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4部分:第四章


第四章

 一回表、守りに入っているのは達明達であった。いきなり達明のポジションであるセカンドにボールが来た。
 ゴロであった。二塁ベースに近い場所の少し難しい位置のゴロだ。だが達明は素早くそのボールに向かい前で捕って一塁に投げる。それで何なくアウトにしたのだった。
「ナイス」
 ピッチャーを務めている三年の先輩が彼に笑顔で感謝の言葉を言ってきた。
「よく捕ってくれたな」
「有り難うございます」
 達明の方も礼を言った。今のは確かにいいプレイだった。
 一回はこれで攻撃が終わった。そうして試合は進み六回のことであった。同点で達明はネクストバッターボックスにいた。打順が回ろうとするところで先生がそっと彼のところに来て言うのだった。
「おい」
「はい」
 先生に顔を向けて応える。既にバットは手の中にある。
「何ですか?」
「今、わかってるな」
 先生はそう彼に言う。
「今の状況は」
「はい」
 見れば三塁にランナーがいる。一打勝ち越しのチャンスである。しかもワンアウトだ。スクイズも犠牲フライも可能という状況である。
「相手は多分御前のことは知っている」
「俺のことをですか」
「ああ、御前のバントのことはな」
 彼はバントが巧いので有名だった。二番バッターになっているのもその送りバントのせいもある。だが彼はそれだけではないのである。
「相手もわかっている。それで」
「それで?」
「流し打ちのこともだ。見ろ」
 またグラウンドを見るように言う。見ればセカンド、ファースト、ライトの動きが微妙になっている。達明は右バッターだ。流し打ちを警戒しているのがわかる。
「だからな。ここは」
「どうするんですか?」
「引っ張れ」
 それが監督の考えであった。
「思いきって引っ張れ。それで転がせ」
「左にですね」
「ああ、わかったな」
 念を押すようにして言ってきた。
「それで頼むぞ」
「わかりました。それじゃあそれで」
「これで勝てれば御前のおかげだ」
 先生はにこりと笑って言うのだった。
「一回の守備も入れてな」
「いえ、それは」
 しかしこの言葉には謙遜を見せる。
「俺は別に」
「大事なのは守備だ」
 先生はそんな達明に対して言った。
「いつも言ってるよな」
「はあ」
「だからだ。今のはよかったぞ」
「有り難うございます」
「それを今度はバッティングでもやってくれ」
 にこりと笑ったうえでの言葉であった。
「いいな」
「わかりました。やってみます」
 達明は強い顔で頷く。
「今から」
「よし、頼むぞ」
 先生は彼の背中を押した。そうして彼を打席に送る。打席に入るとすぐに相手チームは内野も外野も前に出してきた。特に内野をだった。
「やっぱりそう来るか」
 達明はそれを見て心の中で呟いた。
「スクイズか犠牲フライを警戒して」
 先生の言う通りだった。特に一二塁間とライトの動きが独特であった。
「そう来るのならやっぱり」
 意を決した。そうして相手ピッチャーの動きを見ながら構える。彼は粘り強い打撃でも有名であった。まさに二番バッターと言うべき存在であった。
 難しい内角のシュートを思いきり三遊間に叩きつけた。するとボールは勢いよく内野の頭を越えた。鮮やかなレフト前ヒットであった。
「よし!」
 先生もナインもそれを見てベンチで歓声をあげた。彼等だけでなくグラウンドからも声があがる。
「よくやった!」
「今のは!」
 言うまでもなくタイムリーだった。達明は一塁ベース上でにこやかな笑みを浮かべていた。
「この一点は大きいぞ」
「はい」
 国友が先生の言葉に頷く。
「そうですね」
「あいつ、やっぱりやってくれたな」
 先生は笑顔で言うのだった。
「期待通りに」
「じゃあ後はこの一点を守りましょう」
 国友はそう言った。
「それで俺達の勝ちです」
「ああ、頼むぞ」
 先生は会心の笑みを浮かべてそう彼に返す。
「それで俺達は甲子園初勝利だ」
「ええ」
  この一点は大きかった。達明の殊勲打だった。しかし相手も必死であり負けるわけにはいかない。敵の四番打者が終盤になってソロアーチを放つ。データで徹底的に調べた弱点を衝いた攻めだというのにそれを撥ね返されてしまったのだ。
 
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