一人相撲
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1部分:第一章
第一章
一人相撲
相良敬三は決めた。言う前にもう決めていた。
「ハートを磨くっきゃない!」
「いきなり何だってんだ」
「遂に頭にきたのか?」
急に教室で立ち上がって宣言した彼に対してクラスメイト達は実に冷ややかな声をかけるのであった。
「違う、俺は決めたんだ」
「病院に行くことをか」
「手遅れだけれどいいんじゃねえのか?」
彼等の声はまだ冷たいものであった。
「早く行け」
「それで少しは頭をよくしてもらえ」
「御前等俺を何だと思ってるんだ?」
ここまで言われていい加減敬三もむっときて彼等に問うた。茶髪を短くしてもみあげを伸ばしている。背が高く顔は男らしい。バタ臭い感じだが結構男前であった。
「馬鹿に決まってるじゃねえか」
「それかアホか」
「どっちも悪口じゃねえか」
それ以外に聞き間違えようのない言葉であった。
「何なんだよ、それって」
「御前この前のテストの平均点何点だ?」
「二十点だ」
敬三は皆に答える。
「それがどうかしたのかよ」
「だからだよ。それに」
「それに?」
「何でいきなりハートを磨くっきゃないなんだよ」
「何処の芸能事務所のタレントさんなんだ」
彼等の突っ込みは実に容赦がない。
「それか元テニス選手かミスターの息子さんか」
「俺はそこまで酷いか?」
「自覚しろ」
彼等の突っ込みは鋭さを増すばかりであった。
「そのレベルまでいってるよ」
「どういう頭の構造しているんだ」
「俺は正常だ」
敬三の返答は実に説得力のないものであった。
「それでどうしてこう言われるんだか」
「じゃあそういうことにしておいてやるよ」
「それでだ」
「ああ」
クラスメイト達はとりあえずは敬三の話を聞くことにした。だがこれは決して友情などといったものではなく諦めや好奇心からくるものであった。実に複雑だがそれ以上に彼に対する同情心というものが一切ないものであった。
「で、何でハートを磨くんだ?」
「お坊様になるつもりか?」
「俺の家は神道だ」
本人曰くそうらしい。
「なるんだったら神主だな」
「どんな神主になるつもりだ」
「ドラム缶にガソリンかけて爆発起こさせるつもりか?」
前述のとある元プロ野球選手が本当にしでかした話である。最も問題なのはこれが東映の特撮の話でも大映ドラマの話でもなく本当の話であるということだ。
「違う。とにかくな」
「話を戻すか」
「それでどうしたんだ?」
「二年三組の神藤苑子さんだ」
同じ学年の女の子だ。所謂可愛らしい女の子だ。黒髪をポニーテールにして童顔である。黒く大きな目とすらりとした脚がチャームポイントである。
「彼女をゲットする」
「そういえば神藤さんってまだ彼氏いなかったな」
「そういやそうだな」
皆敬三の爆弾発言を聞いて話し合う。敬三はここでまた宣言する。
「彼氏がいようが構うものか」
「いや、構うぞ」
「また暴走しているのかよ」
「惚れたら突き進むのみ」
しかし彼は人の話を聞かない。聞かないというよりは一切耳に入っていない。
「違うか?」
「やっぱり凄い馬鹿なんだな」
「壮絶なアホじゃねえのか?」
また皆敬三を評して言い合う。
「いや、馬鹿だろ」
「アホだって、こいつは」
「愛故に。君の為なら死ねる!」
今度は古典的な名台詞を吐く。
「だからだ。俺は彼女に釣り合う人間になる!」
またしても宣言するのであった。
「何があってもな」
「それでさっきの言葉か」
「ああ、俺は鬼になる」
言葉が実に訳のわからないものになっていた。何処かの涙腺が異常に緩いラグビーの先生のようであった。これで生徒を殴りながら泣けばそのままである。
「彼女の為にな」
「まあ馬鹿につける薬はねえが」
「アホだとしてもな」
クラスメイト達の意見はここでは一致した。
「やるだけやってみな」
「進化するかも知れないからな」
「全てにおいて。俺は超人になる」
それでも言葉は変わらない。
「何が何でも。今それを誓うぞ」
「まあ頑張れ」
「無理しても頭は無理だと思うがな」
クラスメイト達の冷たい醒めたエールが送られる。こうして彼の努力がスタートした。それは本気であり壮絶なものであった。
毎日二十キロのダンベルを持ってのランニングに筋肉トレーニング。食事も肉から野菜、小魚、玄米に変えた。そのうえ何と猛勉強まではじめたのだ。
「先生、ここはこれでいいですよね」
「あっ、うん」
敬三に質問された彼がドン引きしながら彼に応える。
「それでいいよ。それにしても相良君」
「何でしょうか」
「それ、東大の入試問題だよ」
見れば東大文一の赤本であった。彼はそれを使っているのであった。
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