この異世界に統一神話を ─神話マニアが異世界に飛んだ結果─
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02
薄暗い坑道を、シェラ・アルブルートは、ゆっくりと歩いていた。既に開発された洞窟だ。崩落の危険は少ないとはいえ、何があるのかは分かったものではない。
ここは、ガルシェ都市国家連合に属する、名もない無人島の一つ──そこにある、『神代神殿』の遺跡だ。
最も、都市国家連合の資料にも、バヴ=イルにある探索者ギルドのデータベースにも、この遺跡のことは載っていない。発見されてから、この遺跡に入るのは、シェラが二人目となる。
この遺跡は、シェラの父が発見し、誰にも教えることの無かった神殿跡だ。
シェラの父は、探索者だった。探索者とは、各地の遺跡を発掘して、神代の歴史を紐解き、それらを起源とするこの星の叡智──『神話魔法』を発見する……そんな役職だ。
同じく探索者だった父親、つまりシェラの祖父に憧れて探索者となった父は、様々な遺跡を発見していった。特に砂漠帝国地方の古来信仰、『知的聖霊』の発見による、汎用神話魔法の発見、そして『発掘魔法』の体系化は、彼の最大級の功績だ。
父の功績によって、誰でも神話魔法を使える時代になったし、探索者達の発掘は一気に安全になった。さらに、大規模な調査団を編成せずに、小規模の調査隊で発掘をできるようになったのだ。
やがて同じく探索者だった母と出逢い結婚、シェラが誕生する。
幸せの絶頂──しかし、それは長くは続かなかった。
父の功績を妬んだ者の手によって、父は母と祖父と共に、事故を装って暗殺された。今では下手人は断罪された後ではあるのだが、しかし未だに父を妬む者達は後を絶たない。
それに──いつの間にか、探索者の役割は、変わってきてしまっていた。
人々の生活を支え、救済し、守るための力。それが神話魔法だ。それを発見、或いは開発し、人々の生活を豊かにすること。それが、探索者の使命だった筈。なのに 今、探索者達は、たった一つの神話魔法を発見するためだけに動いている。
名を、『始まりの神話』。
バヴ=イルの黄金都市から発見された、今はこの世になき神々の言葉を伝える神話魔法、『神託機』。それが世界中にその存在を知らせしめたのだ。
その効果は、いたって単純。しかし、圧倒的。
──使用者を『神』とし、新世界を創造する。
それが『始まりの神話』の内容。
世界中の権力者達が、新たなる神とならんと欲し、『始まりの神話』を求めた。彼らの名を受け、探索者達は『始まりの神話』の手がかりを求めて奔走する。
それが今の、大神話探索時代の、実状。欲望にまみれた時代。
「……そんなのは、嫌」
シェラはそう独りごちる。
シェラは、父親が活躍していた頃の大神話探索時代を取り戻したい。人類の発展と、知的好奇心の充足だけを求めて、神話を研究する、あの時代を。
だから独立して、19歳の若さでソロ探索者をやっているのだ。
──しかし、世界は異端児には甘くない。
シェラは独立してからもうすぐ二年が経つ。が、未だに『始まりの神話』に到るための手がかりや、あるいはバヴ=イルの研究機関が望むような『結果』を何一つ出していない。
バヴ=イルの研究機関は全ての探索者に支援を約束しているが、二年以上功績を一つも残さなかった探索者には支援を行わなくなるのだ。
ソロの探索者であり、権力者のバックアップを受けていないシェラは、支援の殆どをバヴ=イルに頼っている。故に、バヴ=イルのデータベースが閲覧できなくなったり、大図書館を利用できなくなることはかなり痛い。
なにより、バヴ=イルに『破門』されることは即ち、探索者の資格を失ったことにほぼ等しい。
そして。
なにもしなければ、その未来は、シェラのもとに訪れる。シェラを応援してくれる友人はいるが、その人の助けだけでは探索者を続けていくのは難しいだろう。
しかし、二年が経つまであと僅かとなったシェラに、あらたな功績を残すことは非常に難しい。なんとかする方法はないか、と、半ば神頼みの様な状態で、父の遺品を開いた時。
見つけたのだ。父が半ばまで発掘しながら、バヴ=イルに研究結果を発表することなく、彼の死によって発掘が中断した、遺跡の情報を。
