ホテル
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「その線でも考えていくぞ」
「というかメインですよね」
「ああ、だが犯人がいたらな。当然俺達がこうして来るってことはわかっているだろう」
「それじゃあ」
「とりあえずまだ調べてはみる」
山根は鋭い目で述べた。
「いいな、まだ判断するのは早い」
「ですか」
「今下手に動いたら相手がいたら勘付かれる」
山根はそれを警戒していたのだ。こうした捜査の駆け引きについても彼はわきまえていた。この慎重さを身に着けたのは経験によってである。
「そうなっては元も子もない」
その通りであった。とりあえず今こうしてホテルに直接入っての捜査も実は結構危険なのである。密室の中で動きも捜査も制限されたものであるからだ。
「わかったな」
「わかりました。それじゃあ」
「一応何通りか捜査の方法を考えておくか」
山根は言った。
「その中には賭けもあるぞ」
「賭けですか」
「そう、賭けだ」
言葉にドスが篭もっていく。
「一か八かのな」
話すうちに顔が変わっていく。顔もまた凄みを増してきていた。まるでその筋の人間の様にだ。少なくともそちらを知っている顔になっていた。
「やるかもな」
「そこんところは警部にお任せしますよ」
尾松はその凄みを受けたうえで返した。彼もまた真剣な顔になっていた。
「やるとなれば」
「後は何処を調べるかな」
山根は部屋の中を見回して言った。
「もうあらかた見回ったかな」
「そうですね、もう殆ど全て。いや」
「どうした?」
「ベッドの下は」
「ここか」
山根はそれに応えて自分の座っている場所の下を見た。
「ええ、そこはまだ」
「前にあったな。ベッドの下に女性の腐乱死体があったって」
そうした事件もあるのだ。ラブホテルというものは外見はお洒落でも行われることは決して奇麗なことばかりとは限らない。そうした事件も付き物なのである。
「そうですよ、皆案外そこは見ませんから」
「見ておくか」
「そうですね」
こうしてベッドの下も調べることになった。分厚いマットをめくって見てみたが幸いそこには何もなかった。
「ないですね」
「やはり流石にな」
「じゃあ何処ですかね」
「オーソドックスかも知れないがな」
もう一度部屋を見回してみた。念入りに。
「天井は」
「さっき見たじゃないですか」
「そうか。だがな」
今度は上を見て思案に入った。
「一番可能性はあるな」
「捜査してみますか?」
「いや、まだいい」
だが彼は今は動こうとはしなかった。何か考えがあるのであろうか。
「今動いたらな。まずい」
「ですか」
と言われてもどうにも山根の考えが読めなかったがそれは言わなかった。
「まだ先だ。そこを調べるのはまだな」
「その間にどうします?」
「とりあえず今ここでやることは終わった」
山根はベッドにまた腰を下ろして言った。
「署に帰るか」
「何の収穫もなしですか」
「いや、そういうわけでもない」
だが尾松のその言葉は否定した。
「少なくとも調べは終わった。この部屋はな」
「何もなしと」
「めぼしいところはだ。そして」
「そして?」
山根に問う。彼はまたあの凄みのある笑みを浮かべていた。本当に独特の笑みである。
「これが撒餌になるかもな」
「撒餌ですか」
「俺達が捜査しても何も見つからなかった」
彼は言った。
「三回調べてな」
「事件の度に」
「そう、事件の度にだ」
あらためて述べる。
「三回も調べてな」
「相手が人間ならどうですかね」
「間違いなくこれで自信を持つな」
「三回も調べられて見つからなかったことで」
「そうだ、そして」
「また仕掛けてくると」
尾松は問う。真剣な顔と声で。
「勘がいいな、今は」
「そうですかね」
山根の意外そうな顔には笑って返した。
「別にそんなつもりはないですけれど」
「いや、中々」
そう言って尾松を褒める。今は穏やかな笑みになっていた。元の顔があれなのであまりそうは見えはしないのだが。
「だがそこだ、罠は」
「罠ですか」
「ああ、罠は幾らでもある」
ベッドの上に胡坐をかいて不敵に笑う。
「方法もそれぞれだ」
「その中の一つですか、使うのは」
「いいな」
きっと尾松を見やる。
「それで」
「ええ、乗りますよ」
尾松は満足気に笑って返す。彼もまた山根の話と行動を楽しんできているのだ。
「その罠にね」
「言っておくが御前に仕掛けるんじゃないからな」
これは断った。前以てである。
「だから馬鹿な真似はするなよ」
「いやだな、信じてないんですか」
「そういう問題じゃない」
山根は表情を崩して返してきた。
「ただな、カードの勝負をしていて切り札がこっちにあるとする」
「ええ」
山根はポーカーに例えてきた。こうするとわかりやすいからであろうか。なお彼等の署の管轄下には非合法の賭博場も多数存在している。
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