大刃少女と禍風の槍
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十節・立ち向かう戦士達
前書き
コッチも本編だけなら約二ヶ月ぶり……待ってた方々には申し訳ない。
では、グザの化け物ぶりが改めて分かる、今話をどうぞ。
第一層、黒鉄宮―――《生命の碑》前。
ベータテスト時には組成ポイントであったそのエリアも、デスゲームである今では生者と死者の存在を伝える、無慈悲な石板しか置かれていない。
……普段ならば人など余り訪れず、稀に赴いても疎らにしか居ないこの広場だが、今は数十人ものプレイヤーが集まり一様にざわめいている。
理由はただ一つ、二か月もの間放置されていた迷宮区の攻略に、四十人あまりのプレイヤー達が乗り出したからだ。
アインクラッドを踏破出来るのか、否か……今回決まるといっても、決して過言ではない。
けれども皆それが分かっていて集まっているというよりは、何の情報も無くただ待っている事が出来ない者達と、そう言った方が良いかもしれない。
何処に居ようと不安事態は募るのだから、せめて生死ぐらいは知る事の出来る、この《生命の碑》の傍にいるのだろう。
尤も――――集まったプレイヤー全員が望んでいるのは、言わずもがな攻略に向かった全プレイヤーの生還であり、此処で悲劇が起こってしまう事など正直誰も望んではいない。
皆が、不安と心配から取りとめも無い会話をかわし、吉報を願い凶報の訪れを望まぬ中…………
(上手く行っているのカ? キー坊達は……)
情報屋である《鼠》のアルゴもまた、群衆に交じり安否を気遣っていた。
しかし他のプレイヤー達とは違い、アルゴの脳内にあるのはフロントランナー達の無事だけではない。
もう一つ…………とあるプレイヤーとの会話も、頭に中に走っているのだ。
それは数日前の、とある日の夜。
システム的には誰でも出入り可能で、されど古臭過ぎてカビており誰も近付きそうにない、そんな空家の中で、アルゴはとある人物と情報の取引をしていた。
「鳴る程……総合するとベータテスターの死亡率は、約40%にもなるか……」
「マ、要するにそういう事だナ」
どうもそのプレイヤーは死亡者の何割がベータテスターだったのかを知りたがったらしく、かなりの金額を積んでアルゴに依頼していた。
そして出た数値は約半分近くに及ぶという結果であり、これは一般的にビギナー達が考える、予想する数値を遥かに上回っていると言える。
その原因は―――
「……会議でもグザの奴が言ってたガ、やっぱり『製品版とベータとの差異』が、しかし洒落にならナイ毒針の如く貫いてきたんだろうサ…… “命” を、ナ」
「だが死人に口なし―――そんな事ビギナー達は知る由も無い……もし情報の違いから、対応が遅れて一人でも死人を出した瞬間、ベータテスターへの不信は瞬く間に広がってしまう……!」
攻略に参加している者たちならば兎も角、後ろから見ているだけの者達からすれば、ベータテスターがビギナーをほっぽり出して美味い汁を吸い続けた結果、死人が出てしまったとしか見えないだろう。
……勿論ながら、全員が全員そう思う訳では無かろうが、それは攻略組でも同じこと。
グザの意見を『彼もまた元ベータテスターだろうから』という証拠も無く、理屈の立たない理由で否定する輩も出て来る可能性は否定できない。
今は序盤も序盤な為、表立って批判しのけものにする事など、戦力や情報の面から言って言語道断。
だからこそ現在に限るなら、単なる軽い軋轢で収まるとしても―――――長期的に見れば、決して無視できない歪みとなる。
「けど、あんたは何も言わずに置いてくれ。ベータとビギナーの橋渡し役は、一人でも多い方が良い」
