ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
そして誰かがいなくなる
戦線を、飛び出してきたレンと入れ替わりで後退したミナは、傷ついた身体に鞭打ちながら、山麓エリアの中を疾駆する。常ならない力が込められた脚は、赤茶けた岩盤に《足跡》を残していく。
普段ならばミナはすぐにそのイレギュラーさにはすぐさま気付いたのだろうが、いかんせん今の彼女にはそんな余裕がない。
一歩どころか半歩も出ていないだろうが、今の自分が少しだけ憧憬に近づいていたことなど、気付けなかった。
破壊不可能であるとシステム上で規定された、地形データに干渉することなど、一介のプレイヤーには不可能なことをしているのに。
そんな少女が向かったのは、山麓の中腹―――といってもほとんど原型が失われているのだが―――灌木がちらほらと生えているエリアだ。
細い体躯を削るようなスライディングでその中の一つに突っ込んだミナを出迎えたのは、その影に隠れるように身を潜めていた二つの人影。
山猫のような剣呑な気配を隠そうともしない狙撃手の少女、シノンに、その脇で地面の上に工具を広げているリラだ。
「リラちゃん!まだ!?」
噛みつくように叫ぶミナに感化されたように、ピリピリとリラは叫び返す。
「やってる!!今、少しでも装甲抜く可能性上げるためになんとかタンデムに――――」
「レンがまた出てきたんだよ!?もう時間がないって!」
「ッ!分かってる!少し黙ってなさい!!……シノン、掴めた!?」
弾頭を広げた工具類を駆使して《改造》していくリラはそこで、隣で《吸血鬼》の巨大な砲身に取りつくハンディカメラサイズの光学照準器に細かい調整を加えていた狙撃手の少女に言う。
シノンは、淡いペールブルーの髪を振りながら首肯する。
「零点規正はだいたい終わったわ。細かいクセも頭に入ってきたし、次はいけると思う」
淡々と、あくまで必要な事項だけを事務的に報告するシノンは、すでに狙撃手として――――戦場の眼としての役割に入っていた。
どんな状況であれ、取り乱さない鋼の精神力。
薄く研いだ氷の刃のような冷たい鋭さが、そこにはあった。
それを、その姿勢を、その覚悟を目の当たりにし、《戦争屋》の異名を冠される二人のコンビは、ただ眼の色だけを変える。
袖をまくる《爆弾魔》は、静かに自分の役割を再確認した。
「……OK。なら、あとはコイツだけね」
「急いで、リラちゃん」
いくぶん緊張の入った相棒の言葉に、少女はただ頷く。
白。
白く、白い、純白で真っ白で、白無垢な空間。
どこまでいっても白いその空間は、どこまでいっても無機質で、どこまでいっても冷たく、どこまでいっても拒否的だった。
時間さえも白濁したように停滞する中、ただただ動く者はただ一人。
「あは、ははあは、あはぎゃははぎゃ、ははあはははhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」
ゴギゴギリ、と。
顎関節が外れ、それらが無理矢理擦れ合う鈍い音が響く。
だが、それでも白狂した笑いは止まらない。
白魚のように透き通った手を空白たる虚空へ伸ばしながら、少女は狂ったように狂笑する。
「会えた会えて会えれば会えた!!ファルにファルがファルをファルでファルはファルにファルにににににににニニニギギギギギィ――――ッッ!!!」
あはは、あははははははは、と壊れた録音テープのように笑いを撒き散らすソレを、もはや人と呼べるのだろうか、と。
動かない方の一人――――初代、ファルと呼ばれた少年は呆然と、そして唖然としてそんなことを思った。
失敗。
だが、どこからが失敗で、何が失敗だったのだろうか。
そもそも、これは最初から救われる可能性のあった物語だったのだろうか。
終わった物語をもう一度助ける方法など、なかったのではないだろうか。
とりとめもなく、益体もない。だが考えずにはいられないその思考は、泡のように弾けては消えていく。
そして、それを上塗りするように――――《上書き》するように、かつて恋人だった少女の狂笑が仮想の脳内で喰い暴れていく。
何か一つの寄生虫のように蠢きまわるソレは、不快で耳障りな音を撒き散らしながら脳髄を這いまわり、手当たり次第に現実を、正気を侵食し、喰い荒らしていった。
ポツン、と。
唐突に、身動きしない少年の心に、一石を投じるように波紋が生じる。
