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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第九十六話

「やっぱりダメ?」

「うーん……」

 アインクラッドのとある層の草原エリアにて、俺とリズはどうしようもなく頭を捻っていた。一応モンスター出現エリアということで、どちらもフィールドやダンジョンに赴く時用の服装になっているが、武器を構えているのは俺だけだった。

「モーションは完璧だと思うんだけどねぇ……それはクラインのお墨付きでしょ?」

「ああ。やっぱり無理そうだ」

 愛刀、日本刀《銀ノ月》についた血を吹き飛ばすように、一回振った後に鞘に戻す。多分無理だろう、とは思っていたが、本当に出来ないと分かればため息もつきたくなる。

 ……先日、このALOは大型のアップデートが開始され、ゲームの根幹を引っくり返すほどの変更がなされていた。旧アインクラッドにあった、それぞれの武器に設定された無限に近い剣術――いわゆる、《ソードスキル》の実装である。

 魔法の撃ち合いが基本――だったらしい――ALOにおいて、俺たちのような接近戦を挑むプレイヤーにとって、大きな追い風となった。今まで邪神級の大型モンスター相手には、鍛えきった大火力の魔法しか通用しなくなったものの、タンクや軽装剣士でも太刀打ち出来るようになった。

 それほどまでに大きな変更点と言え、魔法使いビルドも苦手だった近接戦闘を補うこともでき、各プレイヤーの間では研究が進んでいる。特にアスナの喜びようは記憶に新しく、居合わせた俺とリズは、半ば無理やりアスナにヒーラー役をやらせたことに深く陳謝した。……アスナより早く初めた他のメンバーが、揃って脳筋だったものだから。

 それはともかく。もちろん、アインクラッドにもあった日本刀――カタナのソードスキルも実装されたわけ、なのだが。

「茅場ぁ……」

 ――そもそも俺がこの仮想世界に入ったのは、あの茅場昌彦から『想定外』を求められ、ソードスキルが封印されたナーヴギアが送られてきたのがきっかけだった。……それらが懐かしい、と思えるほどに時間が経過し、すっかり忘れていたが。

 ――このSAOを経験したショウキという名前のデータは、ソードスキルを使うことが出来ないのだった。クラインやリズに手伝ってもらっても、まったくうんともすんとも言わず、今はこうして途方に暮れていた。

 実のところ、旧アインクラッドのままのソードスキルならば、無いなら無いで構わなかった。あくまでソードスキルはシステムアシストがつくだけであり、極論を言ってしまえば、システムアシストがいらないなら無用の長物だった。事実、システムアシストを持ち前の技術で代用して生き延びた訳だが、ALOに再現するにあたってリメイクされていた。

 ――それが属性の概念である。ソードスキルそれぞれにカスタマイズ可能な属性が設定されており、物理で殴っていたプレイヤーも属性を司ることが出来るようになった。……もちろんこれが、持ち前の技術で代用出来るわけもなく。

「はぁ……」

 ……ただただ、途方に暮れることとなった。

「そんな落ち込まなくてもいいんじゃない? 今まで無くてやってきたんだし」

 気がつくとまたため息をついてしまっていた自分に、リズが肩を叩きながら励ましてくれた。その太陽のような笑顔は見ているだけで励まされるが、それはそれで別問題として。

「いや、属性関係がないとパーティーに迷惑が……」

「……そんなもっともらしいこと言って。どうせ、ちょっとやってみたいだけでしょ?」

「うぐっ」

 そんな笑顔は、ジトーッとした疑っているような表情に変わった後、的確にこちらの本心を貫いてきた。要するに、パーティーに迷惑が、などとは言ったが。そんなことより、自分が属性付きの剣を振るいたかっただけ、という心理をすっかりと見抜かれている。

「……かっこつけ」

「面目ない」

 今度は少し頬を膨らませながら言うリズの、糾弾するような視線に耐えきれずに目をそらす。そんな俺を身長の関係で見上げながら、まったく仕方ない――とばかりにリズも一息。俺が目をそらしていた方向へ回り込んだ。