「……了解ダヨ」
アルゴが何か言う前に依頼者はトレードウィンドウからコルを渡し、そのまま背を向けて扉の方へと歩いて行く。
されど扉の取っ手に指を掛けてからすぐには開かず、背を向けたままアルゴに問いかけた。
「……俺の他に、この情報を聞いて来た奴が要るな?」
「如何してそう思ウ」
「いや……何、情報があまりにも早かったから、事前に調査していたのかと思ってさ」
「ハハハ、こりゃもうちょっと時間置くべきだったカ」
アルゴは苦笑いしながら、依頼者の推測を肯定した。
だがその後の言葉で、一旦は笑みを消す事となる。
「少なくとも一人、代役となれる人物が居る……って事か」
「アイツはリーダーなんて買って出るタイプじゃないヨ―――――『ディアベル』」
依頼者……ディアベルはアルゴの言葉に苦笑しながら、今度は顔だけ振り向き、静かに告げた。
「一時的な物だ、俺が死ぬって前提もあるしな。それに…………」
「あ……あぁっ!?」
「えっ、どうしたの!」
「横線が……!!」
「……!」
アルゴが回想から引き戻されたのは、プレイヤー達の中から悲鳴が上がったからだった。
つまり《生命の碑》に変化があったという事であり…………誰かの命が失われた事に、他ならない。
やはりベータとの違いはボスにも及んでいたのかと、焦燥に駆られながらアルゴは石碑に眼を走らせる。
一体誰が、どのプレイヤーが葬られたのか。
そうして発見してしまう……光のラインがゆっくりと、横線を刻んで行く様を。
その死の横線を刻まれし、アバターネームは―――――
「ディア……ベル……!?」
・
・
・
・
・
「あ…………あ、あ……」
「ディ……ディアベルっ……!?」
キリトの、アスナの目の前で。
「洒落にならんて……!」
「嘘やろ……? うそ、やろ……?」
グザの、キバオウの視界の中で。
「ディ、ディ、ディアベルさんが、ディアベルさんが……っ」
「し……死ん……」
数多のプレイヤー達の目線の先で―――――一人の人間が、“ディアベル”が殺された。
本来ならば頭の中が真っ白になり、若しくは胃中の内容物をぶちまけ、或いは金切り声を上げてしまう―――その筈なのに。
ディアベルの死に様は、幾匹も葬って来たザコモンスターたちと、何も変わらなかった。
ただ己の身を蒼く荒いポリゴンへと変え、痕跡も無く砕け散っていく、余りに安っぽいその最後すら……何処までも、変わらなかった。
その “死” は、間違っても人間の死だと認めて良い筈も無い、生命に対する限りない『侮辱』だとも、いえるかもしれない。
人間の死、そして指揮官の死。
これだけでも余りに衝撃が深いというのに…………ごく当たり前の如く、戦いは続いて行く。
「うわあああぁぁぁぁっ!?」
「き、聞いてねぇぞ! またPOPするなんて!」
ベータとの違いは《コボルドロード》の武器種変更だけでなく、《コボルド・センチネル》のPOP回数にもあった様で、ベータテスト時代ならばもうボスに集中すればよかっただけの戦闘も、この場では更なる取り巻きの掃討に当たらねば練らなくなっていた。
それでもゲームと観点で言うならば、別段苦も無い状況だ。
何せ指揮するプレイヤーが居なくなっただけ。パーティー毎に動きつつ、足りない部分を援護すればよいのだから。
だが……このゲームで掛っているのは現実の命で、居なくなった事はそれ即ち『もう二度と会えない』事と同義。
楽観的に構えても順序良く進んでいた闘いから、一気に夢から覚めたみたく『死』という現実を認識させられ、恐慌をきたした彼等にスムーズな立て直しなど出来よう筈も無い。
心の拠り所も無くなった今のプレイヤー達の間には、嘗ての滑らかな連携など既に、有って無い様な物だった。