心の片隅。光も届かないそこで、ひそひそと邪な思考が首をもたげる。
もういいだろう。
頑張っただろう。
充分やったさ。
これだけ手を伸ばして、差し伸べて、それでもなお払われて、零れたんだ。
だから諦めろ、と。
傷痕のような、爪痕のような、足跡のようなものは残せたんだ。だったらもうこの辺りが潮時だろう。
さっさとギブアップしろよ。
そうすれば、大切な女を守りたくて、救いたくて全力で頑張ったけど、それでも結果が伴わなかった《かわいそう》っていう枠組みが待ってるぞ。
皆が皆、無条件でお前を受け入れて、労わって、撫でてくれる、生暖かい腫れ物の特等席。
それは、弱者の愉悦。
最強も手を出せない、最弱の特権。
それについて、少年は数秒考えてみた。
そして――――結論を出す。
少年の口角が吊り上がる。
だが。
「おいコラ」
げしっ、と。
初代の後頭部を割と容赦なく蹴りつける脚があった。
もんどりうって倒れる少年が振り返ると、一瞬前まで確かに誰もいなかった空間に、《三人》の男が出現していた。
一人は少年。
毒々しい黄をあどけなさを残した瞳に宿し、この世の全てを見下しているようなヒネた表情を常に浮かべている。
一人は青年。
冴え冴えとした青い光を双眼に宿し、しかしその色とは相反的な粗野な笑みを顔に張り付けている。
そして。
最後の一人。
青年より少しだけ年を重ねた男。
理知的な緑色を光らせる、シルエットの細い男。メガネでもかけていれば実に様になりそうなものだが、あいにくスッとした曲線を持つ鼻筋には何も乗っていない。
三人の男は、それぞれの表情を浮かべて初代を囲む。
「…………狂怒……狂楽。…………狂哀」
呟かれた言葉に、狂哀と呼ばれた男はただ穏やかな笑みを浮かべた。
「お久しぶりです、父上」
「そんな。きみは確か、フランに……マークⅡに吸収されたんじゃ……」
呆然とする少年に、しかし当の本人である狂哀は淡々とした語調を崩さずに頷く。
「えぇ、それは間違っていませんよ。今も私はこの歪な《災禍》に呑み込まれています」
ですが、と。
一拍を置いて、男は続ける。
「その思考はいささかズレていますね。なぜなら、今私達がいるこの空間そのものが、新たな《災禍》の中なのだから。そこに、取り込まれた私がいるのは当たり前でしょう。つまり、父上。あなたの疑問の矛先は私ではない。今ここにいてはいけないモノ、いるはずのないモノは――――」
そこで、狂哀は己の隣を見た。
二匹の鬼を――――自らの兄弟ともいえる二人を、見る。
「……狂怒、狂楽……?」
「まったく、あの坊やは大したものですよ。完全に破れなかったとはいえ、私の《絶壁》を狂楽の精神感応が及ぶまでに貫いたのですから」
「それは狂哀兄様が内側から弱めようとしてたからでしょ。アイツの力じゃない」
拗ねたようにそっぽを向く少年のような狂楽の頭を苦笑しながらひと撫でし、狂哀と呼ばれる男は口を開く。
「父上。外で戦っている者達をあまり待たせるのも忍びない。そろそろ、本題に移りましょう」
「本題?」
初代たる少年は純粋に首を傾けた。
それに対し、静かに首肯した狂哀は静かに言葉を重ねる。
「もうこれしか方法がありません。他ならないあなたの手で、この歪な《災禍》の連なりを断ち切ってください」
一瞬、その言葉の意味が分からなかった。
数秒をかけ、水が砂にしみこむように、じわじわと脳に浸透していく。
「……な…………なん……」
絶句する少年に、緑の瞳を持つ男はあくまで静謐な雰囲気を崩さない。
達観した、あるいはどこか浮世離れした独特の空気を纏いながら、男は語る。少しだけ、そのエメラルドのような輝きを前髪の奥に伏せ隠しながら。
「……あの方の《狂喜》は強すぎる。半端に堕ちたあの少年は戻れたけれど、アレはもう戻れない。戻らせられない」
深すぎるから。
父上と会った、会えた喜びが、深すぎた。
深すぎて、そして。
大きすぎた。
狂ってしまうほどに。
愛おしすぎて、愛しすぎて。
狂った。
そう、どこか他人事のように唄う男に、初代はただ叫んだ。
「だけど……だけど、どうやって!?もうフランは救えない!救い上げれない!狂哀の《絶壁》で外界から一切の外部干渉もできない!こんな状況で、いったいどうやって……何をすればコイツが止まるんだ!?」
「外側からなら、な」
ガリガリと後頭部を掻きながら、ガラの悪い声が遮った。