父が纏めていた資料によれば、ガルシェ都市国家連合のとある無人島にあるというその遺跡は、どうやらガルシェ神話の主神である"ケラウネイオス"の神殿の跡地らしい。
ケラウネイオスは強大な神だが、彼単体を祀った神殿はあまり発見されていない。大抵の場合は他の神々を従えるかたちで、大神殿に祀られているからだ。
ケラウネイオスの神殿。それの発掘を完了させれば、間違いなく功績を得ることができる。
そうしてシェラは、ここにいる。
「……」
坑道は、思ったより長く続いていた。父は想像よりもかなり発掘を進めていたらしい。しかし、その坑道も何時かは終わりがやって来る。
ガルシェによく見られる神殿の構造が剥き出しになったその壁は、シェラの行く手を大きく塞いだ。一昔前までなら、たった一人でこれをどうにかすることなと不可能であっただろう。
しかし現代は、違う。シェラの父が遺した発掘魔術が、遺跡探索の常識を変えたのだから。
「──『採掘:坑道作成』」
壁にてを当て、そう唱える。直後、ガリガリガリ、という音と共に、壁が削れ始めた。それだけではない。崩落しそうな天井は補強され、新たな坑道が出来上がっていくではないか。
父が産み出した発掘魔法の一つ、『坑道作成』。これがあれば、大量の道具や難しい計算を必要とせずに坑道を作ることができる。もっとも、坑道を作成できる材質の強度などは使い手に左右されてしまう。シェラではこの遺跡の岩が限界だろう。岩よりも魔術的・物理的に硬い、神殿の材質である神代の物質を削ることは難しい。逆に言えば、だからこそ安全に採掘ができる。
暫く掘り進んでいくと、大きな空洞が出現した。
「これは……」
シェラは息をのむ。
保存状態がかなりいい。長い間空気に触れていなかったのだろう。
その空洞には、一体の『ゴーレム』が存在していた。
ゴーレムは魔術の力で自動的に動く、魔導生物と呼ばれる存在だ。こう言った神代の遺跡には、ゴーレムが配置されていることが多い。得てして、そういったゴーレムは『ガーゴイル』と呼ばれていた。
保存状態が良いため、ガーゴイルの造形を細かく知ることができた。
漆黒の鎧を纏った、これは騎士だろうか? 非常に細かい装飾が施されている。腕が大きいのは、肉弾戦を繰り広げる戦士を模して作られたからだろうか?
「凄い綺麗なつくり。これだけでも、大発見」
ゴーレムは現代でも作られている。これまでに発見されてきたガーゴイルの造形は、それら現代ゴーレムの参考にもなる。そしてこれ程までにほぼ完璧な保存状態を保ったガーゴイルは、これまでに聞いたこともない。ゴーレム師達への多大な支援になるだろう。
出来れば、持ち帰りたい。発掘魔法のなかに存在する、こう言った物資を収納するための魔法を発動しようとした、その瞬間。
──ギィン。
「……っ!?」
ガーゴイルの単眼に、光が灯った。
「嘘……動く、の……っ!?」
発掘されたガーゴイルが動き出すだなんて、聞いたことのない事例だ。想定すらしていなかった。シェラは慌ててガーゴイルから離れる。
しかしガーゴイルはガシャガシャと機動音を鳴らしながら立ち上がり、シェラに向かってその豪腕を降り下ろす。
「……っ!」
間一髪で回避。壁が大きく破損する。この一撃を受ければ、間違いなくシェラは死ぬだろう。こんなところで死んでは、この二年間支援してくれた友人に、申し訳が立たない。
その一心から、シェラは己が最も上手に使用できる神話魔法を発動させた。
「青き水流よ荒れ狂え。宿りし意思よ、我を導け──『ブルー・ジン』」
祝詞に導かれ、知的精霊の力がシェラを助ける。彼女の両手を中心に、何処からともなく水の玉が出現した。
水玉の中では、激しく水流が渦巻いていて、これを使えばガーゴイルを足止めできるだろう。
──しかし。
シェラは、躊躇ってしまった。これだけ完璧な保存状態のガーゴイルなのだ。可能ならば、無傷で持って帰りたい──
その欲は、命取りだ。
『キカカカカカカッ!!!』
「しまっ──」
ゴーレムの腕が、シェラのすぐ近くの地面を強打した。その一撃によって足元に大きくヒビが入り、そして当然のように地面は崩落する。
口を開ける、漆黒。吸い込む息のように、空気を吸い込む虚空の孔。
「きゃ、ぁぁぁぁっ───」
シェラの体と意識は、奈落の底へと墜ちていった。
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