(よりにもよって……最悪の代償と引き換えに……っ。……これじゃあ、これじゃもう……)
より間近で見届けてしまったアスナにぶつけられた衝撃波、余りにも大きい。
レイピアを片手に茫然と立ち尽くし、周りから引っ切り無しに上がる悲鳴と、サウンドエフェクトを受け更に震えを強める。
もう、散り散りに逃げる他、この場を乗り切る手段がない。
希望も無い……無い、筈なのに――――
「うぉおおおおおぉぉぉっ!!!」
「イィィイィッハァアァァーーー!」
たった二人、されど二人、確かにこの逆境に抗っている。
キリトが巨大なる君主に。
グザが複数の護衛兵に。
真っ向からぶつかり、足掻いていた。
「今まで通りに対処してくれ!! A隊タンクはボスの攻撃を頼むっ!」
例え聞こえて居なくとも、僅かな可能性に賭けて叫ぶキリトへ。
「『グオオオオオッ!!』」
「『ギイイィイィィイ!!』」
「甘めぇのよ、喰らって堪るかいや!」
一対二という不利の中で、なお変わらず槍で捌き続けるグザへ。
「……っ!」
逃げる事が最優の手段である筈なのに、アスナは動かず目を反らせないでいた。
あと一歩、前後どちらか踏み出すだけで自然と走りだしてしまうと、アスナは感じている。
だから逃げれば良いのに、逃げる事こそこの場では一番かしこい判断なのに……動けずにいた。
されど恐怖からではなく、自分が語った『走れる所まで走り燃え尽きて死ぬ』という理念でもない。
それはまるで目の前に、後方に居る……プレイヤー二人のの放つ光に、縫い留められているかのように。
「細剣使いさん! 俺が注意を引き付けている間に、アンタは退てくれ!」
「『オオオオォォォォォオオオォォ!!!!』
「長くは持たない! 急げっ!!」
振りかぶり放たれた刀の剣線が、目の前で重なりXを描く―――その直前にキリトのペールブルーの刀剣が、勢いよく割り込んで大音量と共に跳ね上げた。
パリングにより《コボルドロード》に大きな隙が出来るものの、それはキリトの方とて同じ。
結果、反撃も出来ずに両者、睨みあいへシフトする…………
「ィヤアアッ!!」
「!」
またもその直前に純白のライトエフェクトが空間を切り裂いて、隙だらけな《コボルドロード》の胴体を鋭利な刃で抉った。
驚嘆の面持ちでキリトの見る先で……【リニアー】を使い飛びこんできたアスナがレイピアの先端を怖れから震わせながらも、確り《コボルドロード》を見据え、言う。
「私も行くわ。パートナーでしょ」
目線だけ向けたキリトは数秒の葛藤の後、小さく頷いた。
危険な場面なのに、キリトが肯定の判断を下したのは何故か?
ベータ時代に十層迷宮区まで駆け上り、其処に湧出した侍型モンスターが使っていたおかげで、実の所【刀】スキルの内容をキリトは幾つも知っている。
なら、一人でも手誰を傍に置いておく方が、確かにメリットにもなるだろう。
しかしギリギリの綱渡りに変わりはない。
……出来る範囲で万全を期すべきだろうと、《コボルドロード》を睨みつけたまま、背後へ向けて叫ぶ。
「…………頼む……B隊! C隊を安全圏へ運んでくれ!」
「お、おう! 分かった!!」
言いながらもこの狂乱の中でも冷静に動いていたのか、エギル達B隊はそう返事する前から既にC隊へ近寄っていた。
その行動を見逃す《コボルドロード》ではない。
「『グ、ググ……グ、ウウゥゥゥゥゥゥウアァァァァ……!!』」
……加えてダメージを与えられた所為なのか、AIが操る筈の電子の塊である狗頭の獣人に確かな『怒り』が宿ったかに見える。
血の如き真っ赤な相貌で、キリト達をねめつけ―――獰猛に吠える。
「『ル゛ア゛ア゛アァァァァァアアア!!!』」
「手順はセンチネルと同じだ……行くぞ!」
