ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
災を堕とす者達
ぜっ、はっ、と。
息も絶え絶えな少女の呼気が響く。
やはり全速とはほど遠いとはいえ、バランス型の身で敏捷値一極型のレンと追走するのは相当応えたようだ。
ユウキは膝を赤茶けた大地に屈しながら、無茶の代償にガクガクになっているアバターに鞭打って首を巡らせた。
「ど、どう……なったの?」
返答はない。
しかし、仮に鼓膜がおかしくなっていないのであれば、変化はあった。
あれだけ間断なく響いていたマークⅡの咆哮――――《笑い声》が、止んでいた。
白い巨人はその全運動を、停止させていた。
有機的な曲線を台無しにするかのような、無機的で、物質的で、彫像のように、固まっていた。定期的に身体中のスリットから漏れ出ていた蒸気のような過剰光も確認されない。
まるで、最初から動いていなかったような、そんな不気味さがソレを包んでいた。
「な、何が……」
「容量超過だ」
思わず出た呟きは、驚いたことにすぐさま返された。
見ると、若干脚を引きずりながら、少女のようなアバターが向こうから現れる所だった。
「レン!」
ボロボロの少年は少女の姿を見ると、傷だらけの顔に微かに笑みらしきものを浮かべ、次いで力尽きたかのようにへたり込んだ。
悲鳴を押し殺して駆け寄ったユウキを、しかし視界に入っていないようにレンはクソッ!と毒づき、怒りの矛先を見つけられなかったように拳を大地に叩きつけた。
硬質なサウンドエフェクトとともに、ダメージ判定である赤いパーティクルが飛ぶが、それさえも少年は見ていないようだった。
ただその目線は、どこか悲痛そうに巨像と化したマークⅡを睨む。
「レン、キャパシティオーバーって……どういう、こと……?」
「…………気付くべきだった」
「え?」
怨念のように、怨嗟のように、慟哭のように低く、しかし粘度の高いその声は響くように鼓膜に滑り込んだ。
レンは、まるで懺悔するように淡々と言葉を紡ぐ。
「その気になれば気付けたはずなんだよ、いつだって。《災禍の鎧》の依代。それの条件が、どうして《高優先度のアイテム》に限定されるのか」
「え……え?」
少女は分からない。
だが、それすらも少年には関係ないようで、彼は迷子のようなよりどころのない視線を天に向けた。
「キャパシティ……つまり《容量》だよ、ユウキねーちゃん。高優先度のアイテムは、それだけ《災禍》の受け皿として相応しかったんだ。いわば《災禍》っていうのは、大容量のアプリケーション。それが起動できるのは、高スペックのパソコンだけ」
だけど、と。
レンは続ける。
「それも、存在してるのが一個ならっている前提があったなら、だ」
「………………………………ぇ?」
「皿の中に入ったのが一つなら問題ない。だけど、それが二つになったらどう?容量を――――許容量を超えたスペックを要求されたパソコンがどうなるか……分かるでしょ?」
天を、マークⅡの巨体を見上げていたレンが顔を巡らせ、やっと何かに気付き始めたユウキの顔を直視する。
その、どこか現実離れした透徹した視線に、思わず少女の心が跳ねると同時。
ズン。
大地を突き上げる、蠕動のような不気味なうねりが足裏から伝わってきた。
「こ、これって……」
ユウキの呟きに、遠くのキリトに手振りで応えていた少年はこくりと頷く。
「……参ったなー。強制終了だったら簡単だったのに、本格的に暴走に入っちゃったか」
「ど、どうするの!?レン!」
「決まってる」
少年は変わらぬ口調でそう言った。
その言葉の前に無限の行間を挟んで、《冥王》は宣言する。
「ブッ潰す」
天を衝く異質な叫びが響き渡る。
それに呼応するかのように地面から突き上げるような振動。いや、衝撃か。
中身がなくなったマークⅡは今度こそ完全に制御を失い、メチャクチャに振り回された巨腕は轟音とともに景色を塗り替えていく。
地殻が抉り取られ、土砂崩れ級の砂岩が一塊となって降り注ぐ。山麓エリアに辛うじて生えていた灌木類が、もののついでの感覚で空に消えていく。
常識を外れた光景。
法則を度外視した戦い。
だがそれを目前にしても、シノンの心は不思議と静けさを手放さなかった。
