には変わらないので、技の威力も弱くなり、気が込めてある大河の足裏で受け止められた。
けれども、大河の技の威力を落とす事にも成功した。
そうして互いに決まり手のないまま着地したが、その時点でも百代は体をふらつかせていた。
気の廻り自体を狂わされたので、平衡感覚は未だに狂ったままだ。
そんな百代とは対照的に、大河は未だに体の何所も痛めてはいない。
勿論、未だにチャンスは続いているので今度こそはと、百代目掛けて木刀を突く構えのまま突っ込んで行った。
そんな大河を迎撃すべく、体を安定させるために片手を地に着け、もう片方の手に気を込める。
「藤村流――――」
「川神流――――」
そして互いに近距離に迫った時に技を繰り出した。
「――――鬼穿ち!」
「――――致死蛍!」
強烈な気弾と受ければ貫かれるのは当然の突きのぶつかり合いは、周囲に衝撃波を生み出して結界に罅を入れる。
『~~~っっっ!!』
そして当然強烈な技がぶつかり合った上で威力が同じであれば、その反動で両者が後方に吹き飛ぶのも必然だ。
そうして両者は立ち上がる。
百代に至っては、漸く平衡感覚が戻って来た様だ。
「やるわね百代ちゃん」
「・・・・・・ふぅー。――――大河さんこそ、とても最低限の鍛錬程度とは思えない位の技の練度ですよ」
『でも――――』
これで周りが終わったのかと思っていたが、中心の2人の気がさらに高まった。
『――――まだまだこれから(よ・です)!』
そのまま両者は戦いを再開して行った。
-Interlude-
夕方。
百代に鉄心、ルーに一子の4人は門前にて、大河の見送りに来ていた。
「今日はすまなかったのう。せっかくの休日を川神院のため消耗させてしまって」
あの後百代と暫く戦ってから昼食を挿み、川神院の修行僧達とも稽古をしていたのだ。
「いえいえ!私もこうして久しぶりに川神院で体を動かせたので、充実した一日でしたよ」
大河の態度に安堵する鉄心。
「それに一子ちゃんとも触れあえたしね!」
「わふぅ~」
大河に顎を撫でられて癒される一子。
まるで飼い主と飼い犬の様だ。
「ルー師範代も、私が武道四天王の一角を努めていた時比べてより強くなって・・・・・・ポイントはそのポーズですか?」
「そうだネ!この態勢は私にとっては最大に気の廻りをよくするからネ」
そうして最後に百代に向いた大河は、唐突に謝る。
「今日はごめんなさいね」
「な、何をいきなり・・・!?寧ろ良い経験を積ませてもらえた上に楽しかったですよ?」
「でも完全燃焼じゃないでしょう?正当な真剣勝負じゃないもんね」
「う゛」
百代は図星を突かれたように言葉を詰まらせる。
「とはいうモノの、百代ちゃんの全力を受け止めきれて尚且つ時間帯が似てる人と言えば・・・・・・やっぱり士郎だけなのかしら?」
「衛宮クンかい?彼が強いのは知っていたがそれほどとは初耳ですよネ?総代」
「いんや、儂は知っとったぞ。雷画に会うたんびに衛宮士郎の自慢話を無理矢理聞かされ取るからのう」
耳に胼胝ができる位聞かされたわいと嘆息する鉄心に、そんな雷画を容易に想像できる大河は思わず苦笑する。
「彼は投擲術に弓術、射撃系の才に関してはモモでも追いつけるか判らないほどに絶大じゃが、その代わり武器を持とうが持つまいが接近戦については才能は無いらしい」
「その分と言うワケでは無いですけど。士郎の体はとんでもなく無理無茶が利く素材の様で、才ある武人でも体が壊れるんじゃないかと言う独自の鍛錬方法で、地力を何所までも愚直なまでに鍛えていますから、基礎攻撃力・防御力は百代ちゃんを確実に上回ってると思うわよ」
鉄心の説明を大河が受け継いで話した。
「確実とは言うけど、その根拠は何かナ?」
百代の強さを十分知っているルーとしては、信じられない思いと興味心が混ざり合っていたので聞いたのだった。
決して嫌味などは無い。と言うか、彼には嫌味など言えるのかも疑問だ。
「私の気を込めた全身全霊の斬撃を、士郎は片腕だけで受け止めたんですよ!しかも無傷で。将来のなら兎も角、現時点での百代ちゃんにそんなこと出来る?」
「・・・多分無理ですね。――――衛宮が強いとは少し前から解って来たばかりでしたが、まさかそこまでの強さを持っているとは・・・・・・!」
大河からの言葉を受けて、百代の中で士郎がロックオンされた瞬間だった。
その証拠に時間も考えずに再び戦意が高揚しているのは、周りの4人からしても明らかだった。
「けどね、百代ちゃんも知っての通り。士郎は女の子に攻撃することを良しとする性格じゃないから、説得は現時点で厳しい――――いやー、無理ね」
「そうだった!・・・クッ」
大河の言葉に今思い出したと言わんばかりに、百代は露骨に悔しそうに唇を噛む。
当然だろう。全力を出してはしゃげそうな強敵が違う街違うクラスとは言え、それほど遠くない場所に居るのに手が出せないのだ。
手が出せない理由はあるが、百代の場合自業自得によりそれを複数にして自爆状態となっていた。
「私も一応説得してみるけど、期待しないでね?多分――――いや、絶対無理だから!」
「はい・・・」
大河の断言ぶりに、百代は意気消沈させながら肩を落とした。
そのまま他に少し話をしてから、大河は川神院を後にした。
後書き
大河の落ち込みから復帰の行については、如何かアレでご容赦くださいm(__)m
因みに零観も元武道四天王と言う設定です。
この設定を何時か使うかは未定です。
運命の夜まで、あと二日。
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