「ええ!」
大雑把ながら恐るべき速度を誇る《コボルドロード》の通常攻撃を避けては弾き、《コボルドロード》がソードスキルの構えを見せるや否やアスナはすぐさま下がる。
そして、すで此方もソードスキルを準備して居るキリトが、左肩越しに担ぐ構えからかっ飛んでくる刀をピッタリのタイミングで、空気を振わせつつ高々弾きあげる。
生まれたその間隙を逃すものかと、アスナの神速を誇る【リニアー】が再び狗頭君主の腹を、純白なる光で鋭く穿った。
ヘイト値が溜まりアスナを標的にされれば、彼女は己の敏捷値を活かしてどちらの攻撃も掠らない位置を逃げわまり、キリトが背後から通常攻撃を決め着実にターゲットを自分へ変えていく。
更に繰り出された刀スキル居合切り【辻風】をまたも打ち上げて、アスナが下がっていた喉元へ【リニアー】を打ち込みHPを確実に削る。
そして何度も何度も、同様にくり広げられる決死の逆転劇に、プレイヤー達の眼には光が戻り始めていた。
「す、すごいぞあの二人! フードの方はソードスキル見え無いぐらい早い……!」
「もう一人はソードスキルを全部キャンセルさせてる……!? こ、これなら」
「阿呆!!」
僅かな希望を持って呟いたプレイヤーの言葉を、しかしキバオウが嘴を入れて遮った。
「幾らスキル知っとたって【リニアー】一本で倒せりゃ苦労せんわ! こんな状況や、限界を迎えるんはあいつ等が先やで!!」
奇しくもその場面は、彼の一言と重なり…………訪れた。
思い切り上に振り上げられた刀を睨み、キリトもまた上から同じ軌道で剣をぶつけようとして―――
「しまっ……!?」
突如肩が沈みこみ、キリトの剣の軌道を “外した” 上での斬り上げに変化してしまった。
真っ青な光を纏う、この刀スキル【幻月】の真骨頂は繰り出した後にでも僅かな間、上下に軌道が変更できる厄介さにある。
当然モンスターMObならばある程度見切れるのだが……ギリギリの攻防続けて、摩耗していたキリトの集中力が、細かな挙動に対する見切りを鈍らせていたのだ。
声無く切り上げられて宙を舞ったキリトを見ながら、咄嗟に別個所へアスナは非難しようとする。
「『ガァァアアアアアアアアァァァァッ!!』」
(速いっ……!?)
システムの、この上ないまでの嫌がらせなのか。
其処で更にスピードを増した刀身がアスナの予想を、遥かに超える勢いで真っ二つにすべく襲いかかる。
皮装備ばかりで防御力に乏しい彼女の装備では、クリティカルでも出てしまうと耐えられる保証など何処にも無い。
意識を取られ、振り返ったその一瞬―――――彼女は、『一つ』の刃を視界に映した。
「ふん……ぐうううっ!!」
「! エ、エギルさん……!」
その刃の正体は、B隊リーダー・エギルの両手斧。
C隊を漸く避難させ終え、さりとて割り込む事も出来なかった彼だが……このピンチは余りに単純だったからこそ、ベストタイミングで飛び込む事が出来て彼等の窮地を見事救えたのだろう。
アスナの声から少女である事に一瞬驚いたエギルは、しかしすぐに切り替えて《コボルドロード》を見やる。
「パートナーのとこへ行ってやれ! 壁役は任せろ!」
「……はい!」
「B隊! HP大丈夫な奴はこっちに来てくれ!」
「「「おっす!!」」」
野太く頼もしい異口同音を背後に、スタン状態に陥っていたキリトへアスナは駆け寄ると、急ぎ回復ポーションを取りだして口に突っ込んだ。
「んぼっ!? ……んぐっ……っ……プハッ! エ、エギル! そいつは囲むなよ!!」
「あの時の全方位攻撃か!?」
「あぁ! 囲まなけりゃアレは来ない!」
「OK分かった!!」
エギルにどうにか指示を送ったキリトは、手に握った《アニールブレード》を杖代わりにヨロヨロと立ち上がる。