「あんたがええかっこしいなのは、もう充っ分に分かってるけど。あたしの前でくらい、本音で話してもいいんじゃないの?」

「…………」

 違う、リズの前だからこそ見栄を張りたいんだろう――などと、正直に言えない自分の面倒くささが今は憎い。しかしてリズは、こちらの顔をジッと見つめることで考えを読む、という超能力をいつの間にか会得しており――断じて、俺の考えていることが顔に出やすい、という訳ではない……と思いたい――まるで探偵のように顎に手を当て、ふむふむとこちらを探っていた。

「……あんたバカでしょ」

 ――どうやら見破られたらしい。素晴らしい超能力を発揮した彼女は、呆れ顔のまま腰に手を当てつつ嘆息する。ぐうの音も出ずに髪をクシャクシャとしながら、こちらも一応反論という意を示す。

「誰だって見栄くらい張りたいだろう。キリトだって」

「キリトっていうより……アスナよね。あの二人は」

「アスナ?」

 予想外の人物の名前が出てきたことで、俺はついついオウム返しのようにその名前を聞き返す。男ならば誰しも見栄を張りたい相手くらいいる、という意味で言ったのだが、リズの表情が少し曇っていた。

「そ。最近、あの子無理してる気がして。キリトの前じゃ絶対に弱みなんか見せない、って気を張ってるみたいに」

 何かあったら相談してくれればいいのに――と、リズの愚痴は続く。こちらからは普段通りに見えていたが、リズから、親友から見たらまた違ったのだろうか。

「……よく見てるな」

「ま、まあ? お姉さんとしては? あ、お姉さんと言えば……そのアスナも、最近妹が出来たみたいで、ちょっと元気が出たみたい、かな」

 心からそう思った俺の言葉に照れたのか、リズはいきなり話題を逸らした。アスナの妹みたいな存在と言えば、と問われれば、もちろん一人の少女の姿が浮かぶ。

「ああ、ユウキか」

「呼んだ?」

「そうそってわぁ!?」

 背後から突如として聞こえてきた返答の言葉に、俺とリズは揃って飛び退くとともに、すぐさまその返答が聞こえた方向へと顔を向ける。そこには予想通りに、どこか悪戯めいた顔をしたインプの少女――ユウキが立っていて。

「やりぃ! ショウキに気づかれなかった」

「見事だ……」

「何様よあんた」

 リズのツッコミが痛い。まるで気を張っていなかったのも確かだったが、まったく気配に気づくことが出来なかったとは、我ながらまだまだ修行不足らしい。

「ユウキー。あんたもソレ、普通の《索敵》スキルにはバレるからね?」

「それでもやった! って感じだよ。ところで二人は……デ、デート?」

「違う違う。前言ってたソードスキルの件」

 やった! というところで、本当に嬉しそうにガッツポーズをするユウキに苦笑しながら、鞘に納められた日本刀《銀ノ月》を示す。流石にSAO帰還者だということまでは言えないが、ある事情でソードスキルは使えない、という事くらいは言っていた。

「あー……じゃあさ、OSSの方は?」

 事情を察してくれたようなユウキが次に聞いてきたことは、ソードスキルとともに実装されたOSS――オリジナル・ソードスキルについて。これはその通り、自分のオリジナルでソードスキルを作れる、というものだった。とはいっても、あまり簡単に出来るものではなく、リズなどは早々に作るのを諦めてしまったが。

「ふっふっふ……OSSの方は出来たわよ!」

「何でお前が威張るリズ」

 ……とはいえ、リズの言う通りに。アインクラッドには無かったシステムだからか、バグの影響を受けずにOSSの作成は可能だった。そして、その試し斬りも兼ねていたこのフィールドには、今やモンスターはいない。

「ふっふっふ……実はボクも出来たんだ!」

「なっ……!」

 何故か胸を張っていたリズに対抗してか、いつの間にかOSSを完成させていたらしいユウキが、リズに対して胸を張り返した。この戦いは一体何だろう、と俺は風がそそぐ美しい空を仰いでいると、ふと気になってユウキに聞く。

「ところでユウキ。お前、キリトとルクスについて行く、って言ってなかったか?」

 いつまで経っても憧れの人物と話の一つ出来ないルクスに対し、無理やりキリトと一緒にクエストに行かせたのだが。いきなり二人きりは難易度が高いかと、一緒にログインしていたユウキも同じパーティーで遊んでいた、と思っていた。