狂怒は面倒くさそうに、しかしどこか愉しそうな――――愉快そうな色を瞳の青に混ぜて言う。
「あの女に支配されてる狂哀なら無理だが、ただ取り込まれただけの親父ならできんだろ。手前ぇの力は兄貴と違って表に出てねぇ。つーことは、親父の《核》としての力は別個としてマークⅡの中に存在してるはずだ」
「……何の……ことを」
そう。
思わず呟く少年に構わず。
かつて少年の一部分であった鬼達――――三対の欠片達はからかうように、詠うように次々と口を開いた。
「さぁて問題だよ、父様ぁ。今、マークⅡの土台、根幹となっているのは、あの女の狂喜もそうだけど、それだけじゃない」
「昔アンタが手に入れ、そして初代《災禍の鎧》の礎にもなった高優先度アイテム《ザ・ディスティニー》に匹敵する武器。《檮杌》だ」
「だから初代にはなかった、ビーム砲や光の翼のような無粋なモノが付いているんです」
「じゃぁここで、もう一度原点回帰してみよっかぁ」
「初代《災禍の鎧》は、なぜ学習という形で己の強化を図ったのか」
「その気になりゃぁ、その辺のクソどもの頭を適当にハジいて強引に《災禍》そのものを補給できたかもしれねぇのにもかかわらず」
「その理由」
「恐らくあなたなら、もう気付いているのでしょう?」
「俺らの中の誰よりも、《鎧》の中心にいた手前ぇなら」
「この軋みは分かるはずだからねぇ」
「マークⅡの基盤であり、依代。《檮杌》が放つ、声のない悲鳴」
「自分の女ぁいなくなってブチ切れて、《ザ・ディスティニー》とシステム的に融合した手前ぇなら、分かんだろ?聞こえんだろ?」
「なら、その対処法も」
「自然と出てくるよねぇ?父様ぁ?」
「――――うるッせェんだよ!!」
ゴン!!と。
空間さえ怯える裂帛の怒声とともに、見えない床を少年は殴りつける。
鋭い痛みが骨を突き抜け、たちまちのうちに薄赤いものが小さな拳に滲むが、そんなものを気にせず、初代は口を開いた。
「それは……ダメだろうが!!ぼくはいい!だけど狂怒!狂楽!お前らはダメだろう!!待ってるヤツが、帰る場所があるだろうがッ!!!」
「違ぇな」
「違うよ」
即答。
必死な、いっそ悲痛でさえある初代の訴えをバッサリ棄却した二匹の鬼は、どこまでもその本分に従って、憎たらしく、悪辣に、邪悪に笑った。
「俺らの《還る》場所は、いつだってアンタだ」
「――――ッ」
「僕の場合は別にぃ、あんなガキに未練なんてないしねぇ」
「――――ッッ!」
だからさ、と。
鬼達は。
欠片は。
それぞれの手を差し出す。
「「「ぽっと出の新参者の鼻っ面、ちょっとへし折れよ。《災禍の鎧》」」」
「……………………………………」
その手をたっぷりと時間をかけて眺めた少年は、続いて自分の背後を振り返った。
かつて自分の隣に常にいた、いてくれた少女を見る。
彼女は笑っていた。
――――否。
「ディッ、ディルルディルディルディディルディルディルッディルルルルディディディディるrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
ソレはもはや、笑いではなかった。
自分しか傷つけないその笑い声は、少年の心に響かない。かつて花が咲くような、花がほころぶような笑顔は、もうない。
その事実は、どうしようもなく初代の心に突き刺さった。
ギリ、と歯が砕けんばかりに噛みしめる少年に反応したかのように、少女のおとがいに伝うものがあった。
尾を引いて音もなく顔肌を滑るそれは、血の涙。
何故かはわからない。
だがフランと呼ばれた少女は、血のような真紅の滴を滂沱のように伝わらせながら、泣いていた。
泣いて。
啼いて。
哭いていた。
「――――――――」
少年はもう何も言わない。
ただ、静かに立ち上がる。
その顔を、その表情を、その覚悟を直に感じ取った三人の男は、すぐさま――――跪いた。
自らの本来いる場所、その主の帰還に全権を投げ出して膝をつく。
「……皆、ついて来てくれる?」
「攻撃の狂怒。……愚問だバカ野郎」
「防御の狂哀。御身の御心のままに」
「精神の狂楽。あははっ、やっと楽しくなってきた」
思い思いの返答にフッ、と苦笑なのか呼気なのか、自分でもよくわからない形に口許を歪ませながら少年は笑う。
「さぁ、《災禍》を終わらせに行こう」
ずぅっ、と。
初代の胸に、白い空間を侵食するように真っ黒な球体が出現する。