幾らゲームで痛みが無いとはいえ、喰らった際の衝撃と『死』の恐怖から、如何しても震えを抑えきれないらしい。
手を課すべきか否か、アスナは迷いながら彼の傍に付き添っている。
エギル達は真っ正面からソードスキルを受け止めつつ、通常攻撃で着実にダメージを与え、ポーションを使い尽す事も厭わず盾となって立ちはだかり続ける。
されど……B隊以外は前に出ようとしない。
それどころか、まるで陰口をたたくかの如く、引け腰でただ濁った声色で絶望を吐き出すのみ。
逃げていないだけ、まだマシとしか言えないだろう。
だがそれも当然―――命を失うかもしれない恐怖を湛えた割に合わない賭けに、ディアベルの死を目の当たりにした彼等が乗れる筈もない。
どれだけ動こうとも、立った数人で状況が覆せるはずもないのだと、その考えを根っこから否定できない。
決して拭い去れない恐れが、狼狽が、恐慌が、ボスフロアに濃く蔓延していく。
(まだだ……まだ……!)
されど希望すら消えた訳ではない。
あと一つ、あと一つ何かあれば、プレイヤーの心を一つに出来る。
……その最後にピースが思いつかないキリトの顔に、拭えぬ色濃い焦燥が募っていく。
(! ……いや……待て……!?)
そして、そのピースはすぐ傍に合ることを、思い出した。
正確には―――皆、ボスに気を取られて忘れていたのだ。
未だに《ルインコボルド・センチネル》を二体相手にしている、あの人物を。
「『ギイイイィイィィィ!!』」
「『ギュオオオオオオオオッ!!』」
「ハハァッ……」
「『アアアァァァ!!!』」
「リィィ!!」
―――否、皆が逃げ回っているうちに近寄ってきてしまった『三体』を相手に、“グザ”が堂々と大立ち回りしている事を。
一際大きな奇声と鳴き声がフロアに高々響き渡った事で、戦闘へ参加していないプレイヤーの視線は自然とそこに誘導される。
そして―――絶句した。
「『ア゛ア゛ア゛ァァァ!!』」
「『グルルラアァッ!!』」
叫びつつ振りだされた二つの得物を、グザは槍を横にし正面から受け止め、一瞬の間隙を置いて槍を斜めに。
急に重心が変わったせいでよろめいて、武器だけでなく体ごと衝突した二体のコボルドは縺れ合ってすっ転ぶも、三体目のコボルドは既にグザの背後へ忍び寄っている。
「『グオオオォォォッ!!』」
その無視できない重量を持つ武器が大きく振り上げられ―――――
「甘ぇのよ」
グザは逆に後方へ一歩踏み込んで肩越しに槍を伸ばし、柄で敵の片手を打ち払って見せた。片手持ちだという事と武器の重量が災いし、攻撃の不発だけに留まらずたたらすら踏ませる。
後方を確認する動作も、軽く振り向いただけ。
一秒も掛ってはいまい。
グザは槍を回転させつつ持ち替えて、左踵打ちから右回し蹴りの2連続キック。
更に《コボルド・センチネル》の武器を槍で叩いて初動を遅らせ、一瞬の溜めからの右フロントキックで数歩後方へ弾き飛ばした。
それでもコボルドがやっとこさ、ふらつく体勢を立て直した時には……グザはもう既に2m近い位置まで近付いている。
「よっと」
「『!?』」
そこから軽く屈んでの足払いで体勢を崩し、下から上へ槍を回転させながら、コボルドの頭を兜越しに連打。
そんな遊ぶような動作から一気に肉体を躍動させて槍を突き込み―――成す術のないコボルドを転がして転倒状態へと持ちこんでしまった。
「『アアアァァァア!!』」
「……ハ」
グザ目掛けて突っ込んでくる別のコボルドに、彼は息だけ吐き何も言わず……ニヤッとした底の読めない笑みで応える。
―――直後に限界まで長く持った槍がコボルドの兜に衝突し、走行中だという事もあってか容易に体勢を崩してしまう。