別に現実逃避しているとか、目の前の現実を脳が受け付け拒否しているとか、そういうことではない。
全てわかっている。だがその上でなお、思う。思ってしまう。
なんだ、この程度か、と。
図体がデカいモンスターなど、通常フィールドでどれだけ戦ったことか。
それこそ、首都SBCグロッケンの地下に広がる巨大な遺跡ダンジョンの奥深くで出くわした、ヘカートをドロップした異形クリーチャーも結構な大きさだった。それに単純な大きさならば、この間この双子が初討伐を成し遂げたという《デトックス・ホエール》も相当な巨体だったと記憶している。
双子とキリトの訳の分からない説明によれば、アレの中には人の意思が介在しているようだが、ならば今駄々っ子の地団駄のような動きは何だ。初心者の練習相手であるダチョウ豚のほうがまだ整合性と合理性の取れた動きをする。
ビリビリ、と頬を掠める衝撃波に、しかしシノンはどこまでも冷めた視線を返した。
―――そう。アレは、ただの赤ん坊。
醜くて、意地汚く、親に置いて行かれて泣き喚く、ただの赤ん坊。
スッと音もなく目を細める狙撃手の少女に、傍らで一心不乱に工具と部品の山と向かい合うリラが唐突に言った。
「……悪かったわね」
「何が?」
「その……巻き込んだり、とかして」
「…………………」
いつも出会いがしらに突っかかってくる双子の片割れの言葉を、数秒かけてシノンは呑み込んだ。その上で淡い笑みを口元に浮かべる。
「別に」
素っ気ない返事の後、シノンは口をつぐみ、手のひらを肩に担ぐ鋼鉄の円筒――――《吸血鬼》の発射機外装に沿えた。
暗視照準器の先では、目的すらも見失った純白の巨人が景色を塗り替えている。
ゴウ!!という音とともに、二人の直上数メートルの上空を欠片というには巨大すぎる岩塊が通過し、地面を数回抉りながらバウンドして森林エリアの端で止まった。
だがその脅威を目にしてもほとんどブレない心臓の動悸に感謝しながら、シノンは烈風で僅かに動いた照準器中の十字線を調整する。
距離と風向き、標的の体幹を考慮して細かく動かしていく。GGOプレイヤーならばこれくらいの計算は常に行えるものだが、それでも一撃決殺を求められる狙撃手の右に出る者は少ないだろう。
二人は、シノンの能力を信じてくれた。
普段は突っかかって、一方的にひがんでいる彼女達も、シノンの狙撃手としての腕だけは買っているということだ。
―――なら信じよう。
少女は静かに、リラの作業が完了するのを待つ。
―――彼女達が信じた私を……信じよう。
きっとそれは、《シノン》であると同時に、《朝田詩乃》でもあるのだから。
「え……反物質?」
「う、うん。そう」
轟然と振り下ろされた足裏の合間を走り抜けながら、レンは追走するミナの言葉に首を傾げる。
「反物質って……えーと……」
「《セントライア》――――あのでっかい船に乗ってた《対消滅爆弾》の核みたいなものだよ」
「あれ?でもそれって確か、爆弾ごと取り上げられなかったっけ?船から脱出した後に」
もう遠い昔のようにも思えるが、時間的にはつい昨日のことだ。
豪華客船を丸々一隻を舞台にした大規模クエスト(というのは建前で実際にはセコい強奪クエだったのだが)をクリアしたレン達は、件のクリアアイテムである鉄製卵――――にしか見えない超強力な爆弾を港で待っていた黒服に半ば強制的に徴収されたはずだ。
当然、その際に中身の反物質とやらも渡されたはずなので、ここにあるのはおかしい。
ハテナマークを掲げる少年に、気弱な少女はつっかえながらも言う。
「え、えーと……船から脱出する時に、私達が少しだけ残ってたでしょ?あの時私、リラちゃんと別行動してたんだけど、たぶんその時に――――」
「……抜き取った?」
「た、たぶん」
なんとまぁ、とレンは思わずにはいられなかった。
記憶が正しければ、あの爆弾は確かイベント限定の。しかも絶対に爆発させてはならない系のアイテムだったはずだ。つまり運営側としては端から武器としては視野にいれていないのである。だから船から爆弾を強奪したとしても、陸で強制回収などという形をとっているのだ。
今回のリラの行動が本当だとすれば、彼女のしたことはバグ――――まではいかないが、システムの抜け穴と言っていい。