 ……のだが、ユウキは目の前にいて。そう聞かれるとユウキは、ちょっとばつの悪そうな表情になり、言葉を探すようにこちらから目をそらした。

「二人きりの方がルクスにいいかなー……って、帰って来ちゃった!」

「大丈夫。あの子にはそれぐらいがちょうどいいわよ」

 アスナには内緒にしてね――と頼み込んでくるユウキを、リズがよしよしと撫でながらガッツポーズを取る。どうやら今頃、ルクスはキリトと、二人きりでクエストに行っているらしく……恥ずかしくなって、逃げ出していなければいいのだが。

「ユウキの髪サラサラねぇ……もうちょっと、もうちょっと撫でさせ……」

「そ、それよりさ!」

 リズにいいように髪の毛を撫でられていたユウキだったが、いい加減に身の危険を感じたのか、そそくさとその場を離れていく。そして何をするかと思えば、ボーッとその光景を見ていた俺の目の前に、あるメッセージを表示させていた。

 デュエル申請――ユウキから一対一の決闘の申し出だった。

「どっちもOSS覚えたみたいだし、ボクと勝負だ!」

「……よし」

 初めて会った水着コンテストにおいて、リーファとルクスの二人を倒したという――決着には色々あったらしいが――腕前。それは一緒にクエストに行った際にも遺憾なく発揮されているが、やはり手合わせをしなくては分からないこともある。ユウキからの願ったり叶ったりの申し出に、俺はデュエル申請メッセージに肯定の意を示す。

「ほらリズ、離れてろ」

「分かってるわよ。頑張んなさいよね。ユウキも、こいつメチャクチャにしてもいいから!」

 どっちを応援してるんだ――という俺の文句に対して、こちらの背中をダメージが出ない具合の強さで叩きながら、リズが見学に相応しい距離へと飛んでいく。それと同時にデュエルの開始までのカウントが開始され、俺は日本刀《銀ノ月》の柄に手をかける。

「カタナ、抜かないの?」

「ああ。これでいい」

 日光に照らされた白銀の刀身が煌めく、ユウキのイメージカラーと同じ紫色の、タルケンが作り出した片手剣。アスナが使う細剣ほどに細く、鋭くカスタマイズしたソレを抜き放ちながら、ユウキはこちらにそう問いかける。

 その親切心をありがたく受け取りながら、俺は刀身を鞘から出さずに直立する。同じレプラコーンとして、ユウキのあのカスタマイズが施された剣について、タルケンに聞いてみたことがある。

 ――曰く、あれほどまでに鋭くしなくては、ユウキの動きと反応速度にはついて行けないという。そのタルケンの言葉が嘘ではないと証明するように、デュエルまでのカウントが0になった瞬間――俺の目の前には、剣の切っ先があった。

「――――ッ!」

 しかし、あまりにも高速すぎる一撃は、まるですぐには止まれない暴走列車のようで。抜刀術の動きの余波で神速の一撃を避け、こちらに向かって突撃してくるユウキに、カウンターとして――いや。ユウキの進行方向に日本刀《銀ノ月》を置いておく、といった方が正しいか。

「……はっ!」

 自分から銀色の閃光に突っ込んでくる……筈のユウキが、突如としてこちらの目の前から消える。ぞくり、と背後から感じる気配に前転すると、空中に羽ばたいていたユウキと細剣が映る。俺に誘われていたことを悟ったユウキが、地を蹴った後に翼を生やして天に飛び、空中から攻撃を仕掛けてきていた。

「っ……」

 体勢を整えながら、予想以上のユウキの反応速度に歯噛みする。確かにスピードが出ていたとは言え、突如として空中に逃れながら反撃してくるとは。飛翔して追撃してきたユウキの斬撃を、日本刀《銀ノ月》で弾きながら、俺はクナイをユウキに向け放っていく。

 とはいえ、空中を自在に飛翔するユウキに対して、クナイごときが当たるはずもなく。あっさりと避けられ、再び神速の斬撃が俺を襲う――というところで、再びユウキにクナイが襲った。