オマケとばかりに、後ろから数秒違いで迫っていた二体目を巻き込んで、スタントマンや芸人もビックリのド派手な転倒へと発展した。
やはり可笑しいのかグザは顔の笑みを強めるも、しかしそこで動きを止めたりはしない。
ゴロゴロ転がって己のすぐ横に来たコボルドから、三歩距離を取って槍を構え、まず起き上りの遅い方へ刺突を一発打ち込む。
すると、隙有りとみた起き上りの早い一体目が突撃してくる……のだがそれも見越していたらしくグザに紙一重で避けられ、武器は虚しく地面に衝突。
更に武器を思い切り踏まれて持ち上げられず、モタついている間に喉元へ二発のスラストが命中した。
「『グルアアァァッ!!』」
「『グルオオオオッ!!』」
転倒状態から立ち直った三体目が背後から、一体目と入れ替わる形で二体目が、鋭く肉薄しグザの上半身へ叩きつけんと野球バットもかくやの豪快なスイング。
「甘ぇんだって」
「「『『グボホオオッ!?』』」」
……それすらも開脚からの前屈で容易に回避され、逆に合い打ちを誘発してしまう始末。
「シィイアッ!!」
グザは一端槍を宙へと放り投げ、両手をついての起き上りから逆立ちのまま三体目へ蹴り入れ、落ちてきた槍をキャッチして二体目に足払いをかます。
うつ伏せに倒れたコボルドの首元を槍で飛び退きつつ軽く撃ちすえて、大きく屈んだ体勢からバク宙しつつ前方へ跳躍した。
一体何の意味が―――と思う暇もなく一体目のコボルドの握る凶器が、先程までグザの居た空間を通過する。
「オォラッ!」
「『グエッ……!?』」
倒れていた二体目の背中への落下から、1秒と経たず両足で蹴る様にして跳び、三体目の側頭部目掛けて叩き込まれるキック。
そこでグザは半回転してしまい、一体目のコボルドが背後から武器を思い切り叩きつけて―――グザは後ろを向いたままに槍を構え左肩を狙っていた一撃を止めてしまう。
コボルドの攻撃は此処で終わってしまう……が、グザの攻撃は終わらない。
敢えて更に後方へ半歩踏み込んで、左手を大きく振り上げ、逆手持ちのナイフの如く斬り付ける。
体勢を左半身へ変えれば、既に槍を突き出す前の格好を自然と取っている形になり、三連続スラストが淀みなく胴体に命中。
続いて柄で打ち上げ打ち下ろし、体勢を右半身に変えてより強力な一突きを見舞う。
「ジャッ……!!」
「『ゴ……オオッ!?』」
再び繰り出された後方宙返りから、三体目のコボルドの頭部にカエルの様な体勢で着地。
其処がジャンプ台か何かだとでも言わんばかりに、また跳躍する。
当然それは攻撃と退避を兼ね合わせたモノで、グザはコボルド等から三メートル離れた位置に着地していた。
―――――これら以上の攻防は、実に一分すらも『掛らぬ』間に行われていた。
片方が余りに卓越しているからこそ出来る、ハイスピードバトルだ。
「うお……すっげぇ……!」
「な……何だよ、アレ……!?」
ゲーム的観点から見ればHPは減ってこそいるものの、効率はいまいち微妙だと言わざるを得ない。
だが、このまま続けてもいずれ “コボルドの方” がジリビンとなり、ポリゴンの欠片と変わってしまう事が明白だという事も……また否定できそうにない事実であった。
「おいおい子犬ちゃん、オレちゃんは一人だわな? だったら首ぐらい取って見ろや! ヒヒハハハ!!」
何よりそれを実行している本人が、今一番危ない位置に居る本人が、其処の読めない笑みと独特の笑いを交えて、苦戦の色をスズメの涙ほども感じさせない。
ボスの取り巻きであり、数人で如何にか安全なランクまで持っていける、そんな強敵である筈のコボルドの方が最早プレイヤー側か、いっそ子供にすら見えてしまう。
―――コレがある意味で、『トドメ』となった。
