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「まあこの手の仕事で真面目かどうかってのも変な表現ですけれど」
「ヤクザだって真面目なものだ」
山根は尾松にそう返した。
「ですかね」
「どんな仕事でも真面目にやるにこしたことはない」
「はあ」
「例えそれがヤクザでもな。そうした意味で真面目な奴は一杯いる」
こう言うと変な表現になるかも知れないが真面目なヤクザというのも存在しているのだ。世の中というものは面白いもので真面目なヤクザや不真面目な警官というのがちゃんといるのである。どんな職業でも真面目な者と不真面目な者がいる。それは職業で縛られない側面があるのだ。
「風俗でも」
「風俗なら余計にそうだろう」
山根は言う。
「客商売だからな。信用が落ちればそれで終わりですか」
「そんなもんですか」
「じゃあ病気を持っている女がいる店にいきたいか」
ここで問う。かなりストレートな質問であった。
「行きたくはないだろう」
「誰だって自分から梅毒やエイズになりたくはないですよ」
「そういうことだ。じゃあわかるな」
「嫌な例えですけれどね」
「だがわかり易いだろう。そういうことだ」
「ヤクザもですか」
「特に日本のヤクザはな。一般市民ともある程度は仲良くなくちゃやっていけない」
これは不思議な話だが事実だ。賭博にしろ風俗にしろ客は一般市民だからだ。江戸時代の頃からそれは伝統のようなものになってしまっている。
「賭場でですか」
「それは昔からか。後は開帳だ」
「開帳!?」
その言葉を聞いて尾松は眉を顰めさせた。
「何ですか、それ」
「知らないのか?」
「っていうか初耳ですよ」
尾松は言う。
「何が何なのか」
「本当に知らないのか!?」
山根はそんな尾松に対して問う。その顔がさらにしかめられていた。
「はあ。何のことなんですか、それ」
「じゃあ言うぞ。昔はな、賭場とかは寺や神社でやったんだ」
「お寺とかで!?」
「そこはな、治外法権みたいなものだったんだ。江戸時代の話だがな」
「はあ」
寺や神社は寺社奉行の管轄である。普通の奉行の管轄ではなかったのである。それを利用してヤクザが寺や神社で賭場を開いていたのだ。京都だと公家の家も借りていた。なお公家は副業で札を書いていたりもしていたが当然そこには花札もあった。京都の公家は江戸時代はヤクザ者の上前をはねることをしていた為かなり柄が悪かった。あの岩倉具視もその筋の人間よりも怖かったと言われている。ちなみに上前をはねるのは寺や神社も同じである。そうした意味ではとんだ生臭であったのである。
「でだ。賭場の他にもストリップ小屋とかをやってたんだ」
「お寺とかでですか」
「そうだ。俺が警官になった頃にはまだそんなのがあった」
「信じられないですね」
「信じる信じないは別にして本当の話だ。次郎長一家にも坊主くずれがいるぞ」
「それも初耳です」
「そういうのも知らない時代になったんだな」
山根はついつい愚痴を言ってしまった。次郎長一家や森の石松と言えばかっては誰もが知っている存在だと思っていたのだがそれはもう過去の話のようだと。
「若い奴に次郎長とか言っても」
「すいません」
「謝ることはない。それでだ」
「はい」
話は元に戻った。山根はあるビルを指差した。
「やっぱりここだな」
「あの連中ですか」
話は例の宗教団体に移っていた。
「ここだけが金の出所がわからないときた」
「どうやって収入とか得ているんでしょう」
「さてな。よくこうした団体の脱税とかは聞くが」
「ええ」
「しかしな。そもそもこの連中は何者なんだ?」
山根は言う。声と目が鋭くなっていた。
「そこもよくわからないぞ」
「新興の宗教団体じゃ?」
「一応そういう団体はあった」
山根は尾松にそう述べた。
「本部は広島にある。キリスト教、プロテスタントの団体らしい。何でもピューリタンの精神を日本でも教えていこうという団体らしいな」
「ピューリタンというとあれですか」
これには尾松も気付いた。
「歴史に出て来るあの」
「そうだ、やたらと生活を質素にしている連中だな」
「イギリスだのアメリカだのに今でもいる」
清教徒のことである。極めて質素な生活をむねとした厳格な戒律で知られている。アメリカに渡って建国の祖となったのは教科書にある通りである。この為アメリカでは意外と宗教性が強い一面があるのである。その中でもとりわけこのピューリタリズムの存在は大きいものがある。
「それだ。そこと実際に電話で話をしてみた」
「それで?」
「何でも積極的に布教はしていなくて関東にも進出はしていないらしいな」
「えっ!?」
尾松はそれを聞いて顔を前に出してきた。
「今何て」
「積極的な布教活動も関東への進出もしていないらしい。あくまで自分達は自分達で静かに考えていきたいそうだからな」
「じゃああの連中は」
「そこだ」
山根は尾松の顔を見て言った。
「あの連中は何故ここにいるかだ」
「そうですよね、それだと」
「これは話の後で調べたことだ。何でも団体の中で分裂があったらしい」
どんな組織でもよくある話である。意見対立もあれば権力闘争もある。金銭を巡るものもある。どちらにしと自分達がどう思っていても外から見れば醜い話であることが多い。
「それでこっちに逃げてきたと」
「こっちに来た連中は言うなら商売人らしい」
「よくある話ですか」
所謂宗教を隠れ蓑にした団体である。残念なことにこうした団体は後を絶たない。見極めどころは金に五月蝿いか五月蝿くないからしい。例えばオウムの様な組織は何かというと金銭を要求してくる。本来宗教というものは俗世からは離れるべきと建前にしろ主張することが多い。金銭的なものはその最たるものである。それに五月蝿いとなるとやはりそれはおかしいのである。ここを見るとよいとされる。
「まあよくある話だな。色々とやってるっぽいな」
「それでその連中は」
「まだ何もわからないがやけに金を持っているようだな。羽振りがいい」
「そんなに」
「これを見ろ」
山根は尾松に薄いファイルを渡してきた。
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