「わっ!」

 風魔法によって高速化されたクナイが、ユウキがクナイを回避する地点へと放たれていた。それ自体はユウキの髪を一本散らすのみだったが、ユウキの驚愕を誘うことに成功し――その間に俺はユウキの視界から姿を消した。

 リーファやレコンが使っていた、薄い風の膜を展開することで自らの姿を消す風魔法。先日、ようやく使えるようになったソレは、ユウキを混乱させるには充分な効果をもたらしていた。

「えっと……――――」

 ユウキが近くにある木へと目を外した瞬間、最大瞬間速度で翼を展開した俺が、空中のユウキへと飛翔して向かっていく。こちらの姿がその場から消えたため、違うどこかへ隠れたと考えるユウキの思考の隙をつき、ユウキの神速に比類するスピードの飛行。

 奇しくも先程とは逆の構図。日本刀《銀ノ月》を解き放ち構える俺と、それを迎撃しようとするユウキ。流石というべきか、こちらの日本刀《銀ノ月》による一撃は防がれてしまう……が、まだそこで終わりではなく。

「まだだ!」

 ユウキの細剣と鍔迫り合いを演じていた日本刀《銀ノ月》の峰に対し、俺はソレを思い切り蹴りつける。すると日本刀《銀ノ月》の一撃に足刀の重さも合わさり、元々筋力値の高くないユウキを押し込み、剣と剣を持っていた手を弾く。

 少しだけ放たれたお互いの距離、がら空きになったユウキの胴。そこで日本刀《銀ノ月》の引き金を引くと、体勢を崩したユウキに対して刀身が発射される。あとはその刀身が突き刺さるのみ――というところで、ユウキが身体を捻ったことで、刀身はユウキの服をかすめるだけとなった。

「隙あり!」

「ない」

 日本刀《銀ノ月》の刀身が無くなった、と考えたユウキの斬撃が俺に襲いかかるが、刀身が瞬時に形成された日本刀《銀ノ月》であっさりと防ぐ。カウンターの蹴りを放つものの、その時にはもうユウキはそこにはいなかった。

「ズルいっていうか……前も言ったけど、何ソレ!?」

 確かユウキには前もそう聞かれたが、こちらの答えは変わらない。使っている自分としても何とも言えない……恐らく、このデュエルを見学しているリズもそう言うだろう。

「……さぁ?」

「納得出来ない!」

 俺なりに誠心誠意ユウキの質問に答えたつもりだったが、どうやらユウキの望んでいる回答は得られなかったようだ。そう叫びながら、またもや突撃の体勢を――いや、これは。

「ヴォーパル・ストライク……!」

「使えなくて武器も違うのによく知ってる、ね!」

 忘れるはずはない。アインクラッド終盤においてキリトが愛用していた、単発重攻撃系ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。ユウキの速度も加わったソレを、あのデスゲームで培った経験で何とか防いだものの、ユウキの剣から日本刀《銀ノ月》に雷撃が走った。

 ――ソードスキルに付加される属性作用だ、と気づいた時には日本刀《銀ノ月》を通して、雷撃が俺の身体に伝わってきていた。ビリビリと身体全体が軽度の麻痺状態となり、それはユウキ相手は致命的な隙となった。

「もらった!」

 胴に放たれるユウキの突き――を、翼を閉じて落ちることで範囲外へと逃げる。もちろん、そのまま逃すユウキの反応速度ではないが、追撃に放たれた斬撃は何とか腕に装備された篭手で防いだ。

「っと!」

 地上に落下している間に軽い麻痺状態は解け、翼を展開してパラシュート代わりにする。そこを隕石のように落下攻撃してくるユウキを、地に足をつけて迎撃すると、ユウキも翼を閉じて地上に降り立った。

 休む暇もなく放たれるユウキのソードスキル《スラント》――しかし日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいながらも、俺はこれを狙っていた。ユウキがソードスキルを使ってくる、という状態を。

 特に《スラント》となれば、片手剣のソードスキルの中でも習得は簡単なものであるが故に、アインクラッド終盤のモンスターは当然のように使ってきた。つまり、どんなにユウキの手によって高速化されていたとしても、その何百何千回と対峙してきた軌道は決して避けられないものではない。

