クラディールに憑依しました 外伝
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取引を持ちかけられました
「どうしたんだ? 騒々しいな?」
ドアを開けてある後と顔を合わせると、アルゴの目が見開かれた。
「………………」
「どうした? 何かあったか?」
「…………な、何故この家を?」
「喋り方が素に戻ってるぞ? とりあえず中へ入れ、何も無いがな」
アルゴを招き入れてドアを閉めると、奥に居たリズに気付いたらしく、軽い挨拶を交わしていた。
「立ち話で悪いが、この家を購入した理由だったな、そろそろ第五十層も近いし近場の拠点が欲しかったからだ。
何らかのイベントで転移門が使えなくなったら徒歩での移動はボス部屋を経由するか転移結晶だしな」
「ソ、そうカ、この家自体には愛着は無いんだナ? こんなマイホームが欲しかったとかそう言うのハ?」
「特に無いな?」
アルゴがどこか余所余所しい雰囲気を醸し出しながら色々と確認しているが、俺には大体解っている。
この家は原作でとある『お針子』が拠点にしていた場所だ。
リンダースの北区にある水車が二基も備わった家。
南区のリズベット武具店は金属装備専門で狙ったかの様に北区のこの家が布や皮装備専門、
キリトやアスナの防具、最近では血盟騎士団繋がりでシリカの防具もこのお針子がオーダーメイドで仕上げている。
俺がこの家を選んだ理由は、『この家を俺が買い占めた場合、原作にどんな影響がでるか?』ってところだな。
同じ街で別の物件を探すのか、それとも何処か他所へ行くのか、ちょっとした実験である。
リズと同じ街にライバル店が店を構えてんじゃねーよって個人的な理由では決して無い。
まぁ、そこら辺はどうでも良いとして、アルゴはそのお針子に水車二基の条件で依頼されたんだろう。
「特にこだわりが無いのなラ、この家をオレっちに売ってくれないか? 最低でも買った時の二倍は出すゾ」
「悪いな、金じゃ売らない」
「…………それなラ、何か知りたい情報は無いカ? 依頼でも良いゾ? 暫く扱き使ってくれて構わなイ」
「それもどうかな? 悪いが今直ぐ知りたい情報もないし、知りたい情報が出来たらその時に金を払った方が良いだろう?」
「…………しかしナ」
「わかったわかった、依頼を達成出来ないってだけじゃないな? クライアントには何かと借りとかがあるんだな?」
「…………まぁナ」
「なら、たった今知りたい事が出来た、一度この話をクライアントに持ち帰って相談して来い」
「――――何故ダ?」
「本人からの直談判で譲るかどうか決めてやるよ、その時は買った時の値段そのままで譲ってやる」
「此処に連れてくれば良いのカ?」
「あぁ、顔を見せる気があるならな、見せる気が無いならこの話は無しだ、他所を当たれ」
そう言えば、お針子はかなりの美人らしい、『美人お針子』としてアスナと一緒にアインクラッドの三本指に入るとか何とか。
「解っタ――――それにしても珍しいナ? 何故そこまでこの家に執着すル? 倉庫代わりにするなら他にもあった筈ダ」
「別に? ただの気まぐれだよ? それより良いのか? そろそろ転移門が開くぞ?」
攻略組のアドバンテージがそろそろ消える。
「…………また来よウ」
アルゴは踵を返すとそのまま出て行った。
ふぅ、最初の来客がアルゴとはな、しかし、原作でもそうだったのかは知らないが手が早すぎる。
原作のリズが対抗意識を燃やしていたのは、お針子が後から店を出したからとかじゃないのか?
単純に店に自分の名前を入れる所がが似通ってたからとか、
キリトが皮装備であのお針子が気に入った相手にしか売らないとかその辺りか?
「ねぇ、何でアルゴの話を断ったの?」
「まだ断ったわけじゃない。話は聞いてただろ? 向こうが顔を出すなら考えても良い」
「何時もならアルゴの要求なんて二つ返事じゃない、それどころか何かと融通したりしてたでしょ?」
「まぁ、特にこだわりがある訳じゃねぇよ」
「…………もしかして、あたしの事を気にしてる? 水車が鍛冶に使えるからとか」
「真逆、それなら水車が一基でも備わっている家で充分だろ? 本当にこだわりなんて無いよ」
「なら、ちゃんとあたしの目を見て言ってみなさいよ」
「――――――わかった………………俺はリズを理由にアルゴの話を断ったりしてない」
リズの瞳を捕らえて正面から、ゆっくりと、そう呟いた。
暫くすると真っ赤になったリズがうつむいて何か呟いていた。
「………………………………………………………………絶対嘘」
第四十七層フローリア、その転移門広場は観光客、その中でも特にカップルが大多数を占めている。
その転移門広場の一角にアインクラッドで一番早く裁縫スキルをカンストさせた『美人お針子』が店を構えていた。
美人と言うだけあって彼女は素の素材がかなり良かった、本人は目や髪の色を下手に弄らずに黒にしているだけなのだが、
それが素材を引き立たせ、誰の目から見ても美人であるとの認識だった。
「…………やっぱり此処に出店したのは間違いだったわね」
店の中もカップルが多く、本来の客である攻略組が肩身を狭そうにして、客足は遠のくばかりだ。
カップル達は観光客と言う事もあって前線で通用する装備を買える筈も無く、ウインドショッピングをする客ばかり。
花の街フローリア、その景色を見てどれだけ浮かれていたのか、落胆が大きければ大きいほど解る。
売り上げ自体が悪いわけじゃない、現に低レベルのドロップで作成出来る量産品は勢い良く売れている。
だが違うのだ、裁縫がスキルカンストしていると言うのが珍しいだけで、
来店記念に買っていくだけの日本人特有のお土産精神でしかない。
わたしはそんな心算で自分の店を出した訳じゃない。
「お疲れのようだナ」
店の入り口に目を向けると《鼠のアルゴ》がそこに居た。
「いらっしゃい…………あなたが此処に居るって事は、第四十八層の物件は見つかったって事よね?」
「――――その事なんだガ、どうしても二基の水車を兼ね備えた物件でないと駄目カ?」
「ええ、奥に篭って作業したいし…………何か問題が起きたの?」
「水車を二基備えたモノは三軒あっタ、一軒目は転移門広場前でカフェテラスを開ける物件ダ」
「却下、今でさえウンザリしてるんだから、指定どおりメインストリートは除外よ」
「…………二軒目は街の北区になるんだガ――――既にプレイヤーが入っていタ」
「――――ボス攻略直後、転移門がアクティベートされる前に買い取られたって事?」
「…………そうなるナ、普段は物件に見向きもしない奴なんだガ、今回に限って珍しく執着を見せていル」
「話からすると、あなたの知ってる人かしら?」
「ああ、そいつがどんな条件でも譲ろうとしなイ、粘って見たがクライアントが顔を見せてくれれば考えると」
「最後の条件が合う所は?」
「ギルドホーム用のドでかい物件だけだナ、正直言ってお手上げダ」
アルゴがしょんぼりと俯いた。
「…………二軒目に直接交渉してみようかしら? 諦めるにしても納得のいく答えが欲しいわ」
「正直に言うと止めておいた方が良いゾ、アレが一度コレと決めた物は滅多に変えないからナ」
「――――そう、わたしもそうなのよね。一度決めた事を中途半端で終わらせても碌な事がないわ。
…………それに、そういう人を相手にするのは学生時代から慣れてるし、それじゃあ行きましょうか」
アシュレイは店番をNPCに任せると、アルゴと共にリンダースの物件に向かった。
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