男は今日も迷宮へと潜る
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第八話
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呆気にとられる面々。
酒場の中は気まずい雰囲気が漂っていた。
無理もない。ぽっと出の変なオヤジが何らかの方法で強者を鎮圧したのだから。
この状態の元凶であるイシュタム本人は、すでに酔いつぶれ寝てしまっている。
全く羨ましい限りだ。
いかんせん居心地も悪い。さっさと退散するべきだろう。
「女将さん、お会計お願い」
「あ、あんた──」
「いやぁ、すみませんねぇ。大事にしちまって。詫び代と言っちゃあ何ですが、これ」
カウンターで呆けていた豪気そうな女将に、御代よりも多めに金の入った袋を渡す。
懐がかなり軽くなるがまぁ、致し方ない。
禍根を残すと厄介そうだし。
イシュタムを背負い出口を目指す。
道が勝手に空くのがまた滑稽。
「ちょっと待ちぃ」
「はい?」
「アンタ何モンや?」
人ならざる者の気配。
声をする方を向くと、一柱の神が立っていた。
そのあまりにも平坦な体に、一瞬男神かと思ったが、声から察するに女神なのだろう。
「誰か、と言われましてもねぇ・・・・・・
つい最近、職にあぶれてこの町に来た、只のオヤジですが」
「ほぉ?最近来た只の親父がうちのベートを一撃で伸したんか?」
「ええ、まぁ。ちょいと特殊な魔法がありまして。
じゃなきゃあんな強そうなあんちゃん倒せるわけもないでしょう?」
「じゃあ何や?あのボコボコにされてたように見えたんも魔法か?」
「そうです。あれもちょいと特殊な魔法なんでさぁ」
「そぉか。魔法か」
「へへへ、魔法で──」
「嘘やな」
ぞくりと背筋に悪寒。
目の前の神から発せられる威圧感に、冷や汗が流れる。
「へ、へへ。ご、ご冗談を・・・・・・」
「冗談やない。知らんのか?神に嘘は通じないんやで?」
迂闊。
件のメモに書いてあったのをすっかり忘れていた。
「ただ、最近来たって言うのはほんとやな。」
「君ぃ何モンなん?」
「へへ、へへへ」
不味い。非常に不味い。
眼前の神の名状し難い恐怖を感じる笑顔に、思い返される記憶。
実験と称して生きたままぶつ切りにされるのはもうごめんだ。
こういう時は──
「失礼!」
逃げるに限る。
「あ!待ちぃ!」
「へへへ!待てっつわれて待つ奴ぁ居ません!」
出口をくぐり抜けひたすら走る。
イシュタムを背負っているので走り難い。
少しの間をおいて後ろから足音が追ってくる。
肩越しに後ろを覗くと、いつぞやの金髪の美少女。
「・・・・・・」
「ヒィッ!?」
それが無言で迫り来るものだから、思わず情けない声が出た。
まるでホラー映画のようだ。
それにしても少女は異様に速い。やはりやり手の【ファミリア】だったようである。
自分も足には自信があるほうだが、このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。
少女相手に少々心苦しいが・・・・・・
「御免よ!」
懐からマットブラックの円筒、オマケにサングラスを取り出し、口でピンを抜いて後ろへ投げる。
数秒の後激しい閃光と音が後ろから発生した。
どうやら上手い具合に効いたらしく、追跡の足音はそこで途切れる。
マサはそのまま走り続けた。
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走り続けて十数分。
先ほどの酒場と拠点はそれほど離れては居ない。
だが、念には念を入れかなり回り道をして帰ってきた次第である。
幾つもの路地を走り抜ける間も、背中のイシュタムは眠ったまま。
大したものだ。ここまでくるとあきれを通り越してむしろ凄く感じる。
イシュタムをベットに下ろし、自分も毛布に包まり床に転がる。
すぐさま睡魔に襲われ、意識は闇の中へと落ちていった。
──────
────
──
椅子に座る自分と暗闇。見慣れた光景だ。
ただ、これまでと違うのは目の前に一人の女性が立っていることだろうか。
美しい銀髪、整った顔。
えらく扇情的なドレスに包まれた豊満な体。
まるで完璧な彫像のようなそれは、慈母のような笑顔をこちらへ向けている。
「・・・・・・あなた、中々面白いわね」
「物としては三級品だけど・・・・・・」
初対面で人を物扱いとは失礼な奴だ。
その女性はだんだんこちらに近づいてくる。
それにしても美しい。あまりの美しさに気が遠くなりそうだ。
「でも、ちょっと興味が湧いてきたわ・・・・・・」
顔に女性の手が近づく。
勘が薄っすらと危険信号を出している気がするが、そんなことはどうでも良い。
手がマサに触れようとしたその時──
「そこまでだ。フレイヤ」
「我らがアクションスターにちょっかいを掛けるのは止めてもらおうか」
いつもの声。
それと同時に我に返り冷や汗が噴出す。
あのままでは取り返しが付かないことになっていた気がする。
「あら、だめかしら?」
「駄目だね。君は独り占めしちゃうじゃないか」
「マサは皆のヒーローだ。独占することは許されないよ」
「そう・・・・・・それは残念」
「またね、マサ。また会いましょう」
女性の姿が霞む様に消える。
いつもはウザイだけの声だが今日は役に立ったようだ。
「君も対外失礼だなぁ、マサ。僕をウザイ呼ばわりとは」
「これが・・・・・・反抗期って奴かい!?僕はいつも君のためを思って行動してるのに!」
「お母さん悲しいわ!」
喧しい。誰がお母さんじゃ。
兎角さっさと用件を済ませて欲しい。
「ワァーオ。驚くほどドライ!でもそんなマサも大好き!」
「まぁ特に用事も無いんだがね!HAHAHA!」
「強いて言うなら虫払いってとこさ。」
「あ、そうそう。君の体質についてだが、特に気にすることは無いと思うよ」
「科学なんて発展してないしね。もしばれたとこで誰も本質を看破できないだろうし」
「ただ神には気をつけたほうが良い。さっきのフレイヤ見たいなのは特にだ。
最悪永遠におもちゃにされちゃうから、上手くやってちょんまげ」
「さぁ、名残惜しいが今回はお別れだ!今後も頑張ってくれたまえ!」
「近々新しいオマケが発動するだろうから期待しててな!」
「それじゃあ、また!」
いつものバツンという音。
その音と共に意識は掠れていった。
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