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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十三話 開戦前夜

「もはや帝国軍のお役に立てぬ身であれば、生きていても甲斐は無い。この上は、せめて自らの身命に決着をつけ、諸氏のご迷惑にならぬよう、潔く退場するとしよう」
「提督、お止めください」
「止められよ、グリンメルスハウゼン提督」
「なれど小官にはもはやこれぐらいしか……」

「わかった。……グリンメルスハウゼン提督には左翼をお願いしよう。よろしいな」
「元帥閣下、それは……」
「おお、左翼をお任せ願えるか、必ずや御期待に添いましょう」
「……期待しよう」

 帝国暦485年 3月20日 帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナでは同盟軍との戦いを前に将官会議が開かれていた。 
 大佐である俺は出席できる立場ではないのだが、グリンメルスハウゼン艦隊の参謀長という職務が俺をこの会議へ参加させている。もっとも出るんじゃなかったという後悔の方が多い。疲労感ばかりが増えてくる。

 当初、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥はグリンメルスハウゼン艦隊を後方に配置しようとした。予備兵力といえば聞こえは良いが、実際には前線に出すのは不安だったからに他ならない。俺とミュラーが何とかできたのは艦隊行動までだった。此処までは平均的な艦隊と言って良いだろう。問題は戦闘行動ではっきり言って分艦隊司令官達の戦術指揮能力には???の状態だった。ミュッケンベルガー元帥はこの艦隊の内情を知っているし、俺も総司令部との打ち合わせでは艦隊の実情を隠さなかった。
 
 グリンメルスハウゼン艦隊は間違いなく帝国軍でもっとも期待されていない艦隊だった。後方配置、予備兵力、大いに結構。俺はこんな艦隊で死にたくないしヴァンフリートなんて訳のわからんところでくたばりたくない、大歓迎だ。グリンメルスハウゼンにも事前に伝えた、戦争なんて無理です、おそらく後方に配置されますからおとなしく見物していましょうって。ただの砲撃戦なら良いが、混戦、乱戦になった場合は滅茶苦茶になりかねない。そして原作どおりにいけばヴァンフリート星域の会戦の後半は混戦、乱戦になる。あの訳のわからん戦闘に巻き込まれるのはごめんだ。
 
 ところがだ、我等が提督、グリンメルスハウゼン中将閣下が
「前線に出してくれないのならブラスターで頭打ち抜いて死んでやる」
 と将官会議で騒ぎ出した。将官会議の出席者も皆呆然として見ている。グリンメルスハウゼン艦隊の実情は皆わかっているのだ。この爺サンだけがわかっていない。俺の言った事などまるで聞いていなかったらしい。

 勘弁してくれ、グリンメルスハウゼン。あんたは提督席で昼寝をしているだけだったからわからんだろうが、この艦隊で戦争なんてきちがい沙汰だ。しかし、俺の心の叫びも虚しくグリンメルスハウゼン艦隊は左翼に配置される事になった。俺はただ呆然とみていることしかできなかった。こういう嫌な事って原作どおりになるんだな。

 将官会議も終わりオストファーレンへ戻ろうとするとミュッケンベルガー元帥に呼び止められた。
「あの老人、なにも判っておらぬようだな」
「申し訳ありません。説明はしたのですが」
「いや、卿を責めるつもりは無い。あの艦隊の実情には私にも責任があるからな。しかしこんな形で責任を取る事になるとは……。左翼には負担は掛けないようにするつもりだ。一戦すればあの老人も満足するだろう。うまく補佐してくれ」
「はっ。微力を尽くします」  
 
 一戦すれば満足する……。やはりミュッケンベルガーがグリンメルスハウゼン艦隊を使うのは最初の艦隊戦だけだろう。となると衛星ヴァンフリート4=2の戦いになるか。どうしても原作どおりになるな。しかしどうしたものか。単純に原作どおりに任せてしまうという手もある。無事にオーディンに帰れるかもしれない……。

 気になるのは今回の戦いは原作どおりに動いているように見えて実は完全に違う部分が有ることだ。帝国軍も同盟軍も動かしている兵力が原作より大きい。原作では帝国軍は三個艦隊ほど、同盟軍も二個艦隊ほどの戦力のはずだが、現実には帝国軍は四個艦隊、同盟軍は三個艦隊ほど動かしているようだ。帝国軍が多いのは判る、ミュッケンベルガーは再編した宇宙艦隊の実力を試して見たいのだ。グリンメルスハウゼンが出たいと言わなければ四個艦隊を宇宙艦隊から動かしたろう。