「あっぐ……!」

 ユウキの《スラント》を避けて懐に潜り込みながら、鎧に包まれた胴に回し蹴りを直撃させる。ソードスキルの硬直もあって渾身の当たりとなり、体重の軽いユウキはそのまま吹き飛ばされ、そこにクナイによる追撃を放った。

 それも一つや二つではなく。風魔法によって強化・軌道を修正され、まるでホーミングミサイルのようになった多数のクナイが、吹き飛んでいったユウキに対して殺到する。何とか蹴りの勢いを相殺したユウキが、大地に再び立った時には、大量のクナイがそこまで迫っていた。

 しかしてユウキは慌てることもなく、まずは先行していたクナイを切り裂こうとする――が、風魔法によって強化されたクナイはユウキの斬撃すら弾き、そのままユウキの肩へと炸裂する。あのクナイを切り裂くにはソードスキルを使うしかない……が、軽いソードスキルでは捌ける数ではなく、ヴォーパル・ストライクと同等の上級ソードスキルを使わざるを得ない。

 ……本当は通常の剣戟で弾けないほど強化したのは、最初に放ったクナイだけのため、ユウキの反応速度ならソードスキルを使わずとも乗り切れるだろうが、それを風魔法は門外漢なユウキが分かるはずもない。全てのクナイがソードスキルを必要とすると考え、これだけの数のクナイを弾くには上級ソードスキルが必要なのは確かだ。

 ――そして、その上級ソードスキルの硬直を、俺の抜刀術は逃さない。上級ソードスキルを使ったが最後、片手剣上級ソードスキルの射程外ギリギリかつ、近距離に迫る俺に多大な隙を晒し、晒した瞬間がこのデュエルの終わりの時だ。それを分かっているのか、ユウキは苦々しげな表情を見せたが、愛剣を握る強さが高まった。

 そして放たれる上級ソードスキル――いや、これは……

「何だ……!?」

 ……片手剣のソードスキルを使ったことは無論無いものの、アインクラッドの経験から、このALOにサルベージされたものでも多少詳しいとは自負していた。だが、ユウキが使ったソードスキルは見たこともなく――最初の台風のような一撃が、ほとんど全てのクナイを薙払ったところで、俺はその正体に気づくことになった。

 ユウキのOSSだと。

「やあぁぁぁぁ!」

 強烈な上段斬りの後には神速の連撃――一撃、二撃、三撃、まだ止まる気配はない。そのオリジナル・ソードスキルは放った全てのクナイをかき消し、そのまま片手剣の連撃系上級ソードスキルの射程外ギリギリを維持していた筈のこちらへと迫ってきていた。ユウキの裂帛の気合いを前にして、こちらも日本刀《銀ノ月》を抜き放って立ちはだかった。

「ぐっ!」

 嵐のような連撃を放ち続けるユウキが突きの体勢を取ったところで、俺はおもむろに左腕を突き出した。当然、ユウキの剣は深々と俺の腕に突き刺さり、こちらに言いようもない不快な感覚とともにHPが削れていく。

 ……だがこれでユウキのOSSは中断され、剣から手を離さない限りこちらからは逃れることは出来ない。返礼と言っては何だが、こちらもOSSを発動せんと右手に持った日本刀《銀ノ月》をチャキ、と鳴らし――

 ――俺たちの目の前に、ユウキの勝利を知らせるシステムメッセージが表示された。

「えっ」

「あ」

 ……熱中していて忘れていたが。ソードスキルで片腕を刺すようなダメージを負えば、もちろん初撃決着の勝利条件は満たされるわけで。

「……あんたねぇ……」

 デュエル決着後にこちらに飛んできたリズには、もの凄く呆れた顔をされたものの、まったくもって言い訳のしようもなかった。

「ボクすっごい不完全燃焼なんだけど……」

「悪い悪い。でも凄かったな、さっきのOSS」

 アスナが作ってくれたデザートを前にしたのに、そこで寸止めされたみたいだ――と、とてつもなく不満そうにしているユウキの「もう一回やろう!」という提案を回避する為に――何しろ非常に疲れた――ユウキの放ったOSSの話題に移る。途中までに終わったものの、その威力は最上位ソードスキル《ノヴァ・アセンション》にも匹敵するほどで――こちらの目論見を全てぶち壊し、そのまま決着にまでこぎつけるほどだった。