それは周囲の白から強引に黒を捻出するように強烈な吸引力を発揮するとともに、強風を発生させた。
眼も開けていられないほどの風の中、初代は確かに見た。
黒い風に乗るように、三人の男のシルエットが音もなく溶け崩れた光景を。
それを見、一瞬口を開きかけた少年は、しかし何を言うこともなく唇を閉じる。
何を言ってももう遅い。
匙を投げられた物語の終焉の――――否、終わりも終わった、蛇足というにもおこがましい、そんな結末の賽は投げられた。
すでに、どうしようもなく終わっていた物語を、壊すために。
醜く舞台に残ろうとするヒロインを、引きずり降ろすために。
もう、戻れはしない。
結局の話。
《災禍》は《災禍》でしか止められない。
これはそれだけの話で、それ以上でも、それ以下でもなかったのだから。
―――あぁ。
少年は、笑い続ける少女を見やった。
謝る資格などないことは充分分かっている。だけれど、でも。
「…………………………ごめん、フラン」
待たせて、待たせ過ぎて、ごめん。
きみを……救ってあげられなくて、ごめん。
そう言った後、少年は深々と頭を下げた。
少女はそれでも変わらない。
相も変わらず、壊れた狂笑と哄笑と嘲笑を響かせる。その笑いとも言えない笑いは、欠片も変わりはしなかった。
人形を相手にしているような滑稽さと虚しさに、少年は思わず泣きたくなる。
だが涙が零れるより早く、初代の身体に変化が生まれていた。
黒い、黒い、光沢の塊。
ソレが放つ空気だけでじんわりと空間がねじ曲がっていく。
いるだけで異物感を醸し出すような、そんな金属が少年の小柄な身体を瞬く間に覆っていく。それはどこか、巨大な獣に丸のみにされる小鳥を想起させた。
輪郭が凶暴なそれに変わっていくのを、しかし少年は気にすら留めず、ただ眼を閉じる。
集中するのは、聴覚。
ビキリ、バキリ、と。
明らかな怪音が真っ白な空間のそこかしこから連発して響き渡っていた。
小さなものもあれば大きな音もある。しかし、一葉にそれらに共通しているのは、そのどれをとっても本能に危険を出させるには充分であるということだ。
「……………………」
少年は、もう喋らない。
恐らく、これが最後の人語を話す機会だろう。
だがそれでも、言葉は出さない。
もはや言うことなどないとでも言う風に。
口を堅く閉ざす少年の決意に圧されたように、がしゃり、と激しい音を立てて視界が薄暗いグレーのフィルターに覆われた。
いつの間にか少年の頭部には、全体をすっぽりと覆うサイズのフルフェイスメットが嵌まっていた。視界を変化させたのは、その頭頂部から顔面全体をカバーする巨大なバイザーが下りたためらしい。
「…………ル」
もう心は揺れ動かない。
ただただ、無限に近い虚無それ自体が何らかの媒質となり、世界そのものに干渉、変質、変容させていく感覚。
それに身を委ねながら、初代と言われた少年は静かに目を瞑った。
「グ……、ル、ォァアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!!」
迸った声は、もはや人のものではなかった。
餓え、猛る、一匹の獣の咆哮だった。
初代《災禍の鎧》は、高らかに凱旋した。
かくて《世界》は崩壊する。
後書き
なべさん「ほい始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「本格的に、皆で一つに感がでてきたな」
なべさん「その通り。今までのボス達はなんだかんだ言って、最後のオイシイとこは全部主人公がかっさらってく流れだったからね。それもあって、今編は違う風にしたかったんだ」
レン「全員で一丸に、と?」
なべさん「そうそう。ありていに言えば、普通のMMOでもあるレイドっぽい仕様にしてみたかったのよ。ほら、『ボスのHPラス1だぞー』『攻撃パターン変わるぞー前衛注意ー』とか」
レン「うん、言ってることはすごく分かるけど、何でそれをよりにもよってGGO編でやったのかが謎だね」
なべさん「そこはほら……災禍の鎧がせっかくでるんだから…さ……?」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
――To be continued――
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