「加勢しよう……守りを重視すれば生き残ることだって出来る……」
「そうだ、そうだよ……折角あそこまで減らしてるんだ、とんでもない奴等が居るんだ……!」
「やるぞ……やってやるぞ!!」
負の連鎖に亀裂が入り、皆の眼に希望が戻った瞬間だった。
「皆さん、注目ーーーーっ!!」
その希望を逃すまいと、確固とした形にしようとアスナが声を張り上げる。
其処れ全員に女だという事がバレてしまうも、如何やら本人は注目を集めるべく敢えてそれを狙ったのか、表情に戸惑いなど見られない。
「これより、騎士ディアベルの最後の指示を伝えます! 彼の最後の指示は―――『ボスを倒せ』! そしてこれより一時的なリーダーとなるプレイヤーは……彼だと!」
言いつつ、レイピアで指示した先に居たのはグザ……ではなくエギル……でもなく、“キリト” だった。
(……お、俺か!?)
目玉が飛び出そうになるぐらい驚いている様だが、されど状況が状況だけにキリトはそれを表に出さなかった。
が、グザは余りにも人離れした活躍のお陰で逆に活気となった様だが―――ソードスキルを見破っていたキリトはその行為で『ベータテスターではないか?』という疑念が広がっていたらしく、皆の顔に不安が募る。
「俺も聞いたぜ! それにアイツにはボスの技に関して、ある程度の知識がある! なら乗っかって見るべきだろう!!」
それを切り裂いたのは、前線で踏ん張り続けているエギルだ。
更にそれを後押しするように、三つの金属音の後にまたも声が上がる。
「何より騎士様の最後の指示だわな! 従わねぇ通りが何処にあるのかねぇ!」
グザの一言でキリトへの不信感もまた薄れ……彼に従おう、ディアベルの意思に従おう、とに名の心が一つになる。
キリトも腹が据わったか、表情に無理している物は無くなっていた。
其処からの行動は、流石攻略組というべきか、実に早々としたものだった。
「F隊一旦集まれ!」
「HP少ないなら少しの間後ろに居ろよ!」
「POT足りてるか!?」
「いや、少し回してくれ!」
「グザ! 今まで一人任せて悪かった!」
「おう、今から援護するぜ!!」
「ヒヒハハハ……何とも頼もしいやね」
バラけていた隊員を集め、HPが足りなければ数人が下がり、POTが足りなければ補充し合い、《コボルド・センチネル》に一人で相対していたグザへ加勢に行き―――――次々に陣形が整っていく。
「B隊、前方範囲攻撃来るぞ! 構え!!」
「「「「オウ!!!」」」
「グザ! D隊! もう少し《センチネル》を引き離してくれ!」
「あいよぉ」
「「「了解!」」」
キリトもまた、始めてながらも確りとした指示を出し、作戦の荒を順次埋める。
……その様子を見たアスナは、自分の判断が間違っていない事を再認識していた。
ただ腕が立つだけではなく、周りを見る事も出来る。リーダーとして性格は決定的に向いて居なくとも、指揮能力だけならば担えるだけの力量がある。
自分の判断が間違っていなかった事、そして彼が活躍する様に―――――アスナの頬は自然と緩んでいた。
そしてキリトもまた、壁役陣の間を縫って舞う様に闘うアスナを見やり、ボス戦前に己が抱いた考えが間違いでなかった事を確信していた。
ベータテスターとビギナーとの精神的軋轢。
それが何時生まれたか、何処から始まったか定かではないが……しかしそれがある以上、何処まで行こうとも一定以上の不信感は永劫ぬぐえまい。
だが彼女は違う。実力があり、魅力があり、また引きつける “力” を持っている。
だからこそキリトは強く思う……誰よりも輝きを放ち、多くの物らの上に立てるだろうと―――その様を傍で見て居たいと。
(その為にはまず、このクソッたれな戦いを勝ち抜かないとな!)