同盟軍が多いのはもしかするとアルレスハイム星域の会戦が影響しているかもしれない。あの敗戦の雪辱を、という奴だ。そこがどう戦局に影響するか。読み誤るととんでもない事になるが、大体読めるのか? 判断がつかない。兵力が多くなれば当然、戦術行動の選択肢は広がるだろう。原作には無い流れが出る可能性は高い、いや衛星ヴァンフリート4=2でそれほど大規模な艦隊戦が可能なのか?

 一つ一つ最善の手を取るほか無いだろう。原作知識は有効だが頼りすぎると危険だ。難しい戦いになった……。

 オストファーレンへ戻るとまた会議となった。各分艦隊司令官、参謀等が集まってくる。ラインハルト、リューネブルクもだ。結局この二人もグリンメルスハウゼン艦隊の所属となった。厄介者はまとめて一つにということなんだが、わかっているかなこいつら。

 会議が始まってすぐ、ラインハルトが意見を具申し始めた。火力の絶対数が不足しているから機動力で補おうといっている。具体的には砲艦を最左翼の後尾において時期を見て前進、迂回させ敵の右翼に砲撃を集中させるというものだった。いい案だった。グリンメルスハウゼンも”いい案だ”とほめている。しかし結局採用しなかった。経験から生み出した作戦案(こちらのほうが数が多いから無理せず押し切ろうというものだった)というのを提示して会議を終わらせた。

「エーリッヒ、何故さっきは止めたんだ。提督の案よりミューゼル准将の案を取るべきじゃないか」
「そうだね。私もそう思うよ、ナイトハルト」
「じゃあ、なぜ」

「参謀長室へ行こうか」
先の会議でミュラーはラインハルトの案を支持しようとしたのだが俺が足を踏んで止めた。大分不満そうだ。部屋に入る前にゲルハルトに誰も入れないようにと念を押す。

「敵は我々のほうにはほとんど来ない」
「どういうことだ、それは」
「ミュッケンベルガー元帥がそういったよ。左翼には負担は掛けないようにすると。おそらく再編した宇宙艦隊の実力を試したいんだと思う。それに元帥も我々が頼りにならない事は判っている。卿ならどうする。我々を積極的に使おうとするかい」

「……いや、しないだろうね。そうか、主戦力は右翼と中央か。兵力はこちらが多い、上手くいくかな?」
「どうかな。膠着状態になるんじゃないかと思う」
「だったらミューゼル准将の案を採用するべきじゃないか」
「どうせならグリンメルスハウゼン艦隊全体で行うべきだと思う」
「なんだって?」
 
「我々の艦隊はほとんどが遊兵化する。ある意味予備戦力といっていい。ミュッケンベルガー元帥が敵の兵力を引き付けたらこちらは全艦隊を持って時計回りに行進し敵の右翼を叩き後背を突く。ミューゼル准将の案は良い案だが、あれはこちらに敵が来るというのが前提になっている」

「なるほど。しかし敵がこちらにきたらどうする。念のためミューゼル准将の案を受け入れ砲艦を用意するべきじゃないか」
「敵が気付くよ。相手だって馬鹿じゃない。砲艦を用意したら先ず最初にこちらを叩き潰そうとする。こちらはそれに耐えられない……」
「……」

「ミュッケンベルガー元帥は開戦とともに攻勢を掛ける筈だ。さらにこちらの戦意が低いと見れば敵はミュッケンベルガー元帥に集中せざるを得ない」
「そこを突くか」

「そうだ。この作戦は艦隊の行動速度が鍵になる。どれだけ高速で動けるかだ」 
「わかった。速度の遅い分艦隊は中央よりにしよう。高機動艦隊は左翼に持っていく」
「ナイトハルト、うまくいくと思うかい」
「どうかな、上手くいきそうにも思えるが、始まる前から失敗する作戦は無いからね」
 
 確かにそうだ。始まる前から失敗する作戦は無い。どんな愚策であろうと成功すれば奇策となる。しかしミュラー、もう少し言いようが有るだろう。俺たちは運命共同体なのだから……。






 
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