「うん! ボクも自信作なんだ! でも、結局ショウキのOSSは――」

 その質問が最後まで紡がれることはなかった。広い草原を流れる風に混じって、ある声が聞こえてきたからだ。俺やリズ、ユウキの声ではない第三者の。

「……悲鳴?」

 そのリズの疑問の声の通りに、草原に響き渡ったのは女性の悲鳴。決して遠くない距離から聞こえてきたソレに、俺たちは顔を見合わせた直後に、揃って翼を展開する。

「どっち!」

「こっち!」

 音が聞こえた方を記憶していたユウキが、迷いもなくそちらに向かっていく。弦楽器のような音を響かせる翼は、すぐさまモンスターが密集していた場所へと殴り込んでいく。先程まで俺がソードスキルとOSSの練習で狩っていたモンスターが、一気に再出現したらしい。

「てゃあ!」

 群を成す人狼型のモンスター。群の長を叩かなければ際限なく出現する、という特性をもったモンスターたちだったが、そんなことは構わずユウキは斬り込んでいく。おかげで群れ全体のヘイトが一気にユウキへと集まり、囲まれて袋叩きにあう――事もなく逆に返り討ちにしてみせていた。不完全燃焼の発散だろうか。

「ショウキ、襲われてたプレイヤーは大丈夫そう!」

「……そうくれば!」

 後から来たリズがそれを確認してくれた後、俺はユウキの助けではなく一番大きい人狼の姿を探す。群れの主を倒さなければ終わらないというのならば、逆を言えば……群れの主を倒せば、この人狼の群れごと壊滅する。一番巨大な人狼を見定めると、それに向かって翼をはためかせる。

「せいっ!」

 一瞬の交錯。空中から接近した俺と人狼の位置が重なった瞬間、鞘から日本刀《銀ノ月》の剣戟が煌めき、人狼の長が持っていた木槌を柄から切り裂いた。武器を失ったとはいえ、まだまだ人狼には強靱な爪も牙もあるが……俺のことを気にしてしまった瞬間に、運命は決まっていた。

「――よいしょぉ!」

 飛翔した俺のことを見ていた人狼の後頭部に、突進系ソードスキルを使ったリズの一撃が炸裂。一撃でスタン状態にしてみせると、野球のバットを扱うかのようにフルスイング。人狼の長をホームランが如く吹き飛ばし、辺りの部下に襲われる前に素早く離脱する。

「よろしく!」

「オーライ、っと!」

 ホームランボールを受け取るファンの如く。飛んでくる人狼の長を斬り裂くべく、ベストポジションに待機していた俺の一閃は、散々だった人狼の長をポリゴン片に変えていた。

「お姉さん、大丈夫?」

 幸運なことにあっさりと人狼の群れの排除に成功し、群れのほとんどを引き受けていたユウキが、まずは負傷したプレイヤーに声をかけていた。そこに人狼の長を倒した俺とリズも降り立ち、ユウキとそのプレイヤーに会いまみえる。

「あ、二人ともありがと! 数減らないなぁ、と思ったら長を倒す系の敵だったんだね」

「知ってて飛び出したんじゃないのね……」

 ボクが群れを引き受けるから二人は長を――的な電波を彼女は受信していたらしく、ユウキの言葉にリズは少し脱力する。おかげで手早く終わったのも確かだったが。

「いやー、助けられちゃったね。無限湧きならスキルのレベリング楽かな、って思ったんだけど」

 似たようなことをアインクラッドの時にキリトから聞いたことがあったが、そんなことをしていれば神経が続かない。実際、目の前の女性プレイヤーもそれで不覚を取ったようであった。カチューシャが乗ったことで際立つ真紅の髪に、色は黒色だったが、どこかメイド服を思わせる広がったスカート。それに――

「私、レインっていうの。改めて、助けてくれてありがとね?」

 ――その手に持った、二刀。
 
 

 
後書き
最近出ずっぱりなユウキ。他意はありません。 
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