破れかぶれ
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第一章
破れかぶれ
料理の腕には自信があった、それも絶対の。
しかしその店は流行ってはいなかった、まさに閑古鳥が鳴いていた。
店の主である河原崎一浩は誰もいない、そうであるが為に尚更奇麗に見える店の中を見回してバイトの小野寺守道に言った。
「奇麗だな」
「ええ、本当に」
守道はやれやれといった顔で一浩に応えた。
「今日も」
「俺の頭と同じだけな」
一浩は店の帽子を脱いだ、するとそこには髪の毛が一本もなかった。まだ四十歳で細面の太い眉を持つしっかりとした男らしい顔だ。だが髪の毛は一本もない。
その奇麗な頭を撫でつつだ、若く整った顔の守道にこう言ったのだ。
「さっぱりしてるよ」
「自分で言います?」
「というかな」
「ええ、お店ですね」
「そうだよ、今日も一人も来なかったな」
「美味しいんですけれどね」
守道もこのことは知っていて言う、賄いでいつも食べているからだ。
「店長の料理」
「ああ、俺の料理は凄いぞ」
「どんなものでも作られて」
「伊達にザ=シェフと呼ばれていないぞ」
冗談でだ、一浩は漫画の話もした。
「俺はな」
「ザ=シェフですか」
「ああ、知ってるか?」
「昔の漫画ですよね」
守道は首を傾げさせつつ一浩に返した。その細い眉でやや面長で切れ長の目の顔でだ。髪の毛は短くしていて背は一七二位だ。対する一浩は百八十はある。
「確か」
「ああ、結構前のな」
「ちょっと知らないです」
「そうか、若い子は知らないか」
「クッキングパパなら知ってます」
「結婚はしてるがな、子供もいて」
パパはパパだというのだ。
「けれど今はな」
「お客さんがいないからですか」
「稼ぎがないからな、胸を張れないな」
「とにかくお客さん今日も来ないですね」
「このままだとな」
それこそとだ、一浩はこうも言った。
「閉店だな」
「冗談抜きで」
「そうなるな」
「どうしましょう」
守道は深刻な顔で一浩に問うた。一浩はカウンターの中に立っていて守道はその彼の前の席に項垂れて座っている。
「僕のバイト料もですよね」
「正直支払うのが大変だよ」
「そうですよね、とにかくこのままですと」
「閉店だな」
一浩はまた言った。
「本当に」
「閉店は嫌ですよね」
「ああ、流石にな」
「じゃあどうにかしないと」
「どうにかと言われてもな」
「味はいいんですから」
店のそれはというのだ。
「ですから」
「後はだな」
「お客さんが来てくれたら」
一度でもだ、それこそ。
「そこからなんですよ」
「俺の料理の腕がわかってな」
「はい、後はネットとかでも広めて」
「一気にか」
「人気が出ますよ」
「誰か来てくれたらな」
「それで違うんですよ」
そのうえで誰かが一浩の料理を食べればというのだ。
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