思いながらに目を向けた先。
そこでは相変わらず「調子に乗らん方がええで」とでも言いたげな顔のキバオウがおり、キリトの方も何とも言えない表情になった―――――その目線の更に先に映る……余りにも《コボルドロード》に近い位置で《センチネル》と闘う、E隊の面々。
「!? キバオウ! E隊を下がらせろ、早く!!」
「は……? って、しもたっ……!?」
今更気が付きが、支持を出すにももう……遅い。
B隊のメンバーと、コボルドにより追いやられたE隊の一人によりボスの全方位を囲んでしまい、ボスに搭載されたAIがそれを感知してしまう。
刀を肩へ担ぐように構え、限界まで身体を引き絞り、放たれるはディアベルを負い込んだあのスキル……!!
「『グゥゥゥラアアァァアアアァァァアアァァァァァ!!!』」
「させるかい、阿呆が」
ソードスキルが始動した正にその瞬間、《コボルドロード》の右眼目掛けて “何か” が勢いよく飛来し―――グサリ、と見事に突き刺さった。
「『!? ア゛、アギャアアアァァアアァァッ!?』」
突き刺さっていたのは、槍。
その直線上には……腕を振り下ろした格好で固まる、グザの姿がある。
言わずもがな、彼が投げつけたのだ。
―――8mは離れていそうな長距離から、《コボルドロード》の飛び出た目の球を狙って。
正に土壇場で出鼻をくじかれた《コボルドロード》は無様にすっ転び、ゴロゴロ転がり包囲網を自ら抜けて行く。
その先に居るのは……キリトと、アスナ。
「アスナ! 最後の【リニアー】一緒に頼む!!」
「……! ええ!」
言うが早いか、二人揃って突貫し、体勢を立て直したばかりの《コボルドロード》へ肉薄する。
武器を振う為極端なまでにガラ空きとなった喉元目掛け、純白の光芒を引く【リニアー】が鋭くえぐっていく。
残りHP―――約10ドット。
「はぁああっ!」
濃淡により二色に輝くペールブルーを纏った、片手直剣スキル垂直切り【バーチカル】と思わしきスキルが命中し、更にHPの残りを削る。
HPは徐々に減っていき、約9ドット、約7ドット、約5ドット…………残り、約“1ドット”。
「『グルウウウゥゥゥ……!!』」
(足り、ない……っ!)
たった一ドットが、されど一ドットが、彼等の道を阻んだ。
技後硬直が科せられ、たった数秒にも満たない絶対なる隙が、彼らに襲いかかる。
《コボルドロード》は剣を振りかぶる―――目線の先に居る、アスナ目掛けて……。
「まだ終わってねえよ……犬頭!!」
「『!』」
「!?」
否、キリトの剣はまだ死んでいない。技は、まだ終わっていない。
再び強く柄が握られ、縮んでいた身体が伸びあがり、ほぼ垂直に切り返される。
通り抜けた剣線が青く輝き、コボルドの身体に『V』の字を刻む。
繰り出された技は【バーチカル】にあらず―――片手剣スキル垂直二連撃【バーチカルアーク】。
武器を後方へ水平に振りかぶった格好のまま、《コボルドロード》は驚愕の色濃い顔で硬直。
突き刺さっていたグザの槍が、その場に落下する。
「『グ、ガ、ァ――――』」
そして、その体を青く染めて、ポリゴンの破片へ変え―――四散させた。
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