ホテル
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「いらっしゃいませ」
だがカウンターの男はそんな連中を見ても平気な様子であった。表情も声も変えることなく二人に応対した。客は様々だ。中にはこんな客も多いということなのだろう。
「あのさあ」
男がカウンターの男に声をかけてきた。
「部屋、ある?」
そして彼に問うてきた。
「いい部屋さ、あったら入りたいんだけれど」
「どの様な部屋をお探しですか?」
カウンターの男はマニュアル通りの質問を男にした。言葉の調子が機能的なことからそれがわかる。
「そうだなあ」
男はそれを聞いて考える顔をした。ガムをクチャクチャと噛んでいる。
「御前はどんなのがいい?」
そして女に尋ねてきた。軽い調子であった。
「そうねえ」
女は男の言葉を聞き部屋のパネルを見回した。何処かぼんやりとした目を持っている。
(この女)
カウンターの男はそれを見て何かを察した。だがそれは口には出さない。
「この部屋なんかいいんじゃない?」
「そこかよ」
女はある部屋を指差していた。男はそれを見て何気ない様子で応えている。
「すっごくよさそうだけど」
「なあ兄ちゃん」
男はそれを受けてカウンターの男にまた声をかけてきた。かなり粗野な態度である。
「はい」
それでもカウンターの男は表面上は営業スマイルであった。これもマニュアルにある通りであろう。
「あの部屋どうよ」
「うちのホテルのスイートですが」
「スイートって!?」
「豪勢なお部屋のことです」
簡単にそう述べた。
「ふうん、じゃあカラオケとかもあんのか」
「ゲーム機も」
男は答えた。
「他には?」
「お部屋も広くてお風呂場も立派です。お勧めですよ」
「そうか。じゃあどうするよ」
男はそれを聞いたうえで女に尋ねた。
「結構よさそうだぜ」
「そう。じゃあ」
女はそれを聞いて頷いていた。どうやら決まりらしい。
「ここにする?」
「ああ。それで兄ちゃん」
「はい」
また応対をした。
「そこにするわ。鍵くれよ」
「どうぞ」
鍵を渡したところで部屋のパネルの灯りが消えた。これで決まりであった。
「ごゆっくり」
「ああ。じゃあ行くか」
「うん。まずは何する?」
「何するって御前」
男は下品な笑いを浮かべながら女に応えた。その笑みはカウンターの男は気付かなかったが何処か芝居じみていたものであった。
「決まってるだろ」
「そうよね」
女もそれに頷いた。
「じゃあ行くか」
「ええ」
二人は肩を寄せ合ってエレベーターに入った。そのまま部屋へと向かって行く。
カウンターの男はそれを剣呑な目で見ている。スッと下に目をやって携帯でメールを打つ。まるで何処かに連絡を取っているように。彼は明らかにおかしかった。
その時山根と尾松はホテルの隣のビルの屋上の隅で姿を隠していた。そこからホテルの屋上を見ている。吹きすさぶ風が結構強かった。
「よし」
山根は自分の携帯も見ていた。そこにメールが届いて満足気に頷いていた。
「入れたな、これでいい」
「役者さん達は上手くいったんですね」
「ああ、これで賽は投げられた」
「いよいよですか」
「覚悟はいいな」
尾松に問う。真剣な顔と声で。
「そろそろだぞ」
「出ますか」
「そうだ、俺の予想が正しければな」
山根はホテルの向こうのビルを見据えて言う。
「来る」
「連中が」
「他の奴等はどうしている?」
「待って下さい」
尾松はそれを受けてまた自分の携帯でメールを送る。すぐにメールで返事が返って来た。
「今すぐにでも」
「そうか、じゃあいいな」
山根はまだビルを見据えている。そしてそこで何かを待っている。
「本音を言うとすぐにでも発砲したいがな」
「流石にそれは無理ですよ」
尾松は山根のその言葉に苦笑いで応えた。
「ここはオーソドックスにいかないと。後が大変ですよ」
「今までで充分オードックスじゃないがな」
「それは言わない約束で・・・・・・遂にですよ」
「ああ」
見ればマークしているビルの屋上に数人姿を現わした。そのままラブホテルへとすすす、と近付いていく。その動きはまるで影のようであった。
「速いな」
「慣れてますね、あれは」
二人はその動きを見ていた。それは確かに慣れたものであった。
「やっぱり。これまでのも連中の仕業みたいですね」
「絶対にな。じゃあこっちもこっちでやる」
「はい」
「次のメールだ」
「了解」
尾松はまた携帯でメールを送る。その間にビルの屋上に姿を現わした男女はそこから何とホテルの中に入って行く。見れば通風孔から入って行く。
「多分あの真下にあの部屋ですね」
「そうだろうな。全員入ったな」
「はい、今」
「よし、今だ」
山根は動いた。尾松はそれに続く。するとそれと同時に四方八方から何人も私服や制服の警官達が姿を現わした。山根が満を持してあちこちに伏せさせていたのである。
彼等は警官に相応しい敏捷な動きでホテルの屋上に辿り着いた。その上で今通風孔に入って行った不審者達を待ち構えていたのであった。
「これで逃げられませんかね」
「下の出入り口も全部押さえてあるからな」
「はい、そっちも抜かりなく」
ホテルの出入り口の周りには私服の警官達が数人ずつ。ホテルは上下から完全に包囲されていた。山根はそこも考えていたのである。
「押さえてあります」
「さて、後は土竜が穴から出るだけだ」
山根は通風孔を見てこう言った。
「出て来たところをな」
「一網打尽ですか」
「それにな、暴れたところで」
「この数の警官じゃ無理でしょうね」
「おい、いいか」
山根は自分の周りにいるその警官達に対して声をかけた。
「暴れたら容赦するな。相手は誘拐の常習犯だ。いいな」
「了解」
制服の警官達がそれに答える。
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