下手をすればアカウントに関わることにもなりかねない行為に少年が思わず眉を顰めると、隣のミナがそれを読んでいたかのように、普段の彼女らしからぬ強い口調で口を開いた。
「私達のGGOを荒らしまわってるのがワケわかんない力なら、私達の使う力は絶対にこの世界が持ってる力って決めたの」
あなたのせいじゃない、と。
言外に言われ、続けようとしていた言葉の大半が流された。
閉口するレンにくすりと笑いかけると、今度は一転して表情を曇らせてミナは続けて口を開く。
「で、でも……あの装甲。いくら貫通力じゃGGO屈指の《吸血鬼》でも、本当に貫けるのかな?」
「たぶんそれは問題ないと思う」
轟音と光芒、岩石の飛び交う戦場のただ中を駆ける少年は、チラリと上方――――肩口にとりついているユウキに向かって煩わしげに腕を振りかぶるマークⅡの巨体を確認する。
実はシノンの感じていた、脅威を感じない、というのは間違っていない。
通常VRワールドでは《オーラ》などというものはオカルトめいた存在と認知されているが、それでも擁護派というものは存在している。その擁護派の提唱する根拠の中に、《情報圧》というものが存在する。
例えば初心者と廃人のアバターが内包する、スキルデータや装備データにはもちろん偏りがある。その蓄積したデータ量から生まれた誤差とさえ言えない僅かなラグを、玄人プレイヤーには感知しているというものだ。
その情報圧――――蓄積した経験値のようなものが、眼前の巨体からは微塵も感じられないのだ。
急造品な粗悪品。
アインクラッドを長きに渡って猛威を振るい、歴代所持者達の力や経験値を貪り喰らった初代《災禍の鎧》とは雲泥の差だ。
それも当然か。
コレにはもう、中身がないのだ。
今まで圧倒的な暴力を撒き散らせていられたのは、狂喜に呑まれたフェイバルが核とし、その得物だった檮杌を歪ませていたからに他ならない。
だが《処理落ち》という手段を経て、もうそのフェイバルさえもどうなっているか分からない。確実に言えることは、もはやマークⅡは完全にヤツの制御下にはないということ。
―――そして、狂怒や狂楽もまた……。
「………………ッ!」
爆ぜた岩盤の欠片が意識の隙を突いた。
ゴッ!と鈍い音とともに視界が揺れるが、危うく体勢を持ちなおす。
戦うユウキ達が自らの立場も忘れて声をかけてくるが、それに手振りだけで応えて少年は改めて現状を見る。
そう。マークⅡにはもう完全に統率性がない。
性能も格段に落ちている。目視できる限りでは、背面部から生えていた歪な翼状の物もなくなったし、腕の砲門からビームが出ることもなくなった。
処理落ちの影響で狂哀がいなくなったことにより、体表を薄く覆っていた見えない壁のようなものも消え去り、今ではミナの放つ弾丸でさえ貫通までは行かずともヒビを入れさせることはできている。
にもかかわらず巨人が倒れていないのは、火力不足だ。
レンは本大会開始直後からだし、ユウキだって初めての神装を長時間維持しているのは奇跡に近い。
キリトもキリトで、『あちらの敵』と決着をつけたからにはそれほど大規模な心意は使えない。
どちらにせよ、リラの言う奥の手に託すしかなかったのだ。
「……突破口が見えた」
視界を仄暗く染める血を乱暴にこすり取り、少年は再び戦場へ往く。
後書き
なべさん「あのクエは無駄じゃなかったんや!はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「GGOアタマ辺りの大規模イベントのくだり、必要あったのか…(困惑」
なべさん「メインウェポン入手するために受けたのに、せっかく手に入れた銃器類早々に手放してるし、コイツら結局何しに行ったの?っていう答えがこれじゃー!」
レン「なるほど、反物質爆弾のほうが本音だったってワケね」
なべさん「そゆこと」
レン「ふーん……。あれ?物語的にはそれでいいけど、本人達的には結局行った意味って――――」
なべさん「はぁい!自作キャラ、感想を送ってきてくださいね!!」
――To be continued――
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